058

別室に呼ばれた俺は、香苗のご両親と向き合う。


「暁くん、気持ちは嬉しいんだけど……」


言葉を選ぶようにやんわりと断られたが、俺だってすんなり引く気はない。頑として譲らない俺に、ご両親は香苗の余命を告げた。


「もう、長くないのよ。あと半年だって、言われてるの」


「それでもいいんです。香苗さんを愛しているから、命が続く限り一緒にいさせてください」


頭を下げ続ける俺と困惑するご両親。

しばらく平行線が続いたが、結局は香苗自身が俺の説得に負けて、俺たちは結婚した。


結婚式などできるはずもない。ただ婚姻届を提出しただけだ。それでも十分幸せだった。


病室でささやかながら指輪をはめあった。

窓からの日射しが俺たちを祝福するかのように柔らかく差し込む。

二人だけの特別な時間に思えた。


「暁くん、ひとつだけ約束して。私が死んでも前を向いて生きるんだよ。笑ってね。それでさ、いい人見つけてよ」


「香苗以外いらないよ」


「ダメ。お願いだから約束して」


頷くことはできなかったが、無理やり指切りげんまんをさせられた。

悲しくも、穏やかな時間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る