下り

エリー.ファー

下り

 光線銃の音が鳴り響き、私を息を潜めた。

 殺される。間違いなく、殺される。

 多くの人間の死体が、転がっているところを走ってきたのだ。間違いない。

 私は、見過ぎたのだ。この町の真実と、この国の意思。

 そのすべてはどす黒く塗りつぶされており、もう二度と、世界に見せてはいけないように思えた。

 閉じられているからこそ、まともなのだ。ここにい続けることだけが自由であり、正義であり、秩序なのである。私の知っているそれらは、すべて張りぼてでであり、そこから学び取れることは何一つない。そうやって何も学べないことが価値として認識されているからこそ、この国は一つの形を成しているのだ。

 私には、不幸だとも思えない。

 私はこの国以外で生きる術を持っていないし、そのことを知っている国の思惑も分かってはいない。

 まだ、私には遠いのだ。

 距離がある。

 埋められるほどの知識も知恵も持っていないことが最も悲しかった。

 煩わしいことを少しでも頭から取り出そうと考えた。脳みそを切り取って、どこかに投げ捨ててしまいたい。できれば、悲しさや憎しみといったものを感じられなくなるのならそれが最も良い。

 私は、一人だ。

 私にとっての時間は過ぎ去ってからが本番であり、そこから生み出されるようなものが何か価値のあるものになるとは思えない。

 あぁ。

 哲学だ。

 分からない。

 この国に支配されているのは私の頭の中だけなのかもしれない。私の肉体は最初からずっと自由であり、誰も束縛などできないものなのかもしれない。何か自分の中に出来上がっていく哲学に私が埋もれているだけなのか。

「止まりなさいっ」

 声が響く。

 あっ。

 殺される。

「撃たないでっ」

 私は叫ぶ。意味がない。分かっている。けれど、気が付けば命乞いである。

 プライドがない。

 ここまで逃げてきて、自分の生き方を貫こうとした結果であるというはずなのに、またも同じところを歩いている。

 いや、走っているというのが正確なのかもしれない。

 生み出される自分の思考の熱にやられてしまう。火傷して、自分の意識が朦朧とする感覚は、あまりにも自分の知っている現実から遠ざかっていた。

「止まりなさいっ。あなたは今、違法薬物を使用して、錯乱状態ですっ。いいですかっ、早く止まりなさいっ」

「撃たないでっ、お願いっ、撃たないでくださいっ。殺されるっ」

「こちらは何も持っていないっ」

「嘘っ、光線銃をさっき見たっ。それをまずはしまってっ」

「しまうものなど一切ないっ」

「やめてっ。近づかないでっ」

 私は走る。逃げるためにはここで自分のことを忘れなければならない。できる限り、私の作り上げた姿から遠ざかる必要がある。どうにかしなければならない。

 方法が見つからないのは、当然だ。

 でも、自分の知っている私が遠くなることに安心してしまう。

 大好きだ。

 この私が大好きだ。

 自分を愛していないことが、人に伝わり、その中で自分の定義をもう一度洗うような感覚。二度と完成することのない自分だけの情熱を抱えたままの逃避行。

 上には上がいると思わせて自分を捨て去るまでの丁寧な戦い方。

「止まりなさいっ。そちらは崖ですっ、死にますよっ」

「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇっ」

 来てる。

 これは、私、来てる。

 あぁ。私が完成する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

下り エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ