第10話 珠江の思い出

俺は、倉沢珠江と同じクラスになったことは過去ない。

もともと違う小学校だったし。


中学生でも、俺はぼっちだった。

部活もやっていなくて、いわゆる帰宅部だった。


そうは言っても暇なので、放課後、校内をうろうろすることがあった。


あれは中学二年の時だ。

俺は、その週、毎日一時間くらい、屋外で陸上部の練習を眺めていた。


その時、一人だけすごく目立つ子がいた。

綺麗なフォームで、颯爽と走る姿は、他のメンバーとは一線を画していたと言える。


走っている姿が、とても綺麗だった。それが倉沢珠江だった。まあ、名前は知らなかったんだが。


毎日見ていたら、四日目くらいの休憩のとき、倉沢珠江が俺のところへやってきた。まあ、水を飲んだ後だったんだが。


「毎日見てるのね。あなたも走る?」 彼女は、走ることが自然のことであるかのように、俺に聞いてきた。


正直、俺は見ているだけだったので、そのまま見ているだけだ、と言った。


そして、珠江のフォームをほめたと思う。


だがしかし。

俺は、文字通り厨二だった。ただほめるだけじゃつまらないと思い、俺は彼女に説教じみたことを言った。単なる受け売りみたいなものだし、大した話じゃない。彼女もそれをわかってたみたいだ。


なぜか彼女は自分で名乗り、俺の名前を聞いてきた。俺は、適当にごまかして逃げたと思う。


倉沢珠江とのかかわりは、それだけだ。彼女は、そのちょっと後の大会で新記録を出し、県大会で優勝し、全校集会のときに表彰されていた。 


俺は、あのときの適当なコメントが恥ずかしくなった。何者でもない俺が、才能あふれる彼女に偉そうなことを言ったのだから。


あの時、名乗らないでよかった。俺は本心からそう思った。


倉沢珠江とは、その後話すことはなかった。彼女はスポーツ推薦でこの高校に来た。俺のようにまぐれで入ったわけじゃない。

まあ、同じクラスになるとは思わなかったが。


ちなみに、彼女は今でも陸上部のエースであり、インターハイにも出場している。それに、外見もとても美しくなり、三大美女の一角を占めているわけだ。


男子生徒からだけでなく、女子からも人気がある。バレンタインでもらったチョコの数は、おそらく二大イケメンと競るくらいではないかと噂されている。だが、まだ特定の彼氏も彼女?もいないようだ。



Side 珠江


三重野晴くん。わたしが彼の名前を知ったのは、高校二年で同じクラスになってからだ。

だけど、彼と話した中学二年のあの日、私は変わった。彼は、私の恩人でもある。


わたしは陸上部で練習していた。あの頃、なぜかタイムが伸び悩んでいた。自己ベストをはるかに下回るタイムしか出せt内。


何が悪いのか、自分ではわからない。体育の先生が顧問だけど、ちゃんとしたコーチがいたわけではないので、方向性が見えず、悶々としながら練習をしていた。


そのとき、毎日練習を見に来ている男子がいた。いつの間にかやってきて、いつの間にか消えている。不思議な人だった。


ある日、休憩で水を飲みに行ったところで、彼に近づいて声をかけてみた。

「毎日来てるね。あなたも一緒に走る?」そんな言い方をしたと思う。


彼は首を横に振り、静かに言った。「いや、見ているだけでいいんだ。」


不思議だった。彼の静かな声を聞くと、妙に安心した。見ている、といってもエッチな目で見ているわけではなくて、文字通り、見ている、というのがふさわしい感じだった。」


「綺麗だな、と思った。」

彼は言った。わたしは、自分のことを言われたので、ちょっと恥ずかしかった。当時も、結構綺麗だ、とか可愛いとか言われてはいたけど、面と向かって、何の照れももなく言われたのは初めてだった。


だが、彼の言葉は違った。


「綺麗な走りだな。まるで鹿みたいだ。」

綺麗なのは顔じゃなくてフォームだった。でも、やっぱり嬉しかった。


でも、その後の彼の言葉は、ほめるものではなかった。


「動物園の鹿みたいだな。優雅だ。だけど、それだけだ。敵がいないで食事に困らない、のんびりした、怠惰な鹿だな。」


わたしは固まった。これは批判だったんだ。


「え…」わたしはどう反応していいかわからなくなった。

その時、彼はこんなことを言った。一言一句覚えているわけじゃないけど、中身は本当に印象的だった。


「ガゼルって知ってるか? アフリカのサバンナにいる鹿だ。」

彼はわたしに聞いてきた。


「聞いたことはあるよ。日本の鹿とどう違うのかはわからないけど。」

わたしは答える。


「ガゼルは、アフリカのサバンナで夜明けとともに目覚める。今日も一日、生き抜かなければならない。ライオンに襲われたら、逃げなければならない。一番早く走るライオンよりも早く走らなければ、捕まって死ぬ。」


突然そんな話を始めた彼を、わたしは茫然と眺めていた。


「ライオンも、朝目覚める。 今日も一日生き延びなければならない。ガゼルに出会ったとき、一番足の遅いガゼルよりも早く走らなければ、そのうち飢えて死ぬ。」


彼は続けた。


「お前がガゼルでもライオンでもいい。ただ、ガゼルもライオンも、文字通り、命をかけて走らなければならないんだ。」


その言葉は、わたしに衝撃を与えた。

わたしは本当に必死で走っていたのだろうか? やっぱり、動物園の鹿だったのかもしれない、と。


わたしは、彼に言った。

「私は、倉沢珠江。あなたは?」


意外な答えが返ってきた。


「名乗るほどの者じゃないよ。じゃあ、練習頑張ってくれ。」


そう言うと、彼は去っていった。

休憩が終わり、私は練習を再開した。


その日は、なんだかもやもやした気持ちが止まらなかった。


だけど、翌日以降、わたしは変わった。

走るとき、自分が追いかけられる立場か、あるいは追いかける立場かを考えるようになったのだ。

一人のときは、だいたい鹿になったつもりで、ライオンに食べられないように走る。


大会のときは、ライオンになったつもりで、自分の前に走る鹿に追いつこうとイメージするようになった。


走るメンバーによっては、自分が鹿であると思ったほうがいいときもある。他のライバルに追いつかれたら、わたしは食べらえr?死んでしまう。追いつかれないために、生き延びるために走る。そんなイメージを抱くこともある。


不思議なくらい、記録がよくなった。もう限界か、と思っていたあの頃はなんだったのか、と感じるくらいだ。


スポーツはイメージで決まる、と言う人がいる。それまでは意味がわからなかったけれど、今では完全に同意だ。


生き延びるために走る。そういうイメージで走る。

それを教えてくれた彼は、私の恩人なのだ。


だけど、彼にお礼を言う日は訪れなかった。


その日から、彼は練習を見にこなくなった。

学校で見ることもずっとなくて、もしかしたら、彼と会ったのは単なる白昼夢だったのかと思うことすらあった。


だけど。そう感じると、不思議なことに、その直後に校内で彼を見かけるのだ。

彼は実在するんだ。目の錯覚でも白日夢でもないんだ。そう思う。


だけど、彼の名前はわからずじまいだった。



そんな彼の名前を知ったのは、高校二年になってからだった。

三重野晴くん。それが彼の名前だ。クラスメイトだから、名前は覚えた。


だけど、今さらお礼を言うのも、なんか恥ずかしいし、変だ。

きっと、彼は覚えてもいないだろう。そんな気がしていた。


それに、彼に声をかけようか、と思うときに限って、前の席の白石真弓さんと話している。

まるで、彼女が三重野くんをガードしているみたいだ。


でも、二人が付きあっている、というような雰囲気はまるでない。

少なくとも、晴くんは迷惑がっているようにすら見える。


だったら、いつかお礼を言うチャンスもあるだろう。


…そう思っているうちに時は進んだ。引っ込み思案のわたしは、何もできなかった。


そんなある日、突然、希望(のぞみ)ちゃんが、お昼に彼を連れてくる、というメッセージを送ってきた。当然、わたしはびっくりした。


あの二人、何の係わりがあるんだろう>と。


希望は「彼氏も、好きな人もいない」と明言している。だから希望の彼氏ではないことは確かだ。



じゃあなぜ? ここは疑問だったけど、あまり気にしなくてもよいのかもしれない。


というわけで、ランチの時間になった。


いろいろ驚くことが多かったあ。

彼のお弁当は、ハートで彩られていた。彼女がいるのかな、と思ったら、なぜか「不戦敗」という単語が頭をよぎった。それどころか口に出してしまった。まあ、彼には聞かれていないと思うけど。


ラブラブ弁当を作ったのは妹さんが作ったという。あの、一年で一番かわいいと有名な、バド部のエミちゃんが妹だという。


そのせいか、彼は自然に人が赤面するようなことを言う。これも、変わっていない。。

わたしは、すっかり彼のペースいはまっていた。


と思うと、希望が彼のお弁当を持ってくる、と言い足した。驚いて固まりかけたが、さらに驚くことに、香苗までお弁当を持ってくる、というのだ。


希望の気まぐれはよくあることなので、まだ理解できる。でも、なぜ香苗が? こればかりは全然理解できなかった。


ただ、一つだけわかったことは、この二人は、晴くんと仲良くしたいのだ、ということだ。

お弁当で気を引く、というのは女子の手口だけど、べつにこの二人はそんなことをしなくても男子からモテモテだ。まあ、私の場合は女子からも、だけどね。


この二人が、晴くんに固執する意味がわからない。でも、一つわかることがある。わたしも、この二人に遅れをとってはいけない、ということだ。


わたしは、恩人に恩返しをしたい。この二人のような気まぐれではなく、真面目な気持ちだ。


別に彼と付きあいたいわけではない。恩返しをしたいだけだ。いまの私があるのは、彼のおかげなのだから。




=======

ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。


スポーツ少女の珠江ちゃんは、単純で純情です。

男の子と付きあう、なんて恥ずかしくてできません。





三人の思い出、順番に入れました。ちょっと冗長でしたか?

でもストーリー説明的にはこのほうがよいかと思いました。


よろしければ★、ハート、フローなどお願いします。作者に対してすごいモチベーションになります。
















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