第二十二話 土下座と共犯者



翌日火曜日。希望は学校を休んだ。


「希望はまだ混乱しているみたいだから、とりあえず放っておきましょう。そのうち頭が冷えたら何食わぬ顔をして出てくるわよ。」

黒髪ロングの生徒会副会長、香苗がちょっと冷たい感じで言う。

まあ、そうだったらいいが。


そして昼休みは、3人で生徒会室にやってきた。

希望がいないので、教室で食べる必要もない。


「今日は私からにするからね。」香苗はそう言うと、例によって俺に体を預けてきた。

がっしり俺のボディを固定し、熱烈なキスを始める。


昨日より攻撃的なのはなぜだろう、と俺はふと思った。

一瞬香苗の唇が俺から離れたかと思うと、「あんな女とのキスは忘れなさい。」と俺の耳元でささやいてきた。

そしてまた熱烈なキスが始まる。舌も入ってきて、唾液がからみあう。俺も負けずに舌で応戦する。二人の口の中が溶けあうようだ。唇の向きは何度も変わるが、舌はそのままで。

何だか器用だな…俺はちょっとそう思った。


そして名残惜しそうにしながら、香苗が俺から離れる。

「今度は私ね。今日は昨日とは違うよ。」珠江が言う。


珠江も俺をしっかりハグし、大きな目で俺をじっと見つめたあと、キスしてきた。

香苗とは違い、柔らかく穏やかだ。唇の感触だけで、俺を気遣う珠江の気持ちが伝わってくるような気がした。

目をつむった香苗の舌が、俺の口にゆっくりと入ってくる。

俺も応じようとした、その時。


「おやおや、神聖な生徒会室で、いったい何が行われているのかな。」女性の声が聞こえた。


俺と珠江はびっくりして離れる。

唾液の糸が二人をつないだままだ。俺は慌てて口をハンカチでぬぐう。 珠江も同様にしている。


そこに立っていたのは、緑のリボンを付けた、二年生の女子だった。背は160センチ無いくらいだが、細い。髪の毛は綺麗な黒髪のショートボブだ。色は香苗と競るくらい漆黒だが、重い感じはしない。銀縁の眼鏡を掛けていてインテリ風だが、眼鏡の奥にある目は切れ長だ。ただ、あまり目元のメイクはしていないようだ。色白で、ちょっと地味な感じがする。だが、ただ地味だというののではなくて、内面に強さを秘めた感じがする。一見折れそうで、庇護したくなるが、よく見ると強い。そんな感じだ。スカートの長さは標準的で、胸は…体が細いので…。


「あら香田さん、風邪はもういいのかしら。」香苗が冷静に返事をする。香苗は常に冷静沈着だ。こんな時にでも落ち着いているのは正直凄いと思う。


「もちろん全快よ。先週一週間休んだんだから。実は水曜には熱は下がったの。でも、大事を取って金曜まで休んだのよね。 下手に学校に出てくると、鬼の副会長がたまった仕事を押し付けてきて、病み上がりの体には毒だと思ったからね。」


彼女は生徒会関係者のようだ。先週休んでいた、というと会計の子だろう。香苗がきびしく仕事を振っている様子が目に浮かび、正直笑いそうになった。実際はそんな状況じゃあないというのに。


「ハルくん、紹介するわ。生徒会会計の香田みゆきさん。先週休んでいたので、会う機会はなかったわよね。」香苗が紹介してくれる。


珠江とは目礼するだけだ。お互い知り合いなんだろう。

「俺は二年の三重野晴だ。二人とは友人だ。」俺は簡単に自己紹介する。まあ、部活も入ってないのでそれ以上言うこともあまりない。


「まあ、それはいいよ。それより最初の質問に答えてほしいな。三重野くん、珠江ちゃん、君たちは神聖な生徒改質で何をしていたの。」 香田が聞いてきた。


俺は答える。「友人と挨拶していただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。」

香苗、珠江ともうなずく。


「挨拶、挨拶ねえ…それにしては熱烈じゃない?」香田が追及してくる。いや、香苗のほうがずっと熱烈歓迎でしたよ。でもそんなことは言えない。


「本当に挨拶だけだ。」俺は答える。


「まあ、副会長が横にいて平然としているところを見ると、彼女も共犯者ね。両手に花で羨ましいね。私なんか一人もいないのに。」そういってちょっと口角を上げる。


俺は、香田に向かっていった。「ちょっと二人だけで話をしたいが、いいか。」

香田はうなずく。


「香苗ちゃん、珠江ちゃん、ちょっと二人だけで話をさせてくれ。すぐ終わらせる。そうしないとお昼が食べられないからな。」


二人はうなずいて部屋を出る。

「終わったらスマホで連絡するから、覗いたり盗み聞きとかしないでくれ。」俺はそう釘を刺して、二人を追い出す。


香田は面白そうな顔をして俺を見る。

「あなたが、噂のイルカの加護の二年生ね。美女二人と不純異性交遊とはいい度胸ね。」


俺はその声を聴いて、決心していたことを実行する。

床にひざまずいて両手を前に出して床につけ、額も床につける。土下座だ。


「この通りだ。俺のことはどう言われてもかまわない。だが、香苗ちゃんと珠江ちゃんのことは何も言わないでやってくれ。二人のイメージや評判が傷つく。副会長で居られなくなったり、大会に出られなくなったら取り返しがつかない。俺にできることは何でもする。だから二人のことは秘密にしておいてくれ。この通りだ。」


俺は土下座体制のままで香田に訴える。


「どうするかはこのあと考える。とりあえず頭を上げて、席に戻って。」

香田は言う。


「俺にできることは何でもする。お願いだ。」俺は今度は席に座らず、立ったままで香田に頭を下げる。


「あなたにはイルカの加護があるの? 私にももらえるのかしら?」意外はことを聞かれた。

「あるのかどうかはわからない。だが、俺に触って願いがかなった人間は、確かに存在する。」俺は答えた。


「じゃあ、お願いを聞いてほしい。生徒会で、会長の山口くんはこの前から書記の若原さんと付き合い始めた。」


「へえ、そうなんだ。初めて知ったよ。」俺は答える。

「その割にあまり驚いていないな。掲示板を見たのかな?」


俺は驚く。

「掲示板にそんなことまで書いているのか? 学校のどこにそんなものがあるんだ。新聞部の部室か何かか?俺も見てみたい。」


「ふふふ。本当に知らないようだね。だったら知らないままのほうがいいと思う。自分のことがあることないこと書いてあると、心がやられちゃうことも多いからね。」


面白そうな顔を続けながら彼女が言う。まあ、実際、悪口ばかりかもしれないしな。


「副会長は生徒会長を振ったし、男女交際には興味ないと思ってたけど、その代わりにあなたとはキスフレンドみたいだしね。」


キスフレンドか。そんな言い方あるのかな。よくわからないが、セフレよりは悪いイメージはなさそうだ。キフレ?聞いたことないな。キスフレ?意味はわかるけど。


「とにかく、私も一人はちょっと寂しいの。でも、生徒会の仕事は正直忙しい。出会いがないのよ。放課後は生徒会の仕事だけで終わってしまう。生徒会はやりがいがあるし、自分で望んだことなんだけど、出会いがないのは寂しい。特に、目の前で山口くんと若原さんがイチャイチャ始めるのを見るとね。あなたは、イルカの加護を与えっられるのよね。だったら、その加護で、私にも彼氏を作って。」


俺は困った。そんなことができるかどうかなんて、わからない。もともと加護そのものを俺もあまり信じていないからだ。最初に誰が言い出したんだろう。 だが、「俺にできることは何でもする。」と言った手前、むげにはできない。


「まずは、香田さんのことを教えてくれ。どんな性格、どんな趣味、そしてどんな相手がほしいのか。」俺は言った。半分はその場を取り繕うためだ。


「私はインドア派。先週休んでいたように、体はそれほど強くはない。本を読むのは好きよ。文学少女、というと言いすぎかもしれないけど、恋愛小説なんかもよく読む。相手は、イケメンであるほうがいいけど、それよりは本について語り合ったり共感できる人のほうがいいかな。」


意外にまともな希望だ。


「わかった。ちなみに、加護があるかないかはともかく、俺が協力するにあたり、一応前提がある。加護とか神頼みとか何でもそうだと思うが、何もしないでたた望んでいても何も起きない。自分で努力することが必要だ。努力していたら、そこに予想以上の結果が出ることがある。人はそのときに、加護があったというんだ。」


「努力しろ、ということね。具体的な指示があれば考えるよ。」彼女は答えた。

一応、これで言質は取ったと考えよう。


「じゃあ、ちょっと儀式をしよう。俺は動かない。その間に、俺の体に触れてくれ。常識的な範囲でな。 あと、俺に何をしてもノーカンだ。俺は忘れるし、香田さんも忘れる。覚えているとしても、人と何かしたこととしてカウントはしない。まあ、何も考えずに握手でも頭ぽんぽんでもいいんだ。 あと、俺は秘密を守る。香田さんとの話については、本人の承諾を得るか、本人が言わない限り俺からは言わない。」

定番のセリフに近い。ちゃんと逃げ道を作っておいた。あとは彼女の選択だ。


俺は目をつぶって、両手を広げて立つ。

「手を前に出したほうがいいなら言ってくれ。」握手の場合にはそのほうがいいからな。


「そのままでお願い。」香田の声が聞こえた。

次の瞬間、俺の唇に柔らかい感触があった。ただおずおずと、唇を押し付けたただけの控え目な感触だ。そして動かない。リップグロスの味が少しだけした。


ほどなく、彼女は離れた。

俺は目を開ける。

「お前の本気度はわかった。加護はわからないが、俺も本気で協力する。お前の努力は前提だ。」

俺も真剣になった。相手との距離感も変わる。だからこれからは「お前」呼びする。


「おお、頼もしいですね。私は何をすれば?」香田はちょっとおどけて聞いてくる。


「継続は力だ。そのためのルーティンを作る。学校で毎日15分以上、自宅で毎日10分以上、俺の言うことを継続できるか。やること自体は簡単なことだ。だが、飽きっぽいとかゲームをしたいとか言うのなら無理だろう。」

俺はちょっと挑発気味に言う。


「私にできることはやる。結果の可能性を高めることに努力は惜しまない。」彼女も真剣に答えてきた。


「じゃあ、毎日繰り返すことを言うぞ…」




話を手短に済ませ、俺はメッセンジャーで香苗と珠江を呼んだ。

「終わったよ。待たせてごめんな。」


二人はすぐにやってきた。

香苗が俺と香田を交互に見て、言った。

「共犯者さん、お昼食べましょうよ。」

いたずらっぽく笑った。


香田も笑いながら言った。

「ちょっとだけお相伴させてもらいました。悪くないわね。」

よく考えるとすごい会話のような気もする。



「やれやれ、やっとお昼ね。」香苗が言う。「今日のサンドイッチは焼肉サンドよ。男の子にはそのほうがいいでしょう。」

そう言いながら手早く準備する。

「私のベーコン巻き。」珠江も言う。

「何、彼のご飯、二人で作ってるの?」香田が驚いて言う。


「まあ、当たらずとも遠からずね。イルカの加護があるように、お供えみたいなものね。」香苗が言う。


「じゃあ、私もお供えしたほうがいいかしら。」


そして俺の前には、香苗のサンドイッチ(俺の分)、珠江のアスパラベーコン巻き、そして香田の唐揚げが並んだ。


「いただきます。」そう言って三人で食べ始める。


「お願いが何なのか、聞いていいですか?」珠江が切り出した。

俺は香田のほうを見る。


「うーん、この中じゃ隠さなくてもいいかな。彼氏が欲しいので、協力してって言っただけ。」


「ハルくんはあげません。」珠江はちょっと怒った感じで言った。昨日の希望みたいだ。


「そんなことしませんよ。タイプでもないし。彼からは、試練を与えられたの。どれくらい続けないといけないの?」

そういえばそれを言い忘れていた。


「50日間だ。そのあとはその蓄積を使って次の段階に行く。目標は、約束通りクリスマスだ。」俺は答えた。 今は9月だが、クリスマスまでに彼氏を作らせると約束したのだ。


「ハルくんの友達を紹介するの?」香苗が聞いてくる。

「いや、俺に友達が少ないのは知ってるだろう? 彼女が自分で道を切り開く。俺はその手助けをするだけだ。」


「何だかわからないけど、一大プロジェクトみたいね。」香苗が言う。

「三重野くんがどうしてこれを私にやらせるのかよくわからないけど、私にとっては苦痛じゃあないわ。時間の使い方だけね。」香田も答えた。


それ以上の詳細に触れることなく、とりあえず昼食は終わった。

教室を出る前に、珠江が聞いた。


「香田さん、彼に風邪をうつしたりしてないよね?」


「さっき言ったように、先週水曜日に熱は下がってるから、もう全快よ。さすがに感染はしないと思う。」香田が答えた。


「昨日まで熱があった、とか言われてたら阻止してたからね。」香苗が香田に言う。

「何をかしら。意味わからないわね。」そういって香田も薄笑いし、生徒会室を出ていった。



放課後、俺は急いで帰宅し、パソコンに向き合った。

夕食を挟んで、何とか作業が終わったのは夜の九時だった。


俺は香田にメッセージを出す。

すぐに既読が着いた。


そして10分後に返事が戻ってきた。

「予想以上。頑張ります。」


「じゃあ、明日からルーティン開始。土日祝日前以外は必ずルーティンを守ってくれ。グッドラック」

俺はそう返した。


妹が部屋をノックして入ってくる。

「さっき言って、お願いって何?」


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