第13掘:全体を見るように

全体を見るように



side:セラリア・ノウ・ロシュール


「さて、あとは向こうが大人しくなるのを待つかね。今、降伏勧告しても元気がある分反発するだろうし」


あいつ、ユキがもう仕事が済んだといわんばかりに、体を解している。

認めたくはないが、もうダンジョンに侵攻していた約1500名の内、約340名ほどが落とし穴で戦死…?

残りは、ダンジョン内で孤立し、補給も救助も無縁の状態にある。

前に進むことはできるが、最大6人でしか進めず。そこは騙し討ちといっても過言ではないトラップ。

後退しようにも、ここまで来た長い廊下は落とし穴が開いたままになり、下がるに下がれない。

しかもこちらには、被害が全くない。


トラップのみで、ロシュール国の近衛を主体としたエリート軍を翻弄している。


誰が見てもわかる。これは完全に、一人の相手に1500名が負けたということだ。

しかし、これはダンジョンマスターとしての力と言われると、首を傾げざるをえない。

ただ単に落とし穴に相手を嵌めただけである。だが、軍を嵌めたのだ。

これがユキの言う「ぐんし」や「さんぼう」と言ったやつなのだろうか?

ユキが言った通り頭を使った戦い方だ。

これでは力がいくらあろうが、レベルが高かろうがどうしようもない。

だがここで私は疑問がわいたのだ、なぜ相手に降伏を促すのかと。

ここまであっさり軍を嵌めたのだ、今ロシュールの兵の下が落とし穴ではないはずがない。

このユキがそんな甘い方法をとるわけがない。


「ねえ、あんた…ユキは、なぜ降伏を促そうとするの? ユキのさっきからの行動見るに、予測してたんでしょう? 彼らの足元…落とし穴なんでしょう?」

「おお、初めて名前で呼んでくれたな。ああ、セラリアの言う通り俺の任意で彼らの命はどうにでもなる」


あっさり認めるユキ。だけど真意がまったく読めない…ここで彼らを殺してしまえば、彼らを世話する必要もないのに、まさか私たちの心情を思ってか?


「君たちに苦しい思いをさせたくない。あの人たちはセラリアが言ってた大臣に騙されてたんだろう?」


ユキはそう真剣に見つめてくる。


「ユキさん…」


エルジュは顔を真っ赤にして目がうるんでいる…。


「嘘ね。絶対嘘ね!! こんなに頭が回るユキが、そもそもこんな状況にするわけないはずよ。さっき言ってたっけ? 百戦百勝…『常に被害の少ない方法を考えよ』だっけ、私でもわかるんだから別にほかの狙いがあるんでしょ?」


そう『常に被害の少ない方法を考えよ』って方針なら私たちを匿うこと自体がダメなのだ。

事情を知らなかったにしても、さっさと放りだせばいいだけのこと。

わざわざこんな危険を冒す必要がない…はず。

正直あてずっぽうだった、勘でなんとなく言ってみたのだ。

ここまでやるのだから私の及びもつかないことを、考えているのではないかと。


「そうだね。セラリアの言う通りだ。狙いは別にあるよ」

「それはなに」

「あっさり教えると思うのか? 自分の頭で考えろよ」

「わからないから言ってるのよ!!」


悔しい、とっても悔しい。

私には全然わからない。けどもうユキの手助けなくては私たちはどうしようもないのだ。


「あなたの計画を教えなさい。もう私たちは、ユキに助けてもらうしか道がないわ」

「…まあいいか。ちょっと長くなるぞ、自分の状況から関係するからな」

「ええ、時間ならいくらでもあるわ」

「いや、あの兵士たちが今降伏してきたら対応に追われるけどな」

「さっさと言いなさいよ!!」

「ちぃ姉さま落ち着いて!!」


エルジュが私を押さえてくる。エルジュの香りがなければ私はこいつに何度も殴りかかっていただろう。

当の本人、ユキは私を見てなんかめんどくさそうにしている。


「どう説明したものか…そうだな。大まかに言ってみるか。質問は一回言い終わってから言ってくれ」

「わかったわ」

「俺的にどう転んでもいい計画なんだよな。まあ、君達を助けたことによって、良ければこのまま、ダンジョンを運営することを、公とはいかなくても認めて欲しかったってのが一番だ」


そうだ、ユキはエルジュに聞けば、いつの間にかダンジョンマスターになっていたらしい。ここの場所も知らない、常識もない。

ならば私達…エルジュを助けたのは偶然だけどこの縁を逃す手はないわけか。


「それで、エルジュをロシュール国に帰して色々とりなしてもらおうと思っていたのだが。なんか兵士に追われているし匿ってみれば、そのあとから山ほど兵隊連れてくるし、このまま君達を放り出しても殺される状況だったしな。しかし、丁度いいことにエルジュが「ダンジョンマスター」に認定されてたわけだ。ならば彼女をこのままダンジョンマスターとして、代わりになってもらって、この兵士たちをほとんど殺さずに説得できれば、君達はロシュール国のエリートを仲間にできるってわけだ。ここで皆殺しにしてしまってはエルジュに味方してくれる人は少なくなるだろう。で、この後降伏してきた人たちを説得して王都の掃除すれば、俺も安全にすごせるかなーって」


「なるほどね。わかったわ。私たちが無事王都へ戻れたのならあなたに手を貸すことを約束しましょう」

「お、ありがとう。何もかも終わったあとで、いきなり言うよりは前もって承諾してくれるとありがたいな」

「でも、私達があなたを退治するとは思わなかったわけ?」

「どう転んでもいいって言っただろう。俺的にはダンジョンの運用テストもしたかったしな、君達が敵になるなら今の兵士のように…いやもっと効率よくやらせてもらうよ。今回の兵士たちのおかげで実際色々見えてきたしな」

「なるほどね、本当にどう転んでもいいのね…まったく恐ろしいわね。けどエルジュをダンジョンマスターで推すのはなぜ? ユキが出て行ってもよかったと思うけど?」

「そりゃ簡単さ。『見ず知らずのダンジョンマスターは安全です』っていうのと『エルジュが聖女の力によってダンジョンを手中に収めました』っていうのと、どっちが国民的に受け入れやすい? いや上層部的にもか」

「絶対後者ね。前者はできなくはないけど、そんな危ない橋より、エルジュを立てたほうがあなたとしてもこっちとしても安全だわ」


本当にユキ的にはどう転んでもよかったのだ…、しかもエルジュがダンジョンマスターって誤認されてるのも利用することも考え付いている。

敵に回せば恐ろしいが、味方でいる限りは心強い。

そして本当に、ユキを敵に回しても、私はこのダンジョンを攻略することはできそうにない。


「しかし、ここで兵士を私達の味方にできても、王都では一波乱というか、あのロワールを叩きだす術を考えないとどうしようもないわね」


そう、私達をこんな状況に追い込んだあのロワールをどうにかしないと、又というか安全に王都に帰れないだろう。帰ってもなんだかんだ言って、私達を化け物なんて言って始末しようとするだろう。


「ああ、そこはもう大丈夫だと思うぞ」

「え、どういうこと?」

「モーブ達から連絡があった」


モーブ? ああ、エルジュを奴隷にしていたぶった男どもね。いくら和解してエルジュが許したとしても私は許さない。絶対百発は殴る。


『ういーす、ユキの言う通りロシュール王と王女様が暗殺されたぞ』


「「えぇぇぇえええぇぇぇぇ!!」」


『うおっ、なんだそこに王女様達いたのか?』

「ああ、だからもう少し事実を言ってくれ」

『すまん、すまん。暗殺は、俺達と協力者のおかげでしっかり防げた』

「へぇ、協力者ねぇ」

『で、だ。予定通り王様にあのこと話して、そっち向かっている連中には『暗殺されたから至急に戻れ』って伝令が行ってる。数日中にその兵士は引き上げるだろうよ』


そんなことをユキたちは話してる…しかしだ…。


「説明しなさぁぁぁぁぁああああいいいい!!!」


絶叫した私は絶対おかしくない。

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