【勇者物語】 第三章 賢者の塔三階

 十分な休息を取ったライムは最上階を目指して塔の攻略を再開した。


「今度のマークは風か。何だかエレメントストーンと同じ属性ばかりだな」


自分達が集めたエレメントストーンと同じ属性ばかりだと思い、小さな声を零すと扉を開ける。


「うわ~」


部屋の中は一面野原になっており、色とりどりの草花が咲き誇って、その周りにはチョウチョが飛び交っていた。


その様子にライムは感歎の声をあげる。


『頂上を目指す若者よ。汝の実力を示し見事この階をクリアーして見せよ』


またもや女性の声が部屋中に響き渡る。すると一匹のチョウチョが彼の目の前まで移動してきた。


『我は風の戦士なり~。挑戦者よ何処からでもかかっておいで』


「え? この階の賢者ってこのチョウチョなの?」


可愛らしい声でおっとりとした口調でそう宣言したチョウチョに、ライムは目を丸くして尋ねる。


『見た目は小さくても実力はあるよ。ああ! 貴方は風のエレメントストーンに選ばれた者なんだね』


「え? どうして分るんだ?」


チョウチョの言葉に彼はさらに驚いて、なぜそれを知っているんだと言いたげな顔で聞く。


『分るよ。だってわ……我は風の賢者だからね』


「へ~。そうなんだ」


一瞬言いよどんだが取り繕うように言い直したチョウチョの言葉に、ライムは賢者なら分かるものなのだと納得して頷く。


『うん。だから同じかどうかは分るんだよ』


「賢者って凄いんだな」


穏やかな雰囲気の中暫くのんびりとお喋りをする二人。


『そうなの。賢者って凄いんだよ』


「あの……」


見えないが小さな胸を張り「えっへん!」と言いたげな様子のチョウチョへと彼は言い辛そうに小さく声をあげる。


『うん?』


「のんびりお話した後で悪いんだけど、試練を始めなくていいのか?」


『ああ。そうだったね。それじゃあそろそろ始めましょうか』


ライムの言葉で思い出したようにチョウチョが言うと、宙へと舞い上がり彼から距離を取る。


『さあ、貴方の力を見せてごらん』


「よし、行くぞ!」


チョウチョの言葉にライムは言うと勢い良く駆け出し相手との間合いを詰めた。


「突き切り!」


『おっと。危ない危ない』


突きつけられた彼の剣をひらりとかわしたチョウチョが、天高く舞い上がりのんびりとした穏やかな声で言うと再び下まで戻ってくる。


『今度はこっちからいくよ。……ウィンド・クロス』


「うわ?!」


チョウチョが言うと黄緑色の烈風が左右から吹き荒れライムの身体を切り刻み消え去った。


「魔法が使えるのか。……気をつけないと」


『さあ、次は貴方の番だよ』


技を受けた彼はまじめな顔をして静かな口調で呟くと相手を見据える。


そんな様子など気にも留めずにチョウチョが、相変わらずの口調でそう言って羽をばたつかせた。


「……なんだか今までの賢者達と違ってのんびりしているというか、何と言うのか全然緊張感が無いよな。それも余裕の表れってやつなのか? 順番に戦うとか……それって如何なんだろう」


『ん? どうしたの? 早くかかっておいでよ』


今までの賢者達とは違う雰囲気にライムは躊躇い小さな声で独り言を零し苦笑する。


彼の様子に怪訝に思ったのかチョウチョが尋ねた。


「よし! そっちが魔法攻撃で来るなら俺も魔法を使わせてもらう」


『うんと、貴方がどんな魔法を使うのかを見るのも良いかも知れないね。魔法でも剣術でも何でもこいだよ。どんどんかかってらしゃい』


ライムの宣言を聞いたチョウチョが、穏やかな口調でそう言うと身体を揺らし挑発する。


「ファイアー!」


『きゃ』


彼が放った火属性魔法を食らったチョウチョがバランスを崩しふらつく。


『……意外に威力が強いんだね。油断しちゃったよ。それじゃあこっちも行くよ』


「俺もどんどんいかせて貰うからな」


ようやくお互いが本気で戦闘を開始し始める。


暫くの間チョウチョが放つ風魔法とライムの魔術攻撃の勝負が繰り広げられた。


「飲まれろ、アクアヴェーブ!」


『きゃあ!』


彼の放った術に飲み込まれ勢い良く地面に叩き付けられたチョウチョが悲鳴をあげる。


『もう怒ったよ』


チョウチョが言うと天高く舞い上がりくるくると回りだす。


その動きに合わせて他のチョウチョ達も集まり大きく渦巻きながら輝きを放った。


「っ!? でっかくなった!」


光が治まるとそこには一匹の巨大なチョウチョ……基モスの化け物が現れライムは驚く。


『ら~ららら~ら~』


「っ?! 魔力が……」


モスが甲高い声で歌うと彼の魔力が封じられ魔法攻撃が一切できなくなる。その状況にライムは渋い顔をする。


『貴方の魔法は封印させて貰ったよ。これで剣でしか戦えなくなったね。さあ、捕まえられるかな?』


モスが言うと彼をおちょくる様に優雅に空中をくるくる回り始めた。


「あれじゃあ剣の攻撃は当らない……どうしたら良いんだ」


『貴方は風のエレメントストーンに選ばれた者なんだよね。……エレメントストーンはその持ち主に力を与えてくれるんだよ』


困り果てて俯くライムの様子にモスがおっとりとした口調で助言する。


「エレメントストーンの能力を使えって事か?」


『えっとね。風のエレメントストーンに強く願ってごらん。そうすれば分るよ』


怪訝そうに尋ねる彼にモスがそう言った。


「強く願う……風のエレメントストーンよ俺に力を貸してくれ!」


ライムはエレメントストーンを取り出すと、強く目を瞑り叫ぶようにそう言ってそっと石を握り締める。


するとエレメントストーンがその声に反応し緑の輝きを放つと彼の身体を包み込む。そして今度はロングソードにその煌きが移り剣に力が宿った。


「っ!? これは……」


『そう。それがエレメントストーンの本当の能力。さあ、今度こそ我を捕まえてごらん』


驚き己の手の内にあるロングソードを見詰める彼に、モスが優しい声でそう言うと再び空中を優雅に舞い始める。


「よし! 風のエレメントストーンよ。悠久の時を巡る気流の如き瞬の力を俺に与えよ! サイクロン!」


『きゃあ!! うん。お見事! よかったね』


ライムの持つ剣の先から緑の輝きが放たれると、巨大な風の渦が表れモスをその中へと巻き込みもみくちゃにする。


その攻撃にモスが悲鳴をあげると嬉しそうにそっと呟きを零した。


『見事エレメントストーンの能力を使い我を倒した。次の階へと進んでいいよ』


渦が消えるとそこにモスの姿はなく声だけが部屋中に響き隠し階段が現れる。


「ふぅ……。や、った~」


力を使い果たしその場にへたり込みながらライムは小さく声を零すと、荒れた息を整えるために暫くその場に留まった。

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