第二十七話 一人バイトをするときにゃ 親の承諾得にゃならぬ。



駅前に着いて、ビルの階段を昇る。そう言えば、つい先日、この階段で、遠藤にキスされて、それを三人に見られたんだったな…。


何だか、いろいろなことが頭に浮かんでくる。まだ、ほんの二週間のことなのに、あまりに濃すぎて、何が何やらわからないような気がする。


Afternoon Kissに着いた。カオルさんの店「シブリング」の向かい側wだ。

俺は、ゆっくりとドアを開ける。

「いらっしゃいませー」声がして、ウェイトレスがやってくる。やっぱり、例のバイトの子だった、

「二股先輩、今日もパフェですか?」いきなりとんでもないことをぶっこんできた。


「おい、さすがに怒るぞ。俺は何もしてない。それに、俺は客だぞ。」さすがにちょっと気分を害してしまtった。


「冗談ですよ、冗談。イルカ先輩! 有名税だと思ってください。まあ、今日はお客じゃないかもしれないですけど。」 さわやかな笑顔で言われた。

いきなり意味がわからない。


彼女は続ける。

「そんなことより、希望さん、もういらしてますよ。」


彼女は例によってメニューを持って、俺を先導する。

一番奥のすみっこの席に、私服の希望が座っていた。


「ハルくん、こっちこっち。」  

希望は手を振って、笑顔を見せながら言った。


「おう、待ったかい?」俺は聞く。

「ずいぶん待ったよ。何してたの? まさか女の子とイチャイチャしてたわけじゃないでしょうね?」笑顔で怖いことを言う。


ウェイトレスは、「希望さん、あまりいじめたら可哀そうですよ。ほどほどにね!」と笑って引っ込む。お前が言うな。


だいたい、こういうときは「今来たところ」と言うんじゃなかったのか?まあ、それは男しか言っちゃいけないセリフだったか。


「莉乃ともずいぶん仲良さそうに話してたわね。手の速さは流石ね。もう教えることは何もないわ。」笑顔が怖い。


「希望ちゃん、お願いだからやめてくれ。俺は別に何もしていない。それより、体調は大丈夫なのか?」俺は話題を変えようとする。


「もともとズル休みだもの。体調なんて問題あるわけないでしょう!それよりアイスコーヒーかアイスティーか、どちらか選んで。ハルくんは支払いしなくていいから。」


希望のおごりか。ただほど怖いものはなさそうだ。

「いや、自分で払うよ。希望ちゃんに負担させるのは違うと思う。」俺は遠慮した。


「私も払わないからいいのよ。どっち?」良くないとと思うんだが。


「じゃあ、アイスミルクティー。」俺はそう答える。香苗は手を振って例のウェイトレスを呼び、「アイミティーひとつ、4番にお願いします。」と告げた。


「なんだかお店の人みたいだね。」俺は希望に世間話のつもりで言う。

「だって、お店の人になるんだから。」希望は事もなげに答える。


お店の人?どういう意味だろう。

「ハルくんもよ。」希望は続ける。


もっと意味が分からない。

「意味不明なんだけど。」

俺は希望に言う。


「じゃあ、最初から説明するね。そのためにこの端の席で、誰にも聞かれないように、って配慮してるの。とりあえず、アイミティーが来るまで待ちましょう。」


希望の笑顔がなんだかやっぱり怖い。


例のバイトの子が、アイスミルクティーを持ってやってきた。たしか莉乃って呼ばれてたな。

「ありがとう、莉乃。ちょっとこれからいろいろ込み入った話をするんで、周りに人入れないようにお願いね。」

希望が笑顔で言う。


「万事承知です。」莉乃が答える。なんだか、兵隊が上官に対して返事する感じだ。敬礼でもしそうな雰囲気。イエス、マムってやつだ。サンダース軍港。


莉乃が去ると、希望は話し始めた。

「ハルくん、HKHPは、私が発案したものだけど、私が手をかけなくても順調に進んているみたいね。」


そこからか。まあ、それは否定できない。

「まあ、そうだな。」俺は答える。


「私がハルくんの外見を整えて、イルカの加護の話なんかを広めてきた。ハルくんキス放題のためにね。で、順調に進んできた。」


これまでの所、その通りだ。英語で言えば、So far, so good. というらしい。

「それでね、香苗と珠江が、ハルくんの実技練習担当になった。これも本人たちから確認済よ。」


先週、そんなことをここで言ってたな。希望も公認になったということか。

「まあ、それに対しては思うところもいろいろあるけど、でもあの二人も、真剣にハルくんのことを考えている。二人とも、私と同じように、ハルくんに貢献してあげたい、って真剣に思ってる。それも確認できたの。」


理由はわからないけど、希望が納得してくれるならいいか。


「で、これからのことなんだけどね。私は、ハルくんの外見とか噂とかをうまくコントロールして、ハルくんの魅力を高めてあげたいって思う。変な虫がつくのは困るけど、みんなに加護を与えるって名目でハル君も楽しい、みんなも嬉しい、となればWin-Winよね。私はそれをサポートしてあげる。」


うーん。なんだかよくわからない。だけど、怒っているわけではなさそうだ。


「正直なところ、わかったようなわからないような。」俺は答える。


「たとえばハルくん。これからカオルさんの所に、少なくとも毎月通いなさい。そのためにはお金がいるよね。」

そりゃそうだ。


「そのお金、どうするの?」希望が聞いてきた。

そういえば、そんなことは考えていなかった。


「おしゃれするにもお金がいるのよ。服も買わないとね。そのお金は?」


もう言葉がない。

「だからね。ここで私とバイトするの。」


「…誰が?」一応聞いてみる。

「もちろん、ハルくんが、よ。」希望が言う。


「そんなこと言われても、親にも相談しないといけないし、だいたい俺に接客は無理だろう。」俺は反論を試みる。


「ご両親にはハルくんが伝えてね。私から頼まれた、ってことで。税金関係もあるから、書類にハンコ打ったりするのも必要よ。ハルくん名義の銀行口座はある?」


なんだか大変な話になってきた。

「今のハルくんは、少しずつ魅力が出てきている。それを上げるには、コミュニケーション能力の向上よ。」希望が痛いところついてくる。


「どうせコミュ障ですよ。」俺は半分やさぐれる。


「それを直すには、知らない人と接するのが一番よ。もちろん、私たちもサポートするから大丈夫。」


なるほど、そういう部分もあるかもしれない。考えてみたら、前と比べると、クラスの連中と話す機会も増えてきた。少しずつコミュニケーション能力がついているのかもしれない。


「平日ニ回、週末一回。最初のうちは私とシフトを同じにするから。私ができないときは、莉乃がやってくれるから。いいよね。」


「実はもうすべて出来上がっているんだよな?」俺は確認する。

「まあね。」希望も認める。


「もともと、この店はバイトを探していて、やってほしい、って前から莉乃にお願いされてたの。私も迷っていたんだけど、これはいい機会だし、ハルくんと一緒ならいいかなって。オーナーも、男手があると嬉しい、って喜んでるよ。」


オーナーって、たぶんあそこに立っている妙齢の女性だ。


「わかった。やるよ。ちなみに、俺は銀行口座を持っている。時給とかその他の条件はどうなのかな?あと、シフトはどうなる? 学園祭までは日雇いで生徒会の手伝いもあるんだけど。あと2か月、とくに追い込みのときは忙しくなりそうだ。」


俺は希望に尋ねる。

「その辺は、オーナーと相談ね。オーナーを呼ぶ前に、一つだけ確認ね。ハルくん、私ともキスの練習したい?」希望は笑顔で言う。ただ、目が笑っていない。

どう答えるのが正解なんだろうか。


わからないが、とりあえずこう答えることにした。

「もちろん希望ちゃんは魅力的だ。でも、キスしなくても、いろいろやってくれるだけで十分だよ。実戦練習のほうは、香苗ちゃんと珠江ちゃんとの練習を時々するくらいで十分さ。希望ちゃんはそれと同じくらい、あるいはそれ以上に俺のためにいろいろやってくれている。これ以上望んだら罰があたるよ。」


半分本音、半分お世辞だ。

ちなみに、キスの練習相手を三人にすると、お互いのバランスのとり方が難しいという問題がある。二人でも同じ日数にしろとか言われて気を遣うのに、三人そろって同時、とか交代交代で、と考えても、効率が悪くなり、いまよりキスの回数は減ってしまいそうだ。それくらいならあの二人としているほうがずっといい。


希望は俺の目を見て言う。

「私とキスしたくないの?」


俺も目を見ながら答える。

「したくないわけじゃない。でも、しなくても希望ちゃんは俺にとって大切な友達だ。いつも感謝しっているし、尊敬もしている。綺麗なだけじゃなくて、気配りもできる優しく素敵な女性だ。惚れそうになる。」


「惚れてくれてもいいのよ。」希望は笑顔で言う。今度は目が優しい。

「惚れると、振られる未来しか感じない。それだったら友達のほうがずっといい。」俺は本音で答えた。


「キスできる香苗や珠江のほうが大事な癖に!」希望が笑いながら言う。

「いや、この三人は甲乙つけが得たい。みんなそれぞれ素敵だし親切だし、順番つけられないよ。」


俺はちょっとずるい答えを言う。希望が一番だな、とか言うと、そのあと希望が香苗や珠江にそれを伝えて、あの二人とトラブルになる未来しか見えないからだ。


香苗は冷たい目で俺を蔑むだろうし、珠江はぶるぶる震えて泣きそうだ。

ついでにあの三人の仲にも亀裂が入ってしまうかもしれない。

さすがに、そういうのは勘弁してほしい。


「私と練習したくなったら言ってね。OKするかどうかはわからないけど~~」そう言って希望はいい笑顔を見せた。ショートボブの似合う、学園屈指の美少女の笑顔は、まさに値千金だろう。



希望が、手を振って大声を出す。

「オーナー、説明をお願いしま~す」


エプロン姿の妙齢の女性がやってきた。黒い髪をアップにまとめている。年齢はよくわからないが、頼れるお姉さん、という感じだ。指輪はしていない。


「こんにちは。私がオーナーの大木澄江よ。よろしくね。」

「お若いのにこんな素敵なお店を持っていらっしゃるのは、素晴らしいですね。」

俺はちょっとお世辞、半分本音を言う。


だが内情はこの前聞いた。離婚したときの慰謝料代わりにもらったそうだ。

「オーナーなのは確かだけど、その分借金も多いのよ。経営って、楽しくお店をやるだけじゃだめなのよね。まあ、その辺はおいおいお話しするかもね。」


人当たりのいい感じの女性だ。離婚するなんて勿体なかったな、元旦那は。

それから条件の説明を受け、書類にいくつか記入をする。シフトは最初はできるだけ希望と一緒にするが、日によって莉乃のシフトが入っているときはどちらか一人だけにすることもあるそうだ。


あと、遅くまで入れば、まかないも出るとのこと。俺はまかないはどうでもいいのだが、オーナーとしては男の俺には長い時間店に居てほしそうだった。営業時間終了の9時を過ぎても、片付けや掃除、帳簿つけや発注準備などがあるので、オーナーは残っているそうだ。それも大変だ、と思う。


親の承諾については、税金がからむので、書類を渡してほしいとのことだった。説明書きもついている。まあ、この店は何人も高校生バイトを雇ってきたので、その辺の手際は良い。学園祭前、学園祭当日はシフトに入れないのも了解してくれた。 毎年、イベントや定期テストのときにはそうなるので、高校をばらけたり、臨時の手伝いを確保したりするそうだ。



というわけで、飲み物代は店持ちとなり、支払いはしなかった。その意味、「客じゃない。」という莉乃のセリフは正しかったわけだ。


書類を鞄に入れて、俺は帰宅した。

いつものように、妹が、エプロン姿で出迎えてくれた。


「おかえりなさい。遅かったね。食事はもうすぐできるけど、お父さんたちも帰ってくるから待ってるよ。だから、先にお風呂入ってきてね。」


気配りのできる、俺には過ぎた妹だ。


風呂上りに髪を乾かしていると、両親が帰ってきた。二人は原則として一緒に出勤、帰宅金する。職場が同じなのでそれが可能になっている。


夕食の席で、俺はバイトの話を切り出した。

「いいんじゃないか。」と父親は言う。


「この書類を見る限り、かなりしっかりした店だと思う。バイトの税金なんか、適当にごまかしてる店も多い世の中で、ここは真面目にきっちりやっているようだしな。」そういえば、バイト代の税金なんてまったく考えていなかった。


「じゃあ、その代わり携帯代も自分で出してね。」と母親が言う。


「ちょっと、さすがにそれは勘弁してくれ。お金が必要なんで、バイトするんだから。」俺は抵抗する。


「ん?まさかカツアゲでもされているのか?」父親がとんでもないことを言う。

「お兄ちゃん、悪い女に引っかかってるんじゃないよね?」妹の目は真剣だった。


「どっちも違うから安心してくれ。」俺は言う。

「バイトの日は、まかないが出るから、夕食は要らないよ。」俺がそういうと、妹があからさまに嫌な顔をした。


「お兄ちゃん、私の夕食がおいしくないからバイトするの?」怒っているようだが、よく見ろと目にうっすらと涙がたまっている。


「そんなことはないよ。お前の作る料理が世界一だよ。弁当だって、いつも感謝しているよ。今日のお弁当も最高だった。」そう言って頭をぽんぽんと叩くと、えへへ、と顔が緩んだ。


チョロい。いや可愛い。


というわけで、俺はAfternoon Kissでバイトすることになった。実は、ちょっと楽しみだ。



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今回のタイトルは、意味がわからない人が多いかと思います。

二人でバイト、じゃなくて一人バイト、なのはなぜでしょうね。


というか、わかったらそのほうが変だと思ってください。




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