第326堀:口八丁手八丁、あの手この手で

口八丁手八丁、あの手この手で



Side:ラライナ  アグウスト国所属魔剣使い



「大丈夫でしょうか……」


私は何度目かになる言葉を吐いた。

あのヒフィー神聖女殿からの宣戦布告から二日。

私たちは奇跡的に、まだヒフィー神聖国に留まれている。

その理由は、護衛として来てくれていた傭兵団の団長、ユキ殿の知り合いが、このヒフィー神聖国で高い地位にいると分かって、彼らがそちらの方から、ヒフィー神聖女殿と話し合いの場を設けて、何とか戦争を回避するための話し合いをしているからだ。


「大丈夫です。私の夫ですから」

「そうですわ。ユキ様ならやって見せます」

「ん。ユキに任せておけばいい」


そう言って答えてくれるのは、彼の傭兵団の団員であり、妻でもある人達。

このような場所までくる女傑たちだが、なぜそこまでユキ殿を信頼できるのだろうか?

そして、私は彼らに話し合いを任せて、ここで何をしているのだろうか……。

私は、ヒフィー神聖女の言った言葉に返事を返せなかった。

……違うと、否定したかった。

でも、私の在り方は確かに、ヒフィー神聖女の言う通り、人の命をすり減らしている所業ではないのか? という思いがよぎっていた。

まあ、それは私個人の問題だからさほど問題は無い。


だが、このまま戦争に入ればどれだけの犠牲がでるかわからない。

しかし、あの時、私はヒフィー神聖女殿を止める言葉を持ち合わせていなかった。

彼女が戦争を起こすのを止められないと思ってしまって、今も止めるための言葉を考えては否定している。

ユキ殿たちはいったいどのような話し合いで、この二日という時間を費やしているのだろうか?


「あ、あの、エリス師匠、リーアさん」

「ん? どうしたの?」

「どうかした、アマンダちゃん?」


横では、私と同じようにあの時の話し合いで不安を覚えている竜騎士アマンダ殿が、エリス殿たちに声をかけている。


「ほ、本当にユキさんたちは大丈夫でしょうか? そ、そのエオイドからは、タイゾウ殿は温厚だって聞きましたけど……。そ、その、ヒフィー神聖女様は……」

「本気だったかしら?」

「……はい。だ、だから、助けに行きましょう!!」


アマンダ殿は耐えきれずそう叫んだ。

そう、アマンダ殿の言う通り、最悪、今まさに交渉が決裂して、ユキ殿たちが襲われている可能性もあるのだ。

……私より技量の低い彼らでは、乗り切るのは至難の業だろう。


「大丈夫だって、アマンダ」


しかし、そのアマンダ殿に声を返したのは、エリス殿やリーア殿ではなく、夫のエオイド殿だった。


「大丈夫なわけないでしょ!! エオイド、あなたの師匠2人が危険な目に合ってるかもしれないのよ!!」

「あの2人なら大丈夫だよ。タイゾウさんもいるんだし」

「なんでタイゾウ殿が信じられるのよ。私はその剣の為に約束を守るなんて信じられないわ」

「それはあの場面を見ていないからだよ。本当にタイゾウさんは約束を守る。そして俺も、2人もそれを信じたんだ。エリスさんたちが落ち着いているのは、それを信じてるからだよ」

「……そうなんですか?」


私も彼女たちの落ち着きぶりは気になっていた。

正直、彼女たちのほうが、取り乱してもおかしくない状況なのだ。

次の瞬間、殺害されたユキ殿がこの部屋に放り込まれてもおかしくないというのに。

だが、エリス殿も、先ほど信頼の返事を返したサマンサ殿たちも、まったく自然体だ。

わざと冷静さを保とうとしているのでなく、日常の風景のような感じなのだ。


「ねぇ、エリス。そろそろネタばらししていいんじゃない?」

「あー、そうねー。ま、動き出す頃だし、聞いてもらいましょうか。ラライナさんも話を聞いていただけますか?」

「? 構わないですが、動きだすとは?」

「そうですね。ミリーとはお知り合いですよね?」

「は、はい、その通りです。やはり君たちがミリー殿の言っていた人たちなのですね?」


今まで確信が持てなかったが、エリス殿からミリー殿の話が出たのなら、間違いないだろう。


「はい。彼女たちは情報集めの担当みたいな役割で色々動いているのですけど……。このヒフィー神聖国で妙な動きが出ているのですよ」

「妙な動きとは戦争のことですか?」

「それも含めてですね。一昨日お会いしたヒフィー神聖女様は明らかに戦意が高かった。今まではそうでなかったのに」

「それは準備が整ったからでは?」

「確かに、その可能性はありますが、些かそれだけではなぜいきなり大国に喧嘩を売るのかわからない。普通であれば、まず周りの小国を取り込むのが定石でしょう。このままでは袋叩きに合います。それすらどうにかできる方法があるにしても、ヒフィーに住む民には絶対に被害が出ることでしょう。そんな手をヒフィー様が打つとは考え難い」

「それは、私や陛下も考えていました。しかし、本人がどうとでもできると……」

「で、ここで耳寄りな情報です。ここ最近、まあ私たちがエナーリアにいた時に起こったことですが、ローデイへの内通者のせいで、エナーリア首都が襲撃されることが起こりました」

「それは聞いています。大臣が糸を引いていたと」

「その後の調査結果が届きまして、その大臣を処刑したあと、大臣宅の隠し地下室から大臣が発見されました」

「は? ほかの大臣が捕まっていたのですか?」

「いいえ、違います。全く同じ顔形、体形まで一緒のそっくりさんです」

「それはどういうことでしょう?」


双子の兄弟だったとかか?


「その事態で処刑された大臣の墓を掘り返して検分したところ、まったく別の男がその墓に入っていました。しかし、処刑当時と同じ服装で、墓が掘り返された様子もないので入れ替わったわけではなさそうです。で、ここまでの状況で考えられるのは1つ」

「姿を真似る魔術か何かがあるということですね!!」

「はい。正直この話は超極秘の情報です。意味は分かりますね?」

「ああ。その魔術があるのであればだれが敵か味方かわからない……」


こんな混乱するような情報をポンポン流すわけにはいかない。

ここぞとばかりに、権力を狙っている意地汚い連中はこぞって、その事件を理由に政敵を排除しようとするだろう。

変装の魔術を使っている方も、使っているのはばれないはずだから、より効果的な……!?


「まさか!?」

「はい。その可能性を考慮して、私たちエナーリアの事件に関与した者として、この使者の護衛に就いたというわけです」

「え、え? わ、わかんないです。……ごめんさない」


アマンダ殿は話について行けないのか、混乱している。

ここは少し私が整理して話すべきか。

私も少し説明しながら、自分の中でも整理をつけたい。


「アマンダ殿。例えば、完全にほかの人に変装できる魔術があればどう使うと思いますか?」

「え? そ、それは……その人の代わりに授業受けたり?」

「ははっ、それはいい使い方ですね。ですが、偉い人に成り代わることもできるとしたら」

「あ、ああ。それってエリス師匠たちがエナーリアでかかわった事件ですよね?」

「そうです。だが、その偉い人にはまだ上がある」

「……ええっ、それってもしかして、ヒフ……」


アマンダ殿も同じ答えに行きついたのか、声をあげて言おうとするのは私が押さえる。


「それから先は言ってはいけない。あくまで可能性です。そして事実だとすれば、その事実を知った私たちは消されるし、何としてもこの真意を確かめなくてはいけない。偽物が成り代わっているのなら、どこかの組織が糸を引いているはず。これは国と国で潰しあいさせていることから、よほどの大きな組織と見るべきです。これはこの大陸で人の歴史が始まってから最大の問題かもしれない……」

「そ、そこまでですか?」


事態の大きさにようやく気が付いたのか、アマンダ殿は顔を青くして小刻みに震えている。


「で、動き出すと言いましたね。それは裏が取れたということですか?」

「はい。ミリーもこの場に来ていますよ」

「本当か!? と、すみません。本当ですか?」

「ふふっ、ミリーから話は聞いています。今となっては知れた仲ですし、堅苦しいのは無しで行きましょう」

「……わかった。で、ミリー殿から報告があったんだな?」

「ええ。聖堂の地下から、本物と思しきお方が見つかりました。今日明日あたりに、ミリーが救出、そして、本物とミリーたちが、ユキさんとタイキさんが交渉している偽物の所になだれ込み、押さえる予定です」

「それは、私も協力するべきでは?」

「駄目です。私たちは囮なんです。相手が警戒しているのは、エナーリアの事件に関与していた私たちです。ここでじっと待つ方がその役を果たせるんです」

「……なるほど。で、救出が終わり、偽物を押さえたあと、私は本物のヒフィー神聖女殿から話を聞き、即座にアグウストへ戻るのだな?」

「はい。そうしなければ、ラライナさん自身が裏で糸を引いていたと言われかねません」

「そうか、事実を知っていて動いている君たちと私ではこの問題に対してとれる行動が違うのか」

「そうです。今、私が話したことで知ったと言っても、それは誰も預かり知らぬこと。ヒフィー様以外に内部に入り込んでいる者がいないとも限りません。ですので、直接ヒフィー様から話を伺い親書を持って送り出してもらうという手順がいるんです」


確かに、私の身が拘束されればそれでおしまいだ。

エリス殿たちにもできないことはないが、アグウストへ伝える手段が乏しくなる。

それはどう考えても、状況に対して後手に回りすぎている。


「しかし、その話を聞くと、私の方がおまけみたいだな」

「結果はそんな感じですけど、何もなければラライナさんに頼るしかなかったですよ?」

「そうだな。しかし、多少は肩の荷が下りた。そういえば、その話を、陛下はご存じなのか?」

「私たちからの情報提供は行っていません。学府へすぐ連絡できる道具がありますから、そちらから何かしら情報を得ているかと思いますが、詳しくは全く……」

「恐らく、陛下も知っていて、このような布陣にしたのだろう。お人が悪い」

「確証もある話ではないですから。迂闊に話すこともできなかったんだと思います」

「だな。私もこんな話、誰にすればいいのかすらわからん」


ふぅっと一息入れていると、リーア殿がお茶を出してくれる。


「どうせ動き出すまで暇ですし、というか動き出しても暇ですし、お茶でも飲んで、これをしましょう」


リーア殿はそう言って、長方形の札のようなものを取り出した。

なんだろう?


「あ、トランプだ。持ってきてたんですね?」

「はい。暇を持て余すことがあると思ってね」

「とらんぷ?」


聞き覚えがないな。

学府で流行っている新しい遊び道具か?


「あら、良いですわね」

「ん。大富豪がいい」

「……もうちょっと、緊張感は必要だと思うのですが」

「まあまあ、ピリピリしすぎても仕方ないわよ」

「……そうだな。ジェシカ殿、私にそのトランプとやらのやり方を教えてくれないか?」

「はあ。ラライナ殿がそう言うのであれば……」



そうして、トランプは途中で賭けに代わり、壮絶な手札の読み合いが始まり、気が付けば……。



ドンッ!!



扉が開かれて、傷ついたヒフィー神聖女殿とミリー殿がユキ殿、タイキ殿たちを伴って部屋に入ってきて……。


「申し訳ありません、ラライナど……」



「こっちはスリーカードだ!!」

「残念、こっちはフルハウスですよ!!」



ああ、また負けた!?

なんでそんなに引きがいいんだリーア殿!?

も、戻ったら、妹に何か美味しいものをと思って取っていた分が……。

いや、まだだ。

まだ、負けてはいない!!

武具の修繕費をつぎ込んで取り返せばいいのだ!!


「もう一度勝負!!」

「ははは!! 何度きても同じですよ!!」


そう、勝てばいいのだ!!


「2人とも、いったん中止を」

「ジェシカ殿、止めてくれるな!! このままでは!!」

「いや、あの、ヒフィー様が見えられていますよ?」

「は?」

「あれ? ユキさんおかえりなさい」


私はギギギ……と顔を扉へ向けると、ヒフィー神聖女殿が微妙な顔でこちらを見ていた。


「た、大変申し訳ありませんでした!!」

「い、いえ。くつろいでいただけて何よりです……。私の演技無駄になっちゃった……」

「なにか言われましたか?」

「いえ。少々、事情を説明したいので、今よろしいでしょうか?」

「は、はい。かまいません!!」

「じゃ、私の勝ちー!!」


そう言って、かけ金はリーア殿の懐へ流れていく。

……あとで絶対取り返してやる!!



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