第6話 覚醒 4


 少年は、岩の上に登ったことで襲ってきた生き物から攻撃を受けることは無くなった事によって緊張が少しとけたようだ。

 その登った岩の上に居る限り、下に居る8本足の黒い生き物は上がってこれないようなので、100パーセントとはいかないが、今のところ生存率は高いと判断したように少しホッとした表情をしていた。

 そして、この時間を利用して黒い生き物を見極め生き残る方法を考えるしか無い事を少年は理解し、黒い生き物の弱そうな部分、動きの悪い部分、視界の死角など考えられることは全て見極める必要がある事に気がついたように岩の下から上の様子を窺っている生き物に視線を向けた。


 黒い生き物の胴体は平べったく、少年の肩幅より少し大きめである。

 頭は胴体とつながっており、頭の先には左右に伸びたハサミが大きな口の脇に付いており、左右に広がった口へハサミで捉えた獲物を入れる事ができる。

 胴体は、後ろ半分か4割ほどが尻尾と一緒に軽く反っていて、反り返りの始まる部分が胴体の一番広い部分になっていた。

 胴体の表面は堅い甲羅のようだが、横に何本か線が入っている事から、何枚もの甲羅が重なっており硬そうな甲羅毎に動いていることが見てとれる。

 その黒い生き物は、動物というより昆虫のように見えていた。

 ただ、昆虫の概念としたら、頭・胸・胴の3つの部位と、6本の足が生えているものを言うのだが、この生き物は、足が8本あり、そして、口の脇から出ているハサミを持っていた。

 尻尾は、胴と同じような5個のブロックからなっており、その先端に鋭利な刃物が最後のブロックの先に付いている。

 それは、時々、牽制するように、少年の方に向けて放ってくるが、岩の上と砂漠の地面との高低差によって届く事は無かった。

 しかし、当たれば、かすっただけで腕でも足でも切れそうだ。

 この生き物と、一対一で面と向かって対峙したら、間合いに入った瞬間に、あの鋭い刃の付いた尻尾で心臓を一突きされるか、首を飛ばされてしまえるように思えた。

(死ぬ時は、ひと思いに首を落としてもらえたら、痛みを感じることも無いのかな)

 腕や足に、あの尻尾の鋭い刃が当たれば、ひとたまりも無い。

 ただ、あの尻尾で足や腕を切り落とされて、命のあるうちに、あの生き物の口の横にあるハサミで抑えられて食べられていく事、食いちぎられる時の痛みを考えたら生きた心地がしない。

 少年は、砂漠の太陽に照らされているにも関わらず、その黒い生き物を見ながら一瞬震えていた。


 岩の周りをガサガサと動く黒い生き物から、少年は逃げる方法を見つけ出すことができずにいた。

 そして、この状況を打破するには、この黒い生き物を倒す必要がある。

 それなら、攻撃するための何かを見つけるしかない。

 それが有効とは限らないが、少年は何か無いかと足元付近を探しているが、その大きな岩の上には石ころ一つ見当たらない。

 雨は無くとも、風によって舞い散った砂によって、表面が擦られて滑らかになった岩の上では何も見つけることはできない。

(身につけている物は、……)

 裸の少年は、あるはずもないのに自分の体を確認していた。

 直ぐに、何も身につけて無い一糸纏わぬ自分の体を見て諦めたような表情をした。

(攻撃する手段は、自分の手足のみなのか、……)

 そして、仕方なさそうに上空を見上げた。


 少年は、現地調達する武器も見当たらない状況で、起死回生の機会も見当たらないと、絶望の状態で黒い生き物を見た。

 すると、尻尾の先端に、時々、自分を襲ってきた刃の付いた尻尾が目に止まった。

(最悪の場合は、その尻尾を捕まえて、黒い生き物に刺すしかないだろうな。……。けど、それは本当に最後の手段だろうな)

 少年は、黒い生き物を睨みつけるように見ていた。

(しかし、その尻尾を無事に安全な場所を掴んで、その黒い生き物に致命傷を与えられるか?  黒い生き物も無抵抗で、そんな事に付き合ってくれるとは考え難いな。これは、最終手段として取っておいて、それ以外の事を考えるしかないだろうな)

 少年は、何か閃いたような表情をしたが、直ぐに、諦めたような表情に変わった。

 素手で対峙できそうも無い相手、岩に上がってこれない事を考えると辛うじて生き続ける事ができる状態だった。

 このまま、下に降りたとしたら生き物の攻撃範囲に入ってしまう。

 その降りる時に、奇襲をかけ生き物の尻尾を掴んで、その先端に付いた刃を生き物の頭か胸のような致命傷を与えられる場所に突き刺すしかないが、その方法も少年が生き残る可能性は、かなり低いと判断できた。

 今、生きる為の最良の策は岩の頂上で大人しくして、この黒い生き物が諦めるのを待つしか無いという希望的な観測しか無い。

 しかし、そこには砂漠の太陽によって、自分が脱水症状になって死ぬまでというタイムリミットを持っている。

(ああ、最悪な状況だ)

 少年は、がっかり気味にしていると、黒い生き物の向こう側に何か蠢く物が見えた事から意識を向けた。

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