第736堀:驚かされる事態
驚かされる事態
Side:ミコス
んー。
私こと、ミコスちゃんは悩んでいた。
「……まり、こちらの計算は、この公式を使って……」
ウィードの教育は進みすぎていて、全然授業内容についていけない。
特に算数。
足し算引き算は、親とか学校で習ったからできるけど、掛け算割り算はぎりぎりで、分数、面積の求め方とかさっぱり。
理科とかは実験を交えて楽しいんだけど、問題はこの算数、数学は無理。
まじでわかんない。
教壇に立っている先生が言うことが異世界の言葉にしか聞こえない。
とはいえ、ここでわからないとも言えない。
なぜなら、一緒に授業を受けているのが、私たちよりも年下の子たちばかりだから……。
私たちはハイデンからの留学生。国の恥になるようなところは見せられない。
というか、ユキ先生に幻滅されたくない。そこが乙女として一番譲れないところなのだ。
なにせこのウィードの学校に来たのは、ユキ先生の頼みだからだ。
勉強をして来いという意味ではなく、この学校が抱えている問題を解決するために。
「……底辺×高さ、そして割る2で……」
いじめが起こっているかもしれない。それがユキ先生が頼んできた内容だ。
そのせいで、子供たちが授業があるはずの日中、ウィードの教会に逃げ込んで、というのはあれだが、学校に来ないでリリーシュ様と遊んでいるのだ。
もちろん、そんな事情は話で学校側にも入っていて、先生たちからの協力も得ている。
だが、まだこの学校に入って、一週間もたっていない。
せいぜいわかったことは、学校をさぼっている生徒のたちの名前ぐらいだ。
先生たちに事情を聞いてみるも、よくわからないとのこと。
あからさまないじめがあったのなら、そこを解決するべく動けばいいのだけれど、どうも違うようで、原因がさっぱりなのよね。
しかも、学年もズレていて、直接そのクラスに入り込むのはさすがに無理があった。
「……でも、学校内で問題がないなら、学校を抜け出して日中にリリーシュ様のところに行く理由はないわよね……」
きっと見えないところで、いじめとか問題があるって可能性が高い。
ミコスちゃんのジャーナリスト魂がそう告げている。
そして、問題を見事解決したミコスちゃんの株は急上昇。
『ミコスよくやってくれた。おかげで子供たちは無事に学校に通っている』
『いえ。好きなユキ先生の頼みですから』
『ミコス。俺もミコスが好きだよ。これからずっと一緒にいよう』
『はい』
という感じで、自然と相思相愛になるんだ。
そして、そのまま押し倒されて……。
「……スさん。ミコスさん」
「はい!?」
やば、妄想にふけっていて声かけられていたのに気が付かなかった。
「顔が赤いようですが、風邪ですか? 大丈夫ですか?」
「あ、いえ。問題ないです」
「そうですか? ですが無理はしないように。では、こちらの面積を求めてください」
げっ、当てられた。
……えーと、ホワイトボードにある内容は、複合の図形か。
単体図形ならいけるんだけど、えーと、えーと……。
まずい。ミコスちゃん超ピンチ。
いつまで、考えるふりでごまかせるか? それとも正直に言ったほうがいいのかな?
いや、ここは私の知性が目覚めるのを待つか!!
ピンポンパンポン……。
『カグラさん、ミコスさん、ソロさん、外務省からお呼び出しです。至急、職員室へ来てください。繰り返します……』
救いの神がきたー!!
「お仕事のようですね。残念ではありますが、頑張ってきてください」
「すみません、先生」
とりあえず、そう言って残念がるぐらいの演技はしておく。
「大丈夫ですよ。この課題は後日解いてもらいますから」
「え、ええ。よろしくお願いします。では……」
しまった。余計なお世話をされた。
何とかあの問題を解く術を戻ってくるまでに手に入れないと……。
そう思いながら廊下を歩いていると、不意にカグラが話しかけてくる。
「分からないなら、分からないって言いなさいよ」
「あはは、まあまあ」
「あれ? ばれてた?」
どうやら、このミコスちゃんの完璧な偽装がカグラとソロにはばれていたらしい。
「ばれてた? じゃないわよ。あれ、先生も分かっていてああ言ったと思うわよ」
「ですねー」
「うそっ!? いい先生だと思ったのに!?」
「いや、いい先生じゃない。とりあえず、問題を自力で解くって意気込みを買ってくれたんだから」
「はい。私もそう思います」
「ううっ、こうやってミコスちゃんを追い詰める手腕。あの先生はどこかの凄腕交渉人なのかも?」
「「ないない」」
そんな冗談をいいつつ、ミコスちゃんたちは職員室へに到着する。
この前の廃校とは違って、綺麗だし子供たちが沢山いて活気のある良い場所。
まあ、夜の訪問とかは勘弁だけど。
巡回でリッチさんたちがいたりするから、腰が抜ける自信がある。
あの夜のことを思い出すから。
あ、でも嫌な思い出だけではないかなー?
あのピンチに颯爽と、ユキ先生が助けに来てくれたんだよね。
恐怖の塊みたいで、視界に入れるだけで、心がくじけそうになる幽霊を相手に全然ひるむことなく、淡々と対応してくれた。
カッコよかった。まさに、私の王子さまだった。
そんなことを思い出していると……。
「お、来たな」
私の王子さまが、職員室の中にたたずんでいた。
いや、王子さまより圧倒的に上だけど。
でも、なんでユキ先生が学校にいるの?
「ユキが何で学校に?」
「いや、俺は一応、この学校の名誉校長だからな。普通に出入りしている。最近は忙しくてあまり来れてないけどな」
あー、なんかそんな話を聞いた気がする。
「えーと、じゃあ、私たちが職員室に呼び出されたのは、ユキ先生は関係ないんですか?」
あれ? ユキ先生じゃないのって感じでミコスちゃんも含めて3人の視線がユキ先生に集まる。
「いや、今回は俺が3人を呼び出した。ちょっと用事があってな。かといって、教室に俺が行くと騒ぎになるからな」
「ふふっ。そうですね。ユキ先生は今でも人気者ですから」
肩を竦めたユキ先生を見てそう微笑む女性の先生。
確か、ヴィリアたちの先生だったよね。教師の中では最古参で、ユキ先生の代わりに校長とかの仕事も兼任している凄い人だ。
「ユキが呼び出したってことは、もしかして、私たちに任せた件? 悪いけど、まだ情報は集まっていないわ」
それぐらいしか、私たちにわざわざ学校で会う理由はないよね。
でも、カグラの言ったようにまだ何も情報は何もない。
……はっ!? もしかして、幻滅される?
『役に立たないな。そんなミコスは嫌いだ』
『そ、そんなー!?』
いや、ないわ。
自分で考えて即否定できた。
ユキ先生が仕事の成否ごときで人を好き嫌いを決めるような、器のちっさい人ではない。
「いや、その件じゃない。放送で言っただろう? 外務省、外交関連だ。ちょっと3人にはすまないが、子供たちの調査はいったん中断で、新大陸へついて来てもらう」
「え? ああ、イフ大陸の方は話がまとまったんだっけ。そうなると、次は私たちの大陸ってわけね。だから私たちを呼びだしたってこと?」
そっか、イフ大陸の事前会議はかなり上手く行ったって聞いたから、次は私たちがいる大陸だよね。
あれ? でも、別にわざわざ学校にいる私たちを呼びだす必要はないんじゃないかな?
学校が終わったころにでも連絡してもらえればいいし、そもそもスタシア殿下やアージュ殿下とか私たちがいる大陸の大国と連絡が取れる人はいくらでもいる。
ユキ先生のコネというか付き合いは、想像を絶するものがある。
というか、ユキさんがその気になれば、私たちがいる大陸のハイデン、フィンダール、ハイレ教のトップと今すぐにでも会談の席を設けられるはずだ。
となると、ミコスちゃんたちを連れていくような何か厄介ごとがあった?
そんなミコスちゃんの予想が当たったようで、ユキさんはあいまいに顔を横に振る。
「イフ大陸での会議は無事成功に終わった。だが、その様子だと、やっぱり聞いてないようだな」
その言葉で、カグラやソロも何かあったのだと気が付き、顔が険しくなります。
「霧華からの情報で、新大陸のハイデン、フィンダールとは違う大国領の地域で、怪物が現れたという話があるらしい」
「それって、マ……」
カグラが思わず口を開こうとした瞬間、ユキ先生から口を押えられます。
「これ以上の話は、外務省に戻ってからだ。いいな?」
そう言われて、全員コクコクと頷いて、学校を出ることになりました。
「ユキ先生。色々やらないといけないのでしょうけど、無理はしないでくださいね。カグラさんたちもです」
「ええ。いざとなったら、カグラたちを抱えて逃げてきますよ」
「はい。逃げてもいいんです。私たちが望むのは、再び笑顔で会えることです」
そう言われて先生に見送られて、ミコスちゃんはちゃんと無事に戻ってこようと思った。
あ、でも、面積の求め方はどうしよう……。
いや、そういうことは、今はまだ気にしなくいいよね。
とりあえずは、マジック・ギアの話。
「さあ、そこのユキ少年。詳しく話を聞かせなさい」
外務省の外務大臣の執務室に到着すると、なぜかそこにはハイレン様が腕を組んで立っていた。
「……ソウタさん。この女神はなぜここに?」
ユキ先生はハイレン様をあっさりスルーして、苦笑いしているソウタさんに話を聞く。
「すいませんな。運悪く、報告書が届いたときにいまして」
「ハイレン。部外者は立ち入り禁止のはずなのじゃぞ?」
「部外者じゃないわよ!! 何よ2人とも、私がここに居るのがそんなにじゃま!? 2人でイチャイチャしたかったわけ?」
「そういう話じゃないよ。ハイレン」
「うむ。守秘義務の関係じゃよ。ハイレンは外務省の一員ではないじゃろう?」
「うっ。そうだけど、このことは私たちが当事者でしょう?」
なんか、ハイレン様って本当に可愛らしいわよね。
何度か個人的に話す機会があったけど、本当に気さくで、ルナ様と同じような印象を受けるのよね。
で、ちょっと違うのはルナ様は年上って感じがするんだけど、ハイレン様は同じ年って感じで話しやすいのよね。
これが、女神パワーかと思ったんだけど、エノル様とかはこれが素だっていうのよね。
恐るべし。
と、そこはいいとして、ハイレン様が言った当事者だというのはまさにその通りなので、ソウタ様もエノル様も否定できず、ユキ先生を見つめる。
恐らく、ハイレン様をどうするか決めて欲しんだろう。
それが、ハイレン様にも分かったのかユキ先生を見つめて……。
「ユキ少年。私は、あの戦いの当事者として、最後まで見届ける必要があるのよ。これだけは譲れないわ」
そう言い切った。
その顔は真剣そのもので、いつもの笑顔とは違ってキリッとした美人だ。
しかし、ユキ先生はどうするんだろう?
「……わかった。同行は許そう。ただし、俺が許可するまで、人前で一切喋るな」
「むっきー!! なによ、その横暴な命令は!! 喋るぐらいいいじゃない!!」
「ハイレン。お前はあの大陸では名の知れた女神なんだ。下手に喋って名乗ると、本物と思われず偽物だと思われる。そうなると、ことの真意の判断で教会に迷惑がかかる。果てしなくな」
……確かに、本物の女神様だって言っても信じてもらえるかも分からないし、かといって、教会がそれを認めれば、女神が降臨したと大騒ぎになるのは目に見えている。
そうなれば、色々な勢力がハイレン様を狙うだろう。
「ぶー!! だからって喋るなっていうのは関係ないじゃない!!」
「いや、人前っていうのは偉い人の前でだ。ハイレンがその場で迂闊に口を出せば、厄介なことになるって話だ。ただの町中で喋る分は構わん。ハイレンなんて名前はお前が頑張ったおかげで、祝福ある名前って感じで、比較的多い名前らしいからな。ハイレをもじってらしいが」
「あ、ならいいわ。偉い人との話は面倒だもん。任せたわ!!」
……あー、うん。ハイレン様はこういう人だったね。
後ろで、ソウタ様とエノル様が申し訳なさそうに頭を下げていたのが、哀愁を感じさせた。
ま、それはともかく、ミコスちゃんとユキ先生のベストカップルは、その他大勢を引き連れて、懐かしきはミコスちゃんたちの大陸へと戻っていくのでした。
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