第31掘:国を支えた聖女は只の人 そしてお子様は成長する

国を支えた聖女は只の人 そしてお子様は成長する



side:ルルア



私は、エルジュ様のおかげで一命を救われました。

いえ、本当に助けてくださったのはここのダンジョンマスターです。


今、この部屋には不思議な草の床にざぶとん?というものを敷いて、その上に座って机を囲んで、ダンジョンに住んでいる面々が揃っています。


「さて、ルルアを助けたまではいい。さてこれからのルルアの処遇だが…みんなの意見を聞こうか?」


この場の王とも言うべきダンジョンマスター…ユキといいましたか。

彼は噂に聞いた災害ともいうべき、魔王や真竜よりも伝説と言われるべき存在です。

『コール』とかいう、指定保護のスキルで二度程顔を合わせておりましたが、直に顔を合わせるのはこれが初めてです。

見た目は本当に普通の青年です。

ですが、彼は戦争か内戦に突入しようとしたロシュールとガルツ、リテアを救った人物でもあります。

かの争乱の落としどころを作り、多くの人命を救う案をポンと出した傑物。

だから、私は彼が言ったことが不思議でたまらなかった。


なぜ、他人に意見を求めるのかと?


「お兄さん?…えーっと、お兄さんはどうしたいのですか?」


彼が言っていた買い求めた奴隷だろう。

兎人族の彼女は彼の言ったことに疑問を覚えていたのか、問いを返します。

というより、なぜ奴隷にこんな発言をさせているのか?


「あー、俺の発言は一番最後だ。些か早い気がするけどな。ある意味丁度いい。ここから、俺は運営に関する発言は一番最後にする。ここは、君達に運営してほしいといっただろう?」

「はい、手伝ってほしいと…」

「俺が一番最初に意見を言ってしまえば、君達は俺に対して反対しにくいだろう?俺は君達に手伝ってほしい。それは俺の言った意見に沿って手伝うことじゃなくて、君達が感じた意見が欲しいんだ」

「しかし、それはお兄さんの望んだ事にはならないのでは?」

「ああ~、勘違いしてそうだな。ラッツ…いやみんなか、俺に助けられて、衣食住そろえられて、俺がダンジョンマスターで、今までの出来事から、俺がすることを全部正しいと思っていないか?」

「…今まではお兄さんが間違っているとは思えません」

「今まで上手くいっただけだ。そしてそれがこれからも続くわけじゃない。勘違いするな、俺は唯の人だ。間違ってしまうこともある。だから、君達に手伝って欲しいんだ。頼む、皆の力を俺に貸してくれ。意見を言うだけでも、意味がある。間違ったときには殴ってでも止めてくれ。最悪、殺してでも止めてくれ。この通り」


彼はそう言って、奴隷の前で深々と頭を下げます。

私は彼の発言に驚きを隠せませんでした。

上に立つものとして不自然なほどに低姿勢、これでは威厳が保てません。

国とは、王や象徴たる私が演じていた聖女が威厳を保ってこそ、成り立つもの。

威厳などない、統治者などは今までいたことはありません。

しかも、只の奴隷に頭を下げるなど。

これでは、奴隷が調子にのって好き勝手にやってしまいます。


「お兄さん…」


ラッツと言われた女性も私と同じ考えなのでしょう。

彼の発言に戸惑っているようです。

他の皆もどう反応してよいかわからないみたいです。


「…ユキさんと、お呼びさせていただきます。失礼ですが、ユキさんの考え方では国は成り立ちません。ダンジョンマスターたる貴方が道を示し導かねばならないのです。それが国の統治者として…」


私はユキさんの思い違いを正そうとしましたが…。


「ルルア、王など国にはいらない、いるのは代表だ。その国で生きる人たちを、守り、育み、意見に耳を傾ける代表だ。たまたま、今までは王が代表という形になっていただけだ」

「そんな事はありません!!王こそ象徴こそ!!国には必要なのです!!」

「その象徴たる聖女を、民の反発から降ろされた君がいうのか?」

「っつ!!それは、周りが手回しを…」

「君が意見を聞かなかった…把握を怠った結果だろう?」

「…」

「結果、あっさりその象徴たる聖女をすげ替えた。なあ、気が付いてるだろ?必要なのは聖女なんて言うお飾りじゃないってことを」


…彼の言う通りです。王や聖女は発言力が一番高いだけです。

家臣全員にそっぽを向かれては、それを王とは、象徴とはいいません。


「…王権とは、象徴とは…神聖なもので、法はそれに連なる血筋…貴族が行うべきなのです」


私は、なんとか彼に思いつく限りの主張をします。

そう、法はそれを行うべき人間がいるのです。

最初から、生まれた時から決まっているのです。

私のように、敬謙に神を敬い、修行を積まない限り、その座には決して届かないのです。


「はっ、笑わせるな。なあ、ルルア、それにエルジュ、君達の国は一体何年前、どうやってできた?」

「…?リテア聖国は、400年程前、当時疲弊していたレウス国の民に初代聖女様が救いを与え、レウス国を倒し、リテアが建国されたと聞いています」

「我がロシュールは、300年程前、一人の旅の剣士が荒廃したヒルニ国に辿り着き、人々を救う為、人々をまとめヒルニの暴君を倒し建国されたものです」


なぜ彼はそんな事を聞いたのだろう?


「言ったな。自分達の祖は只の人だと。自分達は貴族などの王たる血筋ではないと。他所からたどり着いた、よそ者だと」


彼が今まで言ったことが、頭の中に全て入って来たようでした。


「君達の国を作った人達は、人々を救った。導いた。どうやって? 聞いていたからだ。見ていたからだ。知っていたからだ。だから、救えたし、導けた」


そう、私達の国の祖は、只の人でした。

だから、その国の…いえ人々が求めているものが分かった。


「だから、俺は彼女達に頭を下げよう。彼女達こそが、奴隷、一般人、種族、その他諸々の事を知っている。見ている。聞いている。俺は彼女達こそ、ここで作るダンジョン村や街の象徴に…代表にふさわしいと思う。こんな俺よりよっぽど適役だ。自分が絶対などと、正しいなどと言い張るのは傲慢だ。俺には確かに君達が驚くほどの知識や能力があるかもしれない、だが、それだけだ」


彼はこう言いたいのだ。

特別な存在なぞ作るから、人々の意見が聞こえなくなる。

ならば、特別な存在なんて作らなければいい。

自分なんて、ダンジョンマスターなんて特別はいらないと。

只の人こそが、国の代表になるべきだと。


「あ、あ…ユキさんは、何を求めているのですか?その考えは、全ての人々が学を持たねば意味がありません。途方もない、夢物語です。そんな甘さでは国なぞ作れません」


そう、彼の言った只の人が国の代表になるというのは、皆が法を作る為の知識を持つということ。

只の人にそんな学はありません。

そんな学を、すべての国で生きる民に与えるなど不可能だ…。

だから、貴族などと限定した人にしか学がない。

だから彼の言ってる事は夢。

甘い、甘い、夢物語。

ですが、彼は私の言葉にあっさり返しました。


「甘さね。そんなことを言い訳にするとは、たかが知れているな。甘さの無い国にだれが近寄る? 夢も希望もない国にだれが集まる? 自分ができない事を「甘さ」なんて言い訳にするなよ」


私が絶句していると、彼はさらに笑顔で続けます。


「ルルアの言う甘さでできた国は、只の人が法に意見を言えて、多くの人々が関われる。きっと色々なトラブルもあるだろう。だが、俺はきっとその国は楽しいと思う。今よりも、きっといい国になる。と、言うわけだ。だからラッツ、君達の意見を言ってくれ。それとも俺が絶対たる王になるほうがいいか?」


彼はそう言い切ると、ラッツさんに向き直ります。


「…お兄さん、ご高説ですが…、なるほど私達がこれから忙しくなるというのは…」

「おう、これからほぼ完全にダンジョン村、街の運営すべて任せる」

「ぎゃー!?すさまじい事をさらっといいましたね!?素人ですよ、私達!?」

「まあ、そこら辺は分かってるから。会議の最後に俺が意見をいったり修正案や足りない部分を言ったりするわけよ。頑張れよ兎人族代表取締役」

「なんですか、そのふざけた役職は!? 意味は分かりますが分かりたくないです!!」


その他の多種族の女性達も目を白黒させています。

…なるほど、そういう意味があって同じ種族がいないのですね。


…これは、私などとは格が違う。

私こそが民を導かねばと今まで思っておりました。

その為に、懸命に神を崇め、学を付け、魔術を修めました。


ああ、そうでした。私は只の人が努力した結果です。

特別などではありませんでした。特別に成っただけです。

なぜそれを不可能と断じたのでしょうか。

…傲慢ですね。私が聖女の座を追われたのは当然でした。


「ユキさん。いえ、ユキ様。助けていただいた身で厚かましい限りではありますが、私の処遇につきまして意見を申してよろしいでしょうか?」

「へ?様? あ、まあ。ラッツ達はこの通りだし、言ってくれれば話が進むんじゃないか?」

「では、私をこのダンジョンでこのまま匿って頂きたいのです」


そういうと、混乱していた女性達が一瞬で静かになってこちらを見つめています。


「なにをふざけたことを言ってますか。今、ルルア様を抱え込むメリットはこれっぽっちもありません。お兄さんが私達の意見を求めるといったのです。ハッキリ言わせてもらいます。邪魔ですから、ここから出て行って外で死んでくださいな」


ラッツさんがそういうと周りの女性達も同意したように首を縦に振っています。


「な、なんてことを!! ルルア様出ていかなくて結構です!! ユキさん、そんな事はしないでください!!」


エルジュ様が私を庇うように前にでます。


「エルジュ様、この場で感情に沿った意見は意味を成しません。気持ちは嬉しいですが、後ろに下がってていただけますか? そして、よく見て、聞いてくださいませ。これが、私やセラリア様、アーリア様、ロシュール王が見せたくなかった世界です」


そういって、エルジュ様を後ろに下げます。


「ラッツ達は全員、君の保護には反対だそうだ。俺の一声を期待するな。自分でラッツ達を説得して見せろ」


ユキ様はお茶を啜りながらのんびりしています。

まったく、本当に格が違いますね。


「そのつもりです」


ユキ様にそう返します。私だって伊達に国の代表をやっていたわけではありません。


「へえ、いいですよ。言ってみてください。ただし聖女とかリテアの高官でしたーなんてのは全然利点になりませんよ? 今のルルア様は暗殺されかけたのです。しかも護衛の内12人も暗殺に協力してたんです。これはリテア聖国に戻っても、もう復権は望めませんよ? 私でしたら、戻ってきても偽物として処理しますね。万が一戻れても周りは敵だらけ、いつ暗殺されるかわからない状況になるでしょうね」


ラッツさんはそれなりに学があり、頭も回るようです。

ユキ様が代表として頭を下げただけはあるのでしょう。

しかし、甘いです。


「確かに、ラッツさんの言う通り私は只の人です。そして私を知る人にとっては邪魔でしょう。そしてダンジョンで抱え込むには利点が無いように思えます。しかし、私が外で死ねば、あるいは万が一生きてリテアに戻ればこのダンジョンの情報を聖国に伝えます。それで匿ってくれなかったダンジョンに復讐を果たしましょう」

「なっ!?」

「ルルア様!?」

「私を匿ってくれるのであれば、ユキ様の指定保護を受けることを誓います。行動制限も、このダンジョンに関することも口にしないと制限していただいて結構です。そして、私が知りうる限りの、リテア聖国の内情、軍情報、政策などの事に答えることを誓います。お恥ずかしながら、私はリテアのトップに収まっておりました。ラッツさん達が、これから行うであろう運営の力になれると思います」

「い、いけません!! そ、それは国に対する裏切り行為になりますルルア様!?」


エルジュ様は私を止めにかかります。


「エルジュ様。聞いての通り私は、もうリテア聖国での復権はここを裏切ることでしか、それもごくわずかの可能性しかありません。ならば、どれほど無様であろうと生きる方法を取らせていただきます」

「ふむふむ、さあラッツ達はどう思う?彼女は自分はまだ役に立つと言っている」


私の先ほどの害となる発言もそよ風ほども感じていないようです。

私へのフォローをしようともしません。

ユキ様、本当にラッツさん達の発言に従う気ですね。

ラッツさん達がここで私を殺すといえば必ず実行するでしょう…。


「…ここで殺してどっかの街に放り込んでもいいんですよ?」

「誰がそこまで運ぶのですか? それまで誰にも見られないとでも? ダンジョンに難癖をつけられる原因になりますよ? それが嫌だから、私を助けたのでしょう? そもそも、どこかに隠して運んでラッツさん達のせいとはばれないとして、そこの街はどうなるでしょうね? リテアとしては、そこの街を糾弾するいい理由になるでしょうね」

「なら、ここで殺して肥やしにしてあげますよ? ルルア様ならいいDPになるでしょうから」

「…っつ!?」


しまった。ここで私を殺してしまえば何も問題はないのだ。

なにか、なにか私が生きる術は…。


「ダメです!! 絶対ルルア様は殺させません!!」


エルジュ様が大声を上げてラッツさん達を威嚇します。


「そこの駄目聖女様は黙っててくださいな。今この場で貴女に発言権などありませんよ? わかっていますか?」

「あ、あります!! ルルア様を助けてくださるのなら、私からお父様やお姉さまに頼んでさらにここの強固な援助をお約束いたします!!」

「ほう? お兄さん、ロシュール国との詳しい援助の話はまとまっていますか?」

「いや、知っての通り出不精なんでな。詳しい話はセラリアがこっちに戻ってきてからだな」

「ふむ…駄目聖女様、いえエルジュ様。その約束違えればどうしますか?」


そういってラッツさんはエルジュ様を睨みつけます。

エルジュ様は足が震えております。仕方のない事です。このような、交渉事など今までしたこともないのですから。


「そ、その時は…わ、私の手でルルア様の首をは、刎ねましょう!!」


その言葉が私は理解できませんでした。

あの優しいエルジュ様が自分の首ではなく、私の首を賭けたのです。


「…自分の首を賭けるなどと言えば、一蹴するつもりでしたが…なるほど、腐っても王族なのですね。ふむ、ロシュールからの援助増大に、リテアの情報、万が一援助が増えなくてもルルア様を斬れば問題ない…助ける理由としては妥協点でしょうか。少々お待ちください、皆と話をしてみます。お兄さんの望んだように」


そうラッツさんが周りの皆さんと話をしだすとエルジュ様は震える体を床に沈めました。


「あ、あ、も、申し訳ございません。あのままではルルア様が…」

「いえ、エルジュ様。おかげでまた命を救われたようです。私だけでは、彼女達を説得できませんでした。これで、私が死ぬ事になってもエルジュ様を恨みはいたしません」


震えるエルジュ様の手を握ってお礼をいいます。

彼女が少しですが成長してくれました。ここで私が死んでも確かな意味がここにあります。


ラッツさん達の会議が終わったようです。

こちらにラッツさんが進み出てきて。


「わかりました。ルルア様をこちらで匿うことにいたします。しかし、少しながら、こちらからも条件を付けさせていただきます」


どうやら、私はなんとか生き延びたようです…。

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