第二十六話 勝ったな


  

教室に戻ると、まもなく午後の授業だ。


メッセージが来た。誰かと思ったら、さっきの料理部の部長、境和歌だ。」

何か伝え忘れたことでもあるのか、と思って見てみると、「放課後に屋上に来てください。」とあった。


生徒会室ではなくて、わざわざ屋上、というところに作為を感じる。まあ、それはかまわない。


とりあえず「OK」のドラ〇もんスタンプを送っておいた。

もともと放課後は生徒会室に行って、料理部の部長の話を聞く予定だったから、とくに問題はないとはずだ。


俺には他にもやることがある。俺は、妹がよく使うレシピサイトを開く。ここはスマホで具材から作り方まで全部わかるし、動画もあるお役だちサイトだ。


俺はそこで検索をかける。予想していたものが、ずらりと並ぶ。その中でいくつか見て、良さそうなものをブックマークする。


作り方や材料を見てみるが、特に問題はなさそうだ。多分、これでいけるだろう。

俺はほっとした。これなら、放課後に屋上で境と会っても話ができるだろう。



退屈な授業が終わり、放課後になった。

見ると、希望からメッセージが来ている。

「放課後、Afternoon Kissに来てください。」と、書いてある。非常に事務的だ。


俺は香苗に、「今日はもう、生徒会室には行かないよ。用事は済んだし、希望から呼び出しが来ている。」と伝えった。


「そう、希望もやっと動き出すのね。よろしく伝えておいてね、」香苗は納得した表情で了解した。そのあと、陸上部に向かうスポーツ少女の珠江にも、希望から呼び出しが来たことを伝え、俺は教室を出た。


歯磨きとブレスケアをして、軽く髪を整えると、屋上に行く。

屋上と校舎裏はもう俺の馴染みの場所になっている。


屋上に行くと、すでに料理部の部長、境和歌が待っていた。華奢な体格で、化粧っけもない。今日はそれほど暑くないので、屋上は快適な空間になっている。


「来てくれてありがとう。」彼女は俺に気づいて、そう言い、軽く会釈した。

「来るのは構わないんだが、わざわざ呼び出すような理由があるのか?」俺は単刀直入に聞いた。


「あなた、イルカの加護の人よね。」確認するように境は言う。真剣なまなざしが俺を射る。これは、ウソをついたりはぐらかしたりしてはいけない。


「そういうことを言うやつもいる。」俺は認めた。

「かなえてほしいお願いがあるの。」境は真剣な目を保ったままで俺に告げる。まあ、わざわざ呼び出すんだ、こういう展開になることは予想できている。


境は緊張しているように見える。かなりの決心のようだ。体はちょっと小刻みに震えている。


また色恋沙汰だろうか。

「メニューのことじゃ、ないんだな。」俺は確認する。

「それとは別のことです。。お願いします。」


彼女は本当にかなえたい望みがあるのだろう。

俺は答える。いつものように。


「話は聞く。そのあとどうするかはお前次第だ。結果は保証しない。あと、俺と何があってもすべてノーカンだ。俺からはその後何も言わない。本人が話すのは自由だ。」


と、いつものセリフを話す。

「キスしなくちゃいけないんですか?」彼女は聞く。まあ、気になるんだろう。当然といえば当然か。


「いや、別に俺からは何も強制するものはない。効果的だと思うことをすればいい。どうせノーカンだから、と考えるもよし、頭をたたくでも握手でもいい。好きにしてくれ。どうせ結果を保証するものでもないから、あとで文句を言われても困るしな。 それより、まずは話を聞かせてくれ。」


俺は説明する。これは本音だ。前は、キスしたい、と思っていたが、いまはそこはあまり気にならない。香苗と珠江がいるから、キス放題になっているわけだし。


彼女は少しの間黙っていたが、決心したように話を始めた。


「サッカー部を助けてください。」

境は言った。かなり意外な依頼だ。予想外と言える。



「ほお。それはどういうことかな。もう少し具滝的に言ってくれ。」俺は返事した。


「サッカー部は、3年生が夏休みで引退して、今は二年と一年しか居ません。ところが部員が五人しかいないので、廃部の危機なんです。部長の中野君は、あちこち駆けずり回っているけど、このままでは部員が集まらなくて、廃部になる可能性があります。お願いですから、サッカー部を助けてください。」


境は頭を下げた。

「サッカー部を助ける、というのは、部員を集めればいいのか?」俺は聞いた。


「はい、そうです。中野くんはあなたと同じクラスですよね。細かいことは彼に聞いてください。彼の助けになってあげてください。」

境は真剣な顔で俺に懇願した。


「質問だ。お前は、中野と付きあっているのか?」俺は境に尋ねてみた。


境はさっと顔を赤らめた。

「そ、そんなことありません。私は、彼の力になりたいだけです。」


だが、行動からはバレバレだ。

「そうか。じゃあ、お前が協力して、サッカー部が廃部を危機を免れたら、彼はお前に感謝するよなあ。」俺は彼女の言う。

俺は意味ありげに言ってみた。


「それができないから、あなたにお願いしているんです。」境はちょっと怒りながら言う。地味な女の子でも、怒るときには怒るんだな。


しばしの沈黙があった。真剣で、かつ少し怒っている顔は変わらない。たぶん、自分の無力さを指摘されて、怒りとくやしさと情けなさがまじりあっているんだろう。


俺は彼女に告げた。

「さっきも言ったように、結果は保証しない。俺はこれから動かないで目をつぶっているから、常識の範囲で好きに願い事を思ってくれ。まあ、祈りながら俺に触れるだけだ。違うポーズがよければ言ってくれ。」


俺はそう言って、目をつぶって両手を広げて立つ。

そのまま目を開けずに、彼女のアクションを待つ。


手を前に出せと言わないからには、握手ではないだろう。

と思うと、彼女の両手が俺の後頭部に回された。

背が違うので、下方面にひっぱりおろさせる感じだ。

次の刹那、俺の唇に柔らかいものが触れた。

小さい、薄い唇だ。ピッタリと上下合わさ荒れていて、なんの侵入も許さない感じだ。動きもしない。 唇の感触だけなので、体重がかかることもない。接触しているのは、後頭部に回された両手と、唇だけだ。


その限定的な接触が終わり、彼女は離れる。俺は目を開ける。


「握手でもたぶんよかったんじゃないか?」俺は彼女に言う。

「最大限の効果が欲しかったんです。」境は真っ赤になりながら、小さい声で言った。

そして「…どうせノーカンだし」と付け加えた。


俺は彼女に告げる。

「お前の気持ちはわかった。うまくいくといいな。俺も彼の成功を祈ってるよ。 レシピの件は、明日の放課後、生徒会室でな。」


俺はそう告げると、彼女を屋上に残して、先に屋上を出る。



学校の用事はこれで終わりだ。だが、このあと希望の呼び出しに答えなければならない。ぐずぐずしてはいられない。


靴箱で靴を履き替え、急いで校門を出る。何か忘れているような気がしたが、思い出せなかったので、大した用事ではないのだろう。

さすがに今日は白石の待ち伏せも無かった。俺は半分ほっとして、目的地へ向かって速足で歩きはじめた。


Afternoon Kissは駅前なので、学校からもそれほど遠くない。俺は歩きながら境のことを考えた。あんな恥ずかしがりな子が、勇気を出して俺にキスしてきたのだ。助けてやらないといけない。


実は、彼女が俺にキスをしてきたとき、心の中でこんな声が聞こえた気がしたのだ。

「勝ったな。」と。


どこぞの副指令のセリフのようだし、パチンコの大当たり前のメッセージのような気もするが、俺はパチンコは未成年でできないのでよくわからない。


謎はすべて解けた。パズルのピースはそろった。役者は集まった。そんな気がしたのだ。


ーーーーーー

最近のものと比べると短めですが、いったん切ります。

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