第7話 覚醒 5
先程、この黒い生き物が出てきたところより、この岩を挟んで反対側に、少し小高くなった砂の丘陵の先に、何かが動くのを見た。
黒い生き物を見ていた視界の隅に、何か黒い影のようなものを、少年は見たと思ったのだが、確認しようと視線を向けた時に影は無くなってしまっていた。
(何だ? 今、あそこに何かがあったと思ったのだけど、……)
下を見ると、黒い生き物が、ハサミをカチカチと鳴らしては、時々、岩を叩いている。
それの行動を見ていた少年の表情が曇った。
(こいつの仲間が現れたのではないか? 自分を捕食する為に仲間を呼んで、この岩を登るような方法を取るのではないか? ……。ハサミを、カチカチと鳴らしていたのは、仲間へのサインだったのかもしれない。……。あー、ダメだ! 悪い方向にしか思考が向かない)
少年に焦りが見えており、こんな最悪な状況にどうしたら良いのか方策が見当たらないまま、変化の起こったことに対する自分の考えが最悪の方向に進んでいる。
(でも、死ぬのは嫌だ!)
少年は、絶望気味になって目を塞いでいたが、ふと、何か閃いたように目を見開いた。
『情報が乏しい時ほど、思考は悪い方に進む。悪い方に考えたくないなら、情報を集めろ! 情報が集まれば、自分の立ち位置が分かる。そして、解決策もそこにある!』
絶望的な感覚を、少年の心が支配しようとした時、そんな言葉が頭に浮かんできたのだ。
その言葉で少年は我に帰ると慌てて周囲を警戒したが、何も見当たらない。
(何か見落としは無いか?)
更に周囲の警戒をしていると、先程、何か見えたと思った丘陵の方から、少年の立つ岩に向かってくる足跡を見つけた。
足跡は丘陵の方から5本あるのだが、なんで足跡だけが近づいてくるのか、少年には理解できなかったのか、少年は、その足跡を凝視していた。
風は、ほぼ無風状態なので、足跡はそのまま残っており、それは一直線に少年の居る岩の方に伸びてきている。
その足跡は、徐々に伸びてきて下に居る黒い生き物に近付くと、何かが僅かに擦れるような音と風を何か細い物で切るような音がした。
その音を少年は違和感として感じたようだ。
少年がそんな事を思っていると、黒い生き物の尻尾が切れて砂の上に落ちた。
少年は、その様子を黙って見ていた。
事態が好転しているのだが、その事に少年は気がついていない。
(何が起こった?)
少年は、尻尾の先に何があるのかと目を凝らしてみていると、今度は耳をつん裂く大きな音が入ってきた。
「キィーーーーーッ!」
かなり高音の金切り声の様なものが耳をつん裂く勢いで聞こえてくる。
その異様な音(声?)に耐えきれずに、少年は両手で耳を塞いだ。
黒い生き物が、尻尾が切れた痛みと更に黒い生き物の大きなハサミが、切り取られて砂の上に落ちたことで、黒い生き物が悲鳴をあげたと分かった時には、その胴体に2本の金属の棒が刺さっていた。
少年は、何でなのか理由が分からないといった表情で、その様子を見ていたが、その異様な音は、黒い生き物の断末魔の叫び声だと分かると、ひとまず黒い生き物の攻撃は回避された事に安堵するように身体の力が抜けたようだ。
黒い生き物の出した音は、脳に突き刺さるような酷い音なので、意識が持っていかれそうになり、ひとまず、当面の危機は回避された。
(ここで意識を失って岩から落ちる訳にはいかない!)
少年は、倒れても岩から落ちないように、しゃがみ込んで魔物の断末魔の叫び声を、やり過ごす事にした。
そして、少年は、そんな中でも観察は続けていた。
突然、その黒い生き物の胴体に、何か金属のようなものが現れた。
それを確認するように見た。
一本は丸い棒状の物で、黒い生き物の胴体に刺さっているのは、その棒の先に付いた金属で、もう一方は平たい金属の板状の物が刺さっている。
槍と長剣が黒い生き物の胴に刺さっていた。
それを確認いていると、今度は、黒い生き物の頭にも二本の剣が刺さった。
黒い生き物は、少し足をばたつかせたが直ぐに足の動きが止まり、悲鳴のような叫び声も無くなって、ぐったりと地面にふした状態になった。
黒い生き物が動かなくなると、徐々に、その黒い生き物から黒い霧が浮かび上がってきた。
まるで、黒い炎が上がっているように見える。
そして、黒い霧のようなものが、炎のように上がると、黒い生き物の体は、徐々に、小さくなっていき、そして、消えていった。
(何だか分からないが、当面の危機は脱する事ができたみたいだ)
そう思うと、少年に眠気が襲ってきたようだ。
(何だったんだ。今の、生き物は? ……)
少年は、徐々に体の力が抜けた。
それは、今にも、気絶する直前のようにみえた。
すると、黒い生き物の周りに人の姿が現れ、その中の1人が、岩の上でフラフラし始めた少年を見ると、慌てて岩の上に駆け上がり少年をささえた。
「カオ、マエゼ! クサオレキ? コギヒニオキ? ウチウナサワヒ?」
しかし、その言葉は少年には、何を言っているのか理解できてない。
そして、少年は、その人の腕の中で意識を失った。
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