079

俺は香苗に囚われている。

いや、囚われてなんかいない。


香苗は俺に何も残してくれなかったんだ。

あんなに、あんなに愛していたのに。


確かに俺のわがままで結婚したかもしれない。

だけど香苗も喜んでくれて。

幸せだと言ってくれて。

本当に香苗といるのが幸せで。


──私が死んでも前を向いて生きるんだよ。笑ってね。


香苗の最後の言葉。

何度も何度もよみがえる。


俺は前を向いているだろう?

ちゃんと生きているだろう?

笑っているだろう?


ちゃんと、香苗の言うとおりにしているじゃないか。それなのに、もうこれ以上俺から香苗を奪わないでくれ。香苗との繋がりが今度こそ何もなくなってしまうから。


それから俺はどう過ごしたかわからない。


虚無感に支配されて、心がどこかに行ってしまったみたいだ。

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