第43掘:忙しいのに!?
忙しいのに!?
side:エリス
「だぁぁぁぁぁぁあああ!? 仕事が多すぎます!! 書類の計算もやってられっかぁっぁぁあ!!」
ラッツはいきなり、爆発したように叫び出します。
それでも、書類の山を崩さないだけの正常な判断は出来るようです。
「ラッツ、落ち着いて。ほらお茶。一旦休憩しましょう」
「そうね。根をつめてミスしても問題だし、休憩しましょう」
私がそう言って、お茶をだして、ミリーも私の意見に賛同してくれます。
しかし、実際問題。仕事は多いです。
今、私達がいるのは、住民区、三階層の総合庁舎。
今後、移住者達の代表が、選挙で選ばれた際、仕事を行う場所です。
最初、移住者のみんなは、ユキさんの意図が分からないはずなので、私達が代表ということで仕事をしていくようにしています。
もう、建設計画や、物資の搬入物の選別は終わり。
みんなは、各部署に分かれて仕事をしています。
「ううう…お兄さんを、お兄さんを呼んでください。パソコンを使ってもらって…」
「ラッツ。ユキさんは今、倉庫に物資の搬入しているんですから…」
「まあ、パソコンは便利だけど、私達が覚えないとね。ユキさんにばかり任せるのはね」
ラッツはユキさんにパソコンを使ってもらって、計算をしてもらおうと言っています。
でも、ユキさんはここのダンジョンマスター。
一応権限は色々与えてもらいましたが、最初の納入などはユキさんが自分で行うと言って赴いています。
いや、向こうのメンバーに、こういう業務的な作業ができる人がいないだけなのですが。
一応、ユキさんは備品として各自一台ずつ、パソコンを部屋に置いてくれているのですが…。
まだ、使えるわけがありません。
ここにきてまだやっと一週間がたとうかと、いうところ。
ここの…いえ、ユキさんが出す、便利なモノに驚いてばかりで、いまだ上手く使えません。
特にこのパソコン。ユキさんですら完璧に使えないというのに、私達に渡されて三日でヤレというは無理というものです。
救済として、電卓などもあるので助かるのですが、それでも物理的に、人手が足りません。
「うがぁ~。なんで、ここの私達が、他の部署の会計まで、やらないといけないんですかね~」
「仕方ないでしょ。しっかり算術できるのは、ここの三人、あとはユキさん、ラビリス、トーリぐらい。残りのできる人は搬入に行ってるんだから」
ミリーがラッツをさらに宥めます。
まあ、仕方のない事です。
ラッツは部署に加えて、商店の会計もしないといけないのです。
まあ、私も娯楽施設の会計を任されていますが。
そして、お茶を飲みながら部署分けが書かれた紙を見ます。
今期人事の詳細
ダンジョン代表 セラリア お飾り
ダンジョン副代表 ラビリス 実質代表
居住区代表 男 ユキ
女 エリス
仕事区代表 農地 カヤ
鍛冶 フィーリア ユキとリエルが補佐
多数区代表 冒険者 ミリー
娯楽 エリス
レジャー ユキ
軍部 ロシュール代表 セラリア
ダンジョン代表 ユキ
警察代表 トーリ
商店代表 ラッツ
病院代表 エルジュ
学校代表 ユキ
総合庁舎内人事
総合代表 ラビリス
副代表 アスリン
戸籍管理 エリス
会計 ラッツ
苦情受付 ミリー
行事管理 リエル
保険管理 エリス
設備管理 ミリー
……私でも4つ掛け持ち。
ラッツは2つだけど、軍部はともかく、警察や鍛冶の会計。商店に至っては代表で全部。
ミリーも3つ、とくに冒険者区の管理は動き始めて、かなり忙しくなるだろう。
他の部署も同じ、どう見ても人が足りない。
さらに、最初に来る移住者に対しての訓練人事もある。
集団訓練施設内人事
代表 ユキ
副代表 ラビリス
運営講師 ユキ エリス ミリー このダンジョンの意味、運営方法。目的など。
算術講師 ラッツ ラビリス トーリ 計算ができる人物を増やすため。
常識講師 エリス カヤ リエル このダンジョン内の施設、品物の使い方説明。
仕事講師 カヤ フィーリア ラッツ このダンジョンの主な仕事、給与説明。
選挙講師 ユキ エリス ラッツ 代表の決め方。方法。
頭の痛いかぎりです。
一刻でも早く、移住者に、他の部署に回ってもらいたいものです。
そうしないと、仕事に殺されます。
…為政者とは大変なんですね。
「…ったく、こうやって、贅沢品でも食べてないと、やってられませんね」
ラッツはパリパリとポテトチップスを食べ始める。
嗜好品については、こちらの大陸に合わせて、極端な嗜好品はやめようと話がでたが、最後には出すのだから、最初から置いておこうということになった。
逆に、あとから出して。今まで隠していたのかといわれて、不満が出るほうがまずいという判断になった。
「あー、ポテチは美味しいわね。特にこの青のり」
「なに言ってんですか。コンソメですよ?」
「「あ!?」」
ラッツとミリーがにらみ合いをはじめます。
「落ち着いて。そんな事でにらみ合いする前に、この机の書類かたづけないと、ユキさんに残念がられますよ?」
まあ、このにらみ合いは、基本じゃれ合いなのでほっといてもいいのだが、今回は本当に遊んでいる暇はない。
「ラッツはこの後、商店の商品価格の設定を私、ミリー、ユキさんで決めるのですから。書類まとめておかないといけませんよ? ミリーは冒険者区にある宿屋、酒場の料金設定をしないと、娯楽区のまとめの、私に提出してくださいよ? 私は私で、旅館やカジノ、遊戯施設の方をまとめないといけないんですから」
「うわ~、やめてください!? お兄さん助けて…頭が沸騰しそうですよ!?」
「……お酒飲みたいわ」
はあ、現実逃避する二人を叩き起こして、さっさと仕事に取り掛かりましょう。
気が付くと、ユキさんが私達の仕事場まで来ていました。
「おーう、なんかひどいな」
「あ、ユキさん。搬入の方は終わったんですか?」
「ああ。とりあえず、必要な物資は各区画の主な場所に置いてきた。数は確認済み。必須食料に関しては、四つの倉庫に分けてしっかり保管済みだ」
「それでは、あとは…」
「こっちの価格設定を決めて、訓練所の内容を決めれば、一段落だな。で、一応草案はまとまったか?」
ユキさんは私から視線を外して、書類の山に頭を突っ込んで動かないラッツ、ミリーに目を向ける。
「……お兄さんの厚い抱擁があれば、書類は提出しますよ…」
「……お酒、……美味しいお酒を…」
「はいはい、わかった。それを出して話し合えば、価格設定は終わりだ。頑張ってくれ」
「約束しましたよ!! お風呂で抱擁をお願いします!!」
「モエシャ○って飲んでみたかったんです!! お願いしますね!!」
二人がいきなり生気を取り戻して、今までまとめていた書類をもって会議室へ移動します。
「…まあ、書類仕事ってそんなもんだよな。エリスもなにかないか?」
「いえ、特に私は…」
「んー。ま、こっちで何か用意しておく。エリスだけ何も無しってのは、いただけないからな」
そういって、ユキさんも会議室へ歩きだします。
私も後ろからついて行き、彼の背中を追いかけます。
見た目はとても若いのに、中身はとても老成された変な人族。
思考は私達のエルフ族に劣らぬ知識人。
奴隷の身から助けてくれたのは感謝しているが、いまだに私は、この人を、心のどこかで警戒・恐怖してた。
そんな事を考えていると、昔、長老から教えられた事を思い出した。
その長老はこういったのだ。
「エリスいいかい? 恐怖というのは、恐怖するから恐怖するのではない。元があるのだ。そうだな、強い魔物は怖い。恐怖する。なんでかわかるかい? それは勝てないから、死んでしまうから恐怖するのだ。親に怒られることも恐怖する。それは怒られることが怖いのだ。だから、恐怖した時は、なにが怖いか、原因なのかよく考えなさい。それが、きっと道になるだろう。大事なものを見落とさない為に、恐怖というのは必ずしも、自分の身を守る為の物ではない。過剰に恐怖し、必要ない事をしてしまうものだ。それが善意で成されたものでも、恐怖で身を包んでしまえば、その手を払いのけてしまうだろう。エリス、君はとても賢い。だからこそ、特殊な恐怖に身を包んでしまうかもしれない。だから、よく覚えておきなさい」
私は、彼の背中を見つめて、自分が何に恐怖していたのかを考える。
なんだろう…ここまで答えが出そうなのだが。
彼の力が怖いのか? いや違う。そもそも怖がっても仕方がない、彼がその気になればあっという間に私達は八つ裂きだろう。
なら、彼の聡明な知識か? それも違う。その知識は、私達の為に振るわれている。
「あ…」
わかってしまった。
私は彼が、ユキさんが、何を考えているか、わからないから恐怖したのだ。
得体がしれない。目的は一応聞いている。しかし、それが真実だとは私は思えなかったのだ。
「どうした、エリス?」
立ち止まってしまった私に気が付いて、声をかけてくる彼。
「……少し、失礼な話ですがよろしいでしょうか?」
「別に構わないけど」
「私は、ユキさんが怖いです。…恐怖しています。貴方は、何を「本当の目的」にこんな事をしているのですか?」
「ありゃ? 気がついたか?」
「…っつ!?」
彼が片手を挙げて、私は体を硬直させます。
これが要らぬ、恐怖。
しまった。…わざわざ彼の感情を波立てることを、私の要らぬ恐怖を鎮めるためにしてしまった。
大事なのは、彼が何をしようとしているかではない。
今まで私達を、ここまで大事にしてくれたのに、恩を仇で返すような事をしてしまった。
ポンポンと、頭を軽く撫でられる。
「まあ、今本当の目的を言っても、信じられない可能性が高いし、バカと思われるのが関の山なんだ。もうちょっと、安定してきたら、みんなに話すからそれまで協力してくれないか? まあ、無理にとは言わないがな、移住者が来たら、移住者と同じ立場になって忘れてくれてもいい」
ユキさんは、なんだかとても申し訳なさそうな、悲しそうな、そんな表情をしていた。
ああ、分かっていたではないか。
彼は最初から強制などしていなかった。
ただ、頭を下げて手伝ってくれと誠意を見せていたのに、私は承諾したのにも関わらず、彼を信頼せず、ここで彼に酷い言葉を投げつけた。
「…ごめん、なさい。…ひっく、私…なんて、ひどいことを…」
気が付けば、涙を流してユキさんに謝っていた。
泣きたいのは彼のはずなのに、私は泣く資格なんてないのに…。
「お、おい!? あれ、俺なにかしたか!? エ、エリスさん、大丈夫ですか!?」
ユキさんは目の前で慌てている。
「お兄さん、エリス遅いです…よ!?」
「エリス!? ユキさん一体何をしたんですか!?」
ラッツ達が、いつまでも来ない私達の様子でも見に来たのだろう。
ミリー、違うの。ユキさんは全く悪くない。
「…多分俺が原因だと思う。すまないが、エリスを宥めてやってくれ。今日の会議は明日にでもやろう。…ごめんな、エリス」
彼はそう言って、逃げるようにその場から離れていきます。
「……お兄さんがそんな事するとは思えませんが…、エリス、部屋に戻って話を聞かせてくれますね?」
「…グスッ。ええ」
私は、ラッツとミリーに付き添われ、自室に戻り事の顛末を話しました。
「……なにもお兄さんは悪くありませんね」
「……ああ、ユキさんにあんな態度とってしまったわ。どうしよう…」
ラッツとミリーは頭を抱えています。
「……ごめんなさい。私が悪いの」
「まあ、エリスの気持ちも、わからないではありませんが…」
「…ユキさんのこれまでしてきた事みれば、考慮するべき問題じゃないわよね…。でもなんで、ユキさんは自分は悪くないのに、あの場から何も主張せず離れていったの?」
「……お兄さんは、本来私たちを巻き込みたくないのですよ。お兄さん自身、望んでダンジョンマスターになったわけでないですからね。だから、私たちに頼み込むという方法をとったんですよ。まあ、この村の政策の為でもありますが、私たちが嫌といえば引き留めることなんてしませんよ。どんな理由で辞めたいといっても、怒ることや、引き留める事なんてしませんよ」
沈黙が続く。
「とりあえず、お兄さんに、エリスは謝らないといけません。それだけは事実です」
「…うん」
「ですが、お兄さんはそれを受け入れてくれるだけで、何もしないでしょう」
「うん」
「だから、私がぶん殴ります。覚悟してください。頭でっかちで、お兄さんにあんな顔をさせやがった罰です!!」
その日の晩御飯、ユキさんに謝まりました。
ユキさんはラッツが言ったとおり、少し悩んだような顔で「これからもよろしく」というだけでした。
そばにいたラビリスが、凄い目で睨んできて、その場でラッツとは逆の頬を叩かれて、みんな慌ててしまいました。
決めました。私は最後までユキさんについて行こうと思います。
彼の得体の知れなさを、恐怖を、ちゃんとこの目で見届けるんです。
そして、彼がいった本当の目的を聞いてそれを手伝おうと思います。
さあ、明日も大変です。今日少し遅れてしまいましたし。
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