第二十一話 放課後の災難 (3)
香苗の声に、俺と遠藤は硬直していた。
まあ、人から見える階段でキスしていたんだから、こういうこともあるだろうが。
漆黒のロングヘアの美女。香苗は冷たい目で俺を見ている。健康的スポーツ少女の珠江は真っ赤になってあわあわしている。
そして、アイドル系美少女の希望はと言えば、なんだか茫然と立っている。ゲームでいれば「のぞみは、こんらんしている」というテロップが出そうだ。
「で、ハルくん、その子は誰?見る限り、城北の女の子みたいだけど。」香苗が冷静に言った。
「えっと…」俺が言おうとしたところで、希望が叫んだ。
「ハルくん、何やってるの!変態!淫乱!浮気者!最低!見境なしなの! 誰でもいいの!」
興奮して、どうやらパニックになっているようだ。
「希望、おちつきなさい。」あくまで冷静な香苗が言う。
「どう見ても、彼女がハルくんを襲っているパターンよね。」
キスはやめたが、遠藤は俺をハグしたままだ。むしろこれ見よがしに、俺を抱きしめている。どうやら、状況を面白がっているようだ。
「何よ!この泥棒猫!ハルくんを返しなさい!」希望がまた叫んだ。
「おお、こわ。」遠藤がやっとハグをやめ、香苗たちに向き直った。
「はじめまして。城北高校二年の遠藤由美です。よろしく。」不敵に笑った。
「だから、何してたのよ!変態!」希望がまた叫ぶ。
「え、見ればわかるやん。イルカの加護をもらっとったんよ。」
「駄目よ!ハルくんを返して!」希望がまた叫ぶ。
「べつに、彼はあんたのもんでもないと思うねんけど。」面白そうに遠藤が言い、また俺をハグしてきた。
「駄目!駄目!この泥棒猫」ヒートアップした希望が叫ぶ。
さすがの香苗でも希望を抑えきれないようだ。
その時、声が聞こえた。
「あ~ら、修羅場? 痴話げんか?それとも株主総会かしら。ちょっと静かにしてちょうだい!
声のするほうを見ると、それは美容室「シブリング」のオネエ美容師のカオルさんだった。上に店があるので、声を聞いて出てきたのだろう。
修羅場はさておき、株主総会って何だよ、それ?
カオルさんは踊り場に降りてきて、皆の顔を見回す。
「うるさい言い合いが聞こえたから、何かと思ってお店から出てみたら、やっぱり希望ちゃんだったのね。ハルくんをめぐって女の闘い? 由美ちゃん、あまりからかったら駄目よ。」
カオルさんは、遠藤のことも知っているようだ。
「由美ちゃん、バカなことはもうやめなさい。それより、ヨシキくん、お店に来てるわよ。いままだカットの途中だから、お店で待ってたら?」
それを聞いて、遠藤の顔色が変わる。
「ヨシキ君来てるの!だったらすぐ行くわ。 三重野くん、皆さん、それじゃあね!」そういうと、いきなり遠藤は階段を駆け昇って行った。
「さ、みんなも階段にいると他の人たちの迷惑よ。動きなさい!できればハルくんがノゾミちゃんを落ち着かせたほうがいいわね。またお店にも来てね。」
カオルさんはそういうと、手をひらひらと振りながら、階段を昇って行った。
「私たちはどうしようかしら。」香苗が言う。
「とりあえず、事情聴取しましょう。」ちょっと落ち着いた希望が言った。俺のことを、だよな。俺は殺人犯かよ。
結局、全員で階段を昇り、俺はさっき出たばかりのカフェ「Afternoon Kiss」に入ることになった。
希望が先頭で入ると、「あ、希望さん、いらっしゃいませ!…え?」
さっきのウェイトレスは、希望の知り合いだったようだ。
彼女は、それ以外のメンバーを驚いた様子で眺める。
「希望さんと副会長と、陸上の倉沢さん。二年生の三大美女と、さっきの割り勘男。どうなってるのかしら。」
おい、独り言なんだろうが、聞こえるぞ。
どうやら彼女は、うちの学校の生徒らしい。香苗や珠江のことも知っているのだから。
席に案内される。今度は四人席なので、さっきの所とは違う。
メニューを渡される。もちろん、さっきと同じだ。
「ご注文がお決まりになったらお呼びください。ラブリーカップルパフェなんかいかがですか?」皮肉を言われた。
「何、それは?」香苗が尋ねる。
「当店おすすめのパフェです。そちらのお客様が、よくご存じかと思います。」
どうやら、彼女は俺を敵認定したらしい。
「ふーん。ハルくん、どうやらさっきの城北の子とラブラブだったようね。」香苗が辛辣に言う。
「そのラブリーパフェだっけ、食べようか?」香苗が楽しそうに言う。
「もう勘弁してくれよ。あんなもの、とてもじゃないけど食えない。」俺は降参するしかなかった。
結局無難に、三人はアイスコーヒー、俺はアイスティーになった。全員、ミルクだけもらうことになった。
「パフェはよろしいのでしょうか?」ウェイトレスが俺に向かって聞いてくる。もう勘弁してくれ。
注文はすぐに来た。皆、飲み始める。
希望が口火を切った。
「ねえハルくん、さっきの城北の子と、ラブラブだったのはなぜ?どこで知り合ったの?前からああいう関係だったの?」
まったくの誤解なんだが。
俺は反論を試みる。
「いや、今日会うのが初めてだ。顔も名前もまったく知らなかった。」
「だったらなぜキスなんかしてるのよ!かなり熱烈だったじゃないの!」
また希望が叫ぶ。
さっきのウェイトレスだけでなく、他の従業員二人も、興味深そうにこっちを見ている。店長さんらしき妙齢の女性と、高校生のバイトっぽい子の二人だ。どちらも店のエプロンをしている。
「何があったの?」「あの男が浮気して、それがバレたみたい。」「さっき、ラブリーカップルパフェ食べてたわよね。」「彼女さん、友達と一緒に糾弾大会かしら。」「あの男の子、そんなに遊び人風には見えないけど。」「あんな美女三人に囲まれてるのに浮気するのかしら?男ってねえ。ま、だから私も慰謝料代わりにこの店を…」
なんだかよくわからない会話が聞こえてくるが、こっちはそれどころではない。
「えっと、まずはだな。さっきの遠藤とは今日、正真正銘の初対面だ。」俺は説明を始める。
「ちょっと待って。じゃあ、初対面でいきなりキスするの?ハルくん、あなたの貞操観念はどうなってるの?」希望の追及がくる。
「ねえ希望…。」おずおずと珠江が口をはさむ。
「さっきの状況って、彼女がハルくんを無理やり抱きしめてたよね。ハルくんからキスしに行ったわけじゃないよ、きっと。」
「え…」希望は気づいていなかったようだ。
「私もあの場で指摘したわよ。」香苗も援護する。
「そうしたら、希望が興奮して『泥棒猫』とか言ってとびかかろうとしたのよ。でも、よくそんな単語がとっさに出てきたわね。最近のドラマで使われてたの?」
何か、どうでもいい質問をしている。まあ、これも香苗の作戦だろう。少しずつ、希望の興奮をさましていく。
「もう覚えてないよ。ともかく、キスしてるのを見たら、頭が真っ白になって、あとはよく覚えてないの。」
希望が白状する。
「ねえ希望、初対面じゃあ、何がいけないの? というか、知り合いならいいの? 私や珠江ならよくて、彼女がダメな理由は何?」
おい、香苗。それじゃあ俺と香苗や珠江がキスしたのバレちゃうぞ。
「それは全然違うよ。香苗や珠江は私の友達だし、性格もよくわかってる。 遊びでハルくんをどうこうしようとは思わないタイプだから。それと比べて、あの子は何なのよ!」またヒートアップしそうになってきた。
「だから落ち着け。言っているように、遠藤とは今日初対面だ。」俺は主張した。
「ほお。お前は初対面の女の子をナンパするのが趣味なのか?」突然、聞き覚えのない声が響いた。
知らない男がそこにいた。ちょい悪風のイケメンで、金髪と茶髪がうまくミックスしている。こいつはモテそうだ。よく見ると、その後ろに遠藤もいる。
「さっき、俺の彼女を無理やりナンパしようとしたんだってな。こいつも迷惑してる。もうやるなよ。嫌なら、拳で語り合おうか?」
こいつは俺の胸倉を掴んだ。
「おい、何とか言えよ。」
拳で語りあうって、少年漫画があるまいし。それに、俺はお前と拳で語り合って勝てる気はしないし、終わった後友情が芽生えても嬉しくもなんともないぞ。
俺は冷静に答えた。
「いや、その必要はない。彼女と初対面だったことは認めよう。だがそれだけだ。特に後ろ暗いことは何もない。なあ遠藤?」
俺から話を振ってみた。
彼女は何も言わず、ヨシキの袖を掴んでいる。まるで、怖がっている小動物のようだ。もちろん演技だろうが。
「俺は、お前が無理やり店に連れ込もうとしたって聞いたぞ。こいつは嫌だって言っただろう?人の彼女を何だと思ってる。のぼせ上がるのもいい加減にしろ。」
はっきり言って根も葉もない噂、というか濡れ衣だ。
「いろいろ誤解もありそうだが、結論は変わらない。俺は自分から彼女に係わることはしないよ。せいぜい仲良くしてくれ、」
ヨシキは、おれを床に突き飛ばした。さすがに痛い。店は掃除がゆきとどいているようで、特に服が汚れることもなく、備品を壊すこともなかった。
「肝に銘じとけよ、破ったら、秀英まで乗り込んでやるからな。」
ヨシキは凄む。
「ああ、わかった。俺から彼女には金輪際かかわらない。」
俺はゆっくりと立ち上がりながらいう。
「こんな美人たちが周りにいるんだろ。それ以上を求めるんじゃねえぞ。」
ヨシキは遠藤を連れて店を出ていく。遠藤は振り返り、片手でごめん、と一瞬ポーズをとって彼のあとを追っていった。。
ウェイトレスたちが噂をしている。
「結局なんだったの?」「パフェ頼んだのは彼女よね。」「ってことはダブル不倫ね!正真正銘の修羅場じゃない。」「でも、あっちのイケメンは軽く丸め込まれてたみたいよ。あの女の子、かなりしたたかよね。」「私、彼女知ってますよ。城北の二年生の遠藤さん。7人連続お断り記録を持ってるって話ね。男からすると、やれそうでやれない女だ、って噂ですよ。」
なんだかえらいことを言われてるな、あいつ。まあ自業自得だが。
と思ったら、こっちにも火の粉が降ってきた。
「こっちの男は、誰の彼氏なの?」
「よくわからないけど、糾弾してたのは秀英高校二年の高部希望さんです。昔からよく知ってる先輩よ。綺麗で面倒見がいいけど、彼氏ができたって話は聞いたことないです。どうせならもっと違う相手も選べるはずだし、どうなっているんでしょうね。」
どうなっている、は俺が聞きたい。
立ち上がった俺のところに来たのは珠江だ。
「ハルくん、大丈夫なの?ケガしてない?」心配そうに聞いてきた。
「それは大丈夫だ。どこも打ってないし、外傷はない。だけど疲れたな。」
俺は三人に伝わるように答える。
「とりあえず一段落したし、帰りましょうか。希望、もういいかしら?明日からはどうするの?」
香苗が聞いてきた。
「わからない。ちょっと考えさせて。多くのことが一遍にわかって、頭がパンクしそうよ。」
希望が弱弱しく首を横に振って答えた。
正直、頭がパンクしそうなのは俺もだ。今日はもう、いっぱいいっぱい過ぎる。
昼休みに珠江、香苗、そして原中理恵「妹」」ともキスをした。放課後は希望に責められ、その後白石と遠藤に待ち伏せされ、遠藤にパフェを食わさせてキスされた。 それから希望になじられ、ヨシキに突き飛ばされた。
…なんて日だ。もう、勘弁してくれ。
「明日以降のことはあとでメッセージでもくれ。俺はともかく疲れたから帰りたい。」
「希望もいっぱい「いっぱいよね、今日はお開きにしましょう。」香苗も同意してくれる。
そこへ、決意したように珠江が言う。
「私は、一人でもHKHP続けるからね。お弁当も持ってくる。ノゾミがどういう選択をしても構わないけど、私も思った通りにやるから。」
普段の引っ込み思案の珠江からすると考えづらいようなことだ。よっぽど勇気を振り絞ってくれたんだろう。
感謝しかない。「珠江ちゃん。ありがとう。感謝するよ。」俺は珠江に伝える。
「あら、私も同じよ。言うまでもないと思ったけど、ハルくんが理解してなかったら残念だから言っておくわ。」香苗が、クールビューティ―の雰囲気のままで言ってくる。
希望は何も言わない。
俺たちは帰ることにして、レジでウェイトレスを呼ぶ。
例の希望の後輩のウェイトレスが、勘定を計算してくれた。ちなみに、当然割り勘だ。
ウェイトレスが俺のほうを向く。
「割り勘お兄さん、悪い女に捕まらないでくださいね。希望先輩を泣かせないでね。付きあってるかどうかはわからないですが。」そう言ってウィンクした。
「ああ、そうだな。とりあえず、変な女に引っかからないように気をつけるよ。」俺はそう答えた、
もうこの店にも来づらいなあ…そのときはそう思った俺だった。
家にやっとたどり着いたら、妹だけでなく、両親も帰っていた。
結構珍しいと思ったが、よくみるともう8時だった。
「お兄ちゃん、お帰りなさい。ご飯できてるから、手を洗ってきてね。」
本当に妹は癒しだ。エプロン姿を見ると、ほっとする。彼女のよそってくれるご飯は、他よりも美味しい気がする。
今夜は疲れていたので、夕食を食べたらシャワーだけ浴びて、部屋に行く。ベッドでころがりながら、今日一日のことを回想する。怒涛の放課後、あるいは悪夢の放課後だった。
うとうとしていたら、親の目を盗んでこっそり、おやすみのキスをしに妹が来てくれた。
ひどい一日だったが、これで報われたような気がする俺は、もしかしたら単純すぎるのだろうか。
スマホを見る気力もなく、俺は眠りについた。
ーーーーー
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
今日のハルくん、一日で五人とキスしてるんですよ…羨ましい(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます