第十四話 意外
珠江と別れたのち、俺は生徒会室に戻った。
黒髪ロングの生徒会副会長の香苗が作業を続けていた。
相変わらずのクールビューティだ。
ついでに言えば、俺のファーストキス相手、じゃなかった最初のキス練習相手でもある。
「どうだった?」香苗が聞いてきた。
「正直に話したよ。」俺は答えた。
「それで?」当然、それで終わるわけがない。香苗が聞いてくる。
「最終的に、練習相手第二号になってくれることになったよ。」
俺は答えた。そして付け加えた。
「最初の練習もしてきた。」
「…そう。」香苗は顔色を変えずに答えた。そして、後ろを向いた。
何か気になることでもあったんだろうか。
「それに、珠江から言われたんだ。香苗と同じだけ練習相手になりたいって。だから、あしたは珠江に協力してもらうよ。それでお互い二日ずつだよね。」
「…そうね。」」香苗は答えた。後ろを向いているので表情は読めない。
と思うと、香苗がうつむきながら俺のところにやってきた。
「ねえ、ハルくん。」
香苗がいう。
「同じ日数ならいいのよね?」
何を言いたいのかよくわからない。
「まあそうだよね。それ以上は勘定するの難しいし。」
「じゃあ、続きね。」
香苗はそういうと、また俺に体重を預けながら濃厚なキスをしてきた。
唇どうしがぴったり合わさったかと思うと、向きが変わる。そして、香苗の舌が口に入ってくる。さっきは俺も驚いたが、今度は予想していた。
俺も舌を出し、香苗の舌に絡める。二人の唾液がまじりあう。香苗の豊満な胸が俺の胸に当たってつぶれる。ブラウス、ワイシャツを隔てていてもすごいボリュームだ。
お互いの唾液を交換し、舌や歯の裏の味まで確かめてから、香苗は俺から離れた。
そして見つめあう。
「次の相手は、練習じゃないわ。本番よ。しっかり練習しときなさいね。」
香苗はほほえんだ。
「え?誰?」まるで香苗がHKHP(ハルくんキス放題プロジェクト)のプロデューサーみたいだ。
「それは、もうすぐわかるわよ。それまでのお楽しみね。とりあえず、明日は生徒会室には来なくていいわよ。ちゃんと珠江と練習しておきなさい。」
そう言われると、これ以上は聞けない。ちなみに、明日は来なくていいということは、明後日は来い、ということなんだろうか。
まあ、練習もしたいので、俺としては構わない、というか来たいわけだが。
家に戻ると、ほどなく妹の笑美(えみ)が帰ってきた。
両親はまだだ。
「お帰り。」
俺は玄関まで出迎える。
「ただいま、お兄ちゃん。」いつものように妹が答える。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんに触るとイルカの加護があるの?」
妹が聞いてきた。
「どうなんだろうねえ。そういう人もいるよ。でも、そんな話、どこで聞いたの?」
気になって俺は尋ねた。
「クラスの友達からよ。お兄ちゃんに触ると願いがかなうらしいって。本当かどうか聞いてきてッてって。」
一年にまでそんな噂が広まり始めているのか。
「まあ、そういうことを言う人もいる。ご利益があった人もいるらしいよ。」
俺は言葉をにごして答えた。これは陸上少女の珠江のことだが、一応プライバシーには配慮しておこう。
「ちなみに、どうすればいいの?どこにどう触れればいいの?」
妹が聞いてくる。
こいつはわかって聞いているのか。それとも知らないできいているのだろうか。
ちょっとうかつには答えにくい質問だ。
俺は無難に答えることにした。
「たとえば、頭をぽんぽんと叩くとか。ほら、俺がお前に昔からよくやっているだろう。あんな感じだよ。」
「ほかには?」妹の追及が続く。知っていそうだが、俺からは言わないことにしよう。
「まあいろいろだよ。人によって違う。」
何となくごまかしてみた。
「たとえばキス?」妹が単刀直入に聞いてきた。
「さあね。」俺はごまかそうとしたが、妹にはバレバレにようだ。
「ふーん、そうなんだ。お兄ちゃん、キスしたの?」
「ノーコメント。」
「答えられないってことはイエスよね。じゃあ、質問を変えるわ。加護があった人とはキスしたの?」
俺が想定しているのは珠江だ。事後にキスしているが、あれは対象になるんだろうか?」
「答えてお兄ちゃん。これは、大事な質問なの。加護をもらった人とは、キスしたの?」
一応珠江のプライバシーもあるし、ごまかそう。
「さあね。」
「お兄ちゃん、キスしたのはその人ひとりだけ?」
「さあね。」
妹の顔が、みるみるうちに曇っていく。
「そんなに沢山の人とキスしてるの? お兄ちゃんひどい! せっかくカッコ良くなったと思ったら、いきなり女の敵になっちゃったの?」
妹の目には涙がたまっている。
「ちょっと待て、一旦落ち着こうか。」
俺はあわてて妹をとりなした。
「何泣いてんだよ。大丈夫だから。」そう言って、妹の頭をぽんぽんと叩く。
泣いている妹をこうやって慰めるのにも、もう慣れ切っているのだ。
「お兄ちゃんが誰彼かまわずキスを迫る変態男になっちゃんたんだから、悲しいの…」
笑美が、笑顔が似合う妹が、泣いている。
俺は、仕方なく少し実態を説明することにした。
「笑美、一応言っておくよ。俺がキスを迫ったことは一度も無い。」
妹の目を見ながら言うと、彼女も聞いてくる。
「じゃあ、どうしてキスできたの?キスって男からするものでしょう?」
「そんな事はないんだよ。女の子からキスされただけだ。俺は受け身だよ。」
うん、だから俺は悪くない。
「女の子からキスしてきたんだから。それに、俺とのキスはノーカンだから。」
「ノーカン?」妹の涙で濡れた目に疑問符が浮かぶ・
「うん、ノーカン。あいさつとか、練習みたいなものだよ。欧米ではキスってあいさつだよね。そんな感じ。」
「女の子にとって、ファーストキスってものすごく大事なものなのよ。それを安易にもらっちゃっていいの?それとも相手は百戦錬磨なの?」
あまり説明すると、誰だか特定されそうだ。
この辺でごまかそう。
「だから、俺とのキスはノーカンなの。ただの挨拶。一生のうち、おはようって誰に最初に言ったか、なんて誰も気にしないよね。」
妹は少し考えこんでいた。
「ねえ、バック・トゥ・ザ:フューチャーって映画、お兄ちゃんは見た?」
突然妹が聞いてきた。
確か、テレビで見たことがあるような。あまり覚えてないないな。
「あの、雷でタイムトラベルするやつだっけ?」
うろ覚えだけど聞いてみる。
「そうよ。主人公のマーティが、過去へ飛んで、若いころのお母さんに惚れられてしまうの。」
そんなストーリーだっけ?
「それでね。マーティを好きになった母親が、マーティにキスをして言ったのよ。弟にキスしてるみたいって。」
だから何なんだ? 昔の映画の話が何で出てくるんだろう?
と、俺が首をひねっていると、妹が言う。
「だからね。」
刹那、妹が突然俺に飛びついて唇にキスしてきた。感触はしっかりあったが、すぐに離れた。
「きょうだいでキスしてもいいのよ。挨拶なんだからね!」
そういって、妹はにっこり笑った。さっきの涙はどこへ行ったんだろう。
「お兄ちゃんの言うとおりだったね。女の子からキスしてもいいし、お兄ちゃんは受け身でしかなかった。 お兄ちゃんがウソをついてなくて、私はとっても嬉しいよ。」
俺はとってもびっくりしたんだが。
「これくらいならノーカンでもいいよ。ちなみに、私の友達が、お兄ちゃんに会いたいって言ってるんだけど、いいかな?」
…まあ、妹の頼みなら、断る理由はない。何をするにしても、ね。
「もちろんいいよ。お前の頼みなら、いつだって。あいまい弁当だってもらってるしな。」
俺は答えた。
「あいまい?何が?」彼女は理解できていなかった。
「愛する妹で愛妹弁当だよ。週に二回、妹の愛を感じることができる日さ。桜でんぶのハートは、ちょっと恥ずかしいけどね。」
俺はそう言って、ちょっと笑った。
「じゃあ、着替えてくるね。これからは、ただいまのキスがあると思ってね。」妹はそう言って、鞄を持って自分の部屋に向かった。
はからずも三人目。でも、たぶん、香苗が言っていた相手は妹ではないだろう。
今度は誰かな。ちょっとわくわくしてくるな。
HKHP、おら、わくわくしてきたぞ!
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