第168掘:ゴブリンという生き物

ゴブリンという生き物



side:ジェシカ



私はユキとのジルバ帝国関連の話が終わってから、ある場所へと赴きました。

そこは……。


「おや、いらっしゃいっす。今忙しいんで、適当に座ってお茶でも自分で適当に飲んでくださいっす」


先ほど、ユキから無理難題を言われたゴブリンの将軍であるスティーブの部屋であった。


「はい、では適当にさせていただきます」


私はさも普通に、お湯を沸かす魔道具のケトルに蛇口から水をいれて、スイッチを押し、お湯を沸かす。

覚えれば簡単だが、最初はそんなことができるわけないと言って、現実を見て混乱したものだ。

というか、蛇口から水が出ること自体、私からすれば驚きだった。理屈は簡単なのだが、それを考え付かなかった。

ユキが異世界から来たというのは納得である。

彼の考えることは、私たちからすれば明後日の方向なのだが、確かに人々を豊かにする手段だ。


「で、なにかようっすか?」


おっと、今はユキの総評をしている場合ではなかったのです。

私はスティーブに話が聞きたかったのでした。


「ええ、あなたにお話があってきました」


私は飲んでいたお茶を置いて、一度スティーブの部屋を見渡します。

部屋は遺跡を中心に傭兵団……いえ、ウィードへと譲渡されて、練兵場や幹部の私室があっという間に建設されました。

そして、その中の1つがスティーブ将軍がいるこの部屋です。

中は彼らからすれば質素らしいが、私たちからすれば、とんでもない技術の固まりの部屋でした。

先ほど言ったお湯を沸かすケトル、蛇口、夜でも昼の様に明るい電灯、質の良い紙、ボールペン、などなど。

一番の驚きどころはこの部屋をゴブリンが使用しているということです。

しかも部屋を荒らすのではなく、仕事をするために机や紙、資料を揃えて椅子に座っているのです。


「あー、おいらがこうやって執務してると変っすか?」


スティーブが自分でも変だと思っているのか、私の表情を見てそんなこという。


「いえ、スティーブが執務を行っているのは将軍職としては当然かと思います」

「将軍職としてはっすね。んじゃ、ゴブリンがこうやって机につくのはどうっすか?」

「失礼ながら、今まで一度も見たことがありません。私が知るゴブリンは……」

「まあ、腰ミノ1つか真っ裸で、粗末な武器もって人間を襲って、女を孕ませる卑しい生き物っすか?」

「そこまで……、いえ、私たちの一般的なゴブリンはそうです。ですが、付け加えるなら、飼って戦争の道具にすることぐらいです」

「ま、そんな所っすね」


スティーブは私の意見に怒った様子もなく、書類処理を続けています。


「ですが、ユキが率いるゴブリンたちは全く違うとわかります。もちろんスティーブもです」

「それはありがたいっすね。しかし、ジェシカ姐さんはおいらにボコボコにされてよくおいらと普通に話せるっすね」

「戦いでの出来事です。それで恨みを持ち込んでは、何時までたっても平和は訪れません」

「そこら辺は大人っすね。でも、周りはちがうっすよ。おいらたちもウィードでは随分受け入れられたっすけど。今でもゴブリンだからって、新しくやってきた住人や冒険者には怖がられたり、喧嘩売られたりするっす」

「それは……」


今までの価値観を捨てるのは容易ではない。

スティーブやゴブリンたちがそこら辺のゴブリンと一線を画するといっても、知らない人から見れば卑しい魔物に過ぎないのです。


「だから、大将は俺たちに表向き無茶な注文つけるんっすよ」

「え?」

「そうすれば、こき使われてるってイメージもつくっす。そして、服従している様にもみえるっす。さらに、理不尽な命令をされて、それをちゃんとこなしてるっす。だから、ジェシカ姐さんみたいにウィードでは評価されてるっす」

「そんな言い方では、まるでユキが計算してわざとやっているみたいでは?」

「あたりまえっすよ。ゴブリンがわざわざ社会になじめるようにやってるっすよ。他の魔物も同様っすけどね。一番人からの評価が低いから、おいらたちが優先でこういう仕事やってるっすよ」

「……ユキは一体なにを考えているのでしょうか?」

「ん? ジェシカ姐さんは魔力の枯渇問題は聞いたんじゃないっすか?」

「それは知っていますが、ゴブリンの地位向上とはなんの関係があるのでしょうか?」

「あー、うん。普通はそこで考えが止まっちゃうっすね。大将は魔物が魔力枯渇問題の情報を握っていた場合も考えているっすよ」

「は!?」


魔物が魔力枯渇の原因?

いや、魔力を喰らう魔物はいる。というか、魔力が集まると魔物ができるのだ。

その答えに辿りついてもおかしくはない。なぜ私は討伐すればいいと思ったのでしょうか?

こうやってスティーブとは話ができるのに。


「万が一、殺して解決できない場合だとまずいっすから、なるべく会話ができたほうがいいっす。そして、会話ができるなら今後人を襲わないように言えるかもしれないっす。その繋ぎになるのが……」

「人から信頼されているゴブリン……スティーブたちなのですね」

「まあ、そういうことっすね。スラきちさんとか、ミノちゃんとかも候補だったんですが、スラきちさんは魔力枯渇問題でこっちでは長時間行動できないし、ミノちゃんは伝説の化け物ときた。これじゃ、おいらしかいないっすからね」


納得できた。

スティーブの扱いも、全ては魔力枯渇問題のためだったのだ。

いや、きっとゴブリンの地位も将来的には上がっていくだろう。

ユキは政治家としてもトンデモない人なのかもしれない。

私は礼を言って、またユキの研究室へと戻っていった。

また、予想もつかない事をしているのでしょうね。




side:スティーブ



ふう、ジェシカ姐さんは行ったすね。


「ま、あれだけ無茶振りしても、書類は実は揃っていたりするんすよね」


おいらは、大将が用意してくれた予算を、今度の作戦に必要な物に振り分ける。


「甘いと言っていいんでしょうが……実はおいらたちの意味はもっと別の所にあるっすよ」


ジェシカ姐さんが去って行った扉に1人呟く。


「おいらたち魔物は、大将が狂った時に、殺すことを含めて止める役なんすから」


まったく、一番厄介なことを押し付けたっす。

大将が本当に狂ったとして、それを守る姐さんたちも何とかしないといけないし、アスリン姫も敵対するっすねきっと。


「まずは、この隷属する命令を解除するところからっすけど」


自分にかけられている大将に対しての絶対服従の魔術? スキル? をどうにかしないと、大将と戦うことすらできない。


『それぐらいできないと。俺を殺せんだろうが』


と、言われたっす。


「当然だけど、やっぱり無茶っすよ!?」


今日も今日とて、大将の絶対服従を解除する方法を5分模索して、ふて寝する。

書類はあとでいいや。

さぼりじゃないっすよ? 心の休憩がいるっす。

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