第三十九話 再会


香苗の大きな胸が、俺を押さえつける。

相変わらず素晴らしい感触だ。

いつか、この双丘に顔を埋めてみたいものだ。


たぶん、今でも頼めばOKしてくれうだろう。冷たい目で睨みながら、


「ハルくんは本当に下世話な男ね。最低だわ。」とか言いながら、お仕置きでパイ埋めの刑、別名双丘パラダイス(今考えた)を課すのだろうな。


だが、俺はちょっと引き気味だ。

香苗から攻めてくる舌を、俺の舌で押し戻した。

逆襲するのではなくて、ちょっと待った、という感じに。



香苗も異変に気づき、ちょっと顔を離して、俺の顔を見る。


「ハルくん、どうしたの?何かあったの?」相変わらずのミステリアススマイルだ。

子供が見てたの、子供が見てたの…それはミステリアス・チャイルドだ。いや、さすがに誰も知らない。


「いや、ちょっと考えごとしてしまってね。」俺は正直に答えた。


香苗は俺の前に立ち、俺の目をじっと見る。

「ハルくん、女の子とキスしているとき、他の女の子のこと考えたりするのは、とっても失礼よ。やっぱり、比べられるのって嫌だもの。 それは、ハルくんだってわかるよね。どうせ、珠江とでしょ? それとも希望かしら?」


完全にお見通しだ。


「いや、あの…。」俺は口ごもった。


「珠江が元気ないのは、たぶんハルくんのせいね。どうしたの、なんて今は聞く気はないけど、さすがに今日はここまでね。」


「ああ、そうだな。」俺は力なく答えた。バイトに行くか。


今日はバイトの日だが、昼にできなかった分として.放課後香苗に呼び出されたのだ。

珠江はいない。陸上部の練習に行ったはずだから。



この前の珠江の言葉は、今もひっかかっている。


俺は何がしたいんだろうか。俺は誰かを好きなんだろうか?

キスするなら誰てもいいんだろうか?


そんな事が頭の中をうずまいている。



今日は、ランチも一緒にできなかった。

俺から遠慮したのだ。

妹の弁当の日だったのを言い訳にして、妹と食べるとかウソをついた。

まあ、弁当箱の入ったカバンをもって出たからバレバレなんだが、三人は気づいていなかった。いや、気づかないふりをしてくれた。


で、放課後香苗に責められたわけだ。



バイトに行っても、ミスばかりしてしまった。

注文を間違えたり、水をこぼしたり。



バックヤードで希望に言われた。

「ハルくん、気が緩んでる。どうせ、珠江や香苗とキスしたいとか考えてたんでしょ。最低ね。しっかりしなさいよ。」


自分でも嫌になる。

俺は、悶々としながら過ごした。


翌日のランチは、教室で食べた。

美女ランチがずっと継続していたので、やらないとまた変にまわりに勘繰られるかなと思ったのだ。


食事前に、俺はみんなに言った。

「とりあえず、HKHPは中断するよ。ちょうど、例の通達のせいか、俺へのリクエストも途絶えている。いろいろ考えたいこともあるからね。バッジは、希望ちゃんに返しておくよ。」


香苗が言う。「そう。じゃあ、サポートプログラムも中断ね。」サポートプログラムって何だ、と思ったが、要するに俺にキスの練習をさせることだろう。


「ああ、それでお願いする。いろいろありがとう。中断だけど、その先はまだ決めていない。ゆっくり結論を出させてほしい。」

俺は皆に言った。

希望は、俺が外したバッジを黙って受け取った。


ランチは、お通夜みたいだった。誰も何も言わない。もくもくと食事をして、それで終わった。



それからは、静かな毎日が続いた。

生徒会が終わると、俺はすぐに帰る。学園祭前なので、やることは沢山あるが、俺はしょせん助っ人なので、適当に終わらせることができる。


ひとつ生徒会への協力としては、新たな助っ人として雪度マリと左右田麗奈を連れてきたことだ。


左右田麗奈は文芸部の仕事があるのだが、文芸部の出す冊子については、もう編集作業が終わり、校正まで済んだとのことだ。あとは納品を待つだけとなったそうで、時間があるという。


雪度マリとは、先日会わなかったわけだが、左右田麗奈から改めて紹介を受けた。五人パシリの妹どうし、というか大岩産業グループの子弟はそれなりにつきあいがあるようだ。


何で知っているのか、と聞いたら、運動会、と答えられた。どうやら、大岩産業では社員と家族参加の運動会をやっているらしい。なんだか昭和っぽいな。



ちなみに、風紀委員長の飯野加奈も大岩産業の子女だが、さすがにワカメちゃん一派の彼女を誘う気にはならなかった。



珠江と一緒に帰ることも辞めた。

なんだか、珠江とは話しづらいのだ。


「今日は用事があるので、待たないで帰ります。」

そんなメッセージを珠江に送る。既読スルーで、なんの反応もなかった。




HKHP自体を中断したけど、バイトを辞めたわけではない。

店は相変わらず繁盛しているし、学園祭が終わったら左右田麗奈か雪度マリを紹介してもいいかもしれない。


左右田麗奈の場合、左右田勝男の彼女になったはずの莉乃と一緒に働くのはちょっと抵抗あるかもな。


俺は何となく、俺が抜けることを前提に、そんなことを考えながらバイトをこなしていた。

希望とも、ほとんど話をしない。

お互い、目も合わせない。


オーナーが俺に聞いてきた。

「三重野くん、希望ちゃんとケンカしたの? 何が原因?」


俺は答えた。

「いや、大した事じゃないんです。ただ、俺が自分勝手に悩んでいるだけです。」


「どんな悩み? 恋の悩みかな?恩人の相談には乗るよ。」

オーナーは、半分冗談っぽく、俺に言ってくれた。



「大丈夫です。選択肢はだいたい出ていて、俺が決めるだけなんです。」俺は答えた。


選択肢が出ている、というのはあまり正しくない。

全部放り投げて、ぼっちに戻る、という選択肢以外を思いつけないのだ。


ぼっちが嫌なら彼女を作る? といっても相手がいない。


香苗や珠江と付きあっているわけでもないし、彼女になってくれ、といったところで断られるのが落ちだ。


希望となど、もっとありえない。キスしたわけでもないし、友達ではあるけど、それ以上ではない。


三人とも良い友達ではあるんだけど、いまは ギクシャクしたままだ。このままHKHP、ハルくんキス放題プロジェクトを終わらせたとしても、しこりが残りそうだ。


今更白石真弓に声をかけるわけにもいかない。それは俺にその気がないし、その気になっても白石に失礼だ。」


というわけで、悶々とした日々が続いた。


一度、香苗から誘われたが、断った。

「三人から怒られているのに、そんなこと黙ってできないよ。」と香苗には伝えた。


また、珠江からも

「ハルくん、この前のことは気にしないで。私も言い過ぎた。」

と言われたが、珠江に対してはこう答えた。

「三人に怒られて、ちょっと自分を見つめなおさないと、と思ったんだ。」と答えた。



ある日の放課後、俺は一人で屋上にいた。

ここがすべての始まりだったな…などと思いながら。


考えを整理するにはここがいいかな、と思ったのだ。

ぼんやりと秋の空を見上げる。雲がゆっくり流れていくのが見える。


「三重野くん、こんなところでまた会ったね。」


突然、声をかけられた。

見ると、四大美女の一人、というか三大美女プラス妹、の妹である、クラスメイトの原中理恵だった。


「原中か。お前たちがキスをしているのを目撃した、あの日がすべての始まりだんったな。」

俺は感慨深く言う。


「あの時の君は、世界中を敵に回したような顔をしてたよ。」原中は笑った。


「キスしながら、よくもまあそんなところが見えたな。」俺もちょっと笑う。


「まあね。前後は目を開けてるしね。」意外にスムーズに会話が続く。


「それで、結局長江とはどうなったんだ?」俺は聞いた。


原中は、俺とキスしたあと、長江から距離を置いた。そうしたら長江から追いかけてくるようになったようだ。


「まあ適当に。彼が私をオンリーワンにできないなら、私は彼を私のオンリーワンにすることはできない、ってことね。」


それ以上は言わなかった。


「そうか。まあ、うまくやってくれよ。原中は元気そうで何よりだ。」

俺は答えた。


「あなたには気持ちを切り替えさせてくれて感謝しているわ。それなのに、最近どうしたの?イルカのバッジも外しちゃうし、ランチなんか見ていてお通夜みたいよ。何がどうしたのよ?」


原中が聞いてくる。


「まあ、俺が優柔不断なのがいけないんだけどな。」俺は言う。


彼女は何だか納得したようだ。


「三人のうち、誰と付き合うのがいいか、目移りしちゃってる?」

とんでもないことを言ってきた。


「まさか。誰からもOKされるわけないしな。」

俺は手を左右に振りつつ、首も左右に振った。

なんだかからくり人形みたいだ。


「ねえ三重野くん。気分転換にキスしようか?」

原中がいたずらっぽく言ってきた。


「妹」属性で可憐に迫ってくる。

必殺上目遣いはなかなか威力がある。


「ノーカンだからいいでしょ?」彼女は微笑を浮かべる。


「そうか。ノーカンならいいな。」俺もちょっと笑う。


原中は、ステップの上に乗った。

背の低い彼女と屋上でキスをするには、この高さ調節が大事だ。

それは彼女も俺も心得ている。


俺は、彼女に抱き着き、軽くハグしながら、唇を彼女の唇に押し当てた。


甘いキスだ。背徳的に甘い。唇の感触も素晴らしいし、気づかないうちに舌が入ってきた。お互いに舌を絡めあいながら、相手を責めたてる。唾液を交換しながら、顔の向きや唇の位置を何度も変える。彼女も俺の背に手を回し、ぴったりと抱き合う。お互いの鼻息を感じながらも、キスをなかなか終われない。


お互いに、終わろうとすると、もっと、とせがむのだ。

これがキスの相性の良さといえばいいんだろうか。心地よい。


最後に、名残惜しいと思いながらも、俺のほうから離れた。


「だいぶ上達したのね。」原中が俺に言う。


「それは原中もだよな。長江以外の影響を感じだよ。上級者さん。」俺も答える。


「私は、あなたほどの人数はこなしていないわ。」

彼女は静かに答える。


「ねえ、あなたの悩みは、三人の誰かと付き合いたいってことなの?」

原中が聞いてくる。


「いや、それはもともと無理だとあきらめている。ただ、このままじゃいけないから、ぼっちに戻るしかないのかな、って思ってるけど踏ん切りがつかないんだ。」


俺は正直に答えた。


原中は俺の目を見ながら告げた。

「これから、私の家に来ない?家族は遅くまで帰ってこないよ。」


俺は驚いた。どう答えたらいいんだろう。


「三重野くんは、前に私に言ったよね。先に進のを否定はしないって。私を選んで、キス以上に進んだら、三人と離れるのに踏ん切りがつくんじゃないのかな。」


まさか、原中から誘われるとは思わなかった。


「キスの相性はすごくいいし、その先も確かめてみない? 実は、私にしても初めてなんだよ。」


どうせ三人と距離をとるなら、原中と付き合うのもいいか…大人の階段をのぼるにしても、相手にとって不足はない。



俺は、原中を抱きしめて、もう一度キスをした。



ーーー

次回、完結です。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。



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