078

古い卒塔婆と交換をし、花を活ける。

ろうそくと線香に火をつけると、ゆらゆらとろうそくが揺れた。火が消えてしまう前に誰からともなく墓前に手を合わせた。


「暁くん」


香苗の父親が俺を呼ぶ。


「はい」


「まあ、なんというか、香苗が亡くなってもう三年だ。毎年お布施も君に任せてしまっているけど、そろそろ家で引き取ろうと思うんだよ」


突然の申し出に、言っている意味がまったく理解できずにその場で固まった。


「暁くんが香苗のことを想ってくれてるのは十分承知している。だけどね、そろそろ君も、香苗に囚われずに生きてほしいんだ」


「囚われてなんか……」


「いや、非難しているわけじゃないんだ。勘違いしないでくれ」


「暁くん、香苗のこと愛してくれてありがとうね。香苗は幸せ者だわ。だから暁くんも、ちゃんと幸せになってほしいのよ。だから、香苗のことに責任を負わなくていいのよ」


香苗の母親は俺の手を両手でぎゅっと包み込むように握った。

その手は優しくて温かかった。


「……」


どう返事をしていいのかわからなかった。

どうしたらいいのかわからず俺の思考は停止した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る