【勇者物語】 第一章 賢者の塔一階

 サーラーン地方の最南端に位置する所にある小さな円形状の島。


そこは賢者の塔と呼ばれ古くから剣士達の修行の場として使われている。


古代の人々が賢者と共に立てたと言われているが定かではない。


「ここが賢者の塔……」


その塔を眺めながらライムは呟きを零すと、汗ばむ手を握りしめ生唾を飲み込む。


「今の俺の力ではジェラートには勝てない。……だからこそここに着たんだ」


彼は静かな口調で言うと扉へと目指して歩き出した。


秘宝の間でのジェラートとの戦いで簡単に倒されてしまった自分の実力では奴と互角に戦うことはできない。だからこそプリン王女から聞いたこの賢者の塔で修行することを選んだのである。


「この塔の最上階にいると言われる賢者を倒し、実力を認められればその証が貰える。ってプリン王女様はいっていたけど、果たして俺はそこまで辿り着くことが出来るのだろうか?」


扉を開け少し薄暗い通路を歩きながらライムは独り言を呟く。


どんな試練が待っているのかもどんな相手がいるのかもまったく分からないのだから不安にならないはずもない。それでも臆する足を前へ前へと踏み出し通路を進んでいった。

 

「ここが一階の試練。この扉に描かれたマークは何の意味があるんだろう?」


彼は訝しげに扉に描かれてある炎のマークをまじまじと見やり言う。


「兎に角。中に入るぞ!」


意を決して扉を開け放ったライムの目の前には、円形状の床と壁との間に明らかに落ちたら命を落とすだろう灼熱のマグマがぐるりと囲うように広がっていた。


『頂上を目指す若者よ。汝の実力を示し見事この階をクリアーして見せよ』


「っ!?」


部屋中に木霊する男性の声が聞こえてくると、彼の目の前の壁が開きそこから骸骨の戦士が現れる。


「こいつを倒せって事か」


『我は炎の戦士。挑戦者よ来るが良い!』


ライムは言いながらロングソードを抜き放ち構えた。


その行動を見守った骸骨戦士がそう言って赤々と光り輝く斧を突きつけ挑発する。


「いくぞ、たぁ!」


『甘い!』


彼は勢い良く床を蹴り骸骨戦士の目の前まで寄ってくると、縦に剣を振り上げ斬りつけた。


しかしそれは簡単に弾き返され隙のできたライムの横腹に斧が当り吹き飛ばされる。


「っ!?」


吹き飛ばされた彼は何とか空中でバランスを取ると壁を蹴り上げ、間一髪のところでマグマの海に落ちる事無く地面に着地した。


「危なかった」


『考えなしに突っ込むだけでは、マグマの海に落ちて命を落とす事になる。気をつけることだな』


安堵の息を吐き出す彼の様子を見やり骸骨戦士がそう言うと斧を構え直す。


「このマグマがある部屋で大技は使えない。となると魔法攻撃が一番。……よし!」


『魔法攻撃に切り替えたか……だが』


ライムは言うと精神を集中させて詠唱を始める。


その様子を見た骸骨戦士が静かに呟くと斧を持つ手に力を込め、勢い良く彼の目の前まで移動するとそれを振り下ろし斬りつけた。


「うわ?!」


『魔法攻撃は確かにこの空間でやるには適している。だが、相手が必ずしもそれを上手いこと食らってくれるとは限らない。今のように詠唱中の隙をつかれ攻撃されれば負けるだけだ』


攻撃を受け詠唱を中断された彼はバランスを崩して膝をつく。


ライムを見下ろし骸骨戦士がまるで諭すように話した。


「魔法攻撃もダメか。後は大技を使わずにただ剣で戦うしか残っていない」


『……挑戦者よ。お前は何を見て何を思い戦っている? ただ目の前の相手だけを見て戦っているのならば、それでは勝つことはできない』


深刻な顔で独り言を呟き考える彼の姿に、骸骨戦士が仕方ないといった様子で助言をする。


「目の前の相手だけを……」


その言葉にライムは小さく復唱して周囲を見回す。


自分達が立っている床を囲うようにあるマグマに高い天井そして煉瓦の壁。


何処を如何見ても何の仕掛けもないただの部屋だ。


(何が言いたいんだ? この部屋には何も無いのに)


骸骨戦士が何を言いたいのか分からず困惑する。


『……地の利を生かして戦えと言っているのだ』


訝しげな表情で黙り込む彼の様子に、面倒な奴だといいたげに骸骨戦士が淡々とした口調で話す。


「そうか! ただ単に戦っているだけでは相手には勝てない……だからこそこの空間を利用して戦えってことか」


『……』


その言葉でようやく理解ができたライムは大きな声で言うと納得する。


その様子に呆れ返りながら骸骨戦士が彼を見やると武器を構え直し、一気に間合いを詰めて斧を横薙ぎに振り下ろした。


「っと。やぁ!」


ライムはそれを受け止め弾き返すと続けざまに斬りつける。


暫く攻防を繰り返しながら彼は部屋の中を移動してゆき相手の攻撃のパターンを観察した。


『ふん』


「今だ、燕返し」


骸骨戦士の何度目かの攻撃にライムは技を繰り出し弾き飛ばす。


『っ……成程。見事だ』


その攻撃を受けた骸骨戦士がマグマの海に落ちてゆきながらそっと呟きを零した。


「……勝てたのか?」


『相手の攻撃パターンを読みとり攻撃を繰り出し、マグマの海に突き落とすとは見事だ。次の階へと進むがいい』


マグマの海へと落ちて行った相手が這い上がってくるのではないかと思い、そちらをまじまじと見詰めながら彼は言う。


そこに先程の骸骨戦士の声が聞こえてくると壁の一部が開かれ階段が姿を現した。


「次の階には何が待ち受けているんだろう」


静かな口調で独り言を呟き薄暗い階段の先を凝視する。


この塔での試練はまだ始まったばかりで、この先にある最上階にいる人物と会うのはまだまだ先の話だ。

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