第9話 香苗の思い出
黒髪ロングのクールビューティー、生徒会副会長の高橋香苗は、俺の小学校二年のときのクラスメイトだ。
それ以来、今年まで一緒のクラスになったことはない。
だが、彼女はずっと目立っていた。成績もいいし、先生の覚えもめでたい。当然この学校にも余裕で入学し、いまでもトップクラスの成績を誇っている。
まぐれで入学した俺とはえらい違いだ。
まあ、俺は入ってしまったせいで、成績が悪くて苦労しているんだけど。
高橋香苗は、小学校二年のときのクラスメイトだ。
あの当時からはきはきしていて、いろいろなことを率先してやる、優等生だった。今も変わらないなあ。
変わったとするならば、彼女の外見だ。どんどん美しくなり、学年三大美女の一角になってしまった。
生徒会副会長、ということで人望もあるし責任感も強い。
非の打ちどころが見当たらない。しいて言えば、ちょっと冷たくて怖い感じがすることもある。だが、それを「ご褒美」と感じる連中もいるので、世の中はよくわからない。
香苗との思い出は、小学校二年生のある日のことだ。
あの日は、近所の山の上にある公園に遠足に行った。
小学生なので、基本的に班行動だった。
うちのクラスはその時31人だった。
そう。1人余る。当然、それは俺だった。
5人の班が6つ作られた。そして、第六班だけ6人になった。
帰りの時間が近づき、集合時間前にトイレに行っておくことにした俺は、班長の高橋香苗に声をかけた。
「ちょっと、トイレ行ってくる。」
「わかった。もう時間だから、早くもどってきてね。」
こんな会話だったと思う。
彼女に言ってあるから大丈夫だろう、と思い、ゆっくりと集合場所に向かった俺だったが、すぐに青ざめた。
集合場所には、誰もいなかったのだ。
慌ててあちこち見回すと、遠くにある公園の出口のところを、みんなが歩いている。
俺はおいて行かれたのだ。
いくら目立たないと言っても、ひどい話じゃないから。
俺は慌てて出口まで走り出した。
そして、何とか追いついた。
明らかに待っていてくれたのだ。
そこに居たのは、中年の太ったおばさんで俺に対してなぜか当たりのきつい担任教師、間山順子先生だった。
彼女は俺が嫌いなようだ。理由は知らない。家庭の問題だったのかな。
だが、よく目のかたきにされる。
その日もそうだった。
俺が追いつくと、間山先生に怒られた。
「三重野くん、また女の子を泣かせて!何やってるの?」
泣かせた覚えはない。泣きたいのはむしろこっちなのだが。
だが、その場で高橋香苗が泣いていた。たぶん、俺がいないのに出発してしまった罪の意識だろう。
ただ、間山ババア(もう、これでいいよな)の中では、点呼のあとで俺が抜け出して集団行動を乱した、その結果高橋香苗が泣いた、ということになっているようだ。
俺は反論を試みたが、当然、ババアは聞く耳を持たなかった。
俺は、集団行動を乱したこと、女の子を泣かせたことでひたすら怒られた。、
まったく、あのババア、ろくなことしなかった、
今になって考えてみると、ちゃんと全員がいることを確認しなかったあのババアがすべて悪いんじゃないの?
俺は、言ってみれば被害者だよ。 いや、ほんとそう思う。
Side 高橋香苗
三重野晴(みえの はる)くんは目立たない子どもだった。
小学校二年生のとき、同じクラスになった。私は、クラスの子の顔と名前を覚えようと思ったが、彼の名前を覚えたのは最後だった。
だいたい、なぜか、彼は視線に入らない。
入っても、なぜか、気づかれない。
なので、私も彼の名前と顔を一致させるのに苦労したものだ。
そして、彼は私、高橋香苗に大きな忘れ物を残してしまった。
小学校二年の遠足で、私は彼と同じ班になった。
クラスが31人だったため、5人の班が5つ、6人の班が1つできた。私は第六班、六人の班の班長さnだった。
遠足の集合時間の前に、ハルくんがトイレに行く、と私に告げたうえでトイレに行った。
それ自体は何も問題ない。
ただ、集合時間が近づいていた。
集合場所で、太った中年のおばさん先生、間山順子先生は、皆に言った。
「班長さん、5人いますか?」
「5人います。」「5人います。」
「5人います。」
「5人います。」
「5人います。」
私の蕃になって、私も同じように「5人います。」と要った。
私は、そのあとこう要った。「でも、班は六人で、一人まだ来ていません。」
ただ、私の小さい声は、間山先生には届かなかったようだ。
はい、全員揃いましたね。じゃあ出発しましょう。」
私は驚いた。
先生は、うちの班が六人であることを知っているはずだ。なんといっても、「じゃあ、かなえちゃんの班は六人ね。かなえちゃんはしっかりしているから大丈夫よね。」
と先生自らが私に言ったのだ。
結局、当の先生が、六人であることを忘れてしまっていた。
私は、先生に「まだ来ていません」と伝えたが、先生には聞こえないようだった。先生は出口に向かってずんずん歩き出す。
私は、ハルくんをおいて行ってしまう罪の意識で、泣きだしてしまった。
公園の出口のところで、泣きながらうずくまった。
さすがに、こうすれば先生も止まるだろうと思ったのだ。
思惑通り、先生も立ち止まり、どうしたの?と聞いてくれた。
「みえの、はるくんが、いません。」
私はつっかえつっかえ、泣きながら訴えた。
これで、先生も、数え忘れたことに気が付いてくれるだろう。
ところが、先生の反応は違った。
「集合したあとに、消えたの?どこをうろついているのよ、あの子は。
いつも集団行動ができないんだから、本当に情けない子ね。」
それは間違いだ。ハルくんは、私にちゃんと言ったし、人数確認を間違えたのは先生だ。
でも、先生の頭の中では、ハルくんが点呼のときにはちゃんといて、そのあとで抜けt出した、というストーリーに変換されていた。
でも、さすがに先生も、彼をおいていくことはせず、その場に止まって、彼を探すことにした。
彼は、ほどなくやってきた。集合場所から私たちを見つけて、走ってきたのだ。
私はその間、ずっと泣いていた。
彼が合流したとき、先生は彼を怒った。
集合に遅れたこと、女の子を泣かせたことで怒っていた。
本当は、点呼を確認しなかった先生と、それを大きな声で指摘できなかった班長の私のせいなのだが。
ハルくんは、こっぴどく怒られた。
そして、私は泣きながら歩いた。自分が情けなくてしかたなかったのだ。
歩いている途中でハルくんは、私の頭をぽんぽんと叩いて、「大丈夫、大丈夫」と言ってくれた。
「遅れてごめんね。」とハルくんは私に謝ってくれた。
「わたしが、いけないの。」と私は泣きながら訴えたが、「かなえちゃんは悪くない、だいじょうぶ、だいじょうぶ。」と彼は言い続けてくれた。
その日から、私は変わった。
こんなみじめな思いは、二度としたくなかったから。
それからは、いろいろなことに注意を払い、問題があれば必ず指摘する。そんな女の子になった。
学級委員や児童会、生徒会の役員もやることになった。
みんなの模範になるよう、勉強もしっかりした。
そして、今の高校にも、正直トップクラスで合格した。
ただ、私の生き方を変えたハルくんとは、それから特に話すことはなかった。
ハルくんは目立たない。
だから、教室にいても、話すことがないのだ。
そのうちに学年が終わり、クラス替えになった。
その後ハルくんとは完全に没交渉になった。高校二年で同じクラスになるまでは。
いや、同じクラスでも、話す機会はなかった。
なので、あの日、なぜか希望(のぞみ)がランチにハルくんを誘ったとき、とても嬉しかったのだ。でも、態度には出さなかった。 そういえば、接点のないはずの珠江が、なぜか「ありがとう」って言ってたのが不思議だ。
ランチをしていたら、なぜかおかずを差し出す競争になった。
それどころか、ハルくんのお弁当を希望が作る、と言いたした。
さすがにそれはどうかと思ったが、ハルくんは実際弁当を持ってこられない。であれば私も作ってあげよう。そう思った。
これが、私の贖罪。
ハルくんのためになることをしてあげよう。
自分で納得できるくらいハルくんへの贖罪が終わったら、きっと私も新たな高校生活を送れるのかもしれない。そんな気がした。
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