第11話 いまだけならば、守ってくれますよね?

 千花名ちかなは、ブーツをきちんと履いて、立ち上がった。

 立ち上がると、やっぱりこの服のずん胴さ加減は気になる。紐を締め直し、結び目がへんなバランスになっていないかを確かめる。それでもずん胴なのにはかわりがない。

 こんなので結婚式でフルートを吹くのなら、制服のままのほうがよかった……。

 後輩がやっていた結婚の話にいやいやながらつき合ったために、菜穂なほとけんかした。

 その自分が、いま、このずん胴の服でフルートを吹いて、結婚のお祝いをしようとしている。

 どんな夫婦なんだろう?

 家族に反対される結婚なんて。

 おじいちゃんと、若い女の子というような年の差カップル?

 「そんな子、財産目当てに決まってます!」とおじいちゃんの家族は言う。「おじいちゃんが先に死んじゃうに決まってるんだから、そのあとどうするつもりよ!」と若い子の家族は言う。それで両方の家族が大反対、みたいな?

 それとも、二十歳にもならない、千花名と変わらないような歳の二人?

 「なんですか、あんなふしだらな子と!」と男の子の家族は言う。「この歳で結婚なんて早すぎますっ!」と女の子の家族は言う。それで両方の家族から反対されて……?

 くやしいけど、さっき菜穂が言ったとおりだ。

 そんな人たちのこと、結婚したいという気もち、そして反対する家族、そのどっちの言い分が正しいか、まったくわからない。

 そんなのが想像できるのもドラマで見たような展開だからで、この世のなかでほんとうにそんなのが展開するのか、千花名にはわからない。

 大人になったことのない千花名には。

 そんな人たちに、フルートを吹く、なんてことで、どうやってお祝いの気もちを届けられるんだろう?

 千花名は自信がなくなってきた。

 でも、いまさら逃げ出せないこともわかっている。

 千花名は、フルートを手に取ろうとして、ふと、さっき自分がテーブルに置いた十字架に目をやった。

 神様は信じてないけど、いまだけならば、守ってくれますよね?

 身勝手な願いだ。

 でも、なぜか、その身勝手な願いはいまなら通るんじゃないかと思った。

 千花名が十字架の重いペンダントを胸に吊ったところに、電話が鳴った。


 千花名はフルートを手にして階段を下りていった。

 十字架のおかげと言うのだろうか。この重いずっしりした十字架を吊っただけで、かえって気分は軽くなった。

 気になると言えば、ずん胴の服がまだ気になるだけだ。さすがに神様もずん胴は何ともしてくださらない。でも、スカートがちょうど膝の下なので、裾を踏んづける心配がなく、それは助かった。それに、考えてみれば、制服がジャンパースカートなので、あまりふだんと違わない。

 え?

 それって、制服を着ていても、やっぱりずん胴ってこと?

 千花名のこの体型……?

 だとすると、かなり落ちこむ。

 でも、そのことはあとで考えようと思うと、微笑が浮かんだ。

 靴は重いブーツのままなので、足音が大きい。気にしてもしようがないので、急がないで一階まで下りる。

 広間だか会議室だかの扉は少し開けてあるので、そこから、自分の名まえが聞こえたら入ってくるように、と言われている。

 階段を下りたところの玄関ホールで待つ。

 広間からは、マイクを通して、多祢子たねこ先生が何か言っているのが聞こえる。多祢子先生が言ったように、少し扉を開けてあるからだ。でも何を言っているのかはよくわからない。注意して聴けば聴き取れたのかも知れないけれど、自分の名まえだけ気をつけていればいいと思った。

 「……?」

 ふと、だれかの息づかいが聞こえて、千花名は振り向いた。

 息をのんだような、軽い悲鳴のような。

 それも、広間とは違うほうから、だ。

 玄関ホールにはだれもいない。

 広間の反対側の聖堂は、扉は開いたままになっていて、しかも開き幅が広間よりも大きい。

 だれかが聖堂に隠れている?

 確かめようかと思った。

 でも、やめた。

 ここはもともと教会で、だれが入ってもいい。信者であっても信者でなくても、訪れた人は拒まずに受け入れるのが教会の役割だと、昔、多祢子先生にきいた。

 だから、どんな人がいたってかまわないのだ。

 でも、もしそれが犯罪者とかだったら?

 神様は犯罪者でも差別なく受け入れられるのだろうか、ということはどっちでもよくて。

 関わり合いになると怖い。

 だから、千花名は、聖堂の入り口からは距離をとって、広間の入り口のすぐそばに立った。

 冷房の効いた部屋から外に出たせいか、フルートを握る手に汗がにじむ。

 管をいいかげんに挿したつもりはないけれど、やっぱり音合わせぐらいしておくんだった……。

 でも、もう遅い。

 それまで何を言っているかはっきり聞き取れなかった多祢子先生の声が、急に大きくなった。

 「正令せいれい学園女子高校の二年生、山辺やまなべ千花名さんです!」

 その声に応えて、千花名は自分で扉を開け、その披露宴の式場に入って行った。

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