第744堀:何が狙いか?

何が狙いか?



Side:エノラ



私たちは使者との交渉が終わって、ユキ殿の所へ、会議室へ戻って来た。

ん? 戻って来た? やってきたじゃないの?

私はそんな自分の感覚に違和感を抱いていると、ユキ殿が私が戻ってきたのに気が付いて、席から立ってこっちに歩み寄ってきた。


「キャリー姫、お疲れさま」

「いえ。あの使者の方は素直で助かりましたわ。身内の頑固者の方がよほど厄介ですから」


……シーサイフォ王国の使者に高圧的な態度を取っていたみたいなのよね。

さぞ、頭の痛いことでしょう。


「カグラ、ミコス、ソロ、3人ともお疲れさま。よく対応してくれた」

「ううん。あれぐらい平気よ」

「そうですともー。ミコスちゃんにお任せですよ」

「あはは、平民だったことで少しまずかったですけどね」


ソロはともかく、あんたたちは基本黙ってたじゃない。

なにそんなに頑張ったって感じなのよ?

そんなことを思っていると、ユキ殿が今度はこちらを向いて……。


「エノラ司教代理。今回の契約の見届け役、助かりました」


と、なぜか、丁寧にお礼をしてきた。


「別に構わないわ。というか、なんでそんな言葉づかいなの? いつものようにエノラでいいわ」

「一応、こっちの大陸ではエノラは精霊の巫女様だからな。普通に話していると、周りから反感を買いかねん。ほれ、ハイデンの兵士もいることだしな」


そう言って指さす先には、確かに会議室の扉を守る兵士がいる。

たしかにユキ殿のいつもの話し方だと、周りが顔をしかめるだけならいいけど、何かトラブルのもとになりそうね。


「建前上、エノラが許可をしてから、この口調かね。それでも、あんまりいい顔はされないな。さっきのハイデン王との会談の際に気が付いた。前きたときは、タークラムの事で一杯一杯だったようだが、余裕が出てきたんだろうな。俺の言動に苛立ちを感じてる兵士がいる。別に俺としても煽るつもりはないからな」

「ふぅ、そういうことなら仕方ないわね。で、謁見や交渉はのぞき見していたんでしょう? どう見えた?」

「どう見えたかねぇ。まあ、簡潔に言うなら、全然こっちのことは知らないな。マジック・ギアのことも含めて」


ユキ殿がそういうと、全員頷く。

謁見といい、先ほどの交渉での話といい、まったくもってここ半年の一連の事件には全然興味がないようだ。

いや、ハイデンとフィンダールの戦争については商品の宣伝には利用しようとするぐらいは興味を持ってはいたようだけど。


「しかし、興味がないということは、それだけマジック・ギアやアクエノキの被害がないということでもありますから、こちらとしては助かりました」

「そうだな。そういう意味ではキャリー姫の言う通り助かった。だけど、次の使者のこともあるから、楽観視はできない。次来る使者次第で友好的な話がひっくり返ることもあるからな」


そうね。今回の使者はアクエノキの話はハイデンに向かう道中で聞いたようだし、アクエノキのことに関しては半信半疑のようすだった。

次の使者がこのアクエノキの件に関して、どんな話をするかが肝ね。


「まあ、幸い。向こうから持ち掛けた物資提供の話があるから、全く対話ができないようなことにはならんだろう。反故にするにしろ、それを理由にシーサイフォ王国にいけるからな」

「でも、ユキさん。相手が約束を反故にしてきたら、私たちだけでシーサイフォ王国に向かうのは危険じゃないですか?」

「リーア、その場合は、ハイデンとフィンダールにケンカを売ることになるからな。軍と共にいくことになるから、危険は危険だけど、まあ本陣はそうそう危険にはならんだろう。特に俺たちは」

「そうですね。その場合は私たちは後方支援でしょうし」

「流石に私たちが出しゃばると、今後の大陸間交流に問題が出てくるわよねー」

「その時はカグラお姉たちが頑張る?」


そう小首をかしげてこちらを見るヒイロの一言にぞっとした。

シーサイフォ王国と開戦したら私たちは戦線投入させられる可能性があるということか。

冗談じゃない。ようやくハイレ教も落ち着いてきたのに、さらなる戦乱とか。

というか、カグラたちはまだいい。

私はハイレ教の精霊の巫女として戦争での仲介、橋渡し役をお母さまと一緒に行うことになる。

下手すると、また前みたいにつかまって拷問だ。

ハイレ教内部から起こったアクエノキの事件もあるから、その時は、まともに取り合ってくれる可能性は低いだろう。


「で、ハイデン王の方はどう思う? 使者と話してどう思った?」

「そうだな。普通の使者だな。文字通りシーサイフォ王国からの仕事を忠実にこなしているだけだな。個人的なことを聞いても、あくまでの自分の意見だと言い切ったからな。あれはいい臣下だ。そして、あの話から察するに、本当にマジック・ギアのことや、ハイレ教の暴走というのは、こちらだけの話のようだな」

「ああ。あれを理由に文句を言いに来たり、マジック・ギアの開発に成功したとか言われたらどうしようかと思ってたよ」


ユキ殿はそう言ってほっと息をつく。

確かに、あそこで宣戦布告されたらたまったものじゃないわ。


「まあ、元々持ち物にマジック・ギアは検出されなかったから心配はなかったですけどね」

「そうだな。それより、意外なのは、今回提供されたシャベルについてだ」


ユキ殿はそう言って、ソロが持っていたシャベルに視線を向けた。


「ユキ殿。穴を掘る道具がなにか気になるの?」

「気になる。というか、マジック・ギアより今はそのシャベルの方が気になる」


なぜかユキ殿は使者が持ち込んだシャベルが気になっているようだ。


「でも、これって、ウィードにもあるものよね?」

「ああ。戦場では必需品だな。それを向こうは理解していた」

「必需品? まあ、穴を掘るには便利だけど、必需品ってほどなの?」


カグラが首を傾げてシャベルを見つめる。

カグラの言うように私も必需品だとは思えない。

小型で持ちやすくはあるけど、戦闘になればこれは武器になるもの?

その疑問は全員が抱いていたようで、それを感じ取ったユキ殿が説明を始める。


「そうか、ここのみんなはこのシャベルの意味するところがわかってないのか。まあ、そうだな……」


そう言ってユキ殿はシャベルを手に取る。


「やっぱり鉄でできているな」

「そこは見事ですわね。鉄をそのように湾曲させて加工する技術があるとは」

「キャリー姫の言う通り、この技術は見事だ。だがな、これからわかることは、相手に銃器あるいは、それと同じような概念があるってことだ」

「じゅう? って銃!?」


ユキ殿の言葉に全員が驚く、それも当然だ。

銃というのはこの大陸では開発がされなかったはずの武器だ。

ソウタ様の話では魔術を使った方が効率がいいといっていた。


「でも、銃撃をこんなシャベルでどうにかできるとは思わないんだけど?」


カグラの言う通り、こんな穴掘りの道具で真っ向から立ち向かえるわけがないと思うんだけど……。


「無論、銃相手には同じような銃を使わないと、戦うのが厳しい。当然の話だな。だがなその銃が使われる戦場では、塹壕と言う物がある」

「ざんごう?」

「土壁を分厚くすれば銃撃だって通らないのはわかるよな?」

「え? あ、そうですけど、ユキ先生。流石に、戦場でこのシャベルを使って銃撃を防ぐような土壁を積み上げるなんてのは……、ミコスちゃんは厳しいと思うんですけど」


うんうんと頷く全員。

非現実的すぎる。

ただ単に積み上げるだけならともかく、押し固めないと、防壁としては役に立たないだろうし……。


「まあ、土壁は厳しいだろうが、実は逆だ」

「「「逆?」」」


言っていることの意味が分からず、全員再び首を傾げる。


「身を隠すのは積み上げた土壁じゃない。掘った穴の方だ。地面は元々しっかり踏み固められているし、隠れるには最適だ。それを網の目状とは言わないが、かなりの広範囲に掘って、銃撃、砲撃の応酬をするわけだ。で、その際必要なのが……」


シャベルというわけね。

なるほど。そういう戦場であるのなら、これ以上の道具は存在しないわね。


「そして、塹壕戦でこのシャベルを使う場面は、塹壕内に飛び込んでの遭遇戦だ。その時には取り回しは剣よりいいし、手荷物を増やすこともなく、前面や後方に置けば運が良ければだが、鉄のシャベルが銃撃から守ってくれる」


武器にもなるし、防具にもなるってことね。


「話は分かったけど、ユキ殿。そうなると、なぜこのシャベルを提供してくれたのか分からないわ? 彼らにとっては新兵器にも等しいものではないかしら?」

「さあ、俺はシーサイフォ王国の人間じゃないから、そこら辺は何とも言えないな」


……確かに、ユキ殿に聞けば、なんでもわかるんじゃないかと思っていた自分の甘えね。


「とはいえ、予想はできる」


そう反省したとたん、ユキ殿は直ぐに言葉を続ける。

ユキ殿の予想は聞く価値があるわ。


「ユキ殿の予想を聞かせてもらおうか」


私が言う前にハイデン王が続きを促す。


「まあ、誰でもわかると思うが、思惑がないのであれば、ただの宣伝。そして何か企みはあるとすれば、このシャベルを俺たち……じゃなくて、ハイデンがどう扱うかを見るのが目的だろうな」

「どう扱うのか、ですか?」

「そう。このシャベルを見てただの穴掘りに便利な道具だと思うのか、それとも戦争に便利だと思うのか? そして便利だと思ってもどう利用するのか? そう言うところを見極めるつもりがあるんだろうな」

「なぜそのようなことを……と、聞くまでもありませんわね。ハイデンとフィンダールが争ったことを利用して、こちらの戦力などを測ろうとしている。そうですね、ユキ様?」


そう姫様が言ってユキ殿を見つめると、ユキ殿は口を開く。


「別に絶対ってわけじゃないが、物資の無料提供の見返りがこのシャベルを使ってくれっていう、奇妙な話だからな。それぐらいは疑うべきだろう」


確かに、こういう美味い話には裏があると思うべきよね。

しかも国同士のやり取りなんだから、思惑があって当然。


「ま、最初にも言ったが、善意だって可能性もあるからな。その時は大いに恩を感じて感謝すればいい。まあ、それもある意味大きな企みがあるけどな。シーサイフォ王国が傾いたときに手助けをしなければこちらが非難を受けるってわけだ。恩知らずってな」

「確かに、我が国を助けたことはシーサイフォにとっては周りの国からの評価を上げるには最適ではあります」

「大国にとって面子は大事だからな。何かあった時は助けることになるだろうな」


なるほどね。

言われてみればその通りだけど、言われて気が付くことばかりね。

こういう感情や面子なども考えて、こういう交渉事はするのね。


「しかしだ。これで、次に来るであろう、シーサイフォの使者の話はほぼ決まったな」


ユキ殿がそう言うと、陛下や姫様たちは頷くが私たちはついて行けない。

何をどうすれば、次にくるシーサイフォの使者の話が決まるのか?


「え? なぜですか?」

「いいか、ミコス。俺たちはシャベルの受け入れを、いや物資の提供を受け入れた。となると、目的があるシーサイフォとしてはこれを直後に覆すのは損なわけだ。それは分かるな?」

「でも、マジック・ギアの件を知って危険だと思うことはあるんじゃないですか?」

「危険なのは承知の上だろうな。というか、マジック・ギアのことが本当ならそれこそ向こうにとっては好都合なわけだ。物資の提供を行っている最中に、魔物に襲われシーサイフォの一団が壊滅とかなれば、その責任をハイデンに問えることになる。分かっていたのに、なぜ護衛を寄越さなかったとかな」

「……つまり、ユキはシーサイフォ王国は探りを入れるために今回の話を持ち込んだって言いたいわけ?」

「そうだな。まあ、よくよく考えれば当然のことだ。情報が荒唐無稽ではあるが、ハイデン、フィンダール、ハイレ教と名だたる国と宗教からの布告だ。気にならない方がおかしい。いままで他の国からアクションが無かったことの方がおかしいぐらいだ。まあ、そもそもそこはフィンダールがハイデンに対しての仲介役を担っていたことが大きいだろうが」


確かに、私たちだって他国の動きは気になっているんだから、向こうだって気にならないわけがないわね。


「じゃあ、ユキ先生。この物資の受け入れを拒否した場合はどうするつもりだったんだろう?」

「それこそ次の使者が、マジック・ギアで被害を被ったとかいって、賠償を請求ってところかな? それで物資の提供を受け入れさせるってところか?」

「あり得る話ですわね」

「妥当な線だな。シーサイフォ王国ほどの国が先行した使者の足止めができないほど情報網が弱いとも思えん。最初から二段構えにしたか」

「まあ、泊まる宿とかを指定してれば使者への情報伝達はやりやすいよな。で、当初の情報が伝わっていないかもってのは外れたわけだ」


そういう割には、全然動じていないユキ殿。

きっとこういうことも予測していたのだろう。

本当にこの落ち着き方は頼りになるわ。


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