プロローグ だが断る
だが断る
ありきたりなアパートの一室に光が溢れ出す。
その光量は家の窓を飛び出し、太陽光さえ押しのけあたりに影を作る。しかし、それに反応する人々はいなかった…。
「よし、私も彼を追いかけますか」
そう言って光を放った美人さんは、部屋から消えた。
そしてその部屋には彼がしていたゲームの音だけが…
「さて、続きをしますか」
コントローラーを握り再度ゲームをする先ほどの男がいた。
え、なんでお約束になっていないか? なにバカなこと言ってるの?
手のひら向けて今から何かしますよーって人にわざわざ従う人がいたら教えてほしいね。
タネは簡単、俺はゲームをするときテーブルを挟むようにしている。今時のワイヤレスコントローラーって便利だよなー、昔はコードの関係で距離取れなかったからね。
あ、続きね。あの美人さん(不法侵入者)が来た時の位置関係、最初は相手がテーブルを挟んでテレビ側、そして俺はテーブルを挟んでソファー側。
で110番通報をした際に女性がこちらにきて阻止、で俺はさらに距離を取る。
この時に最初の位置が逆になったわけ。
そして美人さんの手から閃光を伏せてテーブルの下に入って回避。テーブルの下万能説が打ち立てられた瞬間である。
地震以外にも有効らしいことがここに証明されたってわけだ。
俺は落ち着いてそのまま休日を満喫するのだ。
なぜ逃げないかという疑問が湧くという方もいらっしゃるだろう。だがよく考えてみてくれ。施錠した家に、いきなり現れる相手だ、逃げたとして、すぐに追いつかれないことを仮定してもだ、相手が、俺個人に執着しているようなら完全に逃げるすべはない。
つまり、次また来るようなら話を聞くってことだ。これで相手があきらめるなら俺はそのまま日常にもどれる。
警察に連絡? おいおい「いきなり女性が部屋の中に現れたんです!!」なんて言ってみ、確実に病院送りか、愉快犯だわ。
しばらくゲームを続ける、時計が12時を差し掛け時計が演奏をはじめる。掛け時計こだわってます。
「飯…作るか…外食か…」
非常に悩ましい問題である。仕事中なら外食(コンビニを含む)に限る。
しかし現在は休日の自宅だ、今日の日本において料理のできない成人男性は少ないと俺は思う。つか学生時代でも料理はできると思う。
断じてお湯を入れて3分なあれを料理と言うつもりはない。
一人暮らしだと材料費とか効率を考えると自炊も外食もイーブンなのである。
だがここで決定打を思い出す。
「お兄ちゃん、これ食べてくださいな」
同じアパートに住んでいる隣のおばあちゃんから、お新香(漬物類)をいただいていたのだ。
このおばあちゃんが作るお新香は、俺にとってクリーンヒットな味付けだったのだ。絶妙な塩加減、そのまま食べてよし、ご飯のおかずに、お茶漬けに、お酒のつまみに!!
だがお新香だけでは物足りない、いやお新香ならばもう作るおかずは決まったも同然である。
「お味噌汁、鮭の塩焼き、卵焼き、海苔」
そう日本伝統の食卓である。納豆は朝か晩が俺の趣味である。
ご飯はもうスイッチを入れるだけ、あとは味噌汁はあるし卵・海苔はOK。
「鮭は買いにいくか」
最近一食用の一切れが売っているのは非常に助かる話である。
そうして財布とスマホと鍵を持ってアパートを離れるのであった。
「ち、二切れが、一切れ買うより完全に安いのは痛かった。思わず買ってしまった」
アパートの前でネギとか薬味関連を買って、忌々しげに俺は袋を見つめていた。
そう、鮭一切れより二切れのほうが圧倒的にお得だったのである。
二つ買うと元値の10%OFFって言うのはままある話。今回は80%OFFだったのだった。
このまま二切れ食べるか、お隣のおばあちゃんをお呼びするか悩みながら自宅に入ると…
「まさか、避けてたなんてね…」
冒頭の美人の不法侵入者が仁王立ちしていた。
つまりだ、結局俺は逃げられないってことでいいだろう。
女性が先ほどと同じように手をこちらに向ける。
「今度ははずさないわ」
そう俺は今度こそ彼女の手のひらからだす閃光を避けられないだろう。
だから…
「飯を食うからそこどいてくれ、あんたは昼は食べたの?」
「え、いやまだお昼は食べていないわ」
「ちょうどよかった、安くて多く買ってしまったんだ。話は聞いてやるから、飯を食ってくれ」
そう言って台所へと向かう俺。
「ほら、そこのソファーにでも座っててくれ」
「あ、はい」
彼女はおとなしくソファーへと向かう。
予測外の行動をとると、人間って反応が遅れたり正常な判断ができなくなるものである。
彼女が人間かどうかはこの際置いておこう。
そして食後…
「ごちそうさまでした。あのお新香あなたが作ったの?」
「いや、隣のおばあちゃんがお裾分けしてくれたんだよ、美味いだろ」
「美味しかったわ、けど納得したわ。あの味は長年の積み重ねって奴ね」
「だな、お茶どうぞ」
「あ、ありがとう」
お互いお茶を啜りあう(熱いお茶ね)…さて本題に入るか。
「で、話を聞く約束だったな」
悪いが不法侵入者が美人さんだろうが化け物だろうが神様だろうが敬語を使えるほど俺はできていない。
「あ、そうそれよ!! 忘れてたわ!!」
こいつダメだ。
「わざわざ話を聞くために移動する必要もないからな、ここで聞くぞ」
先ほどの場所移動のための閃光?を打たれる前に釘をさしておく。
「ふん、ようやく諦めたのね。いいわ、話してあげる」
完全に上から目線ですよ、やっぱりこの手の美人にはろくなのがいねえな。
そんな俺の気も知らずに立ち上がり腰に手を当てこちらを指さして。
「あなたは異世界に行って、ダンジョンを運営して世界のバランスを保つ役目が与えられたのよ!!」
その言葉を聞いても俺は動揺しなかった、大体予想通りである。この手の人外が危害を加えずに話をするということは大概この手合いだ。
そして彼女は続ける。
「もうこの世界には帰れない、だけどあなたはその身一つで異世界に秩序をもたらすの!!」
はい聞き捨てならねーですよ。
「だが断る!!」
誰が今の生活捨てるか。
「ええええええ~~~~!?」
驚く声が響く。だがどこにも驚く要素なんぞありはしない。
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