第三十八話 感謝と決別



放課後、俺は屋上に行った。俺からの呼び出しで待ち合わせだ。珍しいパターンと言える。

同じクラスだが、別行動で屋上に行くことになる。


ほどなく、俺の待ち人、白石真弓がやってきた。ちょっとおどおどしている。何故俺から呼び出されるのか、わからなかったんだろう。教室で話が済まないのか、と。


「三重野くん、来たよ。」白石真弓は俺に向かって声をかける。


「ああ、来てくれてありだとう。」俺は答える。


ちょっとだけ世間話をしたあと、俺は本題に入る。


俺から呼びだしたのは、礼を言うためだ。


「白石、あのとき、ワカメちゃんの計画を教えてくれて、本当にありがとう。」

そういって、おれは頭を下げてあ。


「え…」白石はちょっと意外そうだった。俺が頭を下げたことを、なのか、それともおかっぱちゃんが彼女だと気づいたことなのか。


「あと、受験のときのおかっぱちゃんが白石だと気づかないでごめんな。ぜんぜん気づかなかった。」


俺はまた頭を下げた。


「じゃあ、どうして今回は気づいたの?」白石真弓は聞く。


「妹だ。妹は、あの朝、校門前で待っているおかっぱ眼鏡の女の子を見て、すぐに白石だとわかったようだ。俺は全然わからなくて、あとから妹にさんざん言われたよ。」


俺は種明かしをする。


「私が綺麗になったから、気づかなかったでしょう?仕方ないわね。」そういって白石真弓は笑った。


「ああ、その通りだ。見違えたよ。今なら、城北の遠藤が、変なことを言っていたのもわかる。気づいてないのかこのボケ!って思っていたんだろうな。」

俺は白状する。


「そうかもね。」白石はもう一度笑う。だけど、何だか寂しげだ。


「せっかくだから、ちょっと聞いてみたい。私にも加護をくれるかしら。」

白石はそう言って、俺の目をまっすぐ見た。


こういう状況を予想していながら、それでも俺は白石にお礼が言いたかった。

だが…。


「もしお前の願いが、俺と付き合いたい、だったらそれを叶えることはできない。イルカの加護は、どっちにしても俺自身に向いたものは駄目だしな。」たぶん、利益相反になってしまう。


「そう…。わかった。でも、言わせて。私は、受験の日から、ずっとあなたが好きだった。あなたに振り向いてもらうため、頑張って綺麗になったつもり。せっかく同じクラスになったのに、なかなか素直になれなくて、変な行動したしたりしてごめんね。でもそれは恋する乙女の行動として許してくれたら嬉しいな。 三重野くん。もう一度言うわ。好きです。」


彼女は、俺の目をまっすぐ見た。

俺も、白石の目をまっすぐ見返す。

瞳の俺の顔が映る。


意外に、と言ったら失礼だが、今日は白石がとても綺麗に見える。


俺は、白石に向かって、ゆっくりと頭を下げた。

「ありがとう。そして、ごめんなさい。白石の気持ちはとても嬉しいけど、その気持ちには残念ながら応えられない。」


ずっと頭を下げている。白石から声をかけられるまで。

白石が、泣いているのがわかる。ああ、鈍感な俺は、ずいぶんこの子を傷つけてきたんだな、とわかる。


それなのに、彼女は俺を救ってくれた。本当に感謝しかない。


「三重野くん、頭を上げてね。」白石は俺に声をかけた。すでに泣きやんでいるようだ。


俺は顔を上げた。白石の赤みが残る目に、決意が見えた。

「お願いがあります。私には、好きな人がいます。でも、彼をあきらめなければいけません。私に、彼をあきらめるために、加護をください。これが最後のお願いです。」



俺は答えた。

「俺と何をしてもノーカンだ。秘密は守る。俺から、君と何をしたかは外部に言うことはない。君が何かを言うのは自由だ。 俺は、いまから目をつぶって動かないから、常識の範囲で、好きに俺に触れてくれ。」


俺は、石段の前で両手を広げて目をつぶる。

ほどなく、白石がステップを昇り、俺に抱き着いてキスしてきた。


キスは控え目。そして体は預けてくる。

キスに慣れてないのが、よくわかる。唇は動かない。だが、その感触をいとおしんでいるのがわかる。

この感触を、ずっと忘れないように。


俺も、この感触は覚えておかなければならない。


どれくらい時間が経ったのだろうか。白石は、俺から離れた。。


「ありがとう。」白石は笑顔を俺に見せた。

「加護があるといいな。」俺も笑顔で答えた。


「うん、きっとあるよ。明日からまた、よろしくね。」白石は言う。


「おお、これからもクラスメイトとしてよろしくな。」俺も答えてあ。


「じゃあ、私は行くね。三重野くんはもう少しここに居てね。先に帰りたいから。」

白石はそう言って、踵を返した。


「ああ、また明日な。」俺は彼女の背中に声をかけた。


白石の背中が少し震えている。だが、俺はそれに気づかないふりをしている。

白石は、無言で重いドアを押し、屋上から去っていった。




「練習はいいのか?」俺は声をかけた。

「いつから気づいてたの?」答えてきたのはスポーツ少女の珠江だ。


「ついさっきだ。ドアがちょっと開いたからな。」俺は答えた。


「あれで良かったの?」珠江は俺に聞いてきた。


「ああ、それしかないだろう。」俺は答えた。

「あいつの気持ちには答えられないけど、あいつの気持ちは本物だった。それに、俺としては感謝もあるし気づかなかった負い目もある。彼女に何も返せないと、さすがに俺も良心の呵責に耐えかねてしまう。」

これは本心だ、


「そういうものかもね。」珠江は言う。

「そういうものだと思う。」俺も言う。


「俺は、お互いに恋愛感情がないからこそキスできるんだと今は思っている。愛情を持ったキスをしてしまうと、他の相手とキスするうのに罪悪感が出ることになるんじゃないかな。」


俺は思ったことを言った。いままで、そんなことはあまり考えていなかったんだだが。


「じゃあ、私と香苗とはキスできて、希望とキスできないのはなぜ?」珠江は指摘してきた。

本当は、希望とキスできないわけではたぶん無いのだが。


「私や香苗の事は好きじゃなくて、希望を好きだから? もしかしてそういうことなのかな?」珠江は俺の目をじっと見ながら問いかけてくる。


俺には、答えがわからなかった。


沈黙を破ったのは、珠江だった。

「練習あるから、行くね。」:珠江は言う。

「ああ、頑張ってな。」俺は答える。


珠江はキスしてこなかったし、そんなそぶりも見せなかった。


珠江は踵を返す。ショートカットのスポーツ少女は、ゆっくりと歩いて屋上を出ていった。背中が、いつもより細く見えた。


今日は本当なら一緒に帰る日だが、そんな気にはならなかったので、珠江にメールして、俺はそのまま帰宅した。


帰り道、頭の中に珠江の言葉がぐるぐると回っていた。


アイドル系美少女の希望。

黒髪ロングのクールビューティの香苗。

ショートカットのスポーツ少女、珠江。


俺はこの美少女たちの誰がを好きなのだろうか…。


イルカに問いかけてみたが、返事はなかった。



ーーーー

皆さまのご期待に答えて(笑)白石真弓に登場願いました。

普段よりはちょっと短いです。






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