【勇者物語】 第五章 賢者の塔五階

 階段を上った先にはまたまた二つの扉があり、一つは何も描かれていない木で出来た戸が。もう一つは黒い霧のマークが刻まれていた。


「こっちはまた休憩できるところかな?」


ライムは何も描かれていない方の扉へと近付いていくと呟く。


部屋の中には簡易ベッドがあり、その隣には調理場と食物庫。宿屋の一室のような感じの造りになっている。


「うん。やっぱりそうだ」


扉を開けて中を見た彼は一人納得して頷く。


「大分疲れも溜まってきたし、今日はここで休もう」


大きな声で独り言を呟くとライムは部屋の中へと入っていった。


「前も思ったけど、この食物庫の食べ物は誰が用意してるんだろう? まさか賢者達が用意してるとか?」


腹ごしらえに食物庫の中をあさぐりながら彼は疑問を抱きそれをそのまま口に出す。だとしたら肉体を持たない魂の状態である賢者達がどうやって食料を調達しここに運んでいるのだろうと更なる疑問点が沸いたが、深くは考えない方がいいのだろうと納得してこのことは頭から追い払う。


「さてと、まずは野菜スープを。次にパンを焼いて、それから魚を焼いてえっと、塩は……あ、あった!」


献立を考えながら食物庫の中にあったジャガイモ・にんじん・玉ねぎ等の野菜を取り出すと、次にいろんな種類のパンが置いてある山から適当に二つを手に取る。


最後に干物にされた魚がしまわれている壷の中から適当に一尾取り出し調味料が並べられた棚から塩を抜き取った。


「ピーチみたいに上手には作れないけど、俺だってこれくらいは出来るさ」


独り言を呟きながら料理を開始し、数分後に完成したそれをぺろりとたいらげる。


「さて……ふ、ふぁ~。疲れているしもう寝るか」


ライムは言うとベッドへと潜り込む。そのまま直ぐに眠気は襲ってきて彼は水の底に沈むような深い眠りに就いた。


 それから三日後。十分に休息を取ったライムは、次の試練を受けるべく黒い霧のマークが描かれている扉の前へとやって来る。


「このマークは何だろう? 霧? それともかすみ? まあ、入れば何か分かるよな」


彼は言うと扉を押し開ける。今度の試練は一体どんなものなのだろうと思いながら中へとはいていく。


部屋の中は冷たい石畳と煉瓦の壁が広がっていた。


『頂上を目指す若者よ。汝の実力を示し見事この階をクリアーして見せよ』


「っ!」


何処からともなく聞えてきた男性の声にライムは気を引き締め直す。


『我は闇の戦士……挑戦者よ来るといい』


黒いフードを目深まで被ったシャドーメイジが、空間から出現するとそう言い黒く光り輝く杖を構えた。


「よし、いくぞ!」


彼は意気込むとロングソードを構え相手目掛けて突っ込む。


「えい。……な?」


『さて、次は如何出るか』


勢い良く横薙ぎに剣を振るったライムだったが、その攻撃はシャドーメイジの身体を擦り抜け乾いた音を立てて床に当る。


その様子に驚く彼から間合いを取ったシャドーメイジが小さく声を漏らしどう出てくるかと見守った。


「剣が効かない。……なら」


『魔法を使うか……』


ライムは今までの経験を基に冷静に考えを巡らせ魔法攻撃に切り替える。


そんな彼の行動を見守りながらシャドーメイジが呟く。


「貫け、ライトニングソード!」


雷の刃が相手の頭上に現れるとシャドーメイジの身体を貫き消えるはずだった。


「魔法も効かない?!」


雷の刃も相手の身体を擦り抜け消えただけで、その様子に驚きと焦りで声を裏返らせる。


『さて、今度はこちらからいかせて貰おう……ダークボール!』


シャドーメイジが淡々とした口調で言うと術を放つ。黒い闇の玉がライムの目前へと飛んでくる。


「っ!」


彼はそれを軽々と避けると態勢を立て直す。どうやらここに来るまでの間に瞬発力がついたようである。


『避けるだけでは我には勝てないぞ』


「そんなことは分かってる。けど、どうすれば……」


シャドーメイジの言葉にライムは呟くと何かないかと思考を巡らせた。


『ダークボール』


「一か八か……燕返し」


シャドーメイジが放った攻撃を彼は技を使い跳ね返す。


『くっ……』


「当った!?」


自分の技が跳ね返りそれを食らった相手が小さな声をあげる。


自分がやったことなのに何故技が当ったのか理解できていないライムは驚く。


『まぐれか? ……ならば。……ダークボール』


「もう一回やってみよう。……燕返し!」


何かを感じ取ったらしいシャドーメイジが確認するために技を放つ。


彼も今一度同じ事をやってみれば何か分かるかもしれないと思い術を繰り出す。


『くっ……!』


「当った! ……やっぱり、術を跳ね返せば当るんだな!」


またもや自分の放った術が当たり、小さく声を漏らす相手の様子にライムは納得して頷く。


『見破ったか……だが、我もそう簡単に当ってばかりではないぞ』


「戦い方は分かった。後は相手の出方をみるだけだ」


シャドーメイジが言うと術を構成し始める。冷静に相手の様子を観察しながら彼も呟く。


『ダークボール!』


「燕返し」


放たれた闇の玉をライムはタイミングを見計らい跳ね返した。


『ふふっ……』


「な? 消えた!?」


跳ね返された技が己の下へと届く前にシャドーメイジが姿を消す。


まさか消えるとは思っていなかったライムは驚きと動揺で慌てる。


『ダークボール』


「うわっ!」


空間から出現したシャドーメイジの魔法を諸に食らった彼は悲鳴をあげた。


「くっ……やっぱり、そう簡単にはクリアーできないってことか」


『さあ、挑戦者よ。お前の全力を見せてみろ』


態勢を立て直しながら呟くライムへ向けて、シャドーメイジが静かな口調でそう言うと杖を突きつける。


「勿論、俺はいつでも全力をだしてるさ」


『そうか。ならば、その実力見定めさせてもらおう』


彼の言葉にシャドーメイジが言うと姿を消す。


「……」


静かになった部屋でライムはいつ何処からでも攻撃が飛んできてもいいように警戒する。


『シャドーボール』


「っ、そこか! 燕返し」


再び空間から姿を現したシャドーメイジが彼目掛けて術を放った。相手の気配を感じ取ったライムはとっさの判断で攻撃を弾き返す。


『ふふっ』


「だめか……タイミングを計らないといけないな」


後もう少しで跳ね返った技が当ると思われた瞬間。シャドーメイジが姿を消した。


彼は悔しげに呟くと次に相手が現れるのを待つ。


『ダークボール』


「……いまだ! 燕返し!」


放たれた相手の魔術をタイミングよく計って跳ね返す。


『くっ』


「やった、当った!」


姿を消す寸前に跳ね返された術を食らったシャドーメイジが小さく声を漏らした。


それから暫くの間同じ事の繰り返しを何度も続ける。


「燕返し!」


『くっ! ……なかなかのものだな』


何度目かの魔法を斬り返したライムの攻撃を食らったシャドーメイジが呟くと姿を消す。


またどこから姿を現すか分からないと警戒して彼は身構えた。


『姿を持たない相手を倒すとは見事だ。次の階へと進むといい』


「や、やったぁ!!」


静かになった部屋の中でシャドーメイジの声だけが響き渡る。


その言葉で相手に勝てた喜びをそのまま顔に浮かべ、ライムは叫ぶとその場で安堵の息を吐いた。

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