第十三話 二人目のキス
翌日、俺は平穏な気持ちで登校した。意外なことに、昨日のキスについてはあまり思い出していない。
キスは挨拶だ、と思えばそれでいいんだろう。
ファーストキスの相手とはロマンチックな、とかなんとかは夢見る少女に任せておけばいい。あ、俺とのキスはノーカンなんだから、ただの練習ともいえるんだが。
予定通り、今日のランチは黒髪ロングのクールビューティ、巨乳の生徒会副会長にして俺のファーストキス、あるいは最初のキス練習の相手である高橋香苗が用意してくれたサンドイッチだ。
ベーコンやレタス、トマトが挟まっているし、パンは焼いてある。いわゆる
クラブハウスサンドイッチ」というのに近いのかな。でもクラブハウスサンドってどういう意味なんだろう。BLTっていうのは、ベーコン、レタス、トマトの略だといわれるとなるほど、と思うんだけど。
今日はサンドイッチだとわかっていたので、俺の水筒にはコーヒーが入っている。紙コップを持ってきて、香苗におすそ分けした。 そうしたら、なぜかアイドル級美少女の希望と、スポーツ少女の珠江、二人とも不満そうな顔をしていた。 コメの飯とコーヒーは一緒にするのは合わないだろうにね。
希望、珠江の二人から今日もお供えのおかずをもらった。
こういうのも、多分二人のファンからすれば垂涎の的なんだろうな。
「今日も少し生徒会室で手伝ってくれるかな?」
香苗が言ってきた。まあ、実際は手伝うというよりは俺のキスの練習のほうがメインになるだろうけど。
「わかったよ。サンドイッチの御恩もあるしね。」何となくおどけて答える。
「え、私の分は恩はないわけ?」希望が突っ込む。
「もちろん、大きな恩義を感じているよ。このランチ会に誘ってくれたのも希望ちゃんだしね。」
「わかればよろしい。」希望はえっへん、と胸を張った。
「香苗、そんなに仕事あるの?」希望が聞いてきた。
「まあね。文化祭前だから、結構みんな手分けしているのよ。体育館でのイベント、教室での展示、会計周りとかいろいろあってね。」
香苗は深刻そうに答えた。
「うーん、手伝ってあげたいけど、今日は美容院予約してるんだ。ごめんね。」希望はすまなそうに言った。
「もちろん構わないわよ。べつに希望に手伝ってもらっても、かえって手間が増えそうだし。」
香苗も笑顔で答える。
「ひど~い」そういって四人で笑った。
ついでにいえば、誰も珠江には聞かない。陸上少女は練習がある。これは暗黙の了解だからだ。聞く必要もないし、それで珠江にうしろめたさを与えることもない。
というわけで、放課後、歯を磨いてブレスケアを口に吹いて、生徒会室にやってきた。
会長の山口が手をあげて合図する。
「連日すまないね。僕と若原さんは、体育館のイベントの打合せがあってね。」
まあそれも面倒だろう。バンドやら演劇やら、順番一つとっても揉めそうな連中がそろっている。
「会長、行きましょう。」書記の若原瞳が山口を促す。 会長も、言葉に従い立ち上がった。
「じゃあ、あとはよろしく。」山口はそういって生徒会室を出ていく。若原瞳は、意味ありげな視線を香苗と俺に向けたあと、「いろいろお願いします。」と言って出ていった。
いろいろとは何だろう。まあいいや。
二人が出てすぐ、香苗が言う。
「忘れ物とかで戻ってこないか、ちょっと様子を見ましょう。それまでは、仕事手伝ってね。」
香苗がそう言って、ファイルを取り出した。
「これが、各クラスの申込書。パソコンのリストがこれ。合っているか、抜けや漏れがないか、確認してくれるかな?」
やっぱり作業があるんだ。
俺はファイルとリストを比べながら、間違いをチェックする。
「間違いがあったら、赤ペンで書いておいて。あとでパソコンで直しておくから。」
俺みたいなアナログ人間からすれば、そのほうがいい。俺にパソコンを使わせるのは間違っていると思うんだ。
「終わったよ。次は?」俺は香苗に声をかける。
「じゃあ、昨日の練習の続きをしましょう。」香苗が顔色を変えずに答える。
「ハルくん、壁のところに立っていて。
香苗の指示に応じて、壁際に立つ。
「キスされる練習だから、動かないでね。」
香苗はそういって、俺に近づいてきた。
と思うと、突然電光石火の早業で俺に軽くキスをしてきた。
唇がちょっとふれたかどうか、くらいですぐに離れる。
「こういう不意打ちもあるからね。次は、もっとゆっくりしたものね。倒れないようにね。」
香苗はそう言うと、俺にしなれかかってきた。唇が合わさる。柔らかい感触がする。と思うと、香苗は体重をかけてくる。大きな胸が密着する。ドキドキして、ちょっとまずいことになりそうだ。
と思うと、突然香苗が舌を入れてきた。俺はさすがに驚いた。そういうキスがあるらしい、ということは聞いたことがあるが、実際に体験するとは思わなかった。
俺が胸の感触と舌の感触を味わっていると、突然、生徒会室のドアが開いた。
そこに茫然と立っていたのは、着替えていない、制服姿のままのスポーツ少女の珠江だった。
それに気づいて、香苗は俺から離れた。
「あら珠江、そうしたの。何か用事あるのかな?」
平然と告げる。
珠江は真っ赤になり、無言で生徒会室から走り出ていった。
「ハルくん、追いかけて。」香苗が言う。
「え…」俺はなんといったらいいのかわからない。言い訳するにしてもどうしよう。
「こういう時には、男の子は追いかけるものよ。それに、チャンスよ。珠江とキスして来なさい。」
なんという命令だろう。さすがは女王様だ。
とりあえず、指示に従って珠江の出ていった方向を見る。当然、もう姿は見えない。
インターハイ代表の逃げ足にかなうはずがないのだ。
だが、あきらめたらそこで試合終了だ。成果なしで戻れば、香苗に怒られそうだ。俺は、珠江を探して校内を回っていった。
珠江は、なぜか屋上に上る階段の下で泣いていた。
「珠江ちゃん、ちょっと話があるんだけど。」俺は珠江の前まで行ってから声をかけた。
目に涙を溜めながら、珠江はうなずいた。
俺は、珠江を屋上に連れて行った。
ここは、俺のホームグラウンドだ。
以前はボッチ飯を食っていたところ。
そして、「みんなの妹」原中理恵と、ちょい悪イケメンの長江優がキスしていた場所でもある。
俺は珠江に声をかけた。
「珠江ちゃん、スポーツで練習は大事だよね。」
珠江はド惑いながらも黙ってうなずいた。
「俺と香苗は練習してたんだ。」
俺は言い切る。
珠江は戸惑った顔で言ってきた。
「ハルくんと香苗は付きあってるの?恋人どうしなの?」
俺は大きく首を横に振る。
「いや、全く違う。ただの友達だ。珠江ちゃんと同じだよ。」
「じゃあ、どうしてあんなことしてたの?」
珠江は目に涙をためながらも突っ込んでくる。
「練習してたのさ。香苗は俺の練習に付きあってくれていただけ。」
「なんの練習なの?あり得ないでしょう?」 珠江は信じない。
「だから、キスされる練習。」
香苗は、驚きで涙も止まってしまったようだ。
「何それ?」
そこで俺は、希望がHKHPを計画したこと、そしてその実戦練習として、香苗が、俺に対して「キスされる練習」の稽古をつけてくれていることなど、いろいろ話した。
珠江は、理解が追いつかないようだった。
「キスの練習? だったら、香苗とハルくんは、友達としてキスの練習をしていたっていうこと?」
俺はうなずいた。「その通りだよ。欧米じゃ、キスは挨拶だもの。」
実際、挨拶で舌を入れるキスをするのかどうかは知らないが、それは言わない。
「だから、香苗ちゃんからキスしてきたんだよ。体重掛けてきてたでしょ?」
俺は、香苗の巨乳のボリュームの感触を思いだしていた。
あれは、健康な男の子にとっては、ちょっとまずいくらい破壊力がある。
珠江はしばらく考え込んでいたが、不意に立ち上がり、俺と向き合う。
「ねえハルくん、練習は本番じゃないから、記録としてはノーカンなんだよね?」
「まあ、そうだな。」
「練習は、多いほうがいいよね。」
「まあ、そうだな。」
「練習相手も、多いほうがいいよね?」」
「まあ、そうかもな。」
俺がそう言った瞬間、珠江が俺に飛びついてきて、キスをしてきた。
いきなり歯が当たり、衝撃で俺たちは離れた。
「うううう…」また涙目の珠江。
「まあ、こんなこともあるさ。練習だもの。もう一度、練習に付きあってくれるかな?」俺はそういうと、香苗をまっすぐ見つめた。
「うん…」珠江はそういうと、今度はゆっくり俺にキスしてきた。柔らかい唇の感触。だが、香苗のものよりちょっと硬い。これは外気にさらされているからかな?とか思ったりもした。ちょっと震えているが、体は預けてこない。
全体的に控え目な感じだ。今日の香苗のような攻撃的なものではなく、
3秒ほどで、珠江は俺から離れた。
顔が真っ赤になっている。大丈夫かな? 俺はもう完全に日常となった感じだ。挨拶と同じかな。今日一日を元気で過ごすためのおまじない、みたいなものかな。
3秒ほどで、珠江は俺から離れた。
「ハルくん、質問。」珠江は突然俺に聞いてくる。
「香苗とはどれくらい練習しているの?」
「きのうから始めたところだから、まだ二日だよ。」
俺は正直に答えた。
「じゃあ、ノゾミとは? 他の人とは?」
畳みかけるように聞いてくる。
「いや、他には誰も。」やはり正直に答える。
「じゃあ、明日は私だけが相手になるわ。香苗と同じ回数以上になるように調整してね。」
「もちろんいいけど、何で珠江ちゃんがそこまでするの?」
俺は戸惑いながら尋ねる。
「何言ってるの。友達でしょう。それに、ハルくんは、私に大きな恩をくれた。私は恩返しがしたいの。」
過去一回しか会話がないはずなのに、何が恩なんだろう。俺には理解できない。だが、練習相手は多いほうがいい。
「じゃあ、お願いするよ。今日は陸上の練習は休みなのかな?明日はどうなの?」
「それなんだけど。」珠江はいう。
「今日はちょっと体調が悪いので練習見送ったの。明日の朝練も見送るつもり。だから、明日の朝、校舎裏に来てくれる? そうね。7時45分に来られる?
俺の家は近所なので、それくらいは問題ない。それに、明日は珠江の弁当の順番だから、受け取るの何となく理由が付く。 あとは、朝食の時間だけだ。まあこれは、妹と調整が付けばいい。というか、俺が作ればいいのかな?
いや、それだと笑美の分も作っておかないといけないが、自信は無いな。
まあ、最悪、何も食べずに伝言だけ残してもいいだろう。
家を七時半に出れば楽勝で間に合う。
何とかなるだろう。
「じゃあ、明日もよろしくお願いします。練習の件は、一応香苗には伝えておくよ。」
珠江はちょっとほほを染めながらうなずいた。こういうところがキュートなんだよな、スポーツ少女は。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
希望の出番はまだ先です。
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