第三十六話 通達



放火後、じゃない放課後。

俺は、左右田勝男からMicro SDカードを受け取った。



「悪いが、取捨選択は自分でやってくれ。」左右田勝男は言う。


「ああ、もとよりそのつもりだ。感謝する。ちなみに、パンチラもあるんだろうな?」俺はにやりと笑いながら答える。

「そこはお楽しみだ。」左右田勝男もにやりと笑う。

今夜は遅くまで作業だな。


俺は生徒会室に行く。皆忙しそうだ。

俺も、仕掛りの仕事を続ける。だんだん学園祭の本番が近づいてきた、と感じる。


少なくとも学園祭までは、生徒会長の山口の邪魔はしないだろう。

そこは俺もワカメちゃんを信じる。


だが、俺に対しては何かしてくる可能性もある。

とすれば、やはり行動あるのみだ。


攻撃は最大の防御なり。

先手必勝。

守るも攻めるもくろがねの。

攻める神あれば受ける神あり。

攻めは受けなり。受けは攻めなり。

主導権を握るのは受けだ。


…だんだん意味が分からなくなってくるのでこの辺で。


とはいえ、作業の終わりには、香苗との時間が待っている。

というか、今やこれを楽しみに作業をしているようなものだ。 珠江の顔がちょっとだけ頭をよぎる。 仕方ないよね。



帰宅した俺は、パソコンとにらめっこする。

まずは、SDカードの中身をパソコンに移す。百均のアダプターが活躍だ。 ついでに別のUSBメモリにもバックアップを作る。これは500円。

そして、無料の動画編集ソフトを立ち上げて、作業開始だ。


動画は山のようにある。タイトルもついていない。そのため、個別に内容を確認して、タイトルを付ける必要がある。


そして、使える部分を切り取ったり、画面をキャプチャーする。


一緒に居て隠し撮りしたものと、本当に隠し撮りしたものがある。

前者は、誰が提供したかワカメちゃんに丸わかりになってしまうので、使いにくい。後者を中心にすえよう。


予想通り、いくつかのシーンが見つかった。動画も使えるし、写真も使える。

あとは、音声だけ使えばいいものもある。

画面には "Sound Only"とでもつけておこうか。ゼーレの老人だな。


左右田勝男は予想以上に優秀だ。こいつ、スパイにでもなったらいいのに。内閣調査室に就職をあっせんしてやりたい。


結局その夜には作業は終わらず、翌日の夜も編集作業に没頭することになった。人気ユーチューバーは凄いな。こんな作業を毎日やってるわけだし。俺も法人化してどこかに委託したい。



翌日。美女ランチをそうそうに済ませ、俺は職員室へ向かう。

風見先生に用があるからだ。


風見先生は職員室には居なかったので、国語科研究室をのぞいてみる。

そこに先生は一人でいた。


研究熱心なのか、何やら資料をまとめている。

俺は風見先生に声をかけた。


「おや、君は…」

「二年B組の三重野晴です。最近 Afternoon Kiss でバイトをしています。」

俺は自己紹介した。



先生とは実は面識がない。去年も今年も、彼の授業がないからだ。

唯一の接点は、 Afternoon Kiss ということになる。


「先生。これを、Afternoon Kissのオーナーから頼まれました。」

俺はそう言って、封筒を渡す。


「これは…?」風見先生は聞く。


「俺は中身は知りません。ただ、オーナーから、先生に渡してくれと頼まれました。」


「純子さんが…」風見先生は不思議そうな顔をする。

ちなみに、オーナーの名前は珠 純子(たま じゅんこ)という。


「確かに渡しましたからね。」俺はそう言って、踵を返す。

実は、俺は中身を知っているが、それを言うことはない。

あくまで二人の問題に見せかけるためだ。


糸を引いているのは俺なのだが。



それから数日後。

校内のあちこちにビラが貼られていた。


ビラには、こう書かれていた。

「風紀を取り締まるべき立場の二人、現風紀委員長と、元生徒会長、校内で禁断のキス」と。


そして、若芽が飯野加奈にキスしている写真と、若芽と飯野加奈が地上で抱き合っている写真が貼られていた。


それぞれの写真には「禁断のキスは元会長から」「五人パシリへのパワハラだけでは飽き足らず、校内で風紀委員長を押し倒す元生徒会長のセクハラ」と注がついていた。


校内は話題騒然となった。

誰が貼ったのかは、結局よくわからなかった。貼るだけでなく、あちこちに置いてあったので、手に取った生徒もそれなりにいたはずだ。


誰が作ったんだろうな(笑)。



その影響か、ワカメちゃん、風紀委員長、五人パシリなどが個別に学校側に呼ばれていたという。面談に、知らない人がいて、校長と風見先生が同席していたそうだ。


俺は、そのことを五人パシリの一人、左右田勝男から聞いた。




数日後、校内に学校側から通達が出た。

「校内関係者への通達」とある。




要約すると、大体以下の内容になる。


理事会での議論の末、以下の決定がなされたので皆守ように。

「セクハラ・パワハラ根絶宣言」

1)校内での風紀の乱れを正す必要があるので、各人で節度ある行動をとること。

2)先生発のセクハラ、パワハラ禁止。

3)生徒発も同様。


注1)これは恋愛を禁止する意図ではない。

注2)これはLGBTを差別する意図ではない。


これだけでは、何だかよくわからない。

生徒たちの間でも、解釈が分かれていた。




放課後、生徒会室で作業をしていたら、会長の山口と副会長の香苗がそろってやってきた。

「皆、集まってくれ。」山口が言う。


といっても、あとは俺と会計の香田みゆきと書記で山口の彼女の若原瞳だけなのだが。


山口が言う。

「生徒会長、副会長で、今回の通達の意図を校長と副校長、事務長に別々に聞いてきた。」

ほうほう。


「全員から聞いて、意図がやっとわかったわ。結局、これは理事会内部での権力争いの結果みたいね。」

香苗がいう。


「理事会?権力争い?何、それは?」生徒会会計の、忙しい女子高生こと香田みゆきが聞いてくる。当然の疑問だな。


山口が説明を始める。

「まあ、当然の疑問だな。 順番に説明しよう。 この学校がどう運営されているか、知っているかな?」


「校長をトップに副校長がいて、その下に教務主任と学年主任がいるんじゃないの?」

香田みゆきが言う。


山口は首を横に振る。

「いや、それは、教師の間のヒエラルキーだ。言ってみれば現場の話だな。それとは別に、学校法人という組織を見るんだ。」


「どういうことなの?」書記の若原瞳も尋ねる。


「たとえば、学校は先生と生徒以外にも、、事務長を始めとして、事務の人とかいるよね。たとえば、給料を払うには、それを計算して実際に支払い手続きをする人がいるわけだ。

その辺は別の系列があるよね。」

山口が言う。


「そうだな。事務室の人は、先生の部下とかではないしな。」俺も合いの手を入れる。


「ああ。学校は、学校法人という形になっている。まあ、会社の親戚みたいなものだ。会社には、社長がトップでいるけど、社長の上に会長がいたり、取締役会や株主総会で首になったりする話は聞いたことがあるだろ? 学校法人では、理事会がその役割をはたしている。」」


何だかややこしい話だな。


「詳細は省くけど、要するに、理事会の決定に、校長は逆らえないってことを覚えておけばいいかな。学校の大きな決定には、理事会の承認がいるんだ。」


山口会長の説明が続く。


「大きな決定って?」香田みゆきが尋ねる。


汗を拭きながら、山口会長が続ける。

「たとえば、校長や先生の採用とか、校舎の立替とかだな。組織や、大きなお金がからむ場合には理事会の承認がいる。授業料の値上げとかもね。」


「でも、理事って学校にいないよね?」香田みゆきが言う。


「ああそうだ。今、理事は五人いる。校長も理事会メンバーだが、理事長は別にいる。

基本的に、理事会は名誉職だから、たとえば大企業の社長とかがお飾りで入ったりする。

どうせ、普通は月一回だけだしね。」


山口会長は話を続ける。


「理事の一人が、大岩商事の大岩社長なんだ。要するに、大岩若芽前会長のお父さんだね。それとは別に、浅井理事長という人がいる。この人は、秀英学園を作った浅井又二郎初代理事長の末裔なんだ。」


「学園の血筋としてはこっちのほうが偉いわけね。」香田みゆきが言う。


「まあ、もともとはそうなんだが、大岩商事からの年間の寄付が大きくて、発言権が相対的に弱まっていたらしい。」


「それと、今回の通達は何がどう係わっているの?」香田みゆきが尋ねっる。


「どうやら、若芽先輩の行為が目に余る、として、風見先生が浅井理事長のところへ駆け込んだらしいんだ。 風見先生は、浅井理事長に口説かれてこの学校に就職したらしい。 だから二人はよく知っている仲なんだ。」:


それは俺も全く知らなかった。まあぼっちの俺が知る由もないが。


「ただ、風見先生は公正な人だから、普段は理事長に直接コンタクトはしていない。事務長か、校長が理事長に話をすることになっているんだ。」


ふーん。さすがだな。


「それで、何がどうなっているの?」書記の若原瞳が言う。


「今回の校内キスの件、五人パシリの件、それから風見先生へのセクハラの件。あまりに目に余る、ということで、若芽さんを何とかしてくれ、って訴えたみたいだ。本来なら大岩理事の力でもみ消されるような話だけど、いろいろ証拠を出したらしいんだよ。」


「証拠?」若原瞳が聞く。


「いろいろあったみたいなの。写真とか、動画とか、メールとか、日記のコピーとか。誰がどうやって撮ったのかわからないけど、若芽さんが風見先生にセクハラしている動画まであったみたい。」

香苗が補足する。


山口は眼鏡をクイっと上げて、話を続ける。

「それで、理事長がさすがに激怒して、外部の人間と風見先生で、校長同席のもとで個別にいろいろ聞いたんだそうだ。最初は、何もないと否定していた五人パシリの連中も、家族に迷惑がかかることは絶対にない、と言われて、日頃たまっている鬱積を吐きだしたらしい。あまりの話に、校長先生を含め、皆絶句していたようだよ。」


なるほどなあ。凄い話がいろいろ出たんだろうな。風見先生も当事者だったからなあ。


「それで、緊急の理事会が開催された。忙しい大岩社長も、さすがに出ざるをえなかったらしい。自分の娘に学校が処分するかもしれない、ということになったからそれは当然だけどね。」


「何となく権力争いって話がわかってきたね。」香田みゆきが言う。


「ああ。理事会での議論は錯綜したけど、最終的に大岩理事が皆に頭を下げて、娘の監督はしっかりするから、処分は見送ってくれ、とお願いしたそうだ。 結果として、あの通達を出すことで手打ちになった。」

山口が解説する。


「あのセクハラ、パワハラ撲滅っていうのは、教師が生徒に、じゃなくって生徒が生徒や教師にセクハラ、パワハラしないようにしましょう、っていうことを意味しているわけだ。これを今後守らせるからこれで勘弁、という話なんだよ。」


そういうことか。


「今回の件で、大岩社長の立場は弱くなったし、娘のリクエストで誰かの親の人事に口を出す、なんてとてもできなくなった。親の配転なんかしたら弁護士とマスコミが出てくる、などと脅したらしい。」


そこまでか…。


「大岩理事は、若芽さんが卒業したら理事もやめるつもりでいたらしいんだけど、結局、理事も続けることになったんだって。」香苗が補足する。


「その心は?」若原瞳が突っ込む。


「寄付よ。大岩商事の学校への寄付が、数年間は確実に続くことになるわね。場合によっては体育館や校舎の建て替えの寄付になるかもしれないけど。」


うわー。お金で解決か。


「若芽さんのほうは、いちおう処分はなし、ということになった。だけど、今後セクハラ・パワハラはしません、っていう紙に署名したらしい。当分は、おとなしくなると思うよ。まあ、こんなところかな。」

山口がしめくくった。


皆、ため息をついた。


「とにかくすごい話ね…。でも、他の生徒になんて言ったらいいの?まさかこんな話できないよね。」若原瞳が指摘する。


「うーん。学校から、学園祭を前にして、あらためてセクハラ、パワハラはやめましょう、って確認しただけ、ということくらいかしら。」

香苗が言う。


「まあそれくらいだろうね。生徒会役員はとくに係わっていないしね。役員はね。」

山口が、俺のほうを意味ありげに見ながら言う。


俺は目をそらす。

「これで五人パシリも名実ともに解散だな。」とごまかす。

山口は、ある程度気づいているんだろうな。



「これにて一件落着。さあ、学戦災までラストスパートだ。頑張ろうぜ!」

俺はそう言って、自分の作業に戻ることにした。



「まあ、そうだな。みんなで頑張ろうな。自主的な助っ人はこれからも歓迎だけど、パワハラやセクハラで連れてこないでくれよ。」


会長が俺のほうを向いて、意味ありげに言う。


「わかってるって。セクハラもパワハラもされたことはあっても自分からしたことはないからな。」俺が答える。


「あら、そうなの?」香苗が意外そうに言う。


「見解の相違があるかもしれないわね。あとでじっくり話しあいましょうね。」彼女は予告した。


まあ、帰りにキスしながら体に聞くわよって意味だろうな。


ーーーーー


ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。


守るも攻めるもくろがねの、で音楽が浮かぶ人ってここの読者にいるんでしょうか?

その次の行からは、私には意味がわかりません…。


皆さまからのコメント、ハート、★、お待ちしています。


さすがに、★を減らされると、予想以上にへこむので、それはご勘弁ください…。

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