落とし穴13掘:土用丑の日

土用丑の日



side:ラッツ



「う? うむむむ?」


私は少し体に違和感を覚えます。

何というか怠いと言いましょうか、食欲が無いと言いましょうか。

時刻は18時。

普段なら、仕事を終えて、お風呂入って、晩御飯万歳なのですが……。


「暑い日が続きますからね…体調でも崩したんでしょうか?」


最近デスクワークばかりで、涼しいエアコンが効いてる室内ばかりです。

元冒険者、そして現在はけた違いのレベルになってはいますが、こういうのは変わりないらしいです。


「でも、食欲がないからといって、ご飯を食べなければお兄さんが心配します…」


それは、決して許容できません。

お兄さんは自分は無理する癖に、こっちが無理するのは認めないという頑固さんです。

食欲がないのがばれれば……。


「本日の夜のお楽しみが無かった事に!! 絶対許容できません!!」


今日はお兄さんを独り占めできる日なのです!!

私達、お嫁さんズにとってお兄さんを夜一人で独占できることは、何事にも代えがたい夢の様な時間。

延々と腰を振るのもよし、なでなでしてもらうのもよし、胸を一杯もんでもらうのもよし、少し違った趣向でお風呂で致すのもよし!!


具合が悪いとお兄さんに知れたら、大事に添い寝ぐらいになります。

……それはそれでいいのですが、そんなのは別の日でいいんです。

お兄さんを食べ放題な日にそんな状況になれば泣くに泣けません!!


「とりあえず、お風呂に入ってさっぱりすれば少しは変わりますかね?」


私はそう思い、お風呂へと足を運びます。



「いやー、ここだけは特権と言いましょうかねぇ」


すっかりいい気分で私は湯船に浸かっています。

訓練所や一般住人達は普通のお風呂です。

片や私達は露天風呂!!

テンションの上りが違いますね。

まあ、娯楽施設として露天風呂を備えたお風呂屋さんはありますし、家族風呂もあります。

一概に私達だけが贅沢ってわけではないのですが、無料で自由に、掃除要らずなのが素晴らしい!!

他は住人に仕事を供給する為、自動清浄機能はお湯のみになっています。

他は自力でお掃除です。


「あー、疲れが溶けますね~。これで食欲も戻ればいいのですが」

「ラッツお姉ちゃん、食欲ないの?」

「大丈夫なのですか?」


私がそう言うと可愛らしい返事が返ってきます。


「おや、アスリンにフィーリア、そしてラビリス。いつの間に?」

「さっき入ってきたら、ラッツお姉ちゃんがのんびりしてたの」

「です」

「……随分とお疲れの様ね?」

「まあ、お仕事で変に最近暑いですからね。みんなも具合は悪くなったりしてませんか?」

「「大丈夫です!!」」

「……二人は元気いっぱいよ。…ま、ラッツの言ってる意味は分かるけどね」

「そっちもダンジョンの統括ですからね」

「……立場だけならセラリア様から二番目だから」


それから、しばらく私達は会話をせずのんびり湯船を堪能します。

もちろん、アスリンとフィーリアはうさぎさんで遊んでくれています。

なんともうれしいですね。


「そういえば、最近お兄さんと一緒に入らなくなってますね」

「そうね。二人もようやく落ち着いてきたのよ」

「ああ、なるほど」


この子供3人はお兄さんでべったりでいつも一緒にお風呂に入っていました。

しかし、その理由は「捨てられるかもしれない」「また一人になってしまう」といった不安からです。

最初なんて、お兄さんが夜お話で、少しいなくなっただけで、泣きながら廊下を歩き回って探していましたっけ。


「それでも、まだ部屋は一緒がいいみたいですが?」

「それは当然よ。愛しい人とはいつでも一緒にいたいものよ」

「私達はダメですかね?」

「一緒に寝ようって言えばくるわよ? セラリア様やエルジュ様の所にお泊りしてるのは知ってるでしょ?」

「あー、そういえば」

「ま、そこが違いなんだけどね。懐いてる具合で言えばユキは一番よ」

「そうですね」

「あの奴隷の時、一応話はしたけど、仲を深くしようとはおもわなかったでしょ?」

「それは、これからどう扱われるかわかりませんでしたからね。下手に仲良くなれば、別れがつらくなります」

「で、蓋を開けてみれば、奴隷から解放された。そして、あの二人を大切に、大事に扱ったのは、ユキが一番だったのよ。私もそれなりに頑張ったけどね。お姉さんとお兄さんはちがうのよ」

「あの頃は状況把握に忙しかったからですね」

「そうね。私もそうだったわ。でも、だからあの二人は純粋にユキの優しが分かったのかもしれないわ」

「二人とも、最初は食事もままなりませんでしたからね」


そう、アスリン、フィーリアは幼くして奴隷となっていたため、一般教養がすっかり抜け落ちていました。

まあ、一般教養といっても、ここに比べれば大したものではないのですが。

食事は手づかみ、フォークやスプーンは無し。

服は簡単な貫頭衣の服。

髪の毛はぼさぼさ、体は多少マシではありましたが、綺麗かと言われれば違います。

それをお兄さんは一つずつ丁寧に怒らず教えていました。


最初の食事なんて、あまりに美味しすぎた為か、そのまま勢いよく食べて浴衣を汚して、お兄さんに怒られると思って涙目でしたっけ?

ま、お兄さんは驚いた顔はしていましたが、怒りもしないでまたお風呂へ行って綺麗にしてましたね……。


「あれ、あの時のお兄さん…これ私でも惚れますよ?」

「しっかり、惚れてるから心配いらないわよ」



そんな雑談をしてお風呂を堪能したあと、夕食までのんびり自室ですごしたのですが……。


「ううっ。やっぱり、なんか怠いですね。食欲がイマイチと言いましょうか……」


いけません!!

これでは夜のお楽しみが無かった事に!?

死活問題です!!

ラッツ、今こそ女としての根性を見せるべきです!!


「おう、ラッツ。アスリンが言った通り少し疲れ気味みたいだな?」

「はっ!?」


ちょ、アスリンに口止め忘れてました!?

ば、ばれてますよ!?


「ち、違うんですよ!? 大丈夫です。気のせいです!!」

「ま、多分夏バテだろうからな。それに合わせた晩御飯だ」

「は? 夏バテ?」

「夏の気候についていけなくて、食欲が落ちたり怠かったりする症状の事を夏バテという」

「あ、ええ、そんな感じではありますが。……晩御飯?」

「晩御飯だ。晩御飯で夏バテを解消できる。心配するな、今日はラッツとだしな、多分これで大丈夫だろう」

「お、お兄さん……」


正直、ウルッときました。

休めというのではなく、私の気持ちをくみ取った行動。

ああ、これで、夏バテが解消されなくても、夜は寝かせませんし、寝ません。


「なにかいい匂いです!!」

「おーい、トーリ走っちゃだめだって。っていい匂いだねー」

「なんでしょうか、この甘くて食欲をそそる香りは?」

「おお、ユキ。なんじゃこの香り!! お腹がへって仕方がないぞ!!」

「お酒に合いそうな匂いです!!」

「ミリーさん、今日も飲みますか!!」

「ちぃ姉さまいい香りですね」

「そうね。まったく夫といると毎日が楽しみね」

「……お揚げには…お、及ばないと思う」

「ユキ様。何でしょうかこの不思議ないい香りは? またユキ様の手作りですか?」


私の後から匂いに釣られて続々と住人が集まってきます。

私もいわれてようやく、その香りに気がついて、食欲が刺激されます。


「ふふ、よくぞ聞いた!! 今日の晩御飯は鰻重だ!! しかと食うがいい!!」


そうやってお兄さんは宴会場へ皆を案内します。


「といっても、蒲焼きも普通においてるから、足らなければご飯ついで、御代わりもあるからな」



そして、晩御飯は戦場になりました。


「「「最後の一枚は……」」」

「「「私が食べる!!」」」


無論、私も怠さも、食欲がないのも消えて参戦しましたとも。


「……追加作るか。いつも想定以上に食べるのはなんでだ?」


お兄さんの手作りならはずれが無いですからね。

頑張ってください。

夜は私が頑張りますから!!

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