第11話 金曜日の出来事
今日から、美女ランチローテーションが始まる。
一緒に食べるだけでなく、弁当を持ってきてくれるのだ。
本人が作っているかどうかは、あえて問わないことにする。そこは、そのほうがいいと思う。もし本人が、自分で作ってきた、と言ってきたら、そこで反応すればいい。
ランチの時間になった。
また、前の席の白石真弓がちょっかいをかけてくる。
「三重野くん、今日もパン? 実は、お弁当作りすぎちゃって、少し食べない?」
と、わけのわからないことを言ってきた。
どうせ俺に回す分には、からしたっぷりとかワサビたっぷりとか、そんなのを渡すんだろう。こいつはそんな性格だ。
「いや、今日も間に合ってるよ。というか、これからずっと間に合ってるから、気にしないでくれ。」
俺はそういって、手ぶらで机を動かし、美女ランチに合流する。
さっそく、ショートボブで目がくりっとした、アイドル顔負けの美女、高部希望(のぞみ)が俺の前に包みをおいてくれた。
青地の布ナプキンで包んである。よく見ると、イルカの模様が付いている。
「はい、ハルくん。お弁当。」
「ありがとう。イルカの加護がありそうだね。さっそく開けさせてもらうよ。」俺はそういって、弁当の包みを開いた。
と、その前にごあいさつだ。
「「「「いただきます。」」」」
四人で声をそろえた。
なんだか最近は手を合わせていただきます、というのが流行していて、一部の小学校ではそれを強制したら、保護者から猛反発が来たそうだ。
ちなみに俺は、手を合わせない派だ。希望とベリーショートヘアーのスポーツ少女、珠江は手を合わせる派だが、黒髪ロングのクールビューティ、生徒会副会長の高橋香苗は手を合わせない派閥だった。というわけで二対二の引き分け、ということになる。
希望の弁当箱よりも二回りくらい大きいタッパーが二つ入っていた。
片方には白いごはんに海苔と梅干とたくあんで顔が描かれていた。
どうやら、俺の顔らしい。
もう片方には、半分がサラダ、もう半分が豚肉の生姜焼きとちくわキュウリ、ちくわチーズが入っていた。
この品揃えの微妙さは、多分彼女が作ってくれたんだろう。
俺は、生姜焼きを口にする。
ちょっと塩辛い。たぶん、醤油の入れすぎだ。うちの妹なら、みりんで割ったショウガ醤油に漬けておくところだ。
ガーリックも効いてない。でも、昼間だからそれはそれで悪くない。
俺は言った。「おいしい。希望ちゃん、自分で作ってくれたの?」
確信しながらも、一応確認しつつ褒める8鵜。
希望は嬉しそうに顔をほころばせてうなずく。
「うん。お口に合うかどうか、ちょっと心配だったけど、よかった。」
タッパーなので汁がこぼれないのもいい。しかも、サラダは仕切りされていたので、肉の汁でサラダの味が変わることもない。
「本当においしいよ。それに、ご飯は俺の顔を作ってくれたのかな。これも楽しいね。ありがとう。」
小声で、「こんなことして、ハードル上げないでほしいな。」香苗がつぶやいていた。
食べさせてもらう分には、なんの文句もないのだが。
ちなみに、希望の弁当は、サラダでタッパー一つ、ご飯少量と生姜焼きとちくわでもう1タッパーだった。
香苗はサンドイッチ、珠江はご飯と唐揚げとミニトマトと卵焼きと漬物とあとなんだか小さいものが並んでいる、ちょっと小さめの弁当箱だった。
「みんな、それくらいでいいの?女の子は少食だね。」俺はそう言った。
まあ、うちの妹なんかは、弁当は小さいけど、結構間食してたりする。彼女の場合は、運動部でカロリー消費しているから別にいいらしいんだが。
「これでも、多いくらいよ。」クールビューティの高橋香苗が言う。
そして、自分のサンドイッチを一つ、俺に差し出した。一個だけラップにくるまれている。
「ハルくん、食べてね。 これ、ハルくんの分よ。」そう言った、実際、分けてあるのはそういうつもりだったんだろう。
「私のも、お願い…」蚊の鳴くような声で、スポーツ少女の倉沢珠江も言う。
彼女は、つま楊枝で卵焼きを刺して、俺の弁当箱の蓋の上に置く。これは本来の珠江の分だと思うが、それは考えないことにする。
「なんか、今日も悪いね。 ありがとう。」
俺はそういって、二人の弁当の一部を口にする。
「希望ちゃんの弁当ももちろんうまいけど、香苗ちゃんのサンドイッチも、珠江ちゃんの卵焼きもとっても美味しいよ。」
三人ともにこにこしながら聞いている。
今日も無事にランチが終わり、三人から頭をぽんぽんされた。
「あしたの記録会でいいタイムが出せますように!」珠江が言った。
「お祈りされてるなあ。なんか、お地蔵さんになった気分だ。」
俺が言うと、希望が「むしろ、ぬいぐるみとかのほうがいいかもね。」
と言っていた。意味がわからない。
放課後は、今日も希望のレクチャーを受けた。
彼女はホワイトボードに「HKHP」と大きく書いた上で、俺にレクチャーを始めた。
まず、彼女は言った。
「欧米では、キスはあいさつよ。」
そう言われれば、そのとおりだ。
「だから、キスをたくさんしたからって、偉いわけじゃない。まず、そこからね。」
なるほど。たくさんしたところでどうってことはない、というわけだ。
「ハルくん、キミは今までに朝何枚パンを食べたか覚えてる?」
どこかで聞いたようなセリフだ。悪役が何人殺したか、って聞かれたときのセリフじゃなかった? まあいいや。
「だから、キスすることに緊張する必要はない。握手するのと同じだって思って自然体でね。」
うんうん。握手と同じと考えればいいのか。あれ?じゃあ、キスってどうでもよくね?
「それはそれとして、今後のHKHPの大まかなルートを言うね。」
ロードマップがすでにア描かれているのか。
「まずはハルくんのイメージ作り。ハルくんは紳士できちんとしている、というイメージをつくることが大事ね。 次に、女の子が競ってハルくんを触るようになること。」
え?ちょっと待って。何それ?痴漢の餌食?なぜに?
「これで、女の子がハルくんに触れることに抵抗がなくなる。」
ふむふむ。
「そのあとは、女の子が、ハルくんにキスをしたくなる。ハルくんにキスをすることがトレンド、流行だ、ってことにすればいい。そうしたら、HKHP大成功よ。」
なんだか、最後のハードルが突然高くなるような気がするんだが。
希望は俺の目を見ながら、ゆっくりと言う。
「ハルくんがすべきなのは、女の子に行動させること。あくまで受け身でね。
自分からキスしにいってはいけないの。相手からキスさせてね。」
だから、そこのハードルが高いんだってば。
「女の子は、そのうちにハルくんにキスをしにくる。その時は断らないで。でも、ハルくんにキスをさせようと要求してくるような場合は、きっぱり断ってね。」
え?それはなぜかな。
「そういう子は、ハルくんとキスしたいんじゃなくて、ハルくんを試しているの。だから、相手がそういう行動をしてきたら、きっぱり断って、そのまま帰ればいいよ。」
そこで、決してがっついちゃいけないんだな。何となくわかってきた。
「というわけけで、これからも頑張ろうね。」
「ありがとう。今日のお弁当もおいしかったし、何から何まで感謝だよ。」
俺は本心から言った。
「どういたしまして。HKHPはまだ始まったばかりだからね!お楽しみはこれからよ。乞うご期待、ってとこね。」
希望はいたずらっぽく笑った。明るい茶色のショートボブが揺れる。笑うと目が垂れるんだな、とか口角は上がるんだな、とか考えたらなんだか福笑いのようだ。
…いまどきの子供は福笑いといっても知らないかな?
希望は、俺の胸のイルカのバッジを撫でながら言った。
「イルカくん、来週もご加護をよろしくね!」
「なぜ、このイルカが加護を?」 本当に加護があるのかどうかはわからないが、希望がこれに祈ることには、何か理由があるのだろう。
「このイルカくんには、昔、助けてもらったことがあるの。今回もご利益があるといいな、と思ってお願いしてるのよ。
来週は、いろんな人に頭をぽんぽんされると思っててね。じゃあね。」
希望はそういうと、俺の頭をぽんぽんと叩いて去っていった。
整髪料はつけていないので、彼女の手がべたべたになることは無い。
三大美女に頭をぽんぽんされているわけだが、来週は他の人にもされるのだろうか。
ーーー
誤字や表記を直しました。
これで大丈夫だとよいのですが…
」
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