第320堀:物は使いよう
物は使いよう
Side:ポープリ・ランサー 魔術学府学長 元ダンジョンマスターの直弟子
私の目の前に立つのは、ダンジョンマスターラビリス殿の前任者、コメット・テイル。
今は代わりに代理のユキ殿が来ているが。
よもや、彼女が生きているとは思わなかった。
いや、アンデッドだから死んではいるのだが、こうやってお互い面と向かって話すどころか、意見を違えて、ぶつかるなんて想像だにしていなかった。
しかし、知略の回るユキ殿がこうやって私の願いを聞き届けてくれるとは思わなかった。
「決闘かい?」
「ああ。あの駄目神、ルナがそう言う方向にもっていくって息巻いてる。どこまで信用していいかわからんが。ひとまず、これで多少はお互いを知るいい機会ができたわけだ。決闘まで行かなくても、最悪、こっちであの3人を押さえれば、ヒフィー神聖国に問題になりそうな相手はいないからな。ということで、本目さんはタイキ君が相手するから、余計な横槍はしない。本目さんは大人の対応で、向こうに付きそうだからな。残るはヒフィーとコメットなんだが、少しでも情報を聞き出しておきたい。勝率を上げるための情報収集ってやつだ」
「なるほど……。それで私や、ピースを集めたんだね」
流石、ユキ殿。
こういうことに関しての動きは的確過ぎる。
私たち以上の情報源はいないだろう。
「そういうこと。聖剣使い……、ってあれ聖剣じゃなくて、便利つえー剣だっけ? スゲー安直な名前だな。言いにくい」
「ベツ剣って本人は呼んでいたよ」
「……ベツ剣。ネーミングセンスはどうにかならんのか?」
「それは私に言われてもなー。そもそも、自分が作った物に大層な名前をつけるってよほどだろ?」
まあ、ネーミングセンスがイマイチと言う意見は、私も概ね同意だけど。
あの研究馬鹿の師にそんなことを言っても無駄だ。
本人が分かりやすいってのが大事なだけ。
「そりゃそうか……。ま、武器の名前はほっとこう。で、ヒフィーやコメットの戦い方とか知ってるか?」
「ヒフィー殿のことは全然知らないなー。彼女が神様だったなんて初耳だし」
「私も知りませんでした。マスターの良き支えとなっていた人としか……」
「なるほどな。ヒフィーは本当にあくまでもこっそり支えてたわけか。ルナの言っていることの裏打ちがとれたな。ま、手札が分からないって厄介な話なんだが」
「司祭だった、みたいなことぐらいしか知らないな」
「ですね。多少回復魔術が長けているぐらいです」
しかし、私も今回の騒動をヒフィー殿が引き起こしたなんて信じられない。
あの人は、いつも優しく微笑んでいたお姉さんだったから。
回復魔術だけは、師からではなく、ヒフィー殿に丁寧に教えてもらった記憶もある。
その、師は無茶苦茶な明後日の方向で実現するタイプだから。
「ふむふむ。少なくとも、自分で回復しつつ戦えるから、持久戦はできるわけだ。ヒフィーの方は、勝負の時に初手で、全力で潰すぐらいしかないな」
「様子をみないのかい?」
「そうです。相手の実力を測らないのですか?」
「え? あー、そう言うやり方もあるが。俺としては、そう言う相手は速攻で叩き潰すタイプだ。追い詰めると厄介なことになりかねないってのは、お約束だからな」
「お約束?」
「……俺の故郷の常識だと思ってくれ。ということで、ヒフィーはいいとして、コメットの方は、その口ぶりだと知ってるのか?」
「そりゃね。私の魔術の師匠だよ」
「私は、マスターの護衛でしたから、彼女の戦闘スタイルは理解しています」
「「完全な魔術師タイプ」」
そう、彼女の研究は魔術、魔力に関して。
その彼女が、魔術を使えないなんてことはなかった。
寧ろ、私が知りうる限り、いままでで最高の魔術師だ。
ユキ殿と比べると、なんていわれると、正直、ユキ殿の全力をしらないので、なんとも言い難い。
だが、師は自分の魔術師としての欠点も知っていて、それを改善するような研究も怠らなかった。
つまり……。
「しかも、近接もそれなりにこなせる、凄腕だよ」
「はい。マスターは本来であれば、私の護衛すらいらない実力者です。しかし、本業は研究の方なので、護衛というより、お世話係ですね。ヒフィー殿と一緒に、研究室で爆睡しているマスターを運んだり、ご飯を食べさせたりしていました」
「要介護者かよ……」
ピースの役割は、当時そんなんだったね……。
正直、ヒフィーと並んで、お母さんとしての認識が強く、師が連れてきた孤児たちには好かれていた。
だから、その生活をぶち壊した、彼女たち聖剣使いに怒り心頭だったというのはよくわかる。
私はどっちに付くわけにもいかず、孤児たちの場所を守ってひっそり争いが過ぎるのをまったんだ。
「ま、話はわかった。でも、それは当時の話だからな。今はもっと腕が上がっていてもおかしくはないか」
「だね。強くなっていると思って間違いないと思うよ」
「ポープリに同意です。マスターが、当時のままというのはあり得ません」
「じゃ、もう少し詳しくいいか? 得意な魔術とか、本人の性格とか、そこら辺から予測して……」
「いや、ちょっと待ってくれないかい? 私から提案があるんだ」
ダメ元だった。
後始末を押し付けておいて、彼女と会話、対峙する機会を得たいがために、私はこう口を開いた。
「私たちが彼女、コメット師の相手をする。決闘方法は総当たり戦みたいなんだろう? それでユキ殿が戦う前に、手札を開かせてみる」
「なるほど、そりゃいい。俺も散々迷惑かけられたから、意趣返しにもなるし、相手の手の内を開かせるのには、お互いをよく知る者同士、新しく作った手か、隠していた手を見せるしかないな」
内心おどおどして提案したのだが、あっさり受け入れられ……。
「ついでだ。最近落ち着いてきた、スィーアにキシュアも連れていけ。ほかの聖剣使いは精神制御が残っていて不安定だけど、あの2人なら、ポープリとピースに力を貸してくれるだろうよ。4対1だけど、向こうの身内だったメンバーだ。嫌とは言わないだろう」
「……4対1を推奨していますが、ユキは私たち2人ではマスターに及ばないと?」
「及ばないね。ポープリもピースも多少底上げはしているが、俺の鑑定スキルだとコメットのレベルは400越え、ヒフィーに至っては800を超えている」
「「……」」
私も訓練したが精々200ちょっと、ピースも250、聖剣使いたちは精々150……。
数字だけ見れば全く勝ち目がない。
「4対1で、コメットの手の内をある程度理解している。そこが勝機だろうな。まあ、俺が後に控えているから、全力でぶつかってみればいいんじゃないか?」
負けがほぼ確実だというのに、ユキ殿は私たちが戦うのを止めなかった。
恐らくは、師やヒフィー、そして私たちの気持ちをなだめるため。
気持ちを汲んでくれたのだ。
目を開ければ、桜の花びらが深々降る光景が広がり、地面を桃色に染め上げる。
そして、眼前には我が師、コメットが嬉しそうにこちらを見つめ、杖を構え立っている。
「うん。両者ともやる気満々ね。じゃ、試合を開始するわよ。……始め!!」
ルナ様がそう言って、勝負開始の合図をする。
「最初から全力で行きます!!」
「いい魔力だ。……見せてくれ!!」
私の言葉に、師はそう答える。
予定通り、私の宣言で師はこちらの攻撃を見るつもりだ。
研究職としての性か、それとも私たちの成長を見たいのか、どっちかわからない。
が、これが私たちの最初で最後の勝機だ。
ユキ殿の情報の通りなのであれば、レベル自体がかけ離れているので、手の内を探るような真似をすれば、こちらが先に力負けするのは目に見えている。
なら、4人が万全の態勢で臨める、最初の攻撃に全力をつぎ込むのみ。
打ち合わせや練習は、時間が許す限り散々した。
あとは、実行するだけだ。
ぶつけるだけだ。
私たちの、貴女がいなくなってからの時間を!!
即座に私が放てる最大威力の魔術を放つ。
純粋な魔力を熱に変えたような光線で、一直線に師へと向かっていく。
普通に受ければ焼けただれるどころか、炭になる。
「ほほう。確かに、時間をかけないでやるにはこれが効率がいいな」
それを見ても師は慌てもせずに、あっさりと正面から同じ魔術で打ち合わせ、霧散させる。
エリス殿と同じ手法をとってくるか、それだけ実力差があるということ……。
だが、そんなことは百も承知。
手数でせめて、仕込む。
連続で撃ち、私に意識を向かせる。
「うんうん。連射速度に精度も合格だ。でも、この程度じゃないだろう?」
「もちろんです」
そして、予定通りに打ち込んだ一つが綺麗に迎撃され、あたりを閃光が包む。
「おおっ!?」
これはユキ殿から教えてもらった、スタングレネードの一部を再現したものだ。
今まで、敵にいかにダメージを与えるかということを重視していたので、こういう絡め手はなかなか思いつかなかった。
本来は、人質救出などで安易に武器を使えない時などに使う物らしいが、こうやって、格上相手の隙を作るのにも持ってこいだ。
そもそも、光を凝縮して目を眩ませるなどとするより、煙幕や砂煙のほうが簡単にできるので、まずこんな方法は取らない。
しかし、相手は元ダンジョンマスターであり、魔術師のコメット。
煙幕や砂煙は魔術であっという間に吹き散らされてしまうし、ガードされてしまう。
だが、閃光なら話は別だ。
吹き散らすこともできなければ、自分で視界をふさぐしか、ガードする術がない。
それは、私たちにとって、最大のチャンスだ。
後ろに控えていた、ピース、スィーア、キシュアが飛び出す。
魔術師にとって、一番大事なのは相手との間合い。
いかに、自分の射程、呼吸で戦うか。
相手にペースを奪われると、魔術師は魔術の行使が非常に難しくなる。
現実の展開に慌てて魔術のイメージができなくるので、発現ができなくなるからだ。
ガキンッ!!
「驚いたけど、これぐらいじゃ……」
予定通りに、この3人の不意打ちもあっさり止められる。
確かに、ペースを乱されると魔術行使は難しくなる。
だが、それを鍛錬して乗り越えて、一流の魔術師と言われるのだ。
私の師が、この程度で自分のペースを乱すわけがない。
エオイドと同じように、魔力操作で物理的な防壁を作って、あっさり3方からの剣を止めた。
……これで、師の3方を押さえた。
それを確認した私は、もう一発撃ち込む。
これを師は迎撃せざるを得ない。
「同じ手は何度もきかないよ。顔を向けなけれ……」
ドンッ!!
師の言葉を遮り、閃光だけでなく、すさまじい爆音が響く。
ちょうど顔を背けた、師の耳に直接叩き込むような感じで。
これをスタングレネード、フラッシュバンという。
付近の人間に一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状と、それらに伴うパニックを発生させて無力化する。
それだけ威力があるのだから、心臓などが悪い人は最悪ショック死する可能性もある。
距離が開いている私でも、多少耳がおかしい。
師を近距離で押さえていた3人は次の行動に移れるか?
私は、動かない4人を見て、追撃の準備に移る。
もう一発、スタン魔術をぶち込んで、完全に行動を封じて、一緒に魔術の連打を撃ち込んでこの勝負を終わらせる!!
隙を逃さないと放った、魔術は横から飛んできた、妙な魔術に包まれて、小さいポンッという音を立てて、消えた。
「はいはい、そこまでー。この勝負、ポープリたちの勝ち。あー、耳鳴りがひどいわ……。まさか、こんな手段をとってくるとは思わなかったわ」
ルナ殿がそんなことを言いながら耳をぽんぽんたたいている。
「ボケっとしてないで喜びなさい。コメットは伸びてるわよ」
「え?」
私が視線を師に戻すと、ピースに抱えられて目を回していた。
「どうやら、あの一撃で目を回したみたいですね」
「さすがに、音を攻撃に使われるとは思わなかったのでしょう」
「近距離だったからね。私もくらくらする」
スィーアも、キシュアもふらふらしているから相当な音だったのだろう。
「スタングレネードの強化版ね。向こうで、ヒフィーとタイゾウもひっくり返っているから」
そういわれて、そっちを見ると、ヒフィー殿も耳を抑えてへたり込んでいるし、タイゾウ殿は頭を振っていた。
「ふむ。これはあんたたちでヒフィーも押さえれたかもね。さて、ほら、コメット起きろ」
ゴンッと頭を殴られる師。
「いったー!? 相変わらず容赦ないね!! この美少女の髪が乱れるよ!?」
「やかましいわ。周りに世話をしてもらってる、自称美少女が聞いてあきれるわ。というか、さっさと負け犬は戻れ」
「は? 負け犬? って、そういえば勝負してたっけ? あれ? 負けた?」
きょとんとあたりを見回す師。
一応、顔を向けられたみんなは頷く。
「……はい? 爆音で気絶? 私攻撃らしい攻撃してないんだけど?」
「そうね。負け犬も負け犬。様子見してて、そこを突かれて実力を出す前にやられたわね。バカの極みね」
「ちょ、ちょっとまった!! も、もう一戦!! り、リベンジを!!」
「ん? そんなの勝手に後でやりなさいな」
「そ、そんなー!! いいとこなしだよ!! あんまりだよ!!」
そういって、ルナ殿に泣きつく師。
……ああ、こんな人だっけ?
孤児の子供に晩御飯を一品取られて、マジで追いかけてたっけ。
疲れた。
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