第二十話 放課後の災難 (2)




「三重野くん、思ってたよりええ男やね。もっと暗い兄ちゃんかと思っとったのに。」

本当に失礼な奴だ。なれなれしくすれば何でも許されると思っているのか。関西弁のほうが効果的だと思ってわざと使っているようにも見える。妙にアクセントはおかしいが。


「人との距離感をしっかり把握できないと、嫌われるそ。」俺はちょっと婉曲的に言った。


「別に八方美人になろうとは思わんわ。今のままで十分美人やし。」そういうと、遠藤は笑みを浮かべた。


だが、正直なところ、それほどの美人だとは思えない。

「お前の価値基準がわからない。まあ、他のものもわからないんだが。「」

そういうと遠藤は、


「わからないって、ミステリアスな女や。ええやろ?」と、また怪しい関西弁だ。


ほどなく駅の近くに来た。見覚えのあるビルの階段を昇っていく。なんのことはない、カオルさんの店「シブリング」の向かい側にあるカフェだ。名前は「Afternoon Kiss」。なんでまたこんな名前の店に…と思うが、口には出さない。


「いらっしゃいませー」可愛らしいエプロンを着けた、バイトの高校生っぽい女の子が笑顔で出迎えてくれた。


全体的に女性好みの内装だ。静かなインストルメンタルの曲が流れる、ゆったりとした空間。よく見ると、レジの横に「バイト募集。週二回以上、シフト相談可。高校生歓迎」

と書いてあった。この可愛いエプロンなら、女子高生も来るんだろうな、などと俺は思った。


出迎えてくれた愛嬌のある女の子が、そのまま席に案内してくれる。


彼女は抱えていたメニューを俺たちそれぞれに渡し、「ご注文お決まりになりましたらお知らせください。

といって、笑顔のまま下がっていった。うーん。プロっぽい。



「言っとくけど、割り勘だぞ。」俺は最初に釘を刺す。ただでさえ金欠病なんだ。

「デート代は男が持つもんやないの?」図々しく遠藤が言う。


「これは断じてデートではないし、あんたと会うのも今日が最初で最後だろう。

投資したってリターンは見込めないよな。」

俺は突き放し。


「ま、ええわ。誘ったのはうちやし。」遠藤はそう言って、さっきのウェイトレスを呼ぶ。


「アイスコーヒー」俺は無難で安いものを選ぶ。

「うちは、このラブリーカップルパフェ」

平然と妙なものを頼みやがった。


「おい、何だよそれ。」俺は問いかける。

「パフェや。大きくて美味しそうやん。」涼しい顔で遠藤は答える。


「だいたい、ラブリーカップルって英語としておかしくないか?」

俺は突っ込む。

「ええんよ。みんな意味わかるねんから。」遠藤は笑う。


アイスコーヒーはすぐやってきたが、パフェはちょっと時間がかかっているようだ。


「なかなか来ーへんな。時間かかるねんな。」遠藤がつぶやく。

「お前が妙なものを頼むから時間かかってんだろうが。」俺はちょっとイラっとした。


突然、カフェに誰でも知っているラブソングが流れ出す。 何かと思ったら、「ラブリーカップルのためのラブリーカップルパフェの入場です!皆さま拍手をどうぞ」というアナウンスが流れ、パチパチはじける花火が刺さった特大のパフェがやってきた。さっきのウェイトレスが、ちょっと緊張した顔をしている。これを倒したら一大事だし、火花が飛んだら熱そうだ。スプーンは二つ刺さっている。


従業員があと二人、拍手をしている。なぜか、客の中に口笛を吹いている奴がいる。

ちなみに、カフェの客は数組しかいなかったのが不幸中の幸いだ。


ウェイトレスが、花火がパチパチいっているパフェテーブルに置いた。

「花火にはお気を付けください。」と付け加えて。いや、それくらいならちゃんと消せよ。


「これ、一度食べてみたかってん。ありがとさん。」遠藤は言う。

「まあ、話のタネにはなるかもしれないが、こんなに食えるのか?」俺は突っ込んだ。


「甘い物は別腹や。それに、三重野くんも手伝ってくれるんやろ。」また平然と答える遠藤。


いきなり疲れる展開だ。まあいい。

「で、城北でどんな評判が流れてるんだよ?」俺はいきなり本題に入った。


「まあ、待ちいや。その前に、聞いときたいことあんねん。」

どうせろくなことじゃなかろう。

「何だよいったい。」

「キミ、秀英の入試のときに、キミの鉛筆を折って消しゴムを落とした女の子いたの、覚えてるかな?」


意外なところを聞いてきた。

「ああ、そんなこともあったな。もっさりした、瓶底メガネのおかっぱちゃんだな。残念ながら秀英では見かけないから、他校に行ったんだろうな。城北にいるのか?」

俺は尋ねた。もしかして城北にあのおかっぱ少女がいて、何か言っているのだろうか。


「城北にはおらんよ。キミは気づかないの?」

妙な事を言われる。

「気づくって何だだよ。見たこともないぞ。まあ、もうあまり覚えてもいないが。」

俺は正直に答えた。


「本当に浮かばれんなあ。」

遠藤は何やら小さい声でそんな感じのことをつぶやいた。


「で、それがどうした?城北の噂はどうなんだよ。」俺は尋ねる。

「まあ、その前にパフェ食べようや。」

はぐらかされた。


「やっぱりうち一人じゃ食べきれんから、手伝ってや。」

「自業自得だろ。食えなきゃ残せよ。」俺は突っぱねる。


「そんなこと言わんと。いま、世界でフードロスの問題が巻き起こっているねんで。ロスを防ぐよう、ちょっとでも貢献せな。」


勝手なやっつだ。

「はい、三重野くん、あーん」そういってパフェを長いスプーンですくって俺に差し出してきた。


「要らない」

「そう言わんと。とけてまうで。」フルーツとアイスとチョコの混じったものが、スプーンに乗っている。たしかに、アイスは溶けるだろう。


それも勿体ないので、食べることにした。俺は口でスプーンを受け止める。口の中にアイス、チョコ、フルーツの混じった甘味と酸味が広がった。結構美味しい。


「三重野くん、これ、うちが使ったスプーンやで。間接キッスやな。」遠藤がからかうように言う。

「ただ同じスプーンを使っただけだろ。別に気にするようなことじゃない。お前が伝染病でも持ってない限りな。」


どんどん辛辣になっていく自分が怖いかもしれない。

「ひどいわ~えーんえーん」


「演技があまりにもひどすぎる。似非関西弁が泣くぞ。」俺は再度突っ込んだ。


「全然うろたえないんね。おもろないわ。」

「別にお前から笑いを取ろうとも思わないな。」俺は突き放す。


「まあ、とりあえずパフェはそのスプーンで食べてや。」言われたので、俺もパフェの消費に協力する。


「三重野くん、真弓のことどう思ってるの?」遠藤がまた変なことを聞いてきた。

「いや、それはむしろ俺があんたに聞きたいね。あんた、白石の何なんだい?」


俺は逆襲することにした。


「言っとるやん。昔からの親友や。」

「それこそウソだな。少なくとも、お前も白石もそうは思ってないはずだ。」


「どういうことやのん?」遠藤は面白そうに言った。


「お前は白石をダサいやつだと見下してる。だが、からかうと面白いから、親友だと言い張ってるだけだ。親友だろ、と無理やりいろんなことをやらせて、マウントを取って影てでは笑ってるだけだ。」

俺は自分の印象をぶつける。


「そんな奴だろ、あんたは。白石もある程度は理解してるが、友達が少ないから、親友だ、と言われると断れない。そういういびつな関係だな。」


「さすがにひどくない?」遠藤はちょっと怒った顔をした。


「いや、あんただって気づいてるよな、自分の性格。誰にでもマウント取って、相手を支配しようとする。できないと逃げるか攻撃する。逃げたら影で悪口だな。 」


ストレスが溜まっていたせいか、俺も話が止まらない。

「ああ、これで俺の城北での噂も最悪になるな。あんたから聞いてももう意味ないな。:

どうせ、これから悪口言われるだろうから。じゃあ、俺は帰るよ。」


そう言って俺は立ち上がる。

「ちょっと待ってや。確かに、うちは真弓ちゃんをからかったりしてるわ。それは認める。でも、本当に彼女のこと、心配してるんよ。それだけは信じてほしいわ。」


ちょっと真剣な顔で、遠藤が言ってくる。

「そうなのか。そうかもしれないな。」


「まだ帰らんといて。うちが聞きたいこと、まだ聞いてへんやん。」

あれだけひどいことを言われて、まだ言うのか。ある意味、こいつは大物かもしれない。


「聞きたかったのはこれや。三重野くんに触ったら、イルカの加護があるんか?あと、触りかたやけど、キスするのが効くって本当なん? 実際の例があるのか、それともただの噂か知りたいねん。」


「その質問そのものが噂の内容、ってことか?」

「ま、当たらずとも遠からず、やね。』遠藤は答えた。


「いろんな話はあるけど、信頼度が高そうなのはこれくらいやね。恋愛運ならキスすればいいとか、金運ならき…乙女に何言わせんねん!」 


「一人突っ込みありがとう。後半の話はちょっとおぞましい気がするので、聞かなかったことにするよ。まあ実際聞こえてないんだが。」


「で、結局うちの質問にも答えてえや。実際のところどうなん?恋愛成就するんかな?」

ちょっと真剣な顔になった。


「正直、他校の奴のことはわからない。相手のことを知ることもできないし、結果についてもわからない。同じ学校なら、協力するとか慰めるとかフォローもできるが、他校じゃ無理だ。 だから、他校の人にどうの、というのは考えてない。そう思っててくれ。」


遠藤は意外そうな顔をした。

「え?うちみたいな美少女とキスできるチャンスやで。何で遠慮すんの?」


「悪いが、俺の周りにはお前なんかよりずっと美人がそろっている。お前がが不細工だとは言わないが、別にとりたてて美人ってことは無い。」俺は断る。


遠藤はさらに意外そうな顔をした。

「う、これでも城北ではモテモテなんよ。いろんな男の子から告白されとるし。」

「じゃあ、ますます恋愛運とか要らないだろ。断ってるのか、それとも食いまくってるのかは知らないが。」


「三重野くんが何人とキスしてきたかは知らんけど、私としたらもう離れられへんかもよ。お姉さんが優しく教えてあげるさかいに。手取り足取り、必要ならその先も連れてってあげるわ。」


大胆なことを言い出す奴だ。

「俺は誇り高い童貞だ。ビッチに食わせる気はない。」

「ひどいな~これでもうち、処女やで。確かめさせてあげよか?」


「そろそろ悪い冗談はやめてくれ。どう転んでもろくな未来が見えない。」


「ノリわるいな~。」遠藤はケラケラ笑った。

「暗い兄ちゃんが調子に乗ってるんかとも思うたけど、全然違うたなあ。ホンマなら、真弓ちゃんとええカップルになったかもしれんのになあ。」


何かぶつぶつ言っているが、後半は聞き取れなかった。


「まあええわ。城北の中では、秀英にしか効果ないみたいよ、と言うとくわ。ホンマならうちも加護をもらって、大好きなヨシキくんともっとラブラブになりたかってんけど。」


「なんだ、彼氏いるのかよ。だったらもともと関係なかたよな。冷やかしもいいとこだ。」

俺は呆れて言った。

「何いってますの。もっとラブラブになるようにお願いするのは当たり前やんか。全然変なことあらへんよ。あ、うち化粧室行ってくるわ。その間にお勘定済ませておいてもかめへんよ。」

そういって遠藤は笑う。


「いや、しっかり待ってるから安心しろ。ちゃんと割り勘にしてやるから。」


「ざ~んねん。」そういって遠藤は化粧室に消えた。

俺はブレスケアを口にして、彼女が戻るのを待つ。


戻ってきたところでレジに行き、勘定を見る。税込みで1800円もする。

アイスコーヒーが400円だから、あのパフェ1400円もしたのか。花火もついてたしな。


俺は千円札を出し、伝票とともに遠藤に渡す。

「俺の分、1000円だ。パフェも食ったからその分を含んでる。釣りはいらない。」


「え~割り勘~ラブリーカップルパフェ食べて割り勘かいな~~。ねえお姉さん、彼、ひどくない?」と、レジに立っているバイトの高校生らしい女の子に話しかけた。


「お客様のお考え次第ですから。 個人的には、絶対にありえないですけどね。」バイトの女の子も、ちょっと辛辣なことを言ってきた。


「ま、こういう男もいるんだよってことで。」俺は肩をすくめる。

遠藤は、自分の財布を出し、支払いをした。


店を出たところで「今日はありがとなあ。おもろかったで。」と遠藤がいう。

「それは何より。ま、役に立ちようがなかったけどな。」

俺はそう返す。


俺が先に、階段をゆっくり降りる。途中の踊り場で突然、遠藤が、「ちょっと待ってや。」と、肩に手をかけてきた。


何だろう。俺は振り返った。すろと、遠藤が抱きついてキスしてきた。

一応、予期していないわけではなかったが、やはり意外ではあった。


さすがにここで拒否するのも無粋だ。とりあえず、彼女が満足するようにさせてやろう。俺は思った。


遠藤の両手は俺をがっしり掴んで離さない。


遠藤の唇はかなり柔らかい。舌も使いながら、何度も方向を変える。かなり慣れている様子だ。実際、さっき言っていた彼氏とラブラブにキスしまくっているんだろう。ちょっとミントの味がする。化粧室で息を整えたんだろう。パフェのバニラアイスの味が残っているのはご愛敬だ。


遠藤のなすがままにただ立っていると、突然、聞き覚えのある声がした。

「あら、お盛んね。」


遠藤はハグしたままキスをやめる。二人で声のする法を見ると、そこには予想どおり香苗、の姿があった。それだけではない。珠江、そしてさっき別れたばかりの希望も茫然と立っていた。



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長い放課後、まだ続きます。








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