【勇者物語】 第二章 賢者の塔二階
階段を上った先にある扉には今度は水のマークが描かれたあった。
「今度は水か」
それを見たライムはそっと呟くと扉を押し開ける。
「っ!?」
一歩踏み出したその先に地面は無く、部屋全体の水と所々足場となりそうなどでかい蓮の葉が浮かんであるだけで彼は驚く。
『頂上を目指す若者よ。汝の実力を示し見事この階をクリアーして見せよ』
一階の時と同様に今度は女性の声が部屋全体に木霊する。
ライムが立っている扉から反対側の壁の近くの水面から水柱が吹き上がると、そこから水色の美しいロングワンピースを纏った人魚姫のような女性が姿を現す。ただ、その美しい装いとは不釣合いなパピヨンの仮面をつけていた。
『我は水の戦士なり! 挑戦者よ何処からでもかかってきなさい』
人魚姫が凛とした声で言い放つと両手に青色に光り輝くブーメランのような形のナイフを構える。
「如何考えてもあの蓮の葉を足場にして戦えって事だよな……バランスを崩して落っこちないようにしないと」
彼は蓮の葉を見やり言うと次に水面を覗き込む。
水面から水底が見えないと言うことはかなり深いという事を意味していた。
『どうしたの? 早く武器を構えなさい』
「とりあえずやるしかないな」
怪訝そうな声音の人魚姫の言葉にライムは独り言を呟くと、ロングソードを抜き放ち一番近くの蓮の葉の上へと飛び乗る。
『はっ!』
「っ、それ、投げ武器だったのか!? ……道理でブーメランみたいな形をしているわけだ!」
人魚姫が放ったナイフは弧を描き彼の下まで飛んできた。
ライムはそれに驚きながらも納得するとその攻撃を避ける。
「今度はこちらから行かせて貰うぜ。飛切り!」
『あの位置からここまで一気に飛んでくるわけね。でも、そう簡単にいくかしら?』
彼は言うと助走をつけ大きく跳躍すると人魚姫目掛け切っ先を突きつける。
人魚姫がその様子に感心したように呟くも不敵な笑みを浮かべ身構えた。
『ふふふ』
「なっ!? ずる……っ!」
怪しく笑うと水の中へともぐりこみそれを回避する人魚姫の様子に、ライムは「ずるい」と言いかけてその下に蓮の葉がないことに慌てる。
「わぷっ!?」
跳躍した勢いそのままに水面へと叩きつけられ、重力に従い一旦沈む身体を浮上させると一番近くにある蓮の葉の下まで泳いでいく。
「ぜぇ~は~。っ……。相手は水の中を自在に動き回れるのか」
『凄い跳躍力で驚いたわ。でも、足場はちゃんと確認しないとね』
荒い息を吐き呼吸を整えながら彼は言うと、水面から姿を現した人魚姫が凛とした声で話しかけてきた。
「地の利を生かして戦え……ってさっき教わったばかりなのに、俺何やってんだか」
『……相手の特性を知って戦うことも大事よ。今のままではこの先には進めないわね』
盛大に溜息を吐きだし大きな声で独り言をぼやくライムに、困った奴だと言いたげに人魚姫が助言する。
「特性を……ああ、そうか! どんな相手でも得て不得手はある。それを知らないとダメだってことだな」
『……』
納得して大きく頷く彼の姿に、ここまで言わないと分らないのかと呆れた様子で黙り込む人魚姫。
『今までで一番いろんな意味で手がかかりそうな挑戦者ね……』
「よ~し! 今度こそ決めてやるぞ!」
頭を抑えたい衝動を何とか堪えながら人魚姫が小さく声を零す。
その言葉はライムの耳には届かなかった様子で、意気込み剣を構え直すと相手を見据えた。
『はぁっ』
「っと、やぁ」
人魚姫が放ったナイフの一つを避けると時間差で投げられたもう片方を弾き返す。
「ダメか……今のはいけると思ったのに」
『相手の武器をも自分の攻撃に繋げる。……ただ手がかかる挑戦者ってだけじゃないみたいね』
投げ返されて己へと牙を向けるナイフを、元の位置へと戻ってくるもう片方の武器で弾き上げ手元に戻す相手の様子に彼は悔しげに言う。
そんなライムを見詰めて人魚姫が口元を笑みに歪め呟く。
その後も攻撃をすれば水の中に逃げられたり弾き返されたりと、相手には中々かすることもしないのに自分は怪我をしていく現状にしだいに彼は焦り始めていた。
「このままじゃぁ。体力の限界で俺のほうがやられちゃう。なにか、何か手は無いか?!」
『どうしたの? このままでは負けてしまうわよ?』
焦り始めて辺りを見回し打開策を探るライムの様子に人魚姫が冷静な声音で問いかける。まるで彼が答えを見出すのを待っているかのように、ただ純粋に仮面に隠された瞳からライムを見つめ続けた。
「水……蓮の葉……相手は水の中に潜って自在に攻撃できる。……水の中に潜って……そうか!」
『ぼんやりしている暇は無いんじゃないの? はっ!』
思考を巡らせ考えている彼の様子に、人魚姫が何かに気付き、物は試しとばかりにナイフを放つ。
「たぁ。からの突き切り!」
それを跳ね返した彼は蓮の葉を飛び移り、相手の目の前まで来ると技を繰り出す。
『ふふふ』
「……」
人魚姫が不敵に笑うと水の中へと逃げ込み姿をくらました。
しかしライムはその場から動かずただ無言で佇む。
『はぁっ』
「貫け、ライトニング・アロー!」
再び水面から姿を現した人魚姫がナイフを振り上げライムの背後から斬りつける。
しかし術の構成を終えていた彼の魔法の方が先に発動して相手の頭上に雷の矢が襲かかった。
『良く考え付いたじゃないの。やるわね』
「ふぅ~」
背後で水飛沫の上がる音に安堵の溜息を吐くとライムは肩の力を抜いた。
『水中に逃げ込んだ間の時間を利用し術を構成して戦うとは見事だわ! 次の階へと進みなさい』
人魚姫の声が聞こえてくると扉とは反対側の壁の一部が開きそこから階段が姿を現す。
「体力をかなり奪われたな。この調子で本当に俺は頂上まで辿り着く事ができるのだろうか?」
防具をつけていない部分にできた傷が熱を帯び棘が刺さったかのように痛む中、体力を消耗し疲労しきった顔で階段の先を眺め不安げに呟く。
「ここは? 休憩室?」
階段を上った先には扉が二つあり一つは風のマークが描かれており、その反対側のガラス製のドアの中は小部屋のような作りになっていた。
「ベッドもあるし、あそこには調理場に食物庫。それにお風呂にトイレまで……塔の中だって言うのに随分と設備が確りされているな」
興味本位で入った小部屋の中は休憩室と言うよりまるで一軒家の一部屋のように色々な物が置いてありライムは驚く。
「あれ? 日記がある。……ええっと。何とか二階の賢者を倒しここまで来れたが気力体力共に限界を迎えていた」
彼は他人の日記を読み上げるという事に若干の躊躇いもあったが興味の方がまさりページを捲っていく。
「さらには窓の無い塔の中では時間の感覚も鈍り、今が夜なのか昼なのかさえ分らない。そんな時にこの部屋の存在はとても有り難かった」
声に出し日記を読みながらどうやらこれは、この賢者の塔へと訪れた冒険者か剣士が、後に来る挑戦者達のために残した物であると理解する。
「賢者達は肉体を持たない魂の存在なので疲れることは無いが挑戦者はそうは行かない。そのためにこのように寝泊りできる部屋があるのだろう。……か。確かにその通りだよな」
日記を読み上げたライムは納得した様子で頷くと部屋の中をぐるりと見渡す。
「この塔を建てたのが賢者達なのか、それとも古代の人々なのかは分らないけれど、この部屋の存在は本当に有り難いな。俺も今日はここで休ませて貰おう」
彼は言うと先ずは腹ごしらえだと食物庫に食材を取りに入っていった。
そしてライムはその日。疲労と体力の限界もあり泥沼に沈んでいくような深い眠りに就く。彼が目覚めたのはそれから二日後の朝だった。
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