第170掘:60億対400万

60億対400万



side:ジェシカ



ついに、ジルバ帝国軍と戦う日がやってきました。

姫様のおかげで各方面の軍団が戻ってくることはありませんでしたが、運悪く魔剣使いの姉妹がこちらに目をつけてしまいました。

普通なら、亜人に勝目などない筈なのですが……。


「スティーブ、とりあえず降伏を勧めてくれ」

「えー、意味なくないっすか?」

「最初に選択肢を与えるってのが大事なんだよ。こっちは温情措置をしていて、負けた後言う事を聞けば助かるかもしれないって思わせないとな」

「あー、死兵になったら面倒っすからね」

「あ、いや、そうなったら全滅させるけどな。その場合は被害がでかくなるから、ゴブリン部隊の銃火器を使用許可。戦闘後命がある奴だけを治療すればいい」

「魔剣使いの姉妹もやっちまうんすか?」

「それはスティーブが適当にやれ。そうすれば、姉妹はどうにでもなるだろ」

「へいへい。どうせおいらが面倒事ですよ」


本陣となる場所で、ウィードの軍権最高のユキと、今回の作戦の総指揮官スティーブはのんびりと、どう捕まえるか話し合っています。

負けることは一切考えていません。

約5000対1000という兵数差は、戦の常識から考えれば負けることが確定していると言っていいでしょう。

しかも敵には魔剣使いが2人もいます。魔剣使いは1人で1万の戦力ともいわれる強大な戦力です。

それが2人もいる敵軍は実質2万5千と言っていいでしょう。

それに比べ、こちらの軍は軍とも呼べず亜人の志願兵の800ほどが主戦力です。

確かに、人と比べて身体能力や魔術を使える者も多いです。ですが、1人で10や20を倒せるのは稀です。

武装も持ち寄ったものや、私たちから押収した武器などで、統一も殆どされておりません。

これでは、隊伍を組む正規軍の前では蹴散らされるでしょう。


しかし、実は、この寄せ集めは主戦力ではありません。

残りの200がこの人と亜人の混成部隊の主戦力であり、そも魔剣使いなどものともしない戦力を保有しています。

というか、前人未到の魔剣の解析を行い、姫様の魔剣を封殺し、私たちの軍をたった150で粉砕した人々が揃っているのです。

2500の兵たちが1人として逃げ出せませんでした。

150に全て捕縛されるなど、普通ならあり得ないことでした。


「ま、大筋は前の姫さんの戦いと変わらんし、劇的な変化があるといいな」

「いやっすよ。妙手を打たれるとこっちだって混乱するんすから」

「混乱するだけだしな……。亜人の方が死ぬかもしれんがもともと別行動と言ってもいいぐらいだしな」

「そうっすね。わざと向かわせる話になってるし、玉砕に近いのになぜかやる気満々ですからね」

「あれだろ? 味方が見た目多いから勝てると思ってるんだろうよ」

「迷惑極まりないっす。おかげで、ここで迎撃するって話も無視しそうなんすよ?」

「そりゃ話にならん。この場所、この平原の4キロ四方でやるからこそ意味があるのにな」

「逃げられないようなトラップ満載すからね」


そう、実はこの何もない平原は、ユキというダンジョンマスターの支配下にあり、スキルを使って自由に地形を変化させることが可能なのです。

つまり、この4キロ四方でジルバ帝国軍が戦う事は負けることが確定しているようなものなのです。


「しっかし、よかったんすか? ここら辺の地域を地上げしてしまって、なにかこの大陸に影響はないんすか?」

「軍の迎撃だしな。逃がすこともしたくない。仕方なしで姫さんの時に地上げしてみたが、取り合えず変化はないな。ダンジョンからの魔力循環を止めているし、地形改造やトラップ作りは魔力を消費するが、そのまま操作で魔力消費しているし、俺がこの大陸にいるよりは微々たるものなんだろうよ」

「じゃ、いっそ一気に地上げやってしまったほうが楽じゃないっすか?」

「それも意見としてはあるんだが、ここが平原だから出来るんだよな。今の所は変化なしって言えばわかるか?」

「ああ、なにかあれば平原なら見通しがいいし変化に気が付きやすいってやつっすか」

「そういうこった。実際支配下に置いた後で、森や山脈でドラゴンが大量発生しちゃった……てへ。は、ダメだと思うだろう?」

「そりゃ、大災害っすね。目の届く範囲ってところですか」

「だな。今後の研究次第で支配地域を広げられれば色々な意味で便利なんだけどな。今は迂闊に動けん」


魔力枯渇というこの大陸を襲う目に見えない災害。

いえ、実際は亜人の出生率の低下や人の魔術師の減少などで分かってはいるが、それが何かしらの原因があるとは皆考えてはいない。

だから、ユキは本来そこまでこの大陸に気を使う必要はないのだ。

しかし、なぜかことさら些細なことを慎重に行う気質がある。

ドラゴンの大災害とスティーブは言ったが、そのドラゴンですら、このウィードが率いる軍ならば1人でドラゴンを一匹狩れる強さなのだ。

本人は風が吹けば桶屋が儲かるなどと、どの様な行動が結果につながるかわからないということで、今ある環境をなるべく壊したくないと言う。


「さて、敵さんも来ましたし、一旦おしゃべりは終わりっすね」

「じゃ、任せたわ」

「ういっす」


私たちの目の前には敵の軍勢が正々堂々と整列している。

先頭には将軍である魔剣使いのオリーヴとミストが騎馬に乗ってこちらへ進出してきている。

なにか口上を伝えるつもりなのかもしれない。


「スティーブ一旦相手の話を聞こう。面白い話かもしれない」

「面白い話って何があるんすか?」

「……昨日ピーマンが出て残したとか」

「いや、子供じゃないんすから。大将ピーマン嫌いなんすか?」

「子供の頃はな」

「……2人とも相手がなにか告げますから静かにしてください」


この場で好き嫌いの食べ物の話が出来るとは、色々な意味で神経が太いですね。

しかし、モーブたちやトーリたち、果てはアスリンたちもユキとスティーブのやり取りを注意しないどころか、欠伸したり、居眠りしたり、きゃっきゃとお話をしている始末……。

私だけでも真面目に聞かなければ……。なんで、捕虜扱いの私が一番真剣なのでしょうか。

あ、因みに私が捕虜だと敵にばれるとまずいので、ユキの道具で変装しております。



「きけぇ!! ジルバ帝国にはむかう亜人たちよ、そして傭兵たちよ!!」


炎の魔剣使い、オリーヴが綺麗な声を上げ、全員がその声に耳を貸す。


「私は貴様らが退けたマーリィとは違いますわ、今度は生きて戻れぬとしりなさい!!」


そう言って、後方に控える軍が鬨の声を上げる。

5000人もの声が重なるのだ、こちらまで響く。

そして、亜人たちは数の差を実感し始めて、暴走しかけていた熱気が冷めていく。

上手い、舌戦でこちらの士気を砕いていくつもりですか。


「私たちはこの魔剣に勝利を誓い。そして、ジルバ帝国400万ともいえる民の未来を預かっております!! 貴方がたが勝てる道理など1つもありません!!」


そして、妹のミストが出てきて言葉を繋げる。


「あなた方が、今、降伏すると言うのであれば手加減をします。もはや、一戦も剣を交えず済む方法などないのです!! 傭兵団の皆さまも覚悟してください、降伏は一度私たちの攻撃を受けてからです!!」


これで亜人たちの士気はさらに落ちる。

そして、なにを言っても一戦交えて力の差を見せつけるつもりですね。

今後取り込みやすくするために。


「どうした!! 降伏宣言であればさっさと言うがいい!! 加減は戦が始まってからはできんぞ!!」


これが最後だと言わんばかりに、オリーヴが声を上げます。

さて、ユキたちはどうするのか……。



「スティーブ作戦変更だ。俺が出る」

「ういっす。……はい!?」

「全武装の使用を許可。交戦寸前で合図を出すから、一気に四方を囲え。俺たちだけであの軍を潰す」

「ちょ、いったいどうしたんすか!?」

「いや、ちょっと暴れたくなった。話もしてくるわ。リーア、ジェシカついて来てくれ」

「はい」

「え!?」

「モーブたちは亜人と予定通り行動。トーリたちは交戦開始後すぐに暴れろ。アスリンたちは唯一の抜け道のここを塞いでくれ」

「おう任せとけ」

「わかりました」

「お兄ちゃん頑張ります!!」


私はユキの行動に驚きを隠せませんでした。

彼のスタンスは表にでない事です。

しかし、これは全く逆。なにを考えているのでしょうか。


「あなたが傭兵団のリーダーかしら?」


オリーヴは私の困惑を知る由もなく、近づいてきたユキに話かけます。


「ああ、言いたいことがある」

「降伏か?」

「俺たちはジルバ帝国軍のお前さんたちを潰す」

「ほう」

「なぜです? あなた方には勝目など微塵もありませんよ?」

「いや、どこからどう見ても俺たちの勝ちしかありえない。たかが400万の国で止められると思うな」


ユキは淡々と語ります。

なにを言っているのでしょうか? ウィードですら1万とそこら、ウィードの大陸にある強国家でもジルバ帝国と同じぐらいです。

決して、たかがではないのです。


「ふん、どうやら何を言っても無駄のようですね。しっかり叩き潰してあげましょう。ミスト、戻るわよ」

「……はい。残念です」


そうやって、姉妹が自陣に戻……らなかった。


「か、体が!?」

「え、なんで!?」


彼女たちはそのまま私たちに顔を向けたまま固まっている。


「俺の話が終わっていないのに、勝手に帰るなよ。とりあえず、体を固定させてもらったよ」

「ぐっ、卑怯者め!!」

「あ? 5000で1000を叩き潰そうとしてる奴に言われたくないわ」

「私たちは正々堂々と兵法にのっとり動いていただけですわ!!」

「奇襲も、相手の大将一本狙いも兵法だろ」

「……っ。私たちを討ち取っても5000に押しつぶされるだけですよ」

「馬鹿だろ。お前たち姉妹が動けない時点で、どれだけ兵力差があるか理解できないか?」

「お姉様、全軍に攻撃命令を!! 彼は何もしてきません!! きっと私たちを封じるので精一杯なのです!!」

「わかりましたわ!! 全軍突撃!!」


オリーヴの宣言で5000が動き出す。

こんな代表者の言い合いは、いつどうなるかわからないから、すぐに動けるようにしているのが基本なので、オリーヴたちが率いる軍もよどみなく鬨の声を上げこちらに向かってくる。


「そんな所か。スティーブ始めろ」

『うぃっす』


ゴゴゴ……


地面の下から白い物が上がってきて、敵を含む私たちがいる戦場を囲む。


「な、なんですかこれは!?」

「囲まれた!?」


オリーヴは状況を把握するのに精一杯な様子ですが、妹のミストはまずいことになってるのが理解できているようです。


「お前たちが400万の未来を背負うなら、俺は60億の一片だ。スティーブ撃て」

『了解。全部隊射撃開始。目標敵本隊、兵器使用自由!! 兵器使用自由!!』


その合図で、地響きで動きが止まり、囲まれ動揺していた軍を、兵器という、私たちの大陸では……いや、この世界にはあり得ない武器が襲います。


爆音が鳴り響きます。

もう、一切の音が消し飛ばされるよな爆音。



いったい、どれだけ爆音が響いたかわかりません。時間もどれだけたったのかも……。


「射撃停止」

『了解、射撃停止。繰り返す、射撃停止!!』


ユキがそう言っただけで、爆音が止まり、辺りに静けさが戻ります。


「な、なんてことを!?」

「あ、あり得ない。何が起こったのですか……」


姉妹は既に体の硬直を解かれているのだが、私たちに襲い掛かることはなく、爆音が鳴り響いた方向を、自軍がいた方を向いて、オリーヴは愕然とし、ミストは座り込んでしまいました。


それも当然です。

既に、5000の軍は存在していませんでした。


「ううっ」

「あ、腕がぁ……」

「イタイ、痛いよぉ……」


いるのは生き残った負傷兵のみ。

立っている兵士は僅かしかいません。


「正々堂々、対等、そんなあり得ない状況にすがるなよ」

「ゆ、許しませんわ!!」

「お、お姉様やめっ……」


オリーヴは辛うじて、この事態を引き起こしたのが、目の前のユキであると認識して魔剣を振るいますが……。


ゴキッ


嫌な音が響きます。


「あぐっ、腕が、私の腕が……!!」

「お姉様!? このっ!!」


妹のミストも姉への仕打ちで咄嗟にユキに攻撃を加えるが……。


「う、嘘!? 魔剣の力が使えない!?」


ユキに剣先を握られて動かせないでいました。


「最初から言っただろう。俺たちの勝ちしかないって」

「ひ、卑怯者め」

「自分たちが最初から大人数揃えて来たんだ。そちらのやり方と何も変わらんがな」

「真っ向から勝負すれば……」

「俺に傷一つつけられていないがな」


オリーヴは口を開くごとに何も言えなくなる。

そう、全部彼女が言っていた通りの内容だ。ユキはそのやり方に沿った戦いをしただけ。


「リーア、その2人を捕縛してくれ。スティーブたちは、亜人と一緒に敵の生き残りを確保。治療は後回しだ。死んだらそれまでってことにしとけ」

「わかりました」

『了解っす。お前ら大仕事っすよ!!』


後方に控えていたユキの軍? が動き出します。

リーアはその間にオリーヴとミストに縄をかけ捕縛します。

ミストがなんとかユキを見つめ、口を開きます。


「あなたの言う、60億とはなんでしょうか?」

「俺の故郷で生きている人々の数だな」

「あ、ありえないですわ!! そんな人数がいるわけ……!!」


オリーヴは大声を上げて否定しますが、ユキは淡々と続けます。


「いるんだよ。そして、その60億の人々の中の1人が俺だ。過去から今までの蓄積で60億もの数になった。力、知識、その全てを受け継いでいるわけではないけどな。たった400万に負ける道理はない」

「……私の魔剣が使えなかったののも、その60億の知識でしょうか?」

「当たり前だ。俺は故郷では只の凡人だからな。お前ら姉妹は、ただ俺の故郷の歴史の積み重ねに負けたんだよ」

「偶然ではなく、必然だったのですね……この負けは」


ミストはがっくりと頭を落とす。


「実は自軍の功績や強化をしたかった。その表向きの理由を400万の民の未来のためとは笑える。そんなことを言う奴には手加減なんていらないだろう?」


ユキはそう言って、姉妹をリーアに引きずらせ、本陣へ戻っていきます。


「……まったく。ウィードを相手にするには……、相手にすること自体が破滅ですね」


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