第十九話 放課後の災難 (1)

放課後になった。

俺は、歯を磨いて髪を整え、ブレスケアを口にしてから、指定されている視聴覚室に行った。


ほどなく、希望もやってきた。

「ハルくん、待った?」希望が尋ねてくる。


「授業終わってまだそんなに経ってないだから、長く待つわけはないだろう?」俺は突っ込んだ。


「こういうときには、必ず、いや、今来たところだよ、って言うの!たとえ3時間待っていてもね。」希望は言った。


「それって、携帯電話無いころの待ち合わせの話だよね。いまだったら遅れる、って一言メッセージ入れたら済むよね。」俺は再度突っ込む。


「だから、こういうのはお約束なのよ! そんなこと言うからモテないのよ!」

希望はちょっとヒステリックに言う。ややご機嫌ななめなようだ。


「というわけで、HKHP、ハルくんキス放題プロジェクトの会合を始めます。」

希望は俺をにらみながら言った。なんだかちょっと怖い。


「ハルくん、質問。あなた、すでに複数の女の子とキスしたんですってね。私にどうして報告しないの?」


希望が怒っているのは、やはりそれか。

俺はとりあえず惚ける。

「そんな噂があるの? なんでそう思うの?」


希望は言う。

「ちゃんと掲示板に書いてあったんだから。なぜ私に言わないのよ!私はハルくんのためにカオルさん紹介して、ランチも一緒に食べて、香苗や珠江とも仲良くさせて、イルカの加護の噂をあちこちで広めたり、HKHP頑張ってきたんだから。」


言われてみれば、確かにそうだ。

何も言わないのは、やはり信頼に反してしまったか。


「で、誰とキスしたの?どうやって?」

かなり恐ろしい剣幕で聞いてくる。ただ、俺としても、相手との約束もあるし、たとえ希望にでも言えないことはある。


「何も言わなかったのは悪かった。だけど、本当に申し訳ないんだけど、誰が相手なのかは、言えない。」

俺はそう答えた。それで納得するはずはない、と思うが。


「なぜ!私は恩人でしょう!言いなさい!」


希望が、こんな怖い表情を見せるとは思わなかったあ。

興奮している感じだ。


俺は希望に近づき、頭をぽんぽんと叩いて言った。

「まあ、一旦落ち着こうよ。」


そうすると、希望の顔がちょっとゆるんだ。

「ふにゃあ」という声が聞こえたような気がした。なんとか落ち着いたのだろう。


「希望ちゃんが、誰かと秘密って約束したら、そのことを他人に話すかい?」俺は聞いてみた。


「相手によるわね。親しい相手なら、『これは秘密よ』と言って話すかも。」

ああ、そうか。

だから女子の間には秘密が存在しなくなるんだな。



「うーん、友情としてはそれでいいかもしれないけど、秘密は守れないな。これは秘密だけど、と言って伝えるのが人の常だ。希望ちゃんだって、これは秘密だから、といって誰かから話を聞いたことあるだろう?」:


「まあそうね。でも、秘密だ、って言って伝えるのはいいでしょ?秘密なんだから。」

女性の論理ってこんななのか?


「いや、俺には無理だ。秘密と約束したら、俺からは言えない。相手が言う分には仕方ないと思うが。」俺はそう付け加えた。


「じゃあ聞くわね。結局、白石さんとキスしたの?」

突然、希望がとんでもないことを言ってきた。


「まさか。ありえないよ。俺はまだ死にたくはない。」


「でも、白石さんにキスを迫られたんでしょ? それをボールペンで防いだって。」希望は追及うしてくる。


「いったい、どうしてそんな話を知ってるんだよ。」

俺は尋ねた。

さすがにここまで具体的な話が伝わっていると気味が悪い。


」そんなのはいいでしょ。でも、やっぱり白石さんじゃなかったね。他にハルくんとつきあいがある女性はというと…。まさか…」


希望が俺の顔を覗き鋳込む。

「もしかして、香苗か珠江、どっちかとキスしたの?」

いきなり核心を突いてきた。


「いや、違うよ。」俺は答えた。ウソはついていない。両方と」キスしたのだから、「どっちかと」というのは両方は含まないだろう。英語だって and/or ってのがあって、英語でも両方を含める場合はandを並記しないと、orだけなら片方になるらしいし。


「じゃあ。何人としたの? どうやって知り合ったの?」


これも答えにくいな。

「相手によるが、基本的には向こうから声をかけてくる。」珠江には、香苗とのキスシーンを目撃されて、ショックで逃げたのを追いかけたらキスすることになったんだが。


「キスしたのは二人?」希望がまた聞いてきた。

「さあね。」俺は答える。


希望の顔が曇った。

「え、三人以上もしているの?ハルくん、いつの間にか、優しい目だたない男の子から、女の子に手当たり次第にキスしまくりの不良少年になったのね。こんなことならHKHPなんて続けられない。」


推論の過程は、うちの妹の考え方と同じだ。

やはりこれは妹の考えではなくて、女性はみんなこう考えるのだろう。



「プライバシーの問題があるから、誰とは言わないよ。ただ、相手とは合意の上だ。というより、相手から望まれたものだ。決し?無理強いはしていないってことだけはわかってほしい。 HKHPをやめるならそれも仕方ないね。」俺はちょっと開き直って、続ける。


「だったらランチも終わりかな。香苗ちゃん、珠江ちゃんには適当に説明しておいてくれよ。今まで、いろいろありがとうな。本当に感謝しているよ。できれば、今まで通り友達のままで居てくれると嬉しいよ。」


俺はそう言って立ち上がった。

希望は、何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。


希望とも、これでお別れか。明日から、またぼっち生活が始まるのかなあ…。そう思うと、ちょっと寂しい。以前に戻るだけではあるんだが。


希望を残したまま、俺は視聴覚室を出た。そのまま靴箱に行き、校門に向かう。このまま帰って、ふて寝でもしよう。


だが、その予定は崩れ去った。


校門で、二人の女子が俺のことを待ち構えていた。一人は残念女子の白石真弓だ。もう一人は見たことがない、というかうちの学校じゃない。


あのスカートは、城北高校の制服だ。

もう一人の少女は、背が高く、白石とはかなり目の高さが違う。目は大きいが、なぜかきつい感じがする。笑っていても目は笑わない、という感じだ。セミロングの髪はよく手入れされている感じで、日光に光っている。白いブラウス越しに見える胸は標準的だ。


「キミが三重野ハルくんやね?」城北女子はどこか違和感のある関西弁で聞いてきた。

「ああ、そうだが。あんたは?」

ぶしつけな相手にはぶっきらぼうに返す。何も問題はない。


「うちは、遠藤由美。城北高校の二年生で、この白石真弓ちゃんの親友やね。」


その言葉を聞いて、白石が大慌てで否定した。

「親友なんかじゃない!いつもそんなこと言って人を丸め込むんだから!」


何となく、二人の関係がわかってきた。


「その、城北の遠藤さんがわざわざここまで来て、なんの用事だい?」


「キミのこと、いろいろ城北でも噂になってるんよ。付きあってや。」

なれなれしく言ってくる。


「ご提案はありがたいが、俺は、今は誰とも付き合う気なんかない。」

わかっていてわざと誤解したような返事をした。


「そんなんと違うわ。キミのことよう知らんから、もっといろいろ知りたいなと思ってたんよ。これからお茶くらい付きあってーや。」

相変わらず怪しい関西弁だ。


「あたしも行く」白石真弓が慌てて言った。

「こいつが変なことしないよう、私が見張っててあげるから。」


「こいつ、というのがどっちを指しているのかは、あえて聞かないで置こう。ご提案ありがとう。だが断る。」  一回言ってみたかった。


「何を断るのん?」意外そうな顔で、遠藤が聞いてきた。


「全部だ。俺はこのまま帰宅する。」もとよりそのつもりだった。


「まあまあ、そう言わんで。楽しく話しようや。」まだなれなれしく言ってくる。


「俺は別に、あんたに用はない。それに、白石まで来るんじゃ、まっぴらごめんだね。」


遠藤は目を細めた。

そして何やら小さい声でつぶやいていた。

「ずいぶん嫌われたもんやなあ…これじゃあ浮かばれへんやん。」


実際はよく聞こえなかったのだが。


遠藤は俺に向き直って言った。

「じゃあ、真弓は抜きで、うちと三重野くんの二人で話そう。」


「な、何を言ってるのよ!」白石がわめく。相変わらずキャンキャンとうるさいやつだ。


遠藤は続ける。

「城北でどんな話になっとるんか、聞きとうないんかな?」


実際、それは聞きたい。他校にまで広まっているのか。それが変な話になってなければ良いが。


「まあ、それは聞いてもいいかな。ただ、長居はしたくないぞ。」希望に責められたショックを癒すため、家でふて寝するつもりだったからな。


「ええよ。駅前のカフェでもいこか。 真弓ちゃん、ほな、さいなら。」

そう言って、遠藤はすたすたと歩き出した。


俺も遠藤についていく。白石は逡巡していたが、結局一人で帰ることにしたようだ。ちょっと背中が煤(すす)けているような気がする。



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この先が長いので、いったん切ります。


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