第2話 種族と魔力

……俺は、一体……。確かエレナの目の前で倒れて。




 あれ…この黒基調の壁一面に所々白色のよくわからない模様が散らばっている空間。元の世界にいたときも夢でたまに見たな。




 ジャンプドライブを使う日が多いと一瞬見る夢。


 そして、その後ろにはいつもオレンジ色の光球が……




 ない。




 なんでだ?たまたまか?まあ、この夢を10回も見たことないからな。なんとも言えない。




「………ん、し……やくん」




 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。




「進也くん、進也くん!」




 この透き通って、けど恐れ多いように聞こえない、敷居の高くない優しい声。エレナだ。




 よし、そろそろ目覚められそうだ。


 俺の目の前の黒い壁から、光の矢が差し込んできた。






 目を開けるとそこはエレナの顔があった。




「進也くん!起きたんだね、よかったああ」


 そう言うと同時に毛布に顔を伏せるように座り込んだ。よっぽど、心配してくれたのだろうか。ベッドの横のテーブルには薬箱、包帯、木製コップがあった。




 まあ、どこも傷はないんだが。こういうのはその心遣いが嬉しいんだよな。




「エレナ、心配欠けてごめんな。俺はもう大丈夫」




 俺は自分の無事を再度確認した後、エレナから水をもらい思いっきり飲み干した。




 その後、俺はエレナに今いる街スタータの案内をお願いした。




 宿を出るとそこはMMORPGや異世界モノのアニメで見たことのあるファンタジー世界の街並みだった。木組みを基本とした建造物、人工物っぽくない自然由来の素材で作られた服装の人々。


しかし、その服は決して俺らの元いた世界では絶対に着ないようなものではなく、日本で歩いても全くの違和感のないものだ。




 そしてなんと言っても、所々で歩いている剣や銃を装備した兵士のような人たちの存在。




 俺は本当に異世界へ召喚されたんだな。




 


 時刻は昼頃。腹も減ってきたので俺とエレナは大通りにあったおしゃれな雰囲気のカフェに入店した。




 大通りがよく見えるカウンター席に座り、俺とエレナは同じサンドイッチとオレンジジュースを注文した。




 休日デートの昼ごはんにファストフード店に行く高校生のカップルの気分なんだが。




 日本では体験できなかった女の子とのデート的なことに少し緊張している。サンドイッチってどっちの手で食べるのがいいんだっけ?




そもそもそんなマナーあったのか?




「進也くん、スタータの街に来たのは初めてなんだよね?」




 意味不明な思考で脳を埋め尽くしている俺に、エレナが会話を切り出してくれた。




「うん、俺はとても遠い街から来てな。そこは戦闘もなければ魔法もないこの周辺とは根本的なものが違う街なんだ。だから今日は初めての戦闘だった」




「そうなんだね……じゃあ、まずは種族と魔力のことについて知らないとね」




 この世界には人間は皆「人族ヒューマン」という種族に属している。


 その中でも俺がいるスタータの街や、スタータを含む周辺の郊外都市の管轄を担っているイデアル王国の人々を「ニュートラル」と呼ぶ。




人族以外に、半魔族ハーフデモニア、鬼人族ハーフオーガ、半獣族ハーフビースト、竜人族ハーフドラゴニアなどといった亜人族。モンスターの種族名に「半」や「人」とついた亜人族は、各モンスターの力や特徴を持ってはいるが、見た目は9割方人間であり、ほとんどが人族と友好的な交流をしているという。




そして生物の域を超えた「精霊族」と「神族」。


この2つの種族は人間や亜人、モンスターとは違う概念の生命体として捉えられている。


 世界の秩序を保つ、生命の間引きの施行、天変地異の操作、といったことを行っていると言われてはいるものの、その姿を見た者はいないらしい。




文献には伝説の種族として記されており、日本で言う神様や仏様的存在なのだろう。




 エレナは2つあるサンドイッチを1つ食べ終わると、再び説明を始まる。




「魔力についてなんだけど、これは新魔力と旧魔力の2つに分けられるの。旧魔力は大昔からあった魔力だけど、その力があまりにも膨大で人族では扱えなかった。だから、イデアル王国では改良した新魔力を使用しているのよ。都市や街のライフラインや機械は新魔力の力を動力エネルギーに変換したものを使って動いているよ」




 なるほど。この世界では電気とかガスの代わりに生活基盤となるエネルギーを魔力を使っているのか。とても便利だ。


 エレナと俺はサンドイッチと飲み物を20分ほどで食べ終わり、会計へと向かう。




 あ、奢れねえ……。金ないんだった。




「進也くん、ここは私が出すから」




「ふ、不甲斐ない…ありがとう」




「ううん、進也くんは私の命の恩人だからこれくらい当然だよ。寧ろ、これくらいのことで感謝される方が申し訳ない」




 出来すぎだろこの子。マジで精霊族とか神族の伝説に付け加えて、慈愛に満ちた女神エレナも追加するべきだろ。




「じゃあ、お昼も食べ終わったことだし、あとは雑貨屋とかのお店でウィンドウショッピングしてからゆっくり宿に戻ろう」




 俺とエレナはカフェを出た後、スタータで1番人混みの多いA区の区鏡門に到着。


目の前には都心の通勤ラッシュのような光景が広がっている。鉄で作られた大きな建物によって大通りが形成されており、歩く人々の容姿も様々だ。


そして、先程いたC区よりも武装した格好の人が多い気がする




「この付近にはクエストカウンターがあるの。あの人達は新魔力を自分の体にコネクティングして自由自在に使う『フォーシスト』の人たちね。みんな、そこで仕事をもらってお金を稼いでいるんだよ。すごいよね~」




「え?エレナだって魔力はすでに持ってるじゃん。フォーシストじゃないのか?




「あ、うん……私ね、新魔力のコネクティングはしているんだけど、仮登録の身で……フォーシストには興味あったんだけど、私でもできるのか一定量の新魔力をもらって試用期間を設けてもらっているの。それであの森で練習していたら……」


 そう言って、エレナは少々気まずそうにこちらをちらっと見て下を向いた。




「そうだったのか。それで試した結果どうだった?」




「私にはちょっと難しそうかな……怖がりだし」




 エレナは優しい。だからきっとフォーシスト以外にもきっと人々に役立てる女性になれるはずだ。でも、こんな素敵な女神のような子がいたらモンスターとの戦闘も頑張れそうだが。


でも、それは彼女自身が決めることだと俺は思った。




「あと、私はもう……」


「もらい!」




 エレナが何かを言おうとした瞬間、俺とエレナの間を縫って茶色のフードを被った小柄な人間が通り過ぎていった。声色からして、おそらく性別は女。




「なんだあ?」




「やんちゃな女の子だったね~……って、あれ?あれ!?」




 エレナは通り過ぎた女の子からすぐに目線を移し、自分の肩にかけていたショルダーバックの肩紐に手をあてた。




 紐はある。だが……




「ぬ、盗まれちゃった……中身の方……」




 ショルダーバックは盗賊少女のスリによって消えてしまった。




 エレナは下級狼の群れに襲われていた時よりも絶望的な顔色をし、目には今にも流れそうな涙を浮かべている。




「これはどうすれば……とりあえず警察に…いや、この時代に警察はいるのか?


「窃盗事件は王国警備隊に申し出れば捜索してくれるよ。けど…」


「けど?」




「私、宿の長期滞在の更新が今日で切れちゃうの………どうしよ~!」




 俺たちは宿から出てたった一時間で宿無しホームレスとなってしまった。


 どうやらエレナのショルダーバックにはかなりお金を入れていたらしく、ほぼ全財産だという。




「こういうときの捜索って、絶対1日以上はかかるしなあ。しばらくはなんとか食いっぱぐれないようにしなくては」




「ううう…迷惑かけてごめんね……」




「気にしないでいいよ。俺もこの世界……じゃなくて、この街に来て資金稼ぎはしなくちゃと思っていたし、一緒にまずは頑張って最低限お生活費を稼ごう」




 そうは言ったものの、異世界人の何もわからない俺がこの街で商売できるわけでもなく、いきなり壁に当たってしまった。


 お金になる……誰でもできそうな…。




「進也くん」




 エレナは未だ消えない涙を浮かべながら俺に話しかけてきた。




「フォーシスト登録して、私と一緒にパーティ組みませんか?また助けてもらうことになるけど……ごめんね、でも……お願いします!」




 深々と誠心誠意のお辞儀をする女の子。


 これに対してNOと言えるわけがない。




「そんなにかしこまらなくていいって。俺は資金がほしい、エレナも資金がほしい。利害一致してるし。それに困っている人はやっぱ放っておけないよ」




 軽く頭をポンポンと撫でると、エレナの目にあった大粒の涙は消えて、彼女の可愛くて眩しい笑顔は復活していた。




「それじゃあ、早速登録しに行こうぜ」




俺とエレナはクエストカウンターへと小走りで向かった。





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