幸運

第8話 冒険者 セルレインと、そのパーティー


 話は少し遡ることになる。

 そこには、数人の男女が、石造りの通路を歩いていた。

 その通路は、よく見ると、石の角が削れたり欠けたりしているので、古い構造物だと分かる。

 数百年間放置されていたのか、手入れがされた形跡は見当たらない。

 時々、壁や床に黒くなったシミのようなものがあり、天井にも同じように、所々、点々とシミのように黒くなった跡が残っている。

 また、壁には、所々に硬いもので、引っ掻いたような傷も残っていた。

 ここは、地下遺跡の中で、その中を探索した冒険者が、現れた魔物との戦闘で傷を負った血の跡や、武器で傷を付けた跡が残っているのだった。

 そんな地下遺跡の中を、6人の男女が立っていた。


 その中のリーダーと思える1人が、何かを考える表情をしており周りの5人がその様子を伺っていた。

(今日の俺たちは、砂漠の地下遺跡の中の魔物の討伐に向かった。魔物も順調に倒せた。目標の数の魔物のコアも手に入れることができた)

 リーダーと思える男は、魔道具の懐中時計を確認すると帰る時間には、まだ早いが目的は達成している事と、6人のパーティーメンバーには、大した怪我も無く無事に目標達成した事に、リーダーであるセルレインは満足そうな表情をしていた。

「なあ、今日の目標には達した。今日は早いがこれで引き上げようか。ギルドで換金した後の残った時間は、それぞれが有意義に過ごすってのはどうだ?」

 その言葉に、メンバー達5人の顔が和らいだ。


 冒険者は、魔物と戦っている。

 例え、相手が魔物といっても、冒険者は、それと命のやり取りを行なっている。

 そんな殺伐とした生活を送っているのだから、生き死にに関係ない生活に戻れる事はメンバーとしても嬉しい。


 冒険者というのは、ギルドからの依頼を達成した成功報酬の他に倒した魔物からドロップした魔物のコアを売って生計を立てている。

 魔物というのは、魔物のコアを触媒として周辺に漂っていると言われている魔素と呼ばれている素粒子が魔物の体を形成しているのだろうという曖昧な話で完結していた。

 魔物は人や動物を捕食する。

 魔物は生きるために動物を襲う。

 当然、人間も襲って食べる。

 魔物は、人のように買ってきた肉を調理して食べるのではなく、肉食動物が草食動物を捕食して食べるように家畜や動物を襲って食べる。

 そして、人も食べられる。

 魔物は、本能のままに飢えを癒す。

 人類の敵と言う言葉が相応しいもの、それが魔物である。

 魔物と動物の違いは、人や動物は死んでも肉体は残るが、魔物は死ぬと体から黒い霧の様なモヤが出る。

 それは、まるで黒い炎のように揺らいで見える。

 その黒いモヤが出て徐々に体が無くなり、コアという水晶のような物を残す。

 それは、一般的に「魔物のコア」と呼ばれている。

 また、魔物を倒した時、時々、それ以外の物を残す事もあるが、コア以外の物を残す事は少ない。


 セルレインは、魔道具の懐中時計を確認すると、まだ、太陽も沈むには程遠いというより、昼を少し過ぎた時間と分かったようだ。

 ここまで、入口から順番に魔物を狩ってきたのだが、この先の状況が今までのように簡単に倒せる魔物なのかは定かでは無い。

 先を進んで、万一強い魔物や今まで遭遇してきた魔物でも10匹以上に同時に襲われたら苦戦する事になる。

 自分達のメンバーには、探索に優れた仲間も居るが、地下遺跡の中という特殊な場所では見落としが無いとは限らない。

 そんな、特殊なケースの魔物に遭遇して時間を取られてしまい帰路に着くことが遅くなった場合、この地下遺跡のある砂漠から出て夜に砂漠を移動することは魔物の襲撃に備えて大いに警戒が必要になる。

 それに夜の魔物の活動は活発になり、夜間のみ活動する魔物も現れる。

 魔物に襲撃されている最中にも、別の魔物が闇に紛れて襲いかかる準備をしている事もあるので、魔物と戦闘中に別の魔物の奇襲を食らう可能性が大きい。

 夜間という魔物の増える時間帯に砂漠の移動は避けることが、この砂漠を利用する冒険者達の中では常識なのだ。

 この大して広くも無い砂漠の移動は、日のあるうちに帰るのが一般的なのである。


 セルレインの“帰る”という言葉に、メンバーの5人は同意してくれた。

 日の高いうちに帰れば日頃出来ない事もできる。

 早く帰ることができれば、武器や装備のメンテナンス、減ってきた消耗品の補充のために少し遠くに行く事も出来る。

 冒険者は剣や武器を振り回しているだけでは無い。

 武器や装備も消耗するのだから、魔物を狩りに出るだけではなく日頃から武器や防具を備えていなければならない。

 壊れてしまった武器や装備は新しいものに交換する必要がある。

 戦闘中に武器も防具も壊れてしまったら冒険者として死を意味する。

 死なないため自分の使う武器や防具は常日頃から整備をする。

 ダメだと思ったら壊れる前に新しい装備を買う。

 新品を買う。

 費用が足りなければ中古品を購入する。

 安くはない装備を購入する事は、冒険者にとって、特に南の王国で狩る魔物では、大した金額にはならないので大きな痛手である。

 そのため、この辺で狩をする冒険者はメインに使う装備を大事にするのだ。

 剣の刃こぼれ、防具の傷、弓の弦の張り具合、弦は傷んでないか。

 武器や防具の破損は、自分の死に繋がる事になる。

 そして1人の死が、パーティー全員の死につながる事もある。

 パーティーは、自分の命を預ける相手であり自分も相手の命も背負って戦っている。

 それがパーティーである。

 日頃の手入れで気になるところは、その都度修理しているが、時間のかかりそうな所については致命的な欠陥で無い限り後回しにしている。

 こうやって早く帰れるなら、気になっていた部分の修理に時間を使うこともできる。

 また、私生活で間に合ってない事をする時間も作ることができる。

 そんな事を、それぞれが考えてリーダーが言った帰路につく話に全員が同意したのだ。

 稼ぎを欲張ってリスクを負う事は死につながることもあるので、極力避ける事が良いパーティーといえる。

 セルレインは、メンバー達の同意も得れたことから、少し早いが今日の魔物の討伐数は、いつもより多かった事もあり帰ることにした。

 欲をかきすぎて帰ってこなかったり、大怪我をした冒険者の話はよく聞く話である事から、魔物と命のやり取りを行なっているのだから不要なリスクは極力避ける。

 それが、自分やメンバーの命を守るために必要なことである。

 今は、目的を果たしたのだから目的以上の事はせずに帰路につく。

 それが良い冒険者の条件だとセルレインは考えていた。

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