第二十八話 俺の後ろに立つな


金曜日になった。

やっと金曜日か、という気もする一方、もう金曜日か、とも思える。


今朝は妹は朝練があるので、俺は一人で登校だ。


校門に着いたとき、背中のほうから声が聞こえた。

「三重野晴くん、私の呼び出しをブッチするとはいい度胸ね。」


なかなか怖い女性の声だ。

「俺の後ろに立つな、って言いたいですね。それに、相手の都合を確認もせずに一方的に呼び出しておいて、その言いぐさはないんじゃないですか。わかめさん。」


俺はそう答え、振り返った。

そこには、長身で細身のモデルのような女性が立っていた。髪は真っ黒でストレートロング。香苗よりもさらに長く、手入れが大変そうだ。色白で、ちょっときつい目をしている。面長で、正統派日本美女、という感じだ。スカート丈も膝くらいまであり、制服のブラウスも上までボタンを留めている。いかにも真面目な優等生という感じだ。


ただ立っているのに、踏ん反り帰っているようなオーラを感じる。俺のようなモブとは全く違う。細身だが、弱い感じはまったくしない。自分のやることにすべて間違いはない、という感じの雰囲気を醸し出している。



そう。昨日、靴箱に呼び出しの手紙が入っていたのだ。だが昨日は境と話し、その後は希望とバイトの件でバタついていたので、呼びだしのことはすっかり忘れてしまっていたのだ。


軽く予想した通り、わかめ、というのは三年生の大岩若芽先輩だ。 増えるわかめちゃんみたいな名前だが、実は前の生徒会長だ。今の会長は男の山口だが、去年は女性だったというわけだ。


「こちらもいろいろ忙しいので。ちなみに、今日も無理です。」俺は言う。この人にはできればあまり係わりたくないものだ。


「あなたは部活にも入っていないし、暇だと思ったのだけど。」若芽先輩は冷たく言う。


冷たい、という意味ではクールビューティの香苗と似ているのかと思う人もいるだろうが、全く違う。

香苗の冷たさは、相手に興味を持たない冷たさだ。



一方、若芽先輩のほうは、相手を見下した冷たさだ。人を人とも思っていない感じだ。

実際、金持ちのお嬢様なのだが。地元の大企業の社長令嬢なのだ。ちなみに、彼女の父親は、この学校の理事も勤めている。 理事ってのが何をやるのかは良く知らないが、校長よりも立場的には偉いらしい。


「貧乏人はバイトしないといけないんですよ。それに、生徒会の助っ人までやってますから。」俺はフラットに答える。


「そうなの。高橋さんのお手伝いなのね。せいぜい頑張ってね。」全然応援する気がなさそうな言い方だ。


「頑張りますよ。今年は五人パシリがいませんからね。」俺は皮肉っぽく言う。

若芽先輩はちょっと嫌な顔をした。


「で、いつならいいのよ。。」高圧的なセリフは続く。

「月曜の放課後なら大丈夫です。ご指定の校舎裏に、放課後すぐに伺います。」


まあ、こういうことは、早いほうがいい。トラブルの芽は事前に摘んでおこう。


「わかったわ。今度ブッチしたら承知しないからね。」お嬢様はまだご機嫌ななめだ。

「合意したことは守りますよ。」俺は答えた。

陰の実力者にあからさまに反抗してはいけない。


俺は何とか教室にたどり着いた。

今日は希望も登校してきていた。人気者の彼女は、早速クラスメイトに囲まれている。

「体調は大丈夫なの?」クラスメイトが聞いている。


「うん、もうすっかり良くなったよ。寝てるのもいい気分転換になったし。」希望が話している。


昨日は私服なのでそちらに気を取られていたが、よく見ると髪型も変わっている。昨日もカオルさんにやってもらったのかな?でも先週行ったばかりのはずだしな…などと考えていると、白石真弓がまたちょっかいをかけてきた。「三重野くん、高部さんがなぜ休んでたのか知ってる?」


知っているが、もちろんそうは言わない。

「さあ。風邪が流行ってるらしいしな。お前も気をつけろよ。」と、俺は適当なことを言う。流行っているかどうかなんて全く知らないんだが。


「そうみたいね。三重野くんも、むやみに風邪がうつるようなことしちゃだめだよ。」白石が言う。


「ああ、肝に銘じておくよ。」俺は適当に流す。


どうやら、白石も立ち直ったようだ。まあ、俺が誰とキスをしようが、白石には関係ない、と気づいたのかな。それに、俺は白石の友人の遠藤とキスしたなんて一度も言っていないしな。


ランチの時間になった。今日も生徒会室に行くことになった。希望が来るのは初めてだ。

香苗が言う。

「希望、ちょっと後から来てね。それまでに珠江と準備しておくから。」


なんの準備だろう、って気にする人もいそうだな。まあいいや。俺も生徒会室に向かう。


生徒会室の前で、香苗が立っていた。

「ハルくん、珠江が中で待ってるから、早くね。」それ以上の説明はないが、意味はよくわかる。


俺は生徒会室に入る。そのとたん、珠江が飛びついてきた。

そのまま唇が重ねられる。


いつの間にか、珠江のキスも積極的になってきたな…俺は思った。

時間が短い中で、むさぼるようなキス。

こんなキスを、こいつと恋人になったら、いつでもできるようになるんだな。そんな奴は、幸せだろうな…俺は思った。


名残惜しそうに珠江は俺から離れ、生徒会室から出ていく。入れ替わりに香苗が来た。どうやら、事故がないように、外で見張りをする、ということのようだ。


香苗との情熱的なキスが始まる。いつも思うが、香苗の胸の感触は素晴らしい。とくに今は夏場なので、ブラウス越しに大きな双丘の柔らかい感触がダイレクトに伝わる。もちろんブラジャーは着けているのだろうが、それを物ともしないボリュームと柔らかさは圧巻だ。

そして舌と唇の動きも激しい。 俺の口はいつも香苗に蹂躙されてしまう。


香苗もほどなく離れる。その直後、ノックがあった。


「どうぞ」平静な顔で香苗が答える。俺と香苗は、すでに1メートル以上離れている。


予想どおり、希望と珠江が入ってくる。

改めて感じる。美女サミットだ、と。アイドル級の美少女、希望。黒髪のクールビューティの香苗、そしてベリーショートのスポーツ少女の珠江。みんな違って、鑑賞する分には、みんないい。もちろん、俺の中での一番の女性は妹なんだが、妹とは結婚できないし。


弁当を持って、部屋のテーブルに着く。

四人とも、何も問題ない感じで世間話をする。ただ、希望が来る前に、俺が香苗、珠江とキスをしていたことを、希望はわかっている。あえてそれを言わないだけだ。


何となく、話題からキスを避けることになり、ちょっとぎこちない雰囲気になる。


俺は、ちょっと気分を変えるために、今日の放課後の話をすることにした。

「香苗ちゃん、、今日の放課後は、料理部の部長に、学園祭のメニューの話をするんだよな。」


「ええ、そうよ。彼女も予定しているし、ハルくんも準備はできているんでしょう?」香苗が確認する。

「その時、サッカー部の部長の中野にも来てもらおうと思っている。いいか?」


香苗はちょっと戸惑った顔をする。

「廃部の話は、別の日にしない? 彼がそう簡単に承知しないから問題なのよ。」


俺はそこで言う。

「サッカー部を救うためにも、今日の放課後、来てもらいたいんだ。まあ、同じクラスだから、生徒会室に来る前に、教室で声をかけるだけなんだが。」


「前向きな話なら、もちろんOKよ。会長も喜ぶんじゃない?」香苗も同意した。


「今年は、去年と違って助っ人が少ないみたいだから、少しでも手伝ってやりたいんだよ。」俺は言う。


希望が、そこで声をあげる。

「ハルくん、生徒会の手伝いもしてるのね。バイトもあるのに、忙しいね。」


ちょっとだけ皮肉が込められている感じだ。

「まあね。できることしかやらないし、所詮パートタイムさ。去年と違うからな。」


「あの、去年と違うっていうのはどういうことなの?」スポーツ少女の珠江が聞いてくる。


香苗がちょっと苦々しげに答える。

「ハルくんがどこまで知っているのかはさておき、去年は手伝いが五人もいたのよ。前の会長が、校内の知り合いにお願いしてね。」


俺は指摘する。「もっとはっきり言ったらどうだ。前会長が、親の力を利用して、断れない使いっパシリを用意したって。」


「何それ。」希望も驚く。

「前会長は、地元の大企業、大岩商事の社長令嬢だ。去年、生徒会の手伝いとして、大岩商事の社員の息子五人を、自分の手下として働かせたのさ。そいつらは、五人パシリって呼ばれていた。」

俺が説明すると、希望と珠江は顔を見あわせた。


「何よそれ。前会長ってそんな人だったの?」希望が言う。

「とっても人当たりがよくて、外面のいい人よ。自分より上の立場の人たちから見れば、頼りになる有能な人よ。」香苗が婉曲的に言う。


「自分より下の人に対しては?」希望が確認する。

「明確に自分より下だって相手には、きついわね。命令するだけだもの。口調は丁寧だけど、反論は許さないって感じ。 私は横で見ただけだから直接被害はなかったんだけどね。それを知っている現会長の山口くんは、あえて助っ人を頼んでいないの。少なくともあんな形はとらないわね。」


香苗が説明する。

「でも、ハルくんがそんなことを知っているとは思わなかったわ。何も知らないかと思えば、妙な情報を持ってるのね。」

香苗が感心したように言う。


「まあ、たまたまなんだけどな。去年の今頃、偶然五人パシリの連中が自動販売機の前で休憩しながら愚痴をこぼしていたのを聞いちまったのさ。想像以上にえぐい話も出ていた。」

俺は説明する。


「香苗、どうなのよ。」希望が香苗に問いかける。そんなことなら、他の連中が問題にしても不思議はない。


「生徒会の顧問だった風見先生を含めて、学園の上の人たちは、彼女の本性を知らないし、たとえ言われても信じない。もし信じたとしても、大岩前会長のお父様は学園の理事だし、何も起きないと思うわ。それに、彼女が今問題を起こしているわけではないしね。」


香苗があきらめたような言い方をする。


「話がそれたな。とにかく今年は助っ人が少ないから、その分パートタイムの俺も手伝おうと思っているのさ。 もちろん、バイトもやるよ。


「ハルくん、この前のあの店でバイトするのよね?」珠江が確認する。

「ああ、そうだ。ご親切な希望ちゃんのあっせんでね。」俺は肩をすくめる。


「いいな~」珠江が言う。「私もハルくんとバイトしたい。」


「珠江ちゃんは練習があるから無理だろ。俺は、しがない帰宅部のぼっちだからな。」俺はちょっと自虐的に言う。


「何言ってるの。HKHPを謳歌しているくせに!」希望が言う。香苗と珠江はお互いに顔を見合わせて、ちょと気まずそうな顔をする。


「飯がまずくなりそうだ。時間もないし、さっさと残りを食べちまおうぜ。」俺は無理やり話題を打ち切り、ランチの残りを片付けた。


ちなみに、今日は希望の弁当だ。妙にボリュームたっぷりなのはやはり皮肉なのだろうか?香苗のサンドイッチも、珠江の唐揚げもいつもどおりうまかった。


食事が終わったところで、俺は皆に報告する。

「一応報告しておくよ。前会長に呼び出しを受けて、ブッチしたら待ち伏せされた。月曜に仕切りなおすことになっている。」


そういうと、三人はお互い顔を見合わせた。

「ハルくん、彼女を怒らせないほうがいいわよ。」香苗が言う。


「彼女とはノーカンでもキスしないほうがよさそうね。」希望も意見を言う。


「ハルくん、危ない人には近づかないでね。でも、何か起きたら、すぐ教えてね。何ができるかはわからないけど、力になりたいから。」珠江も付け加えた。


三人ともいい子だ。本当に、彼女たちと友達になれてよかった。






























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