第324堀:作戦の提案と情報のすり合わせ

作戦の提案と情報のすり合わせ



Side:ヒフィー



「なるほど。確かにこれならば……」

「そうだね。戦争回避には一番の手だと、私も思うよ」


コメットに視線を向けると、彼女も頷いて賛同してくれます。

昨日、彼女とは色々ありましたが、今はそんなことにこだわっている暇はないのです。

ええ、熱湯風呂に長く浸けられたり、筆で顔に落書きされたり、ランニングマシーンで永遠とも思われる時間を走らされたりしましたが、恨んでいませんとも。

そして、私たちはその結果、ユキ殿と和解し、そう、和解です。

決して、悪のりするルナさまを止めてもらう条件で、降伏したわけではありません。

当初の宣言どおり、お互いの意見をすり合わせて、この大陸をよくしていくという方向になっただけです。


その証拠に、私たちとユキ殿たちは大きい机に集まるように座り、今後の展開を話し合っているのです。

今は、ユキ殿から言われ、戦争を回避する方向で話を進め、その案に私とコメットも納得していた所です。

本当の所は、各国にばらまいていた魔剣の事も把握されていて、正直悔しいという思いもあるのですが、このユキ殿の協力が得られるなら、より確実に、この大陸はいい方向に進んでいけると思います。


「あ、タイゾウ殿は、その、どう……思われますか?」


私はこの会議を始めて、初めて、タイゾウ殿に話しかける。

正直、私が考え進めていた、下種なやり方に幻滅されないか心配で、今まで声をかけられませんでした。

でも、流石に、ヒフィー側の代表としているタイゾウ殿がずっと沈黙するのは不味いので、決死の思いで声をかけました。

返ってくるのは、罵声でしょうか? 冷たい視線でしょうか?

……そう思うと、心が冷え込みます。


「ん? ああ、いや。話の内容に問題があるとは思えませんが、1つだけお聞きしたいことがある。ユキ殿。この魔力枯渇関連の資料の信憑性はどの程度だろうか?正直、私は今までヒフィー神聖国の国力を上げるための方向でしか、ことを進めていない。なので、魔力枯渇に関連する知識がほとんどない。まあ、資料1枚2枚で説明しきれるものではないから、詳しいことはまた後日になるだろうが。ユキ殿の口から、どの程度の信憑性かお聞きしたい」


どうやら、私のことに対してはそこまで怒ってないらしい。

ほっ、とする反面。

今度は、今まで本当の目的を話してこなかったことで、タイゾウ殿の理解が追い付いていないというところでしょう。

……どのみち私が悪いのです。


「ユキ君で構いませんよ。別に殿なんてつけなくても、お互いに譲歩できるでしょう。あくまで協力体制なのですから」

「そうか……。確かに、協力体制だったな。完全に負けていたから、一応敗者たる態度をと思ったが、余計だったか。で、ユキ君、もう一度聞くがこの資料の信憑性は?」

「正直高いとは言えません。ウィード、俺たちがいた大陸の僅か2年の調査・研究、そしてこちらに来てからの、この大陸の1年。数字や報告内容は事実です。ですが……」

「そんな僅かな数字では、信憑性も何もないか……」

「はい。環境の変化の観察ですから、未だ、地球の方でも日々修正、新意見とままありますから、断定するのは非常に危ういでしょう」

「当然だな。あとは、この世界に残っている昔ながらの言い伝えや伝承からの考察か……」

「そうですね。ウィードの大陸では魔力だまりで魔物が自然発生するような形になっていますが、この大陸ではもともとの魔力が非常に低く、魔物が湧いて出るというより、魔物が一定の場所で、魔力で生まれ、それで地方に散らばり繁殖しているという方向で考えています」

「ふむ。これについて、ヒフィー殿やコメット殿はどう思われますかな?」

「え? えーっと……」

「ああ、タイゾウさん、だめだめ。ヒフィーは魔力枯渇を人も魔物もまとめて一掃して、帳尻を合わせようとしていたんだから。細かいことは無視」


こらっ!! 余計なことを言わないの!!

私の睨みを無視しつつ、コメットは話を続ける。


「まあ、私もそれが手っ取り早いとは思うんだよ。この大陸の戦争をやめさせないと、結局は魔力溜まりが出来る。すると魔術学府からいずれ魔物が溢れだす。その時にお互い諍いをしていたら手の打ちようがない。ポープリたちが抑えられなかった時点でお察しさ。あ、魔力溜まりからの発生は私も調べていて、恐らくは事実だとおもうよ。魔力溜まりには強力な魔物も多いし、その流れだと思う」

「なるほど。決してヒフィー殿の手段は悪手というわけではないですな」

「そこら辺は、考え方と、立ち位置の違いでしょう。俺の場合は既に、各国のお偉いさんと繋がり、友誼ぐらいの立場はあるので、はいそうですかと切り捨てるわけにはいけません」

「確かにな」

「あと、問題なのは、魔力溜まりが爆発して、文献通りの魔物の大氾濫が起こったとして、コメット殿の言う通り、各国が対応を取れないだけならまだましで、俺たちでも手に負えない場合も考慮すると……」

「暴発させるリスクは背負いたくないな。そうなれば、この大陸は放棄せざるを得ない」

「けどさ、ユキ君の言っていることは、結局時間の引き延ばしだろう? そこら辺はどう思ってるんだい?」

「時間は大事ですよ。とりあえず、魔術学府一帯の高レベルの魔物は俺の仲間たちが間引きして、DPへと変換してウィードに持って帰っています」

「何も知らないで爆発させるよりは、情報をできるだけかき集めるのが私も大事だと思いますな。コメット殿。それだけ、とれる手段が変わってくる。間引きの有効性は私にはよくわかりませんが……」

「なるほど、DP変換ってことはダンジョンコアに移しているんだね。ああ、その手があったか。うん、タイゾウさん。この間引きは結構有効だと思うよ。魔物が持っている魔力を拡散させずにそのまま確保するやり方だ。ベツ剣や魔剣のシステムを上手く使っている。というか、私が目的としていた本来の使い方に近いね」


……会話に参加できないです。

そんな私をほったらかして、3人はドンドン話を進めていきます。


「そこら辺の着想はコメット殿のおかげですね。あれがなければ、学府一帯を完全にダンジョン化するというリスクを背負わないといけませんでした」

「それは、一気に爆発の危険があるねー。で、現在の学府一帯の高レベルな魔物ってどれぐらいだい?」

「あとで、魔術学府の管轄内の魔物をまとめた資料を渡しますが、俺たちでもそれなりの準備をしないと危険な魔物が既に多数生息しています。例えばバジリスクの群れとか、オークキングを中心とした村規模の巣、その他ワイバーンが多数確認できました」

「うわ。ちょいまって、そのメンツが既にいるのかい?うわっちゃー、こりゃ絶対爆発は無しだね」

「それほどの魔物なのですか?」

「うん。オークキングはオークの上位種。オーク自体大体推奨レベルが20以上だし、連携を組まれると30はいるかな? オークキングは50以上。現在の各国にいる将軍、魔剣使いレベルでやっと対応できる感じかな?」

「一種の軍隊レベルの強さですな。で、ほかは?」

「ほかの方がもっと厄介。オークキングが可愛いぐらいだね。バジリスクは生き物を石化させるブレスを吐くし、レベル自体もオークキングより一回り上。ワイバーンは飛龍種で、レベルはオークキングより少し高いぐらいだけど……」

「空を飛ばれるとそれだけで厄介ですな」

「とまあ、私は知識と戦闘経験があるだけマシだけど、今の国々だとこんな魔物は文献に残っているかも怪しいからねー」

「対応する以前の問題ですな」


辛うじて、私も彼らの話は分かります。

今、魔力溜まりが暴発して、魔物の大氾濫が起これば、私たちでも手が回らない状況に陥る可能性があるのでやめておいた方がいいというわけですね。

……会話には参加できませんが。


「という感じで、魔力枯渇関連はこれからも研究が欠かせない分野なので、特にコメット殿は俺の先任者なわけだから、情報提供というか、研究を専門にやってほしいと思っています。そっちの方が適任みたいだし」

「お、それ乗った。よくわかってるじゃん、後輩君!!やったー、これで国の運営とかいう雑務から解放だー。ひゃっほう!!」

「こら、私たちの評価を落とすような言動はやめなさい!!」

「えー、評価って既に地の底でしょうに……。せめて協力的な姿勢見せた方がよくない?」

「コメットのそれは、協力的な姿勢ではなく、嫌なことから逃げる性格を体現してしまっているだけです。いいですか……」

「まあまあ、ヒフィー殿。ここにきて専門分野で能力を発揮できるのはありがたいですし、コメット殿しか、この役をこなせる人はいないでしょう」

「……確かにそうですが。はぁ、あまり恥をさらさないようにしてくださいね。何かをしでかせば、コメットを庇ったタイゾウ殿の顔に泥を塗ることになりますからね?」

「分かってるってば」


……本当に分かっているのかしら?

あとで精神制御して、仕事に従事させようかしら……。


「で、コメット殿はいいとして、私やヒフィー殿はこの国の維持かね?」

「そうですね。国を放棄するわけにもいきませんし、こちらの作戦に乗ってくれるなら、国の顔としての協力が絶対に必要です」

「だな。ここら一帯の国力やバランス関連は把握しているから、こちらで力になれるだろう。ヒフィー殿、よろしいかな?」


そう言って私の様子をうかがってくるタイゾウ殿。

多分、私が昨日の決闘に不服をもっていないか、心配なのでしょう。


「大丈夫です。ユキ殿、私たちもその提案に協力します」


決して、あの映像を、ヒフィー神聖国や諸外国で公開するという脅しに屈したわけではありません。

より良き、道筋を選んだだけです。

そう、人の新たなる道を見つけたからです。


……本当ですよ?



「では、魔力枯渇はコメット殿も研究に入ってもらうとして、当面は各国への誤解解きなんです。それで、まず最初に……」

「ラライナ殿ですね。……あの、私が本当に行くべきなのでしょうか?」


私たちが協力することに否はないが、あれだけ啖呵を切って宣戦布告をした、アグウストの使者であるラライナ殿に、私が、また彼女の前に出ていき「この前の私は偽物なのです!!」と言って信用してもらえるでしょうか?


「いや、というより、ヒフィー殿しか適任がいないですね。諸外国にはタイゾウさんも、コメット殿も顔が知れていませんし、せめて、一昨日、ラライナ殿を案内していた、顔を合わせている司祭や兵士を使って信憑性をますぐらいしかないですね。あとは、怪我のメイクですかね」

「それでいけるでしょうか?」

「いけると思いますよ? そもそも、ラライナ殿は戦争回避をしたくて、其れが無理なら情報を集めて帰るという目的があるのです。誤解だったということと、アグウスト国内に不穏分子がいるとリークすれば、かなりの確率でいけると思いますが」

「ヒフィー殿の気持ちは分かります。あれだけの思いで言った言葉を、自身でひっくり返して発言しなければいけないのですからな。まあ、次善策もありますし、大丈夫でしょう」

「……タイゾウ殿。わかりました。で、決行はいつでしょうか? 今日の夜ですか?」

「そこまで焦らなくていいですよ。明日の昼、ラライナ殿が帰るときにギリギリ間に合ったという感じを出す方が、信憑性がでていいでしょう。それまでは、各国にばらまいた、魔剣の数の把握をしたいんですが、いいですか?」


……ふぅ。

正直助かりました。

今から、劇をして来いと言われて、上手くできる自信がありません。

時間を空けてもらって助かりました。


「数ですか?」

「はい。数です。1つでも紛失しているなら、それはそれでどこかで物騒な物を持って潜伏している奴がいるかもしれないということです。傭兵に持っていかれていた場合は回収が難しそうですし、監視を置かなくてはいけないですし、ちゃんとした数を教えていただきたい」


なるほど、確かに、魔剣の精神制御は完全ではないので、不測の事態も考慮しなければいけませんね。


「すみません。その資料は今手元には……」

「ああ、詳しい確認や数の報告は後でいいので、とりあえず、こちらのエナーリアで回収した魔剣の数が大体あっているか確認をお願いします」


そう言って渡された資料に目を通すと……。


「え?」


そんな言葉が口から出てきました。


「どうかしたかい?」

「何かおかしかったですかな?」


そして、魔剣の開発をしたコメット、各国へ魔剣ばらまきを提案したタイゾウ殿も驚いたような目をする。


「どうかしましたか?」


ユキ殿がそう聞いて来て、3人でゆっくり顔を上げます。


「数が多いです」

「うん。どれほど分配したか知らないけど、こんな数を一国に送ったら、ほかの国に回す余裕がないと思うけど……」

「コメット殿の言う通りですな。ユキ君、この数は本当か?」

「はい。急襲して、確保しました。鑑定、動作確認はしていますから、間違いないです。で、数が多いというのはどれほど?」



「凡そ、5倍は有ります」



これは、まさか……。

その言葉を聞いたユキ殿は、少し顔がぴくっと動きましたが、普通の表情に戻り……。



「なるほどね。ま、簡単にはいかないか」

「なにか予測がつくのかい?」

「いや、コメット殿。人間頑張れば結構何でもできるんだよ。ねえ、タイゾウさん」

「だな。つまり、どこかの組織か国かしらないが、魔剣の開発に成功していて、私たちと同じ手段を取ったという可能性があるわけだ」

「そ、それでは……」


同じ手段ということは……。


「どこかで大きな狼煙が上がるかもしれませんねー。あー、面倒だ。ジョン!! 各国のメンバーに通達、魔剣を持つ組織をかたっぱしから潰せ!! ヒフィー神聖国以外に、魔剣を生産している奴がいる。何としても調べ出せ!!」

『了解!!』




世界は、どうして……。

……いえ、仲間が増えたのです。

絶望する前に、やるべきことをやりましょう。

希望はまだ潰えていません。


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