第30掘:無駄を無駄とするな

無駄を無駄とするな



side:エルジュ・ラウ・ロシュール


画面の向こうで、スライムさん越しに映るルルア様が追手からの矢を受けておりました。

ユキさんが、くだらない看板を作っていたばかりに…。


「ルルア様!?…ユキさん、なぜあんなお遊びをしたのですか!!貴方のせいでルルア様が怪我を!!」


私はユキさんに非難の声を上げます。

ここでロシュールの近衛隊が来た時にも【ここから先6名様でご入場ください】などとお遊びをしておりました。


「…はぁ」


ユキさんは私の反応を見て溜息をつきます。


「な、なんでそんな事をしてるんですか!?そんな事するより、ルルア様の救出を!!」


私はそう訴えます。


「…エルジュ様、貴女本当に何も考えてないのね。ユキが無駄な事なんてするわけないじゃない」


横から、可愛らしい声が届きます。

そこには、アスリンやフィーリアのお姉さん代わりと言っていたラビリスが、つまらなげに私を見つめていました。


「なるほど、エルジュ様は真っ直ぐなお方なんですね~。さぞ使いやすかった事でしょう。で、そこの私と同族の従者様はどう思いますか?」


オリエルは私の顔を一度みると前へ進み出て、ユキへ言葉をかけます。


「わざと、ルルア様を足止めして。負傷させましたね?」

「なっ!?」


オリエルの言葉にさらにユキさんへの怒りが増していきます。

なぜそのような事をするのかと。


「いや、別にそうなっただけだしな。ま、ここで変に遠回りしてもエルジュが納得しそうにないから手短に説明しよう」


ユキさんがこちらを見つめてきます。

一瞬すさまじい圧力を感じますが、怯まず見つめ返します。

私は、何も間違ったことを言ってないのですから。


「エルジュ、今君が怒ってる状況があの看板の狙いだ」

「どういうことですか!!身内を怒らせてなにをっ!!」

「誰も仲間を狙った事を目標などと言ったつもりはない。あの看板の狙いは見た相手の動きを鈍らせることにある。見ろ、今エルジュは正確な判断を鈍らせている。俺に怒ることや理由を問うことより、ルルアを助けに向かうほうがこの場では正しいのではないか?」

「っつ!?」


私はユキさんの言った言葉に反論できずにいます。

そう、ユキさんの罪科を問うことより、ルルア様の救出に行くべきなのです。

ここで言い合いをしているわけにはいきません。

その場で会話を切って、部屋から飛び出そうとしますがオリエルに取り押さえられます。


「落ち着いてください、ユキの邪魔になります!!」


オリエルが珍しく厳しい声を上げて私を止めようをします。


「…お兄さん。エルジュ様は真っ直ぐすぎますね。もう、あっさり全部話しては?」

「いや、勝手に飛び出そうとしたんだがな」


そうやって肩を竦めます。

その間にもルルア様の背中から血が流れ、重々しい足取りでダンジョン内へと歩いていく姿が見えます。


「のんびり話している暇なんてありません!! ほら、もう追手がダンジョン前に!!」


そう、まだルルア様はそこまで奥にはいっておりません。

ダンジョン入口には痛々しい血の跡が残っております。


『なんだこの看板は?』

『セラリア第二王女の程度がしれるというものだな!!』

『ルルアは奥に逃げ込んだが、血の跡が付いている。これは簡単に追いつけるな』

『どうする?ダンジョン外に何人残すのだ?』

『セラリアの宣言だと、ダンジョン内のモンスター、トラップは停止している。しかし、中の地図は未だ公開されておらん』

『ふむ、ルルアが止血をして迷路に逃げ込むと厄介だな』


そんな会話を続けている。


「は、早くルルア様を助けに!!」

「…バカね。相手の行動がこれで完全に読めるのよ。しかもルルア様が負傷したおかげで…」


ラビリスがそう言って画面に目を向ける。


『ならば下手に遠くに行かれないうちに、さっさと殺してしまうのがいいな。外に二人で警戒。お前と、お前だ。残りは全速力でルルアを亡き者にせよ!!』

『はっ!!』


そうやって隊長らしき人を先頭にすぐダンジョンへと突撃していく。


「エルジュ様、見ての通りですね~。お兄さんはわざとルルア様に負傷を促して、戦力のほとんどをダンジョンに引き込むことに成功しました。あの追手の、看板をみた対応をみるに、深く何も考えていないようすね。全く御しやすい、商売の手段の一つでもありますね。相手を性格や判断能力を見るのに、わざと相手を馬鹿にする言動や行動を取るのです。今回はあの看板が相手を挑発することに一役買いましたね。まあ、ダンジョンであんな馬鹿らしい看板出す人なんて、お兄さんぐらいでしょう」


オリエルと同族の女性はそんな事をいいます。


「…ユキの事だから、ダンジョン内へ突入するのが逆に少なくても、どうにでもしたんじゃないからしら?」

「さあ、どうだろうな。正直それは手順が増えて面倒だがな。と、言うわけだ。エルジュ、お前がお遊びと言った事でこれだけの情報を引き出せるんだ。無駄だと切り捨てるのは己の判断だがな。無駄を無駄にしない方法を考える方が得だぞ」


しかし、そんな事は相手を捕らえればいいだけです。

ルルア様を負傷させる理由には…。


「…悪いが。リテアから追われてるルルアを助ける為に、今後このダンジョンが不利になるような手は取らない。正直ルルアがここで死んでも別に構わない。それならリテアは万々歳でここからいなくなるだろう。が、ルルアがここで死んだということを、交渉に持ち出してくる可能性もあるからな。一応助ける方向にしただけだ。別に俺はどっちでもいい」


私の言いたいことを察したのか、無情ともいえる言葉を吐き出します。

ルルア様がどうなっても別に構わない…ですって!?


「あなたはっ…!!」

「黙りなさい!! この駄目聖女!! 先ほどから、文句ばかり!! ユキさんが…私達を大事にしてくれている人がっ!! わざと見捨てる心境も考えずに!! 好き勝手ぺらぺらと!!」


部屋に響くほどの怒鳴り声を…私が幸せを奪った人ミリーさんが上げていました。


「…正直聞くに堪えませんね~。エルジュ様、貴女は何様のつもりですか? ああ、聖女様でしたね? でも、いい加減お兄さんが反応しなくても、私がそのピーピー五月蠅い口塞ぎますよ?」

「…その通りね。しかもユキは最初からルルア様を見殺しにするつもりは無いわ。矢も5本放たれたのよ?護衛を引き受ける兵がその内2本しか当てられないと思うの?矢の勢いが変に落ちてた。ユキが何かしたとしか思えない」


二人が侮蔑を混ぜた目で私を見つめてきます。

オリエルが庇うように前にでてきて…。


「三人の怒りももっともだ。だが、ルルア様はエルジュ様にとってセラリア様やアーリア様と同様に姉の様な存在。ここは私に免じてくれないか」


深々と頭を頭を下げます。


「…はぁ~。そっちの事情も分かりますがね。もうちょっと考えて喋ってください。正直私達にとっては貴女達やルルア様より、お兄さんを取ります」

「…ユキに変な八つ当たりしないでほしいわ」

「…ルルア様が追われているのも、元をただせば聖女様のせいですよね」


ミリーさんの最後の言葉で頭を横殴りにされた様な感覚になります。

…そうです。ルルア様が聖女の座を追われたのも、元々私が聖女なんて名乗ったから、聖女なんて名乗らなくても治療行為なんてできたのに…そう思うと胃から何かがこみ上げてきました。


「…うぇっ」


びちゃびちゃと草の床を汚していきます。


「さて、ルルアが到着した。ゴブリンに補助されながらだが、自分で回復魔術をかける余裕はないようだな。どうするエルジュ? そのまま吐いて、俺に任せるか? それとも自分でルルアを治すか?」


私が顔を上げると、血の気の失せた顔でルルア様がこちらを見つめていました。


「…エルジュ様。…貴女のせいではありません。…リテアを、御し…きれなかった私が受ける、べき…当然の、ぐうっ」

「ルルア様!!」

「…っ!? エルジュ様…貴女がなそうとした…ことは決して…間違い…では…」


ルルア様はそうやって顔を歪めます。


「あと5数える間に治療しないのならそこをどけ。遺言なんぞ聞いてないでさっさとやれ」

「っつ!! ユキさんに言われるまでも…ありません!! リリーシュ様、私に癒しの力を!! エクストラヒール!!」


すぐさま、矢を引き抜いて。私ができる最高の回復魔術をかけます。

ルルア様の顔に血の気が戻っていきます。


「…エルジュ様。ありがとうございます。また腕を上げられましたね。私は貴女を誇りに思います。ですから、そのお顔を曇らせないでくださいませ。貴女のしたことは決して間違いではありませんから。エルジュ様は確かに今、私の命を救ってくれたのです」


ルルア様の言葉に救われたような気がして、目から涙があふれてきました。

アスリンとフィーリアの様な、純粋な感謝の言葉に私は嬉しくてたまりませんでした。


「さて、感動の場面で悪いが。追手の報告はどうする?」

「どうなったのですか!? まだ追ってきているのですか!?」


ルルア様は気が付いたようにユキさんの顔を見ます。


「侵入してきた10名は落とし穴にさよなら。ダンジョン入口で待機していた2名はスライム02と03が陽動後、上から04、05がモーブ達と同様に奇襲に成功。呼吸器を押え、そのまま捕獲に成功。現在の残存敵勢力は0。警戒態勢に移行、スライム達は捕獲した兵士を運搬中」

「…ユキ、私が考えたトラップは?」

「そこまでたどり着けなかった。残念だな、また今度だ」

「…残念だわ」


そうやってラビリスの頭をユキさんは撫でています。

結局、一番こっちにとって都合のいい結果となりました。


「あー、あれか。つらいよな」

「だな、普通はスライムは連携なんてしないからな。頭部に襲い掛かるのも少数だ…」

「油断したところを、俺達は全部頭に取り付かれましたからね…」


モーブさん達が当時を思い出したようにつぶやきます。

確か彼等も同じようにあっさり無力化されたのでした。


「10人は亡くなりましたか…」

「…なにか言いたいなら聞くぞ?」

「…いえ、助けていただいてありがとうございました。できれば、2名の尋問の際は、私も同席できますようお願いいたします」


ルルア様はそう言って頭をユキさんに下げます。

…私が見習うべきなのは、ルルア様のような姿勢なのでしょうか…。


結局、私はまだ子供なのでしょう…悔しいです。

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