第十七話 勝田佳那の場合



白石真弓が走り去って、俺はため息をつく。

「ふう。いったい何だったんだろうな。」


「誰でも加護をもらえるわけじゃ、ないんですね。」

突然声が響いた。


知らない女の子が立っている。 ただ、俺が待っていた相手だろう。

赤リボンをつけているから、一年生だ。


ちょっとギャルっぽい雰囲気だが、不思議と崩れた感じはない。背もそれほど高くはないが、胸は大き目だ。もちろん、香苗ほどのボリュームはないが、そこそこ形のよい双丘が並んでいる。

顔は俺の好みではないが、結構人気がありそうな子だ。綺麗なショートボブの茶髪で、ちょっとした髪飾りをアクセントにつけている。


「君が勝田佳那さんだね?」俺は確認する。


「はい、そうです。ちなみに、みんなからいつも『勝ったかな?』って耳にタコができるくらい言われているので、そのフレーズは止めてくださいね。」

なかなか面白い子だな。


俺が待ち合せていたのは彼女だ。偶然だが、屋上を指定してあったので、まあ手間はあまりかからないで済んだ。


「もちろん、からかったりしないよ。大事な妹の友達だからね。」俺は肩をすくめながら答える。


ちなみに、「大事な」、は「妹」にかかるのであって、「大事な友達」という意味ではない。ただ、それはその場ではわからないだろう。


「そうなんです。エミちゃんとは仲良しで、いつも大事にしてくれるんです!」すっかり誤解してくれたようだ。


「相談っていうのは、要するに加護がほしいんですけど、いいですか?」ストレートに聞いてきた。


俺はゆっくり答える。

「話は聞くよ。内容次第のところはあるけどね。あと、俺と何があってもノーカンだからね。ただ、結果は保証しないよ。秘密は守るから安心して。」


俺は答えた。きっと、恋の相談事なんだろう。


彼女はもじもじしていたが、そのうちに意を決したように語り始めた。


「私、好きな人がいるんです。その人は先輩で、明るく楽しい人なんです。

ちょっといい雰囲気になることもあるんですけど、何も起きないんです。彼女はいないと思うんですけど、よくわかりません。」


聞く限りでは、脈はありそうだな。でも、男のほうにも聞かないとわかっらないが。


「何とか、彼との恋を成就させたいんです。加護をお願いします。」

彼女は頭を下げた。茶髪が風に揺れる。


うーん。そういわれてもなあ。

「ちなみに、相手は誰?それがわからないと、加護も何もないよね。」

俺は答える。たとえば、うちのクラスの二大イケメンは、片方は、屋上でキスしてた彼女彼女持ちの長江優、もう一人は生徒会書記の若原瞳が絶賛アプローチ中の山口秀だ。このあたりだと厳しいと思うんだ。


勝田佳那はちょっと躊躇したが、もじもじしながら答えた。

「あの…、二年生の高円寺 翔先輩です。いつも髪型に気を遣っている人で、彼といると気分が明るくなるんです。ちょっとお調子者だけど、人を笑顔にする才能を持った、素敵な人なんです。」


おっと、うちのクラスの高円寺か。ちょっと意外だが、まあありそうではある。

さっき、俺が白石に連行されるのを、かわいそうな物を見るような目で見ていた奴だ。


「なるほど。チャンスはあると思うが、保証の限りではないな。ただ、彼女が出来たら大事にしそうだ。」俺はちょっと適当に答えた。


「そんな事までわかるんですか!ぜひご加護をお願いします!」勝田佳那は言ってきた。


俺としては、期待させすぎるわけにもいかない。


「言った通り、結果は保証しない。これから君が何をするかは、君次第だ。ただ、俺と何があってもノーカンだ。俺から言えるのは、それだけだな。」


俺はそう言うと、彼女の前に立って、彼女の瞳を見つめる。ギャルメイクは、目を大きく見せている。瞳が綺麗な茶色になっていて、髪の毛とお揃いだ。カラーコンタクトを入れているのかもしれない。


彼女は俺を見つめ返していたが、ついに意を決したように前に出ると、俺の唇に軽く触れるキスをしてきた。唇の感触はほんの一瞬だ。ついばむようなキス。彼女も、あまり実感はないだろう。


「気が済んだかな?」俺は彼女に問うてみる。


すると彼女は、もう一度俺に近づき、今度はハグしながらキスをしてきた。香苗ほどではないが、かなりの巨乳の感触がある。キスのほうは唇を合わせたまま、動かない。


五秒くらいそのままでいただろうか。佳那はゆっくり離れた。


「女の子から動いてもいいんですよね。」佳那は改めて言った。


「すべては君が思うように、やりたいようにやればいい。ちょっと予感がするんで言っておくと、実行は来週の水曜日以降のほうがいいと思うよ。」


俺は彼女に言った。来週、高円寺にそれとなく聞いてみようと思ったからだ。


「はい、そのほうが加護が大きくなるんですね。わかりました。今日は本当にありがとうございました!」

勝田佳那はぴょこんと頭を下げた。茶髪が風に揺れる。ちょっとチャーミングだな、と思った。


「グッド・ラック」俺はそう言って、彼女を見送った。



怒涛のような一週間だった。

香苗、珠江、妹、若原瞳、そして勝田佳那。五人とキスしたことになる。

ついでに、白石真弓のは断ったわけだが。


スマホを見ると、香苗からメッセージが入っていた。

「今日は来ないの?」と。


さすがに今日はもういっぱいいっぱいだ。

「今日はいろいろあって疲れたので、帰ります。珠江ちゃんとも練習してません。」

そう返した。


なんか、珠江との行動を隠すのはよくない、と思うので、疑われないように自己申告してみたのだ。

だが、珠江との時間をどう作ればいいのか。それがちょっと悩みの種になりそうだ。




土曜は、金欠ながら妹とデートした。ショッピングモールでウィンドウショッピング。そして、フードコートで妹の作ったサンドイッチを食べて帰ってきた。ちょっと遠いが、歩けない距離ではないので歩いて往復した。だから本当に一銭もかかっていない。


こんなのでも喜んでくれる、うちの妹は世界一かもしれない。

なんだか不吉な影を見たような気がしたが、きっと気のせいだ。


香苗、珠江からもメッセージが入っていた。来週の予定についてだ。俺は、珠江ちゃん次第、と答えておいた。そうしたら、月曜はランチは無しね、一人で食べて。と香苗から入ってきた。わざわざ一人で食べろとは余計なお世話だが…。


あと、月曜にHKHPの続きをする、と希望からもメッセージが入っていた。いろいろ聞きたいことがある、とのこと。おそらく、俺の噂を聞いたのだろう。道質問されても、基本的なことだけ答えて、名前は言わないという方向で考えよう。な。




月曜日。教室に入ると、いつもはつっかかってくる白石真弓が、俺と目を合わそうとしなかった。そういえば金曜日にあんなことがあったな。忘れていたが。


そこへ、白石の隣に座っている高円寺がやってきた。

「おお、金曜日は何があったんだ?」興味深々で聞いてくる。


こいつは、俺が白石にドナドナされていくのを、可哀そうなものを見るような目で見送っていたやつだ。


「いや、無理難題を押し付けられそうになったが、何とか押し返して断った。ちょっと怖かったな。」


これは事実だ。白石は何を考えていたんだろうか。俺があいつにキスなんかしようものなら、唇を噛みちぎられたことだろう。


「ふーん。それで、何かした、あるいはされたのか?」高円寺は続けて聞いてくる。こいつはどこまで知っているのだろう。


「いや、何もないよ。うん、俺は無事だ。大丈夫だ。」いちおう大丈夫だろう。


「そういえば、三重野の頭を叩くとご利益だか加護があるとかいう噂を聞いたが、本当か?」


高円寺が聞いてきたので、俺は「信じる者は救われる」と答えた。

なんだかキリストにでもなったみたいだ。


「足をすくわれる、なんて言葉も聞いたことがあるがな。まあ、やってみるか。」高円寺はそういって、俺の頭をぽんと叩いた。


「何か、お告げでもないのか?」こいつ、結構図々しいな。まあいいや。利用してやれ。


「ちょっと待て…。。何か浮かんできた。茶髪、後輩、巨乳。なんだこりゃ?」

俺は適当なことを言ってみる。


「お、何だそれ?もしかしてラッキーアイテムかな?」

いや、どうみての人物だろう。


「わからないが、茶髪で巨乳の後輩でもいたら、カラオケにでも誘ってみろよ。ラッキーなことがあるかもしれない。保証はしないけどな。」


高円寺は目を伏せて何か考えているようだったが、そのうち、何か思いついたように、「おお、やってみるわ。」と言った。


「何か心あたっりあるのか?」俺は一応聞いてみた。

「ん、ちょっとな。」高円寺はそういって、自分の席に戻ると、スマホをいじりだした。


まあ、楽しんでくれ。


その後、勝田佳那より、「水曜日、高円寺先輩と二人でカラオケに行くことになりました。頑張りますので応援してください。」とメッセージが入った。


俺は、「頑張れ」というスタンプを送った。

あとは、二人の問題だ。


イルカの加護があるのかないのか。俺にはわからない。

だが、信じる者が救われてほしい、と俺は思う。


これは、勝田佳那が妹の友達だからではない。

一人の恋する乙女を応援したい、と思うからだ。


…なんて、柄にもないことを考えてみた。


今までは他人の色恋沙汰には興味がなかった。

まさか、自分がこんな気持ちになるとは思ってもみなかった。


…いや、他人のことだけではない。

自分の色恋沙汰ですら全く存在しないのが、ちょっと寂しいくらいだ。


だが、例の屋上キス目撃事件で、なんだか自分に対して、もどかしさやら悔しさやらを感じたことが、今のHKHPにつながっているのだから、不思議なものだ。


色恋沙汰はないが、男女間の友情が生まれたのかもしれない。


結果として、香苗と珠江、校内の二大美女とほぼ自由にキスできる、という特権を手に入れたことになる。これで文句を言えば、絶対にばちが当たるだろう。あと、希望も含めた3人とランチしたりもできているし。


学内のキューピッドにはなれそうにないが、拝んでもらう縁結びの神様の役割を果たしてもいいかもしれない。イルカとともに。




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ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。

次回は、怒涛の昼休みです。



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