第128掘:説得の状況
説得の状況
side:ラッツ
さてさて、何がどうして、お兄さんの愛しい妻である、この私、ラッツが魔王退治などする羽目になったのでしょう。
いえ、嫌ではないのですよ。
お兄さんの為です、これから生まれてくる私達の子供の為です、何も否はありません。
可愛い兎人族で、スタイルはそれなりに自信はあります。
ですが、生まれは普通の村人、小さい頃に物を通じて、外の世界を見せてくれた商人に憧れて、冒険者兼商人になり、大陸を渡り歩きました。
まあ、可愛いので、変な男どもに襲われたり、枕を一緒にしろと言われたことも多々あります。
全部跳ね除けましたが、お兄さんに会うまでに花を散らしてなくて本当によかったですよ。
と、こんな感じで特別凄い戦果を上げたわけでもないのですが、平々凡々のお兄さん大好きの可愛い兎人族のラッツがです。
この度魔王退治のメンバーに選出されました。
まあ、理由を言われれば納得なのですが。
決まった時の各国の王様達の反応は面白かったですね。
武器の手入れをしながら、その時の事を思い出します。
えーと、確か3日前でしたっけ。
リリアーナさんがやってきて、そのあと、事情を私達が聞いてお兄さんのあくどい作戦を聞いた後のお話。
セラリアが3国の王を説得したんですよね。
「さて、今から私達が聞いた情報を開示したします。内容は非常に急務なことです。落ち着いて最後まで聞いてください」
セラリアの招集の元、3国の王が旅館からすぐに集まってくれました。
まあ、2人の親父は酒飲んでたんですが、リテアの聖女様は露天風呂3度目。
のんびりしてた所の、あの説明はないですよね~。
「魔族からの事情聴取を簡潔に言います。魔族の強硬派によるルーメルへの侵攻が確認されました。一か月前からだそうですから、ルーメルへの連絡が取れなくなった時期とも一致します」
「「「なっ!?」」」
「それが罠とは言えなくもないのですが、私の妹を救ってくれた相手を信じないわけにはいきません。状況的に考えても、ルーメルへの孤立化を促したのに、こちらに情報を流す意味もありません」
面白かったですよ。
事情を知っている各国の王に、妹、つまり、エルジュ様を救ってもらったと言っているのですから。
「セ、セラリア、どういう事じゃ?」
セラリアの御父上は事情を知ってはいますが、表向かってエルジュ様が生きているとは言えません。
「セラリア本当か!! エルジュは無事なのか!!」
ガルツでは他の皆さんが困惑してるのをほおっておいて、ローエル様が花が咲いたように嬉しそうでした。
エルジュ様を溺愛していたみたいですから。
「あ、あの。その」
そして、一番意味不明なのは、エルジュ様を暗殺したリテアの代表、聖女アルシュテール様。
「エルジュ入ってきなさい」
「はい、ちぃ姉様」
そう言われて、エルジュ様が入ってきます。
もう、皆の顔と言ったら、ロシュール勢はともかく、他の二国は口をあんぐり開けてお化けでも見た様な顔です。
「さて、混乱中かと思いますが、この説明で分かっていただけると思います。これで手筈が整いました」
「「「……」」」
流石国を纏めているだけはあるのでしょう。
その一言で、大体の事を察して、真剣な顔つきに戻りました。
「そういう事ですね、セラリア。ここでエルジュを出せば見事な復活劇となり、そしてそこのリリアーナさんを筆頭に強硬派以外の勢力と手を組むのですね?」
「だろうな。それならば、エルジュ殿を助けたからルーメルを救ってくれというより、情報の真実性が増す」
「一個人で情報提供をする。普通なら蹴って捨てる話ですが、相手が魔族なら別ですね。全く魔族に利点が無い。殺されるのが関の山でしょう」
アーリア様、ガルツ王、聖女が続いて確認するように、言葉をつないでいきます。
その言葉を聞いて、各国の王のお付きの重鎮もうなずく。
「詳細を説明します。ルーメルへ進軍しているのは強行派を中心に先頭を和平派だった者を先兵として使っています。これで、和平派の実効戦力をつぶしてしまおうとしていると判断します」
「……当然だな。今まで敵対していた派閥の主力を残して、戦争に出るなんて、只の自殺行為だ」
あの超シスコンのヒギルさんが冷静になっている。
いや、お兄さんと同じく参謀としては優秀だったんでしたっけ?
シェーラに土下座してたシーンがインパクト強くて忘れられません。
「ですが、それでも和平派を抑える為にそれなりの数を投入せざる得ない。そこを突くというわけですね。セラリア様」
「ええ、シャールの言う通りよ。この度のルーメルへの進軍は、私達のゴタゴタを利用したのだけれど、逆に見れば、同盟を組んだ私達に時間を与えたくないのよ」
そういう事、強硬派としてはルーメルをさっさと落として、3国が行動を起こす前に頭を押さえつけるのが目的だったはずです。
そうしなければ、多方面から同時に攻撃を喰らう羽目になりますから。
一度先んじてしまえば、私達は防衛に回らざる得なかったでしょう。
「このチャンス逃す手はないですね。しかし、ルーメルへの援軍支援はどうします? 一か月前なら、下手をすれば戦端が開かれ、すでに王都まで敵が迫っていてもおかしくないですが」
ガルツの跡取り、ティーク様は冷静に判断します。
しかし、これはもう無理です。
「ルーメルへの援軍は出しますが、もう間に合わないでしょう。夫が偵察の空飛ぶ魔物を使いにやったわ」
「どういう事ですか? まさか、ルーメルは!!」
私もこの言い回しにはルーメルが落ちたと思いました。
しかし、現実は違いました。
「貴方、あの映像を」
「わかった」
お兄さんに頼んで、あの映像が会議室の真ん中に投影されます。
映ったのはルーメルの魔王領に面する街を上空からとらえた映像。
「これは、ルーメルの魔王への最前線の街アスタリか?」
「はい」
「しかし、こ、これは……」
そう、上空から見るに、街の前には3万人にも及ぶ兵士が並んでいる。
いや、鎧が統一されてもいないから、冒険者もいるのでしょう。
が、その向かいにいるのは、それを遥かに超える地面を埋め尽くす軍勢。
「リリアーナの情報によればルーメルへ寄せた魔族の軍勢は30万、内9割が魔物を使役して兵に当てています」
「30万!?」
「なら、これでは、ルーメルはもう……」
そう、アルシュテール様が言いかけた時、映像から轟音が響きます。
そして、向かいにいる魔物の軍勢が瞬く間に消し飛びます。
「「「なっ!?」」」
ついで光の剣らしきものや、大規模な術式でさらに魔物の軍勢を削ります。
「これが、ルーメルへ援軍が要らないわけです。ルーメルが呼び寄せた勇者様達がしっかり戦線を抑えています。下手に援軍を送れば指令系統や、戦果の横取りなどの問題が出てくるのでお勧めしません」
「な、なるほど。これを踏まえて、今魔王の首を取るべきと言ったのだな」
「はい、このままではルーメルが押し返して、魔王の首をあげて魔族を殲滅しかねません。知っての通り魔族が友好な民族だと知っているのは3国とウィードのみです。有用な人材を失う愚は犯すべきではないかと」
そうやって、王様達を説得していきます。
ですが、私はお兄さんの言葉を思い出しながら、今なお、画面上で軍勢を消し飛ばす光の矢が放たれている地点を見ます。
アレは戦車だ。
お兄さんの世界の陸戦兵器。
それがずらりと2000台は並んでいます。
絶え間なく撃ち続けて、私達の使用する戦車よりも高性能です。
あの戦車をあの運用をこなしてしまう勇者とは一体誰なのでしょうか?
ルルアが、ルーメルの勇者とは私達と会う前に聖女として面会をしていたと言って、名前を教えてくれました。
一人は男でアキラ・ユウキ。
一人は女でヒカリ・アールス・ルクセン。
一人は女でナデシコ・ヤマト。
これがルーメルに呼ばれた3人の勇者です。
ですが、もう一人、彼等の召喚に巻き込まれた只の一般人がいたそうです。
タダノリ・タナカ。
お兄さんのご友人で、現代戦の、いえ、異世界の戦闘のエキスパートだそうです。
そして、お兄さん曰く、映像に写る兵器群はタナカが関わっていると断言しました。
30万もの軍勢を遠距離で一方的に殲滅しうる力。
あたかも、3万の軍が戦っているように見えますが、まばらな敵を殲滅しているだけで、殆どは戦車からの砲撃で死んでいるのです。
勇者ですら、前に出ず、戦車砲を潜り抜けた集団を殲滅することに専念しているのです。
今、私達ウィードが一番警戒しなければいけないのが、お兄さんの同郷の人で、友人だとは……。
世界は、厳しいのですね。
私がお兄さんを慰めてあげないと。
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