第二十九話 料理部とサッカー部



放課後になった。

俺は、教室でサッカー部の部長、苦労人らしい中野に声をかける。


「これから大事な話をするから、生徒会室に来てくれ。」

中野は顔色を変えた。


「まだ期限には時間があるはずだろう? 話が違うじゃないか。」

気色ばんでいる。


「いや、それは誤解だ。学園祭の準備で打合せをするんだが、サッカー部にも協力してほしいんだ、悪いようにはしない。細かい話は行ってからしよう。」俺はそう言って、中野を連れ出す。

生徒会長の山口が妙な顔をしていたが、気にしないことにする。



中野は、ちょっと居心地悪そうに、生徒会室のテーブルに着いた。


そのあと、他の生徒会役員も集まってきた。料理部の境和歌もやってきて、中野の顔を見て驚き、俺に意味ありげが目線を送ってきた。


ほどなく、生徒会室のテーブルに、生徒会役員の4人(山口会長、香苗副会長、若原書記、そして会計の香田)、俺、料理部の境和歌、それに、なぜ俺が…という顔をしたサッカー部の中野が集まった。


俺はみんなの顔を見ながら話始める。


「みんなで話を聞いてもらえるのはありがたい。何度も説明するのは面倒だしな。今日は、もともとは高橋副会長が相談を受けていた、学園祭における料理部のメニューの話だ。オブザーバーとして、サッカー部の中野部長にも来てもらった。理由はこのあと説明する。」


「僕たちも聞いたほうがいいようだね。三重野くんのことだから間違いはないと思う。よろしく頼むよ。」会長の山口が答えた。


俺は、ホワイトボードに大きく「サッカーおにぎり」と書いた。


香田はなるほど、という顔をしたが、他の連中は何?というような顔をしている。


「まず結論から言えば、料理部のメニューとして、サッカーおにぎりとみそ汁のセットを提供してほしい。」

俺は切り出した。


「サッカーおにぎりって何?」香苗が質問する。


「ちょっと背景から説明しなおそう。学園祭で料理部に求められたこととして、こんな項目があったと聞いている。」

そう言って俺は、ホワイトボードに書き出した。

1)主食になるようなもの

2)できれば温かいもの

3)学食が閉まっているので、ある程度の人数に出せるもの


「普通に考えると、麺類、おにぎり、サンドイッチ、カレーあたりが考えられるだろう。だが、このままでは、かなりありきたりだし、インパクトに欠ける。人々の話題にしたいし、できれば記憶に残したい。」


俺はそこで一呼吸おく。


「そこで、サッカーおにぎりだ。」

俺は、机上にあるパソコンで、レシピサイトを開き、画像を出す。

サッカーボールの形をした色とりどりのおにぎりがならんでいる。

大小いろいろだ。サッカーボールの特徴である五角形は、海苔で描かれている。



「これが、サッカーおにぎりだ。おにぎりに、サッカーボールのような海苔を巻く。それだけといえばそれだけだ。ただ、外見にすごくインパクトがあるし、話題にもなる。SNSで映えるぞ。」


これが重要ポイントだ。話題になるし、記憶にも残る。いまの高校生に受けること間違いなしだ。


「おにぎりだから事前にある程度作れるし、腹もちもいい。温かいもの、ということで味噌汁のカップを付ければ、それで十分だろう。」


俺はそこまで説明し、境の顔を見た。

そして続ける。


「サッカーおにぎりは、簡単そうに見えて結構難しい。 海苔は自分たちで切るパターンと、市販のものがある。それ自体はいいが、綺麗に見せるにはこつがいるようだ。料理部としても、慣れるまで沢山練習が必要になるだろう。」


そこで俺は料理部の境と、サッカー部の中野を交互に見る。


「練習したら、試作のおにぎりが沢山出来てしまうが、作る人間が食べても、良さは判断できない。作る舌と味わう舌は違うからな。 試食に協力してもらる連中が必要になる。」」


そこまで説明すると、突然、サッカー部の部長の中野が立ち上がった。

「ぜひ、サッカー部で試食に協力させてくれ。毎日だって構わない。」


俺は付け加える。

「今、サッカー部に入部すれば、サッカーおにぎりの試食ができる。料理部の女子の手作りのおにぎりだ。 サッカー部には女子マネージャーがいないので、女子マネからの横やりもない。サッカーボールおにぎりだから、サッカー部が食べる理由ができる。」


「試食作りすぎると予算オーバーするけど。」生徒会会計の忙しい女子高生、香田が指摘する。


「おにぎりで一番金がかかるのは当然米だ。入部希望者には、米を一人5キロ持ってこさせる。せいぜい2-3千円だ。家にあるものを持ってこさせればいいし、トレーニングと称して米袋を運ぶのもいい。入部希望者募集のチラシには、『今なら料理部の手作りサッカーおにぎりが試食できる! (ただし、試食できるのは、米5キロと一品を供出した者に限る。) 試食には限りがあるので、希望者はお早めに)』とでも書いておけばいい。」


「そんなことで部員が集まるものなの?」香苗が聞く。


「男子高校生の食欲をなめるな。しかも、女子の手作りのおにぎりを食べられるんだぞ。手作りと言っても、ラップを使えば衛生上の問題もない。あと、女子とも仲良くなれるかも、という下心も刺激できる。」

俺はここで一呼吸置いた。


「チラシに写真を載せるといいだろう。おにぎりを前にして、サッカー部員と料理部員が並んでるのが一枚。それから、料理部の部長が、おにぎりを手に持って、サッカー部の部長に直接食べさせている写真を一枚。」


「おお、いけるぞ、それ! 俺が部員じゃないなら、入りたい!」サッカー部の部長の中野が叫ぶ。


「料理部の男子部員には、味噌汁を担当してもらえばいい。出汁にこだわったら奥が深いぞ。ついでに、チラシの写真を見たら、料理部の部員も増えるかもな。」


「私、おにぎり作ります!」料理部の境和歌が叫んだ。どうやら気に入ってくれたらしい。


「おにぎりにしても、具をどうするかとか、大きさをどうするかとか、予算とか価格を考えながら、毎日のように試行錯誤する必要があると思うぞ。大変だと思うが、きっとサッカー部が協力してくれる。なあ、中野。」


俺は中野にいう。


「おお、ぜひ試食に協力させてくれ。今日は金曜だから、来週月曜から始めよう。いや、今日からでも…。」中野は気が早い。


「部員にも連絡して招集をかけるから、早くて月曜からね。写真も撮るんだから、エプロンとかもそろえようかな。三重野くん、アイディアありがとう。ぜひやらせて!」


俺は生徒会のメンバーを見回した。

「こんな感じでどうだい? 練習の材料費は、部費で足りない部分はメンバーの持ち出しにするから、予算的にも問題はないだろう? それに、学園祭の準備の手伝いという大義名分があるから、サッカー部だけなぜ、という文句も抑えられる。というか、その文句を抑えるのは会長の仕事だと思うがな。」


会長の山口は笑顔で答える。

「それは問題ない。喜んでやらせてもらうよ。一つリクエストするなら、試作品の一部を生徒会室に持ってきてほしいな。我々としても内容をチェックしないとな。」


「その分は、学園祭の一般費用からも補助しましょう。」会計の香田も笑顔で付け加える。


「ツナマヨをお願い。」書記の若原瞳がいう。

「小さいのを何種類かセットにするのもいいわね。」香苗も付け加える。


どうやら、サッカーおにぎり計画は、うまく進み始めることになりそうだ。



その日の夜、料理部の境和歌からメッセージが入っていた。

「本当にありがとう。頑張ります!」


俺の返信はこうだ。

「お膳立ては整えた。だが、本当にサッカー部を救えるかどうかは、お前の頑張りにかかている。美味しいおにぎりを提供して、入部希望者を満足させてやってくれ。。あと、今後どうなるにしても、写真は将来の宝物になると思うぞ。」


境から、「合点承知の助」というスタンプが返ってきた。こんなの使うって、なかなか不思議なセンスだ。 俺からは「Good Luck」の無料スタンプを送っておいた。




後日談を記しておこう。

簡単に言えば、この作戦は成功した。


何に成功?ほぼすべてといえるだろう。

ポスターの反響はすさまじかった。


特に、料理部の境がおにぎりを持って中野に食べさせいる写真のインパクトは凄かったようだ。


食い気と女の子。ついでにサッカー。

これは、ちょっとでもスポーツができる暇な男からすると、すごいインパクトがあったようだ。

ポスターを作り、チラシを配ったのは火曜日だ。

その日から中野の携帯は鳴りやまない。 そして、金曜日までには、サッカー部の部室に米が累計で50キロ運びこまれた。つまり、10人が入部希望したわけだ。


サッカー部は、米が来ると、♪新入部員が米持ってきた~とかいう怪しい歌を歌いながら校舎をねり歩き、最後に料理部のベースである家庭科室に到着する。


家庭科室には、すでにサッカー部専用のスペースが用意されていて、米はそこで保管される。毎日作っても問題ないくらい米が集まった。

ついでに、ツナ缶とか海苔とか梅干とか、好きなものを持ってくるやつもいて、皆の期待の高さをうかがわせたそうだ。



そして料理部の部長の境も頑張った。あれからすぐに部員全員に連絡し、プロジェクトの開始とともに、毎日のおにぎり当番の割り振りを決めた。 そして、お揃いのエプロンまですぐに用意したのだ。


月曜から、おにぎりの試作が始まった。最初のころは、正直なところ海苔がうまく貼れず、ボールがいびつになっている。チラシの写真は、うまくいったところだけを見せる、半分フェイクのものだった。


そこから境は毎日、鬼気迫る勢いで試作品を作り続けた。


試作品は当然、サッカー部の連中の胃袋に入る。


そして、あっという間に中野は境に胃袋をつかまれてしまったのだ。


部員が集まったお礼、といって中野は境を誘って出かけた。そして告白したのだ。


境はもちろん承諾。あのチラシの写真は、二人のなれそめを物語る、貴重な証拠かつ思い出になったのだ。二人の一生の宝物になるだろう。将来二人がどうなろうと、ね。



ついでに言えば、学園祭での売れ行きも超好調だった。あっという間に売り切れ、料理部の連中はフル回転しながらおにぎりを握り続けた。

なんといっても、SNSで拡散したのが大きかった。近隣の高校生がおにぎりに押し寄せたのだ。料理部は嬉しい悲鳴を上げていた。



もっと言えば、料理部のオリジナル女子メンバー5人のうち3人が、彼氏を作った。オリジナルメンバー、というのは、料理部も部員がこれをきっかけに増えたからだ。


そして、料理部とサッカー部のカップルは、それから毎年生まれるようになる…かどうかまでは俺は知らない。


だが、部長同志のカップルの話は部内外で伝わっている。部員を集めようと必死だった中野と、おにぎりで部員集めに協力した境。このゴールデンカップルのおかげで、サッカー部は再生した。この話は、学内で語り継がれることとなる。なお、その裏に俺がいたことは、特に語られていない。それでいい。








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