第37掘:個室の重要性
個室の重要性
side:ミリー
ユキさんはセラリア様との会談を終え、私達に向き直り言いました。
「さて、聞いてたと思うが、予定の人数が決まった。400人が住める場所を用意しようと思う。で、だ、どんな家がいいと思う?」
何の躊躇いもなく私達に協力を求める彼の姿に、私は敬意の念が絶えません。
本来、このような…ダンジョンマスターなどと、人智を超えた能力を持って尚、人の為にその力を振るおうとしてるその気高さ、優しさ。
ここにいる、どこかの聖女達などより、とても救世主らしいのです。
本来であれば私達奴隷は、そのまま慰み者として使い潰される運命でした。
しかし、私はモーブさん達に買い取られ、そして、ユキさんに出会い、新しい時代を見ることができています。
彼にそう言うと「まだまだ、何も始まっていないけどな」なんて苦笑いをするだけです。
でも、私は分かるんです。貴方が示してくれた未来が実れば、私たちのような不幸な事は今よりも少なくなると。
そう、どこかの綺麗ごとのようにゼロにするのではなく、減らすと言ったのです。
地に足を付けていない、妄言ではない。しっかり現実を見据えての発言です。
いえ、ダンジョンマスターの力を手に入れているのですから、ゼロと言っても信じてしまいそうです。
ですが彼は力に驕らず、一人の独善とならぬ為に、私達に協力を仰ぎます。
…正直な話、ユキさんがこの国やガルツ国を併呑すると言って、挙兵しても私はついて行きましょう。
それほど私は彼を信頼しているのです。短い時間しか彼とは過ごしてはいません。
…これが運命というものでしょうか?
とりあえず、彼は独裁や王政をあまり好ましく思っていないようで、私達を抱いて跡継ぎの為の子供を生そうとはしません。
今はラッツやラビリスちゃんが攻勢を仕掛けているので、私は静観しております。
…まあ、私の発言でルルア様を強制的に、ユキさんの子供を孕ませるようにしましたが。
個人的には恨みがありますが、能力は私達等よりも上です。
ならば利用させてもらいましょう。より優秀な子供の為に、ルルア様は性処理道具にでもなってくださいな。
願わくば、ユキさんの一夫一妻の概念が消え、私達全員を孕ませるいいきっかけになればいいのですが。
…みんなはルルア様の条件を名目上と捉えて、子供ができなくても生かすつもりでしょうが、私はユキさんの子供も孕めないような、有害な生き物を匿う理由がないので、殺したいと思っています。
こんな場に出ず、夜、ユキさんの性処理を行っていればいいのです。
子供ができても私達が育てます。ご心配なく、ユキさんの血が流れているので大事に育てます。ルルア様はそのまま首輪でもつけて一生部屋で過ごしてくださいな。
そんな、黒い事を考えていますと、ユキさんが私に意見を求めてきます。
「…か、ラッツとしてはそうなのか。なあ、ミリーは家ってどんな感じの所に住んでたんだ?」
「私ですか? ギルドに勤めていた時はギルドの宿舎で3人の仕事仲間と同室でした。家族の家もありましたが、そこも特に変わりはないですね」
「個人の部屋ってのは無かったのか?」
「いえ、個人の部屋なんて、余程の豪商か、中~大貴族、王族のみに与えられる特権ですよ」
ユキさんは何やら難しそうに考え事をしています。
「エリス、ユキさんは何を難しそうにしているの?」
私は考え事に夢中で、ユキさんの話を聞きそびれていたのでエリスにそれとなく聞いてみます。
「何って…ああ、エルジュ様? ルルア様? わからなくはないけど、ユキさんのお話のほうが大事よ?」
「ごめん、気を付けるわ。で、ユキさんは?」
「ユキさんは、これから来る奴隷や、護衛で駐留となる兵士に個室…というか、家族がいないのであれば、一人につき一部屋与えようと言っているのよ」
「えっ、いくらユキさんが優しいとはいえ…それは奴隷が図にのってしまいそうな…」
これから来る奴隷達に、ユキさんの寛大さを伝えることは禁止されています。
ユキさんの存在は私達だけ胸の中で秘めなければいけないのです。
だから、ダンジョンマスターという名前を押して、奴隷達に敬意や畏怖の念で言うことを聞かせるのは不可能なのです。
奴隷達の管理は、まずは私達が代表となって行っていかなくてはいけません。
個室を与えるというのは、それだけ身分の高い者が得られる特権なのです。
そんなモノを与えてしまえば、奴隷が奴隷という自覚をなくし、言うことを聞かなくなってしまいそうです。
「そもそも、奴隷ってのは雇用する為の口実としていいし、差別意識をなくすのにちょうどいいんじゃないか? いきなり奴隷でもない難民連れてこられた方が困ったぞ?」
「それは分かりますがね~…ううん、今後普通の難民が来たとしても、それがここの普通だと認識させればいいのですかね?」
「そうだな。この大陸の最下層である奴隷が一室与えられるってのが、差別意識を取り去るのにいいんじゃないか?」
「しかし、ここで行う雇用制度や、奴隷の扱いでも、しっかり差別意識を取り去るのに十分だと思いますよお兄さん?」
ラッツさんの言う通り、これから来るであろう奴隷達は、想像もしてないだろうが、ここは楽園のようなのだ。
個室でなくても、寝る場所がしっかりあり、食事もある。奴隷としてはこれでも厚遇なのだ。
普通は床で丸くなって寝て、残飯を食べる。それが奴隷としての普通だ。
「ユキさん、奴隷は私達のようにどこかの部屋にまとめて、400人とはいきませんが、100人? 50人? ですごさせればいいと思いますが? なにか個室に思い入れでも?」
「ああ、なるほど。個室の意味が分かってないのか…。そうだな、みんなついてきてくれ」
そう言ってユキさんは、ラビリスちゃんを抱えたまま、歩き出します。
正直、ラビリスちゃんやアスリン、フィーリアはうらやましいです。
「おや、ここはダンジョンコアの部屋では?」
ラッツがそう言います。確かにここはダンジョンコアの部屋のはずです。
私達が来た当初、触れないようにと厳命された場所です。
前は意味が分かりませんでしたが、コアをこのダンジョンの核としっかり認識した今、触ろうなどと思いもしません。
「おう、ダミーだけどな。ま、そこは置いといて、こっちだ」
「はぁ!? お兄さんこのコア偽物ですか!?」
「そりゃ、分かりやすい所に置くかよ。といってもこのダンジョンの機能に関係ないコアだけどな」
「…本物だけど、本物じゃないってことですか…」
ラッツが驚きを通り越して、呆れています。…本当に抜け目のない人です。
そしてコアが置かれている左の壁が動いて扉が現れます。
…この部屋ですら隠し部屋のようなものです。さらに隠し部屋ですか。
というか、この場所に辿りつける冒険者などいるのでしょうか?
聞いた限り、いままでのどのダンジョンよりも凶悪なトラップばかりでした。
「ほい。ここが俺の個室ってやつだ。いらっしゃい」
ユキさんが扉を開いて、こちらを招いている。
「はい、お邪魔します」
私達はそう言いながら、玄関に通されます。
「あ、靴はそこで脱いでくれな。旅館と同じだ。スリッパでも履いてくれ」
そうやって、私達は、ユキさんの個室に通されました。
…そこは、私達の理解を超えていました。
「あ、あ、あ…ここは…」
「なんとまぁ、あの旅館はお兄さんにとっては一部というわけですか」
広さは宴会場などよりも狭いのですが、なんというか、とても綺麗です。
色んな部屋は見たことありますが、貴族御用達の宿とはまた違った綺麗さです。
なんというか、一つ一つの家具が豪奢ではなく、洗礼されたような無駄のない形をしています。
その綺麗な机の上にはコピー用紙や、コールの画面を付けた変な物が置いてあります。
そして、壁に目をやれば本棚があり、そこには色とりどりの本が置かれています。
鮮明に描かれた風景画も飾って、部屋の隅には宴会場であったダンジョン地図を映したモノを小さくしたようなものが置かれています。
「まあ、色々珍しいモノが多いだろうが、まずは座れ。15人は多いが…ソファーに8人。テーブルの椅子の方に5人。あとはすまんが床に座ってくれ。…部屋拡張しといてよかったよ」
私達は色々見ながらも、ユキさんに促され、ソファーに座ります。
子供達はユキさんに付き添って後をついて行きます。
「そういえば、牛乳飲めないやつっているか?」
誰もいいえとは言いません。
「よし、じゃココアにでもしてみるか」
ここあ? なんでしょうか?
しばらく待っていると、トレーにコップを乗せたラビリス達がやってきた。
「大丈夫か?」
「お兄ちゃんは座っててください!! アスリンはやくにたつんです!!」
「です!!」
「…ユキあきらめるのね」
ちょっと、不安定ではあったけど、私達のここあ?の入ったコップを配っていきました。
中身は茶色の暖かい…泥水?
「見た目はともかく飲んでみろ。別に毒じゃねえから」
ユキさんがそんな事するわけありませんので、口を付けてみると…。
「甘いっ…!?」
「ふぁっ!? な、なんですかこれ!? 物凄く美味しいですよ!? さ、砂糖でも入っているんですか!?」
言葉が出てきたのは私とラッツのみ、他の人は目を丸くしながらも、また口を付けてここあを飲んでいます。
「あ、もしかして、砂糖も高級品だったり?」
「当然ですよ…」
「はい」
本当にユキさんは底がしれない。
「で、お兄さん。ここに連れてきたのは何が理由で? ココアを飲ませたかったわけではなかったのでしょう?」
「まあ、一環ではあるんだがな。この部屋を見てどう思った?」
「それは、なんというかお兄さんらしい部屋ですね」
ラッツさんはそう答えます。私もそう思います。変に豪華にしていないのに綺麗で、そして優しい場所に感じます。
一個一個の家具もこのコップもただ使うのではなく、愛嬌があるように思えます。
変に無駄な、気持ちのいい部屋。
「そうだろう? 個室を持つと、自分の趣味で埋めたくなるもんだ。ミリーちょっとお姫様抱っこさせてもらっていいか?」
「え? え?」
「時間がないんで、嫌だったらあとで謝る」
私は答える間もなく、ユキさんに抱えあげられる。
ああ、幸せ…。
そんな風に呆けていると何か「カシャッ」っと音がします。
「ありがとう。大丈夫か? 嫌だったらごめんな?」
「いえ!! いつでも歓迎いたします!!」
私は降ろされた後も頬が赤かったと思います。
ユキさんは机の上にあったモノに何か指で操作?しています。
そうすると下にあった四角い箱が、何やら紙の様なものを吐き出します。
「ほら、ミリー。これは写真っていってな、あーなんて言っていいのやら、その場の風景を綺麗に書いてくれるモノなんだ」
そうやって、私にそのシャシンを見せてくれます。
「あ、こ、これは、さっきの私と、ユキさん!?」
そのシャシンには先ほどの抱えられた私とユキさんが映っていました。
彼はそのシャシンに目を合わせていますが、私はその時動揺していたのでユキさんの顔を眺めています。
「これは、またすごいですね~」
「…うらやましいわ。私もシャシンを作って」
そのシャシンをのぞき込んだみんなは口々に欲しいや、賞賛を言います。
「ミリーは個室に思い入れがあるのかって聞いて来ただろう?」
「はい」
「こういうのは、自分の部屋にこっそり飾ってるものじゃないか? それとも誰にでも見られたいか?」
「…ちょっと友人でもない人にみせたくはないですね」
だって、そのシャシンの私はユキさんに見惚れているんですから。
ああ、恥ずかしいのに、嬉しい。シャシン…素晴らしいモノです!!
「でだ、個室があることで、写真を飾ったり、自分の趣味の物を集めたりしたら給与がダンジョン内で循環するだろう?」
「ああ、そういう狙いですか。確かに、雇用しておいて、お金ためられたら資金の調達が厳しい私達では、枯渇してしまいますからね。私は個室に納得しましたよ」
「ミリーはどうだ?」
「文句なんてありません!! あと、このシャシンもっともらえませんか!! 個室も欲しいです!!」
「いや、同じ写真あっても仕方ないだろうに…、個室に関しては旅館にあるぞ。もとより、個室に住んでもらう予定だったからな。旅館にもどったら、どの部屋がいいか話し合って決めてくれ」
そのあと、全員がユキさんとシャシンを撮って個室に飾ることになりました。
皆で撮ったシャシンは旅館の玄関に飾られています。
やはり、ユキさんが目指すものはとてもいいものだと思います。
私は、貴方の為に何でもしましょう。
ですから、願わくば、優しいその貴方の顔が歪むことの無いよう…。
あ、そのあと、ユキさんの本棚にあった。女性の裸が大量に映ってた本は、趣味であろうが私達の判断で破り捨てました。
ユキさんの表情は歪んでいましたが、あれは含まれないと判断します。
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