第26掘:残る苦味
残る苦味
ラッツはかなり慌てている。
それはそうだ。49万DPというのはそれだけ命を奪った証拠でもある。
「いいえ、別にお兄さんが悪いと言ってるわけではないんですよ!! でも、この短期間で何があればそんなにDPが稼げるんですか!? このダンジョンの話なんてエルジュ様が最後に立った地としか聞いていないのですが!!」
そういえば、一般人にエルジュの顛末はどう伝わっているか聞いてなかったな。
「すまん、ちょっとこっちの質問いいか? そのエルジュ様の話ってなんだ? 俺はエルジュ様を確かに匿ったがその後は知らないんだよ」
事情は知っているが何も知らないように聞く。
「ああ、お兄さんがやっぱりエルジュ様を匿ってたんですね。ですが、悲しい事にエルジュ様はここを発たれたあと、魔王の手先に襲撃を受けて、お亡くなりになりました。精鋭を2000人前後連れていたようですが、1500人程まで減っていたそうです。精鋭がそれほどまで削られる。余程の襲撃だったのでしょう」
なるほど、なるほど。巷ではそういう話になっているのね。
兵の損失をどうごまかすと思っていたが、ダンジョンから被害を受けたわけではなく、魔王のせいにしたわけか。それなら面目は保つな、というより魔王相手の同盟を組みやすくするためか。
「あまり、お兄さん驚いてませんね。…なるほど、この精鋭500人がDPに変わったわけですか」
おや、ラッツはさっきの自分で言った内容で俺がしたことにあらかた予想が付いたようだ。
「お兄さん、この事の説明はしていただけますか?」
「もちろん、今回の件のことを君達は聞くべきだ。このダンジョンを運営する上でも、絶対に聞かないといけない」
一旦間をおいてみんなの顔を見る。
聞く態勢は整っているようだな。万が一の為にミリーのそばにはモーブ達が座っている。
「そうだな、まずはこの人を紹介しておこうか、エルジュ入ってこい」
そういうと、扉が開かれエルジュとオリエルが部屋に入ってくる。
エルジュは民の為といって治療をしていたから、彼女の顔は広い。
ここにいる彼女達もエルジュの顔を知っているのか驚いている。
「初めまして、エルジュ・ラウ・ロシュールと申します。が、今は殆ど死んだ身ではありますが」
「エルジュ様の護衛、オリエルだ」
そう名乗っても、みんなは口を開けたまま固まっている。
ラッツがようやく回復したのか、口を動かす。
「…な、なるほど。この収支に書かれた、昨日と今日の食事量が多いのはこの二人分でしたか。まさか、ここまでの大物が出てくるとは」
ラッツは先ほど書いた収支表を持ってぴらぴらさせているが、半ば信じがたいといった顔をしている。
しかし、あの数字から他に人がいることに気が付いたか。ラッツはかなり頼りになりそうだな。
「さて、エルジュ達の説明もしないとな。エルジュも座ってくれ」
そうやって促して、エルジュが座るのを見届けると今回の争乱のあらましをみんなに言ってきかせる。
・モーブ達がエルジュを奴隷として、このダンジョンに入ってきたということ。
・そのエルジュ達を保護してこの大陸や国の情報を得たということ。
・モーブ達を説得して、エルジュの護衛として王都に送ったこと。
・王都であった秘匿されていること。セラリアの暗殺、ロワール大臣の暗躍。
・その直後、ルルアがモーブ達と合流して今回の争乱はリテア聖国が仕掛けたこと。
・もう一度エルジュ達を保護したがロワールが手早く討伐軍をこのダンジョンに向けたこと。
・その状況を利用して、ロワールを嵌め返したということ。
・しかし、エルジュが生きていてはリテア聖国としては動かざるを得ないということ。
・戦争回避の為、エルジュが死んだということになって今に至ると。
「…これは又、厄介な事があったんですね」
ラッツは話を聞き終えてから、重々しく口を開く。
「ああ、だけどそのおかげでこのダンジョンのDPは潤ったし、国からの援助も確約できた。あと10日かそこらで、ここ一帯にエルジュの遺志ということでダンジョン外に移民が始まる。セラリア主導でな」
「お兄さんは色々と油断なりませんね。そこまで手回し済みでしたか。あとは作るだけというわけですね」
「そうだ、ダンジョン外の村や街かは知らないが、それは俺たちの範囲外の話だからダンジョン内を整備していくことになる」
「それで、お兄さん。なぜ私達にエルジュ様が生きていると教えてくれたのですか?いや、あの流れで話す事になったのは分かりますが、隠していた方が色々と動きやすかったでしょうに」
「簡単だ、エルジュにもこのダンジョン運営に関わってもらうためだ。エルジュ本人の為にもな」
「…復権後の事も考えているのですね。わかりま…」
そうやってラッツは続けようとするが、叫び声によってそれは防がれた。
「わかりません!! なんでその女を運営に…!! いや、このダンジョンに匿っているんですか!!」
ミリーが爆発したようにまくしたて、手元の湯呑をエルジュへと投げつけるが、指定保護のスキルで壁に阻まれたように、エルジュの足元に湯呑が落ちる。
「お前!! エルジュ様になんてことを!!」
オリエルが吠えるがミリーは止まらない。
「みんな、分かっているでしょう!! 元凶はこの女!! この女が聖女なんて名乗るから…!! 私たちは奴隷に!! 村や街がいくつ血に濡れたと思ってるんですか!!!!」
ラッツとエリスは苦い顔をしてミリーを見つめる。
ミリーの言っていることを理解しているのだ。他のみんなはイマイチピンと来ないようで困惑顔である。
「返して!! 私の家族を!! 街のみんなをっ!!…殺してやるっ、弟がどんな風に街を守って死んだか知らないでしょう!! 腕を斬り落とされて、無抵抗なところを滅多刺しよ!! そして首を掲げられたわ!! 同じ目にあわせてやる!!」
飛び出しそうになったところをモーブが後ろから羽交い絞めにする。
「モーブさん離して!! なんで出会ったとき殺さなかったの!! こいつよ、こいつが元凶なのよ!! なんでこいつがのうのうと生きてるの!! 死ねばよかったのに!!」
モーブはかける言葉がないのか、ただ押えるだけで他の事をしようとしない。
「…ごめんなさい。私が浅はかでした…」
エルジュは頭を垂れてミリーに謝る。
「…っ!? 謝るな!! そんなことしても何も戻らないっ!!…謝らないでよ…っ、そ、んなこと…しても…貴女を殺しても…何も戻らないんだ、から…」
ミリーはそう言うと、もう声にならないのか、その場に座り込んで嗚咽だけを漏らす。
彼女自身も理解している。エルジュがすべて悪いというわけではないということを、だけど思いのやり場がないのだ。
「すみません、お兄さんお話はまた明日でいいですか? 私も正直気分が良くありません」
「私もです。申し訳ありませんが整理する時間をください」
ラッツとエリスはミリーを支えながら、そう言ってくる。
結局エルジュがすべて悪いわけではないが、元凶ではあるのだ。そこは何も間違いではない。真実だ。
「ああ、そっちも色々あるだろう。今は休んでくれ。飯は部屋に運ぶよ。露天風呂にでも入って気分を変えるといい」
「お気遣いありがとうございます。ではお兄さん、私達は部屋に戻らせていただきます」
そう言ってラッツ達が出ていくと獣人三人組も後を追うように出ていく。
今気が付いたが、カヤをトーリとリエルが押さえていた。
「…ふざけるな、お前のせいで村のみんなが…」
「カヤ落ち着いて」
「カヤさん、ここはユキさんに免じて我慢してください」
カヤの声は平坦で小さいので聞き取り辛いが、今回はかなり重々しく聞こえる。
そんなカヤを押し出すように部屋を出ていく。
残ったのは俺と子供三人とモーブ達、そしてエルジュとオリエル。
「エルジュ様…」
オリエルが声を掛けるが、エルジュは未だ頭を下げたままである。
そして、その状況を破ったのはアスリンとフィーリアだった。
彼女達は手を握り合ってエルジュの前に立ってこういった。
「あ、あのエルジュ様。ありがとうございました!!」
「助けてくれてありがとうです!!」
「え?」
そしてようやくエルジュは顔を上げる。その顔はなぜお礼を言われるかわからないようであった。
そして二人は話を続ける。
「エルジュ様は覚えていないかもしれないけど、私とフィーリアちゃんの怪我を治してくれたんです!!」
「そう、ここの腕を兵隊さんに切られて、血が止まらなかったの。その時エルジュ様が駆け付けてくれて、治してくれたんです!!」
身振り手振りでその時の事を語るアスリンとフィーリア。
「さっきのお話は難しくてよくわからなかったですけど。エルジュ様が治してくれたあの魔法は暖かかったです。だからありがとうございました。今ここで生きていられるのはエルジュ様のおかげなんです!!」
「そうです!! ミリーの言うことはちょっとわからないけど、エルジュ様は優しい。悪くないです!!」
そう二人が言い終わると、エルジュは今まで能面のようにしていた顔から涙をボロボロと流してた。
「…ごめんなさい。…ありがとう。……」
二人を抱えるように抱き付いて、その言葉を繰り返す。
「あ、あのエルジュ様。なんで謝るんですか?お礼も私達が…」
「???」
二人はわけがわからないといった状況だ。
「すまない、二人とも。もう少しそのままでいてやってくれ、エルジュ様も落ち着くはずだから」
オリエルも目に涙をためてその場を見守っていた。
「さぁて、俺達も部屋に引っこむとしますか」
そう言ってモーブ達も部屋をでる。
「で、ラビリスはどうするんだ?」
「もちろん二人を待つわ。かわいいでしょあの二人」
「それまで、ずっと上に座ってるつもりか?」
「…当然よ。ここは私の特等席なのよ」
ラビリスはそう言って深く俺の膝に座りなおす。
「しかたない。今日の晩御飯でも考えるか、何がいい?」
「ユキが作ったものなら何でも美味しいわ」
いや手作りをサラッと希望してきやがったこの娘。
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