第12掘:彼を知り己を知れば、百戦しても殆うからず。

彼を知り己を知れば、百戦しても殆うからず。



モニターには奈落の底(地下100ⅿほど)に落ちていく兵士が映し出されている。

正直ここまで嵌るとは思わなかった。先に偵察隊は来たんだがな…報告はしなかったのか?


「な、な、なんてことを!? あんたダンジョンマスターの誇りはないの!?」


セラリアが訳の分からないことを言って、こちらに迫ってくる。

しかし俺からすれば何を言っているのかわからない。


「…えっと、ダンジョンマスターの誇りってなに?」

「それはモンスターを配置してそれを見守り、ここまでたどり着いた強者と戦いを繰り広げるのよ!!」


頭痛がしてきた。


「…なあオリエル。他のダンジョンはトラップって無いのか?」

「いえ普通にありますが」

「すまん、セラリア。先ほどの何がいけないかわからないんだが」

「卑怯なのよ!! 我が国の兵士が正面から向かってきているというのに、落とし穴なんて!!」

「えーと、相手は兵力の劣るこのダンジョンを、多数で攻めてきてるんですが? そこは卑怯じゃないのか?」

「…それはそれ!! これはこれよ!!」


話が通じねえ!?


「すみません、セラリア様は武闘派でして搦め手が嫌いなのです。軍は華々しく戦ってこそ、というのが主義でありますし、我がロシュール国の強さの源でありますから」


オリエルがそう口をはさむ、それで疑問が湧いてきた。


「なあ、この国、軍師…参謀とかいないのか?」

「ぐんし?さんぼう?何よそれ?」


セラリアは不思議そうに首をかしげる。


「なんというか戦いを考える…文官?みたいなものなんだが」

「何言ってるのよ、文官なんかが戦場にでても役に立たないでしょ?はあぁ、あんたは戦場を知らないのね。戦場ってのはね「天の運」に左右されるのよ。いい、いかに敵より数をうわまわろうが、高レベルの味方がいても「天の運」がなければ勝利できないの。だから変な小細工を弄しても無駄。逆に名が落ちるわ!!」


…すげー理論である…さすが中世ヨーロッパ並みの文明か…。いや向こうは「軍師」や「参謀」という役職がなかっただけで、ここより絶対マシだと思う。


「いささかセラリア様のお言葉は暴論ではありますが、結局ぶつかり合っても高レベルの方がいれば縦横無尽に暴れられますし、策も食い破られます。さらにスキルなど不確定要素がおおいので…」


オリエルがそう付け加える。なるほどな、レベルとかスキルによる弊害って奴か。ここではレベルが上がればその分強くなる。強くなれば無茶も通る。無双キャラが生まれやすいわけか。その分策とかの戦場の思考が不要と言われるわけか。


「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして降すは善の善なるものなり。ってのを見せてやろう、いやもう戦ってはいるがそれに近いって感じか」

「百戦百勝…なんですって?」

「俺の国…まあ本にのってる有名な言葉でな。誤解覚悟でいえば『常に被害の少ない方法を考えよ』って意味だ。詳しい説明は今度してやるよ」

「なにいってるのよ!!もうダンジョンに攻め込まれてるのよ!!被害だ…って、あれ?」


セラリアは自分で自分の言葉に違和感を覚えたらしい、なんだ頭は悪くないんだな。


「どうかしましたかちぃ姉さま?お具合でも?」

「…大丈夫よエルジュ。オリエル、あなた気が付いてる?」

「何をでしょうか?」

「こいつ、いまだに自分に被害を出していないのよ…」

「あっ!!」

「!?」


エルジュとオリエルもこの言葉で今の状況に気が付いたようだ。その通り、俺の配下の被害はゼロ。ましてや交戦すらしていない。それなのに相手は「戦わず」に被害が200程でているのだ。


二人とも俺を驚くように見つめている。

ま、そんなことはほっといて敵さんの様子をみるかね。お、6人以内なら通れると気が付いたみたいだな。看板出してるし気が付いて当然なんだがな。

さてお次は見ものですよ。


長い500ⅿほどの廊下を抜けると、扉があり6人以内なら扉が開き、次の部屋へと入れるようになる。

そしてそこには、ここ10日ほどのDPをつぎ込んで召喚した「ブラッドミノタウロス」というレベル95という文字通りの化け物である。


相対した6人の兵士は一瞬固まるが、即座に行動を開始する。伊達に近衛ってわけでもないらしい。

それに対してミノタウロスはピクリとも動かない。


「なんで動かないのよ!?さっさと命令しなさいよ!!」


セラリアはあわてたように俺に叫ぶ。だが間違いがある。


「いやもう命令だしてるよ。『残ったのを排除するように』ってな」

「残った…?」

「ほらほらモニターを見た見た」


この部屋は結構広い、ミノタウロスが十分に暴れられるよにする為でもあるが…別の意味もある。


それは…モニターからこんな音が響く


ガコン!!


『な、うわぁぁぁーーー!!』

『きゃぁぁぁぁあああーーー!!』


「な、な…また落とし穴!?」


ミノタウロスが立つその前には奈落への闇が広がっている。


『な、みんな…!!くそぉ!!』


お、一人だけぎりぎり落とし穴の範囲から抜けてたか…設定変えとこ。


『あ、く、くるな!!うわぁぁぁぁあああ!!』


ミノタウロス君は命令通りに残りものを落とす作業をした。


「…」

「…」

「…」


モニターを見つめているお嬢様方はほっとこう。

ボスと戦う場所になぜ罠がないと思う?わざわざ相手が警戒して行動を停止するんだ。そこを狙わないでどうするよ?


「…あんた、遊んでるの? 戦いを弄んでるの!? こんな相手の誇りを汚すような戦いをなぜするの!! これを卑怯と言わずになんと言うのよ!! これなら最初から相手を全員落とし穴にかけたほうが効率がいいはずよ!!」


セラリアが激昂している。


「だな、ダンジョン内にいる敵を全滅させるならな」


そう、ダンジョン内にいる敵を全滅させるなら、敵が溜まっている場所にでも落とし穴仕掛けて全滅させた方が効率がいい。


「ほら、モニター見ろ。被害を聞いて後続が援軍として入ってきたぞ。ダンジョン外にいるもう500人程がな」


軍の戦闘ってのはその数を利用した戦い方である。余力ももちろん残すもの。今回も例外ではなくダンジョンに進軍してきたのは約2000人。

その半数だけがダンジョンに潜ってきたのだが、残りもいたわけだ。


「あんた…残りを引き込む為、最初に大きな被害を出すようなトラップ仕掛けて、そのあと少人数でしかいけない。なんてことをしたのね」

「ああ、いきなり1000人全滅なんかしたら撤退されるしな。だけど被害はでたけど、注意すれば進めると思ったらくるだろ? 今回は特に国の面子がかかってるからな」

「呆れた、相手の事情も考えてたの?」

「当然。彼を知り己を知れば、百戦しても殆うからず。ってな」

「何よその言葉…なんとなく、さっきのことから予測がつくから、たちが悪いわね」

「こっちも攻められたんだ。精々、情報収集に付き合ってもらいたいんだよ」

「情報収集?なによ、まだ変な事考えてるわけ?」

「なに、降伏してもらおうと思ってな。こっちも散々手間かけられたんだ。五月蠅いお姫様匿うはめになって」

「なんですってーーー!!」


「あ、あの、ユキさん、どうやったら彼らは降伏するのでしょうか? いまだに1000人以上はいるのですが…」


セラリアが喰ってかかる瞬間にエルジュが疑問をいってきた。

まあ当然の疑問だよな。


「それはな…よし後続も合流したか。ここでダンジョン入口の直線通路を、落とし穴で開いたままにする。そしたらどうなる?」

「完全にダンジョン侵攻している兵士たちが孤立してしまいましたね」


ちなみに入口の直線通路は300ⅿほどあって近場の木を切って橋にするのは無理に近い。


「えーと、これでなんで彼らが降伏することになるのでしょうか?」

「エルジュ、人が生きていくために必要なものはなに?」

「食事でしょうか?」

「ええ、今ダンジョンの中にいる兵士は「食料」を補給する術がないのよ。つまり彼らは、このまま最大6人でいける…あの無情な、トラップ付のミノタウロスを突破して…さらにあるであろう、2階層のトラップを抜けて、私たちを倒さなければいけない…いや倒しても脱出できるかわからない」

「…その通りです。しかもあの1階層には水がない。水がないと人は3日もつかどうかです。多少は携行食料と水は持っているでしょうが…」

「もって5日がいいところね…」


エルジュは二人の言葉から俺の言いたいことを理解したのだろう。


「生き残りたいのであれば、私たちへ降伏するほかないのですね」


セラリアは呆れたような顔でつぶやく。


「本当に被害無しで勝ってしまうなんて…」

「…信じがたい光景です」


さて、あとはのんびり相手方の降伏を待ちますかね。

さすが孫子、恐るべし「彼を知り己を知れば、百戦しても殆うからず」そして「善く戦う者は勝ち易きに勝つ者なり」ってやつか。まさか実感するとはなぁ。


「あ、また落ちた」


モニターには果敢にもミノタウロスに向かう勇敢な兵士(笑)が落下していた。本人はいたって真面目なんだろうな。だけどどうだろうな、最後に笑いが取れて死ねる。ってのはなかなかないと思うよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る