第2話 追憶

 私の中に眠る一番古い記憶は、赤ん坊の頃、同じく赤ん坊だった小夜と遊んでいる記憶だ。はっきりとした映像として覚えているわけじゃないけど、朧げな感覚が残っている。

 家が隣同士で、生まれた病院が同じで、誕生日も近く、両親たちも仲が良かった。私たちも赤ん坊の頃から仲が良かったと、母はよく言っていた。ある日、遊び疲れた私と小夜が手を繋ぎながら寝ているのを見て、互いの両親は大盛り上がりで写真を撮りまくったそうだ。その写真は、いまだに実家のリビングに飾られている。もちろん小夜の実家にも。今もそうなのかは分からないけれど。

 はたから見れば、よくある幼なじみの関係でしかなかったし、小夜もそんな風に感じていたと思う。けど私は、何か違うものを感じていた。

 最初は単純に友情かと思っていた。けれど保育園に通い、小学校に上がって、小夜以外の友達がたくさんできても、胸の奥で疼くこの微熱を感じるのは、小夜と一緒にいる時、彼女のことを考えている時だけだった。

 その熱の正体をはっきり認識したのは、小学四年生の夏、小夜の家でお泊まり会をした時だった。

 お泊まり会と言っても、家が隣り合っているのでそれほど特別なものではない。金曜日か土曜日の夜、自分の家で夕飯とお風呂を済ませてから、相手の部屋を訪れて一晩過ごす。お泊まり会と言うより、夜のおしゃべり会のようなものだった。しかし夕飯はご馳走にならないし、お風呂も借りないので、そこまで相手のご両親の負担にならない、そんな簡単なお泊まり会だったからこそ、頻繁に、そして遠慮なく、お互いの家で交互にお泊まり会をしていたのだと思う。

 あの夜は蒸し暑かった。あの日のことを思い出すと、胸の高鳴りと共に、今でも体がじっとりと汗ばんでくるような気がする。

 歓談もたけなわ、お互いに話したいことをすっかり話し終え、会話が途切れた瞬間、いたずらっぽい笑みを浮かべた小夜が、小声で「見せたいものがあるの」と耳打ちしてきた。小夜がそんなことを言うのは初めてだった。何を見せられるのかまったく分からなくて、すごくどきどきした。

 花柄模様の水色のパジャマを着ていた小夜が、おもむろにそのボタンを外し始めた瞬間、ずきん、と、痛いくらいに心臓が跳ね上がった。一つ、また一つと、ボタンを外していく様子を食い入るように見つめていた私に、小夜はきっと気付いていなかったと思う。私自身も気付いていなかった。

 全てのボタンを外し終えた小夜が、パジャマの前を左右に開くと、露わになった小さな胸が、薄桃色のブラに包まれていた。

 同年代の女の子たちに比べると、小夜は発育が良かった。クラスで一番背が高かったし、誰よりもおっとりとした雰囲気をまとっていたのも小夜だった。胸だって、私よりずっとふくらんでいた。スポブラを着け始めた子たちが黄色い声を上げている間に、彼女はすでにその先を行っていたのだ。ピンク色のキャラ物のパジャマの下に、スポブラどころか未だにキャミソールを着ている自分が、途端に恥ずかしくなる。

「かわいいでしょ」と屈託のない笑顔で、小夜が私を見つめている。彼女に他意はない。幼なじみで、一番の友達である私に報告したかっただけだ。可愛い服を自慢する行為、その延長線上でしかない。今ならそんな風に、冷静に分析できる。でもあの時の私は冷静じゃなかった。顔が真っ赤になっているのが分かる。耳の先まで熱い。鼻で息をする。汗がこめかみを伝う。開けた窓から吹き込んでくる風が涼しい。その中まで見通そうとするように、小夜の胸をじっと見つめる。

 触りたい、と思った。多分あれが、生まれて初めて抱いた性欲だったと思う。

「見すぎだよぉ」

 そう言われて、ようやく我に返った。少し顔を赤らめながら、ボタンを掛けなおす小夜の姿が目に入る。

「ご、ごめん。かわいいよ。すごくかわいい」

 慌てて取り繕う私の姿は、今思うとかなり怪しかった。けど小夜は、そんな私の不審な様子に気づいた感じもなく、

「今度一緒に、遥のも買いに行こうね」

 と無邪気に笑った。その夜は、小夜が寝息を立て始めてからも、二時間くらい目が冴えて眠れなかった。

 甘酸っぱい、そして鈍く痛む思い出だ。

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