第十六話 白石真弓の憂鬱
朝、おはようの挨拶をしてから学校に出かけようとすると、妹の笑美が言う。
「お兄ちゃんの携帯の番号教えたから、私の友達から連絡あると思うよ。ちゃんと話を聞いてあげてね。」
俺はスマホを見てみる。知らない番号から、SMSでメッセンジャーのIDリンクと、「はじめまして。エミちゃんの友達の勝田佳那と言います。よろしくお願いします。」
とだけ書いてある。
「勝田佳那さんって人かな?」俺は妹に聞く。
「そうそう。佳那ちゃん。真面目で可愛い子だから、だましたりしないでね。」そういって妹はウィンクした。
「あたり前だろう。お前の友達を悲しませたりしたら、お前が悲しむんだから。」俺はそう言って、妹の頭を撫でた。
「えへへ」妹はふにゃりと笑い、俺の唇に軽くキスしてきた。
「行ってくるよ。」俺はそういって、玄関を出た。
学校まではほんの15分だ。
通学路を歩きながら、俺はふと入試の日のことを思い出していた。
もともとこの秀英高校は地域でもトップクラスだ。俺の成績では、受かる確率は3割くらいだろうと思われた。そのため、ほとんど記念受験のつもりだった。
だいたい、俺はあまり運が良くない。だから、運頼みも無理かと思っていたのだ。
入試の日、俺は受験会場で席に座って筆記用具をそろえていた。
マークシートがあるので、鉛筆と消しゴムも。
運の悪い俺は、鉛筆を落としてしまった。
隣の席に転がっていったところで、隣に座っていた、瓶底メガネを掛けておかっぱの、ちょっと太ってもっさりした女子が気づいて、手を伸ばしてくれた。
だが、俺の不運が移ったのか、彼女はそのまま鉛筆の芯を折ってしまった。かなり大きな音がして、彼女はパニックになり、あわあわしてしまった。
その結果、彼女の机に置いてあった消しゴムが、そのまま転がり、開いていたドアから外に出て行ってしまった。
あわてて彼女が取りに行こうとしたら、試験官が入ってきて、ドアを閉めてしまった。
絶望的な顔をしている彼女に、俺は自分の消しゴムを半分に割って渡した。 とりあえず俺のせいでもあるのだから。 鉛筆はまだあるし、休み時間になれば鉛筆削りだって使える。 消しゴムなんて、十分の一の大きさだって使えるんだから、何も問題はない。
試験は、いままでで最高の出来だった。俺の不運が、鉛筆と消しゴムによって隣の女子に移ったのかもしれない。
合格発表の日、自分の名前とを見て、俺は半分踊り出しそうになったくらいだ。
ちなみに、隣の女子は、名前も番号もわからなかった。正直、あまり興味なかったのでちゃんと聞かなかったわけだが。
入学式の日に、俺は彼女の姿を探したが、あの分厚い眼鏡のおかっぱ小太りもっさり女子の姿は無かった。俺の不運を背負って、落ちてしまったんだろう。
人生ってこんなものかもしれない。幸運も不運も紙一重だ。彼女の今後の人生での幸運を祈りつつ、俺は校門を入った。
Side 白石真弓
私は、もともと目立たない陰キャだった。
外見には構わない。おかっぱ頭に瓶底メガネ。ちびまる子ちゃんとたまちゃんとみぎわさんを足して三で割ったような、といえば何となくわかるだろうか。
特に友達も多いわけではないし、大した趣味もなく、部活にも入っていなかった。
成績だけはよかったので、秀英高校を受験した。
そこで、私にとっては衝撃的な出会いがあったのだ。
試験会場で、隣に座った男の子が、鉛筆を落とした。
単に拾ってあげれば終わる話なのに、私はあろうことか、拾った鉛筆の芯を折ってしまった。
手伝おうとして事態を悪化させる。私がよくやるパターンだ。
でも、まさか受験の当日、周りに迷惑をかけるとは思わなかった。申し訳なくてパニックになった私は、今度は自分の消しゴムを教室の外まで転がしてしまった。慌てて取り日行こうとしたところで、試験官が来てドアを閉めてしまった。
さすがに絶望的になり、私は天を仰いだ。
するとどうだろう。隣にいた男子が、自分の消しゴムを割って、私に分けてくれたのだ。
鉛筆を折られて怒られても仕方ないのに、それには触れずに黙って消しゴムを分けてくれる。
私は彼の優しさに撃たれた。絶対、彼と一緒の高校生活を送るんだ!私はそう決めた。休み時間に彼の受験番号と名前を控えた。三重野晴くん。うん、覚えた。
休み時間には彼の顔ばかり見ていた。ちなみに、消しゴムは回収できたので、彼からもらった消しゴムは大事にしまっておいた。
受験の手ごたえは十分だった。そこで私は、自分の高校デビュー計画を立てることにした。
可愛く変身して、彼の気を引く。そして、「あの時はありがとう。」と話かけ、一気に恋人どうしへと…と妄想が広がった。
いや、妄想ではない。実現させる目標だ。、そう思うと変身に気合が入る。ダイエットして、髪型を変えて、コンタクトレンズを入れる。自分でも結構イケてる女の子になったと思う。
制服なのは仕方ないけど、うまく着こなして、彼の気を引き付けるんだ、彼が高校で彼女を作る前に。
合格発表の看板を見て、彼の番号も確認した私は、楽しい高校生活を夢見ながら自分磨きをした。
これで、楽しい高校生活を優しい彼と一緒に過ごせる!
…そう思っていた時代が、私にもありました。
彼とはクラスが別になった。そうすると、接点が全然ない。それだけではない。彼がいったいどこにいるのか、全然見つからないのだ。
もしかしたら、彼は幻の存在なんじゃないの、私の妄想の産物だったの?と思うようになると、突然に校内で姿を見かける。でも、慌てて追いかけようとしても、見つからない。
それでも、私も可愛くなったから、モテるようになって、男子の間で噂になるだろう。そうしたら、「私には心に決めた人がいるので、ごめんなさい。」と言い続ければ、それも噂になって、いつかは彼の耳にも入るだろう…。
と思ったら、私のクラスには、高部希望(たかべ・のぞみ)というアイドルのような女の子と、高橋香苗という、黒髪ロングヘアーの知的巨乳女子がいた。
どちらもすごい美女で、雑誌の表紙を飾れるくらいの子たちだった。
クラスの男子の話題は、「どっちが可愛いか」ということで持ち切りになり、私には誰も見向きもしかなかった。
どうせ彼以外は眼中にないからそれは構わないのだが、噂にならないなら、彼の眼中にも入らない、ということだ。結局、彼と一言も話すことはなく、一年生は終わった。
二年生になり、彼と同じクラスであったことを知った私は、内心で狂喜乱舞した。しかも席も前後だ。これなら、毎日彼と話ができる。
…と思ったが、彼、三重野晴くんは予想以上に不思議な人だった。
とにかく、目立たない。私が彼を目撃できなかったのも無理はない、と思えるほどだ。
影が薄い、どでも言えばいいのだろうか。
話しかけようとすると、まるで煙のように消えてしまう。
気づいたらいなくなっているのだ。
彼が消えないように、積極的に話しかけることにした。
だが、きっかけがわからない。
今更、「あの時はありがとう」というのも変だ。それに、彼は、私があの時のもっさり少女であることに気づいていないだろう。
私にとっては人生を変えるくらいの衝撃的な出来事だったのに、彼にとっては何でもない日常の一ページでしかなかったのかもしれない。
もちろん、受験の日だし、消しゴムを渡した、という意味では覚えているかもしれない。でもそれは、ダサいドジっ子としての私だ。
本当なら
「受験のときはありがとう。あの消しゴム、宝物にします。」
「キミは、あの時の女の子か。とっても綺麗になって、見違えたよ。素敵だね。ぜひ僕と付き合ってください。」
「はい、喜んで…」
と妄想ではなっていたのだが、実際は、用もないのに話しかけすぎて、単にうざい存在になってしまったことを私も自覚している。
しかも、素直になれず、憎まれ口を叩くのだ。
「あ、何か似合わない服を着てきたね。目立たないあなたが余計目立たなくなるじゃない。」
などと言い、彼は無言で私の前からいなくなる。
こんな状況で恋人になれるはずもない。
それに、クラスにはなぜか四大美女がそろってしまった。
あの四人と比べてしまうと、私ははっきり言って勝負のリングに立ててもいない。
自分では可愛くなった、とは思ったものの、下の中から中の上に上がったくらいのものだ。
真ん中より上かもしれないけど、上位の壁は厚すぎる。なぜ、あんな美女が4人も同じクラスなのよ。
いつの間にか、私は彼に突っかかるようになり、彼はそれを嫌そうにスルーするようになった。
好きだからいじめたい、じゃないけど、好きだから構ってほしいのに、どんどん避けられていく。どうしたらいいの。
…そう思っていたら、突然、彼がイメージチェンジした。内面はもともと素敵だったけど、外見にも気を遣うようになった。
と思ったら、その日のうちに美女3人とお昼を食べている。
…何が起こったのか、わからない。
ただ言えることは、彼に近づくのが、より難しくなったということ。
入試の時から私は彼に目をつけていたのに、いつの間にか美女3人に横取りされそう。どうしたらいいのだろう。
掲示板には、不穏なことも載っていたし…。
Side 三重野 晴
授業が終わると、例によって白石真弓が声をかけてきた。逃げようと思ったが、逃げられなかった。
「三重野くん、話があるから、ちょっと付きあって。」白石はいう。
「俺は用事があるんだけど。」
一応、抵抗してみる。
「あまり時間は取れせないよ。ただ、ここじゃちょっと話し辛いから、屋上に行こう。」
白石はちょっと強引に俺を連れ出そうとする。
俺の斜め前の席に座る、お調子者の高円寺翔が、何だかかわいそうな物を見るような目で、俺を見た。BGMに♪ドナドナドナドーナー という音楽が流れてきそうだ。
まあいい。どうせ目的地は一緒だからな。
今日の白石は何だかおかしい。普段も突っかかってくるが、今日は特別攻撃的な感じだする。何か恨まれるようなことでもしたのだろうか。覚えはないのだが。
白石はずんずんと俺を先導し、屋上にやってきた。
あの、「妹」がキスしていたまさにその場所に立っている。
偶然とはいえ、似たようなシチュエーションだ。だが、役者が違い過ぎる。正直なところ、月とスッポン、女優とお笑い芸人みたいなものだ。
「ねえ、三重野くん。」白石は切り出した。
「あなた、たくさんの女子とキスしているんでしょう?」
なんでそれを知っているんだろう。それはさておき、それで俺を攻撃する理由ももっとわからない。
「さあね。意味がよくわからないな。」俺はごまかそうとする。
「ウソつかないで。証拠はあがってるのよ。」
お前は奉行か刑事か。
「だとしたら、どうなんだい?白石には関係ないだろう。お前と何かしているわけでもないし。」
俺は半分開き直る。
すると、白石はとんでもないことを言い出した。
「だったら、私にもキスしなさい!「」「
は? 何を言っているのだこいつは。
「意味がわからないな。理由もなく、女性にキスするなんてできない。」
俺はそう返した。
「うるさい!あなたは私にキスすればいいのよ!」白石は叫び、目をつぶって唇を突き出した。ここにキスしろ、とでも言うのだろう。
俺は、希望の言葉を思い出した。がつがつしてはいけない。また、女の子がキスしろ、と言ってきても応じてはいけないんだった。
俺は、持っていたボールペンを彼女の唇に当てた。
白石は目を開け、それが俺のキスでないことに気づいて茫然としている。
「お前が何を勘違いしているのかは知らないが、俺からお前にキスすることは金輪際ないから。そういうのは、好きな相手と合意のもとでやればいい。さっさと帰れよ。」
「…私は合意しているのに。好きな相手とキスしたいのに…」何か白石がつぶやいていたが、俺には聞こえなかった。
「よく聞こえないけど、お引き取り願おう。先に行けよ。」
俺は、できるだけ事務的に言った。
「うるさいわね! 言われなくても帰るわ! 今日のこと、あなたはきっと後悔するわよ!」半分捨てセリフを吐いた。
「ああ、そうかもな。お前の話を聞いてやったことを、すでに後悔しているよ。」これは完全な本音だ。
実際、時間の無駄だし、お互いに気分を害する結果になった。ウィンウィンならぬルーズルーズの関係だといえるだろう。
俺の言葉を聞いて、今度こそ白石は去っていった。
「わからずや!バカ!」という捨て台詞を残し、おそらくウソ泣きしながら、屋上から出ていった。
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ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
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