第321堀:逃げ道を塞ぐ

逃げ道を塞ぐ



side:ヒフィー



まだ頭がくらくらします。

それは、この幻想的な風景に見とれているわけではなく。

あのポープリが放った、爆音の魔術によってです。

まさか、音だけの魔術でここまでのことができるとは思いませんでした。

それなりに離れた私でさえ、これなのだから、間近でこの爆音を聞いたコメットは気絶してしまい、敗北しました。


コメットの敗北は驚きましたが、心のどこかで、私達が相手を侮っていたということでしょう。

私も負けるというイメージがなかったのです。コメットも同じように、負けるイメージがなく、あの行動に対応できずにやられたのでしょう。

こういってはコメットに悪いですが、これで私の目も覚めました。

心のどこかにあった油断は、さっきの光景で消し飛びました。

おかげで、万全の体制をもって望めます。

ユキ殿、あなたの頑張りは分かりますが、ここは譲れないのです。

そう思いを込めて、桜吹雪の奥に立つユキ殿を見つめるのですが、ポープリやピースたちと何やら話していて、私が見つめていることに気が付いていない様子です。

きっと、あの魔術もユキ殿からの提案でしょう。

あれぐらいの発想はないと、大陸を維持する魔力を確保はできないはずですし、ルナ様もこちらに送ったりはしないでしょう。


「さて、ヒフィー、どうする? 棄権してもいいのよ?」

「いいえ。無理を言っているのは私ですし、これでは私は納得できません。きっと、私の手に大陸をゆだねても構わないと、ルナ様にも、ユキ殿にも納得してもらいます」

「……はぁ。まあ、私の非もあるから、何とも言えないけど。ユキ相手に負けたら大人しく引き下がりなさいよ?」

「……負ければ、善処します」

「ま、納得しろとはいわないけど、身内でバカな勢力争いはやめてよね。それが無いように、この決闘を設けたんだから」

「それは、理解しています」


この決闘を設けた理由は、内輪もめでお互いをつぶしあってほしくないからだというのは分かっています。

ここまでルナ様が干渉してくることは珍しいことです。

それほど、私たちの処罰を決めかねているということです。

昔いた横暴者の神たちは問答無用で神格を剥奪されましたし、それから考えれば、私たちは与えられた使命を遂行できなかったといわれて、すぐに処罰されていたはずです。


ルナ様は迷っているのです。

ですから、この決闘の場で勝利を収め、堂々とこの大陸を改善していく様子をお見せすればいいだけ。

こちらとしても、ルナ様がそこまで重宝されている相手と事を構えたくはありません。

この機会で私たちのやり方に納得しろとまでは言いませんが、黙認して手出し無用であればいいのです。

使者の護衛として来ていましたから、こちらの大陸で作った繋がりの知り合いがいるでしょうから、そちらはこちらでなるべく手厚く扱うといえば納得してくれるでしょう。

……負けた時は、しっかりとした、この状況、戦争回避の解決案、そして大陸の魔力枯渇を解決する案を見せてもらわなければ、引くわけにはいきません。

もう少し、早く出会っていれば、こんなぶつかり合いなどせずに協力し合えたでしょう。

でも、元々彼らには関係のないこと、タイゾウ殿は自ら手を貸してくれましたが、それを彼らにも求めるのは都合がよすぎるという物。


そう、彼らのためにも、先人として、私達で問題ないと示さなければいけないのです。


「おーい。ユキ、そろそろ準備はいいかしら?」

「ん? ああ、いいぞ」


そう言って、ユキ殿はのんびりとこちらに歩いてきます。

ルナ様に対して敬意のない返事ですが、それを言えばコメットも該当するので、こちらから注意するわけにもいきません。

しかし、見た目はタイゾウ殿よりも若い青年。

このような青年が何をどうすれば、わずか数年でほかの大陸の魔力事情を解決できたというのでしょうか?

彼は何を胸に秘め、関係のない異世界へときたのでしょうか? 


気が付けば、ユキ殿は目の前まで来ていて、それに合わせるように風がなびき、桜が宙に舞います。


「さてと、ヒフィーさん。準備はいいですか?」


ユキ殿が普通に話しかけてきます。

これから決闘などという感じもない、普通に挨拶をするような感じで。


「はい。ちょうど一勝一敗、そちらの覚悟もわかった次第です。私たちの結果で決まるでしょう」

「……ん? ああ、いえいえ。一勝一敗じゃないですよ? これからが本番なので、コメットさんとタイゾウさんを呼んでください」

「え?」


言っている意味が分からなかった。

これから本番? 今までのはなに?


「ど、どういうことでしょうか?」

「いや、普通に落ち着いて考えてください。タイゾウさんとタイキ君はただの親戚同士の剣の打ち合いですよね?」

「……えーと、はい。そういう面もあるかと、でも、一応ユキ殿の側ですよね?」

「俺の側ですけど、タイキ君はほとんど部外者ですし、彼がダンジョンマスターなんて言ってないよな、ルナ」

「ええ、言ってないわよ」


……はい?

つまり、ただの二人の競い合い?


「で、では、コメットとポープリたちは?」

「なおのこと部外者ですね。だって、この大陸に来てからの知り合いですし、そんな相手とまでは言いませんが、こういう大事を任せますか?」

「……」


……確かにそうそう任せたりしないはずです。


「なぜ、コメットとポープリたちを?」

「いや、こちらも、タイキ君とタイゾウさんと同じように因縁があったから、一度は会話をするチャンスぐらいあったほうがいいでしょう? 皆の別れ方には誤解があったようですから」

「誤解というか、血まみれというか……」

「とまあ、こんなわけで、今までのは、友人同士の交流といったところですね。お互いのもやもやしたところはすっきりしたところで、清々しく勝負をしましょう」

「は、はぁ」


どうもペースが乱される。

何を考えているのでしょうか?


「じゃ、コメットさんとタイゾウさんも連れてきてください。3対1でさっさと勝負を決めましょう」

「え?」


もう何を言っているのでしょうか彼は?


「いや、一応、あのお2人もヒフィーさんの考えに賛同なんでしょう?」

「はい、そうですが……」

「こっちとしても、前任者が無事で、なおかつ予定を進めているのであれば、お互いの仲をこじらせてまで、この大陸の主導権はほしくないわけですよ」

「はぁ……」

「つまり、自分としてはさっさと終わらせたいけど、ヒフィーさんも無理にルナに意見を通しているし、勝負をせざるを得ない。なら、3対1でサクッと勝って証明とすればいいんですよ。俺が1対1でヒフィーさんに勝ったとしても、全体的に運営するっていう能力が証明されるわけでもないですしね」

「それは……そうですね」

「だから3対1がちょうどいいと思いませんか? 3対1で俺に負けるようなら、実力不足は明らかですし、こっちと話し合ってちょっと展開を変えていきましょう。お互いにいろいろ意見を組み合わせるって方向で。で、普通にそちらが勝った場合はそっちの主導でかまいませんが、こちらに来て世話になった人もいますし、そちらの保護だけはさせてください」


……考えてみれば、普通に当然の話だ。

ユキ殿にとっても、わざわざこちらと険悪になる必要はないのだ。

お互いを排斥して、自分たちで目的を達成するという前提がない限り。


「どうですか? これでお互いわだかまりなくいけそうなんですけど?」


確かに、それなら問題はない。

少し、意固地になりすぎていたようですね。

すでにユキ殿もこの大陸に多少であれ、つながりができている。

これで、邪魔だから出て行けと言われても納得はできないでしょう。

むしろ、ユキ殿が今まで作ったつながりを利用できる可能性もあるのです。

私達だけの手でとこだわって、内輪でのつぶし合いを避けたいのは、私もルナ様もユキ殿も一緒。

私が負けた場合の話も納得できる。

3人でユキ殿に挑んで負ければ、それは明らかな実力不足だ。

それを成したユキ殿の意見を取り入れるのは当然だろう。彼は主導権を欲しがってはいないし、国がつぶれるという心配もないでしょう。


「よくもまあ、口が回るわね」

「アホ。お互い戦争って局面で、ピリピリしていたからどこかでクッションが必要なんだよ。奪うか奪われるかの選択しか思いうかんでなかったってことだ。ヒフィーさんは昔から準備を進めてきたし、それをただ止めろといって、やめるわけない。それなりの理由がいる。ちょうどいいだろ? 新人の俺がヒフィーさんたち3人に勝つようなことがあれば、実力不足なのは明らかだし、作戦を考え直すほうがいい」

「ま、そうね。どう? 承諾するかしら?」

「そう、ですね。納得のできる話だと思います。私は構いませんが、ユキ殿、私たちは本気で向かいます。手加減を期待しないでください」

「ええ。それでいいと思いますよ。負けて本気じゃなかったーってのも問題ですしね。私もケガしない程度に立ち回りますから。まずいと思えば降参しますし。その時は攻撃しないでくださいね?」

「は、はあ。善処します。では、ちょっと待ってください。彼女たちを呼んできます」


何ともやる気が削がれる。

とりあえず、私たちにとっては悪いことではないので、二人を呼びに行く。


「あー、まだ頭痛い。耳がキンキンする」

「よくなってきてはいますから、一時的にひるませるのが目的のようですな」

「うん。本来はそうなんだろうけど。あれを耳の間近で受けた私は気絶しちゃったよ」

「あの音ですからな。爆弾の音と衝撃で気絶しますし、ああいう手もありかもしれませんな」

「だねー。あれを利用すれば、無駄な血は流さずに敵対国を落とせるかもねー」


2人は桜の幹に背中を預けて、そんな話をしている。

正直、コメットもタイゾウ殿も無理やり従わせていたのだから、あっさり手を切られると思っていた。

だけど、現実は2人とも私に協力を申し出てくれた。

……これがこの数百年で唯一の成果と言っていいでしょう。


「と、おや? ヒフィーどうしたんだい?」

「どうかされましたか、ヒフィー殿?」

「あ、いえ。ちょっと決闘の変更というか、勘違いがあったようで」

「変更?」

「勘違い?」


2人とも首をかしげています。

はい、私も首をかしげたいです。

というか、どう説明すればいいのでしょうか?

……とりあえず、先ほどした話をそのまま伝えます。


「あー、あー、うん。確かにポープリたちは彼ら側だとしても、新参だよね」

「ふむ、そういうことですか。話は通っていますし、私たちに有利だとも思いますし、これで敗れるようなら予定は練り直しが必要というヒフィー殿の意見にも賛成ですな」

「だね。特に問題はないよ。というか、ユキ君相手だけど、少しはさっきの間抜けの挽回ができる機会が来たんだから張り切らせてもらうよ」


どうやら話は理解してもらえたようで、2人とも乗り気です。


「手加減は無用です」

「わかっているよ。これで負けたら本当に私たちは文句を言うどころじゃないしね」

「ですな。油断して負けたなどと言い訳も通りますまい。コメット殿がやられた時の相手を見習い、最初から全力で臨むべきでしょう」


3人でそんな言葉を交わし、皆でルナ様とユキ殿の場所まで戻ってきます。


「2人とも話は聞いたわね? どう問題はないかしら?」

「うん。問題ないよ」

「ありません。しかし、ユキ君。……いいのか?」


タイゾウ殿は微妙な顔をしてユキ殿にそう尋ねます。


「ええ。タイゾウ殿の心配は年寄りの冷や水にしてあげますよ」

「ふっ、そうか。楽しみしている」


……?

どういう意味でしょうか?

まあ、2人で意味が通じているのであればいいのでしょう。

お互い邪な感じはしませんから。


「さて、距離を取りなさい」


そういわれて、私たちとユキ殿はルナさまを中心に離れていきます。


「じゃ、これが最初で最後の文句なしの決闘よ。これより、ユキ対ヒフィーたちの決闘を執り行う」


そういって、ルナさまは腕を振り上げ……。

桜吹雪が一面を埋め尽くし、視界を桃色に染め上げ、それが終わり、ルナさまの目の前の桜がひらりと落ちたとき……。


「始め!!」


振り降ろされました。



さあ、後は最初から全力で向かうのみ!!



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